禁断の技!!

令和2年1発目の締め切りを迎えている。今年のスタートは兄弟誌の『昭和50年男』の第3号だ。編集長不在の状態が続いていて、全体的なまとめ込みを僕がやりつつ、企画の方向性や記事のテイストは昭和50年男とその周辺世代に託しながら作業を進めている。チーフデザイナーが昭和50年男でずいぶんと助けられているのだが、その彼に今日は禁断の技を使ってしまった。それが写真だ。

 

雑誌の設計図となる“台割り”作りは、極めて重要である。設計図なわけだから、関わる者たちはみんなこれを元に手を進める。誌面のデザインも文章もない段階で仮組みして徐々に精度を上げていくわけだが、これが文章を書くのと同じでいつまでもあーでもないこーでもないといじっていられる。箱根駅伝でドラマチックな優勝を果たした青学の原監督は、箱根のメンバーを365日組んでいると言っていた。台割はまさしくそのようなもので、ページという各メンバーたちの配置で仕上がりはまったく変わる。だからいくらでもいじっていられるのだ。もしも発売日がなければ、原監督同様1冊の雑誌の台割を365日考えていられる。が、もちろんそんなんじゃ商売にならないから、泣く泣く手放す。すげー楽しいおもちゃを奪われてしまうようなものだ。

 

さて、ではいつまでいじるか。以前、バイク雑誌を日本で最も多く売った先輩とこんな会話をしたことがある。
「北村さんてさ、校了日でも台割り変更するでしょ?」
「いやー、やっちゃいかんのはわかってるんですけど〜、やりますね」
「やっぱりなー。俺もやるもん」
解説しよう。台割りは前述した通り設計図なわけで、これを元に多くの人間が作業している。校了日とはギリギリデッドで印刷所に渡す日のことで、つまり、最終段階で設計図を書き変えるという愚行なのだ。そんなことは本来許されるはずないのだが、最終段階の原稿に仕上がっているからこそ、より完璧に近い台割り案が浮かんでくる。

 

もう一度写真を見て欲しい。台割は何度も更新するから日付を入れることをルールにしている。1月31日、つまり今日だ。令和2年1発目の仕事で、今日校了だってのに台割変更を敢行してしまった。特に被害が大きいのは、デザイナーたちや最終的に印刷所とのブリッジになるスタッフたちで、その長が前述した昭和50年男のチーフデザイナーだ。相当ツライ話なのをグッと飲み込んでくれるのは、互いにクリエイター同士だから。いやいや、これはやはり禁断の技だなと、作業と印刷所の担当に追われているスタッフを見て小さくなっている今だ。

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