歌謡界にとっての「奇跡の年」! 昭和53年・第29回「NHK紅白歌合戦」と共に当時のヒット曲を振り返る!

国民的歌番組、「NHK紅白歌合戦」(以下、紅白)は、今年令和元年の大晦日の70回目という節目を迎えます。近年ではかつてのような視聴率を獲得できず、人気が低迷していると言われていますが、昭和40年男世代の幼少期~青年期は、ほとんどの国民がテレビにくぎづけになったほど! そんな紅白の出場リストから、その年のヒット曲や話題の歌手を振り返ってみましょう。第8回目は、昭和歌謡曲史のなかでも「奇跡の年」とも言われた、昭和53年・第29回大会です。

歌謡曲シーンが大きく変わった昭和53年

この年の、昭和40年男的大きな出来事のひとつは、なんといっても「キャンディーズ解散」。4月4日に後楽園球場(東京)で行われた「ファイナルカーニバルFor Freedom」を最後に、普通の女の子に戻っていった3人は、もう紅白のステージに立つこともありませんでした。そんな、彼女たちとは対照的に、前年に大ブレイクしたピンク・レディーが、デビュー3年目で日本レコード大賞を受賞するという快挙を成し遂げました。しかし、そのピンク・レディーもまた、この年の紅白には出場しなかったのです。レコ大受賞者が紅白に出ない?そんなことが過去にあったのか?その理由はいささか遺恨を感じるものでしたが、事情を知らないファンにとってはただただ残念な出来事でした。そして、大きな奇跡といえば、「サザンオールスターズデビュー」を忘れることはできません。「今、何時?」「そうね、だいたいね~」という衝撃のデビュー曲「勝手にシンドバッド」。一発屋路線と思いきや、その後の活躍はご存じのとおりで、今なお日本の音楽シーンに大きな影響を与え続ける、偉大なバンドとして活躍を続けています。

前年デビューの原田真二が初出場

さすがに、この年のサザンオールスターズの紅白出場はありませんでしたが、昨年、デビューから3ヶ月連続でシングルリリース、そのすべてがヒットするという前代未聞の快挙を成し遂げた原田真二が紅白初出場。紅組では、レコード大賞で最優秀新人賞を獲得した渡辺真知子が、新人らしからぬ貫禄の歌唱力を引っ提げて初出場しました。その他、サーカス「Mr.サマータイム」や庄野真代「飛んでイスタンブール」など、実力派シンガーたちによる、シティーポップ系がチャート上位を占め、紅白への初出場を果たしました。この年は、TBSの『ザ・ベストテン』が放送開始された年でもあり、ランクインした歌手をどこまでも追っかけて、生で歌わせるというスタイルが受け、番組の視聴率もうなぎ上り! J-POP全盛時代へと突入した年だったのです。

そして紅白の「トリ」にも大きな異変が

そんな世間の流れは、伝統を重んじる「日本レコード大賞」を変え、さらに紅白の「トリ」までも変えてしまいました。それまでは、演歌系の大御所歌手が務めていたトリに、初めてポップス系の楽曲をもってきたのです。紅組・山口百恵「プレイバックpart2」、白組・沢田研二「LOVE(抱きしめたい)」。29回の歴史のなかで、初めての出来事を昭和40年男たちはリアルタイムで目撃したはずです。当時10代とは思えない貫禄を見せた山口百恵のあの姿を、今でもはっきりと思いだせるという人も多いのではないでしょうか。一方の沢田研二も、レコード大賞2連覇は逃したものの、紅白では見事に大トリを務め、ジュリーの魅力を存分に見せつけてくれました。こうして、奇跡とも言われた昭和53年は翌年以降のさらなる変化を予感させつつ、華やかに幕を閉じました。

※当時のレコードジャケットなどは、「昭和40年男」6月号増刊「俺たちの胸に刺さった昭和ソング」P20~21に掲載されていますので、あわせてご覧下さい。(「昭和40年男」編集部・まつざき)

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