20歳上男の挑戦。

俺たち世代で、かつてのバイクブームに乗っかった者ならほとんどがその名を知っているはずだ。清原明彦、通称キヨさんはミスターカワサキと呼ばれ数々の伝説を作った。学年で言えば20個上になる、昭和21年の早生まれで、もうじき74歳の大先輩だ。70年代はロードレースだけでなく、飛んだり跳ねたりのモトクロスでも強さを誇り、カワサキマッハのノーマルで優勝するなどあげたらその偉業はきりが無い。そして何より彼の業績は、カワサキがまだホンダには遠く及ばない時代に、テストライダーとして打倒ホンダで行なったマシン作りにある。

 

イベントのトークショーで仕事をするときに、キヨさんを紹介するために必ず使う言葉がある。走りもさることながら、キヨさんが天才的なのはマシンをいい方向へと的確に導くことで、その天才っぷりはバレンティーノ・ロッシと同等のはずだと。テストライダーとしてマシンの弱点を見極め、さらに方向性を定めて技術屋たちに伝える。その精度が極めて高かったことを、当時の技術系の男たちは今も褒め称える。そして、その繰り返しによって昭和日本が誇る名車、Z1を生み出したのだ。1972年、ホンダのマシンを完全に凌駕した瞬間を作り出すのに、キヨさんはあまりにも大きな貢献をした。さらに脅威なのは、現在カワサキが世界に誇るモンスターマシン、ニンジャH2の開発陣から60歳後半にしてテストライダーを依頼されている。このミッションにキヨさんはトレーニングを積んで臨み、見事にその役目をまっとうした。俺たちの現在より10歳以上年齢を重ねて、200馬力の単車を味付けしたとはまるで想像がつかない。

 

そのキヨさん、兵庫駅にほど近い場所で『プロショップ キヨ』という大型バイクショップを経営していた。そして今日、新たにカワサキの戦略店舗であるカワサキプラザの冠でリニューアルオープンした。写真の店舗内には本人曰く「まるで花屋やな」と笑うほど、多くの鉢が並んでいた。特に案内を出したわけでないのにも関わらず、キヨさんを慕う者たちから続々と届いた。もちろん僕もその1人である。

 

20年以上にわたってお付き合いいただいている中で、今日初めてスーツ姿を見た。僕も近年ほとんどスーツを着ないから極めて貴重なツーショットだ。ライセンスフリーなんで、どうぞ壁紙にでも使ってちょうだい(笑)。関西地方の読者諸氏は、この連休にキヨさん詣でを楽しんでみてはいかがだろう。きっとエネルギーをもらえるはずだ。70歳までは現役で頑張るぞなんていい気になっている小僧、僕も今日は強く刺激を受けた。明日へ突っ走れ(by 奥田民生/風は西から)。

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