ジョン・レノンの歌が聴こえる。

12月になると思い出される、中3の2学期のことだ。お恥ずかしいことを正直に告白すると、当時僕はビートルズアレルギーと言っていいほど嫌いだったから、この事件に強い感情が持てなかった。

 

僕が通った中学は、東京荒川区で当時はどこもそうかもしれないが荒れていた。音楽の授業は特に荒れていて、か細い女性教師はそれはそれはかわいそうだった。が、ある日ラジカセを持ってきてビートルズを流したところ大好評を得て生徒たちは手なづけられた。すでにロックの洗礼を受けていたつもりの僕は「こんなんロックじゃねえや」と、ビートルズに激しく強く烙印を押してしまったのである。

 

ミュージシャンを夢見た男にとって、中学時代にビートルズを遠ざけたのは致命的な失態だろう。ギターを弾き始めて、なんでも吸収しようとする頃に、特上、かつ栄養満点の音楽を遠ざけたのだ。タメ年のミュージシャンで尊敬する奥田民生さんや、大好きな斉藤和義さんらが巧みにビートルズのオマージュだったり、その影響をしっかりと受けた曲作りをしているのを聴くたびに、自分のバカさ加減が情けなくすら感じる。まっ、若さとはバカさだな。

 

高2くらい(遅いっ)から徐々にビートルズを受け入れるようになった。ジョンのソロも大好きになっていく。そして年々12月を強く意識するようになっていった。ジョンの命日になってしまった12月8日は、1941年に遡れば真珠湾攻撃の日である。平和を願い続けたジョンが、この日に撃たれたのはなんとも皮肉に感じられる。と同時に、この2つによって平和について考えさせられる日になっている。

 

『イマジン』は、一人ひとりがつながっていくことで世界をひとつにするんだと歌った。世界の人々それぞれの、つながっていこうとする気持ちは強くなっていたはずが、国家運営の中で協調を放棄する方向へと引っ張っていく場面が多くなってしまった昨今だ。39年前に銃弾よって倒れたジョンの平和への無念は、もし生きていれば現代の方がグーンと強く感じることだろう。

 

12月はジョンの声がアチコチから聴こえる。平和への願いを共有したいと願う。

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