ロック流しを28年!! 秘密基地との関連とは?

昨日もバッカみたいに盛り上がった『浅草秘密基地』だ。『福岡博多秘密基地』の幹事会のメンバーが来てくれ(前列右より2人目)、大歓迎ムードも拍車をかけた。ここ最近はこの場を借りてプチライブをさせてもらっている。実はここで歌うことと、『浅草秘密基地』には深い因縁があるのだ。

 

舞台となっている浅草のショットバーフィガロは、来年30周年を迎える。そのオープン直後のことだった。友人に誘われて訪れた時に1人で来ていた常連さんと盛り上がり、バンドマンなんだとの話になった。だったら歌ってみろと近所のお客さんがアコースティックギターを持ってきてくれて披露した。お客さんのすぐそばで歌う快感を得て、記憶に強く残った夜だった。

 

直後のある日のこと。某レコード会社で初めてプロデューサーの指導を受けた。まず一言「出し過ぎ」と言われた。このショックったら凄まじいものだった。それまで全開で歌うことがロックだと信じて生きてきたそれまでが、全否定された瞬間だった。今ならその意味はわかる。若さとは愚かなことだが当時は全く理解できず、だがその言葉に従わなければならないのだと自分に課した。

 

その帰り道で、僕はフィガロで歌った快感を思い出しそのままマスターに嘆願に向かった。「ここで歌わせてください。ギャラはいりません。でも好きに歌わせてください」と。快諾を得て、週に一度のロック流し制度が制定された(笑)。暇な日にせめて援護射撃になれればと、月曜日になったのである。つまり『浅草秘密基地』はこの流しの日に便乗したのだ。だが皆さんとの会話が楽しく、ギターはスタンバイしてあるもののついつい本来のロック流しがおざなりなっていた。これではいかんと一念発起して、毎週月曜日は必ず歌うジャイアンになることにしたのだ。いまだに「出し過ぎ」の感は否めないが、28年聴き続けてくれたマスターに言わせるとだいぶマシとのことだ。

 

円熟のジャイアンを聴きに、ぜひ『浅草秘密基地』にご来場いただきたい。50歳を過ぎなければ書けない、おっさんのためのおっさんによる哀歌をご用意してお待ちしてまーす!!

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