エロのおもひで。ああ金美館!!

 

いやあー、未来永劫残したい昭和の風景ですな。エロ映画館とストリップの強力コンビに思わずパチリとしてしまった僕で、きっとみなさんの心の原風景だろう。かつて、ピンク系の映画館は多かった。ピンク系だけでなく映画館は今の比にならないほど多く、名画座と名乗るところもたくさんあった。写真の名画座がすごくいいのは、成人映画専門館と名乗っているところである。

 

東京荒川区に育った人間としては、映画館といえば日暮里金美館だった。金美館は昭和の映画館チェーンで、都内や神奈川に多く展開したそうだ。入谷にはここにちなんだ金美館通りなんてのが今もあって、かつての隆盛が目に浮かぶようである。そして僕が知っているのは、もうすでに渋い風情を放出していた日暮里金美館で、我が家から歩いて20分くらいの場所だった。お袋に激しく嘆願して連れて行ってもらった東映まんがまつりだったり、親父が突然「明広、映画行こう」と男2人で行った『日本沈没』なんかも想い出深い。外観が風情を放出しているうえ、館内はなんだか独特の匂いが充満していた。

 

ここが『エマニエル夫人』を放映した時は街中に例のポスターが貼られた。今だったら大問題だろうが、昭和ってのはガキは黙っていろ、世界は大人のためにあるんだという社会だった。とはいえ、子供向けのコンテンツも数多く大人たちは押し込んでくれて、きっちりと共存していた。つまりは、おおらかだったのだ。

 

中坊になると、金美館は積極的にピンクものを展開するようになり、エロ映画館とも呼ばれるほどにその品位を凋落させた。ある日、サングラスをかけて大人っぽく扮装した友人ふたりがその武勇伝を語ると、聞きつけた男たち次々とトライした。が、玉砕する者もいたと記憶している。そんな記憶まで連れてきてくれた、この写真の風景だった。

 

桑田さんは名曲『ヨシ子さん(なんだか先日も僕のつぶやきで起用したな)』で、最近はエロが足んねえと叫んでいる。俺たち世代の誰もが分かっていることだが、気軽にエロが手に入ることが最もよろしくないことだ。金美館に果敢にチャレンジした我が同志たちのように、そしてエロ本販売機をなんとか攻略しようとした我が友たちに、今宵も乾杯じゃーってなんのこっちゃ。さてさて本題、ここは一体どこか当ててみましょう? エロい同志たちはぜひご応募くださいな。

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