キッスからREOスピードワゴンまで。俺たちを虜にした昭和洋楽。

友人からこんな写真が送られてきた。うれしいことに二子玉の蔦屋さんでは“定期刊行誌『昭和40年男』とタイアップの洋楽コンピ”と紹介してくれていて、ご丁寧に65年と西暦表記までする念の入れよう(!?)である。見つけて送ってくれた友の気持ちと合わせてうれしいったらない。初代編集長だった僕が三代目編集長に復活して、ならば得意の洋楽ものでと勝負しながら、ソニーに企画を持ち込んで実現したコラボ商品である。今後『昭和40年男』はこうした異業種とのコラボを積極的に展開していきたい。

 

このCDのライナーノーツを担当して、苦労しながら書き上げた夏の日がつい昨日のことのようだ。締め切りギリギリの日にバイクレースの祭典『鈴鹿8耐』取材があり、ホテルで曲を聴きながら書き、プレスルームでチェックしたりとなんとも忙しい中で仕上げた。アルバム全体の解説と曲紹介を担当したその一部をご紹介しよう。

 

●ラヴィン・ユー・ベイビー|キッス(1979 年/昭和 54 年)
女の子たちがベイ・シティ・ローラーズなら、男子の入り口は断然キッスだった。ヘヴィなサウンドはそれまで体験したことがなく、男心を大いに刺激した。キッスを知らないことは男らしさの欠如のような空気がクラスに漂い、特に兄貴がいるヤツは受け売りの知 識をひけらかしてクラスを支配した。『ラブ・ガン』のリズムで机を叩くなんて遊びが流行ったほどメジャーな存在だった。そんなあこがれのキッスが、シーンに寄り添った曲が『ラヴィン・ユー・ベイビー』だ。流行りのディスコ要素を取り入れて仕上げたポップスに地獄臭はないものの、ヒットチャートを駆け上がった。この中途半端な感じが“昭和洋楽”と呼ぶにふさわしい。収録したアルバムは『地獄からの脱出』とタイトルされ、長きにわたった地獄暮らしから這い出してメイクを落として普通の人になろうなんて騒ぎもあった。 キッスらしさを見失いかけ、結果この後しばしの低空飛行となるという重要な曲である。

●キープ・オン・ラヴィング・ユー|REO スピードワゴン(1980 年/昭和 55 年)
高校時代に友人から紹介され、「なんじゃ、この甘さは」と驚愕した瞬間を僕は忘れない。英語が苦手な僕でも理解できる「キープ・オン・ラビン・ユー」というタイトルにも女々しさを感じた。いっぱしの洋楽通になっていた僕は彼に「こういうポップスは好みじゃないよ」と伝えた。というのも、洋楽の選択には男の生き様が表れるとの変な意地が芽生えていたからだ。難しい作品を書く作家が好きだと胸を張るのと似ていて、見栄が多分に入っていたことは否めないものの、それも含めて生き様なのである。ノーランズの「ダ ンシング・シスター」しかり、人前では聴かないけど、ひとりの夜に「いい曲だなあ」なんて聴き入っていたりした。男とはなんとつらい 生き物なんだろう。と、そんな当時の自分へのプレゼントとして本作に入れたのさ。そしてカミングアウトさせていただく。僕は当時この曲が大好きだったのだ。そして、この曲を紹介してくれた友に感謝の気持ちを贈る。

 

てな感じで20曲書きまくっている。ソニー担当者から私的なネタをバンバン入れたほうがおもしろいと
言われ、上記の『キープ・オン・ラヴィング・ユー』では友人の山本まで登場させたのだから我ながらすごい。どうしているかなあなんて考えながらだ。と、そんなライナーノーツも楽しいCDをぜひお求めいただきたい。もちろん、お持ちでない方は『昭和洋楽』を特集した本誌も合わせてどうぞ。うちの公式サイトでは、今もプレミアなしの定価で販売しているぞ!!

 

 

4件のコメント

  1. いつも個性溢れる特集を楽しみにしております!ちなみに自分の洋楽デビューはエルトン・ジョンのリトルジニーでした。それにしてもREOのあのアルバムは売れましたね!

    • ノエギャラさん、コメントありがどうございます。
      『リトル・ジニー』とは、引き出しの奥から引っ張り出していただいた気持ちです。当時はヒット・チャートを賑わしてましたよね。これより少し以前の『パート・タイム・ラブ』もリアルタイムで聴いて好きな曲でした。

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