『THE MANZAI』が起こしたブラウン管革命〜大編集後記。

よい週末を過ごしてますかーっ? よりよい週末は『昭和40年男』の最新号とビールだぞーっ! 今すぐに手に入れてくれーっ!! てなわけで今日も元気に最新号のPR、大編集後記でつぶやかせていただこう。

 

2020年が始まったことを記念して、これまで俺たちが見てきた年代の転換年の中でもっとも激しく、キラキラしている1980年を特集テーマに取り上げた。80年代の特集ではない。そこへと突入する起点の年には多くの謎が潜んでいるのだとして、我々はそれを探り、できるだけ詳しく皆さんにお届けしようと取材を繰り返した。得意としている証言者への多くの取材で、その謎が見えてくる構成にしている。

 

謎を解くキーワードを4つに分けた。その最初をコンテンツとしていて、昨日はパックマンについてつぶやいた。これに続くのがブラウン管の中の革命だった『THE MANZAI』だ。『8時だョ! 全員集合』によってコメディアンになることを夢見た小学生の僕で、当初このニューウェイブな番組に馴染めなかった。ナウでヤングに感じ、ドリフを古い笑いへと一変させた気がした。『8時だョ! 全員集合』からはもう卒業していた僕だったが、なんだか感情がついて行かなかったのだ。今考えると、出ていた芸人さんたちがナウでヤングに感じたのはちょっと誤解だったと思えなくもないが、当時は斬新で新しく感じたから=ニューウェイブでナウでヤングだった。

 

話をうかがったのは、ディレクターとしての初番組が『THE MANZAI』だった永峰 明さんだ。彼はその後『オレたちひょうきん族』や『笑っていいとも!』などマンモス番組を多数手がけた敏腕テレビマンだ。貴重な裏話や当時の分析が満載となっている。読んでいるとこの番組が1980年に誕生したことが必然だったのだとも思えてくる。80年のフジテレビの元気が、この5年後に70年代を代表する超マンモス番組『8時だョ! 全員集合』に引導を渡すことになったわけだ。

 

『THE MANZAI』は笑いの世界をガラッと変えた。その謎をじっくりと感じていただきたい。さあ、書店へといそげ!! 帰りにはビールを忘れず購入しようね!!

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