ハンバーグとおいなりさん。昭和のおもひで。

僕の東京以外での主要取引先は浜松、名古屋、大阪、西明石と東海道・山陽新幹線で繋がるから、出かける時は極力2〜3日かけて全部回るように予定を組む。その移動で楽しみなのがお弁当だ。つい先日もツアー(!?)に出たくいしん坊万歳な僕が選んだお弁当がこれじゃ。

 

大阪で買った上方寿司は、なんだかおっさんぽいけど大好き。太巻きとおいなりさんに、ガキの頃の思い出が詰まっているのだ。遠足の朝、かんぴょうや揚げを炊く香りがするとものすごくうれしかった。うちのお袋は貧乏で学校へお弁当を持って行けなかったり、持っていっても飯と梅干しだけの日の丸弁当だったりと、恥ずかしい想い出があるそうだ。とはいえ、お袋だけがそうだったわけじゃなくそんな時代だったと笑いながらも、自分の息子にはそんな思いは絶対させたくないとお弁当はいつも張り切ってくれた。おにぎりでも十分うれしいのだが、酢飯を切ってくれるひと手間でガキの喜びはグーンと大きくなる。それが太巻きとおいなりさんで、遠足の昼を大いに彩ってくれた。

 

そしてハンバーグにも想い出がある。ハイカラ好きながらなりきれない親父は、ナイフとフォークを使えるようにとハンバーグの日はお袋にそうさせた。この日だけはご飯もライスになる。なんのこたあねえ、皿に盛ればライスってな話で、今じゃ過去の産物としか言いようのないフォークの背中にナイフでくっつけて食うことを教わった。来るべき国際社会への対策だったのか、ハイカラ文化の受け売りなのか定かでないが、それはそれで楽しい夕食だった。

 

俺たちの時代は今に比べたらずっと貧しかった。だが、手間を惜しまないことで上質を手に入れていた。合理的なことばかりを求めている現代社会は、そういった意味では昭和より貧しいかもしれない。仕事も同じく、ネットやSNSのリーチのことばかりを論じてる輩が、手間やもっと大切な人のぬくもりを遠ざける。最近は、そんなことを言い出す連中とは仕事をしないことにしている。僕の仕事はコミュニケーションを作ることである。手間を惜しんで上質のそれを生み出すことは絶対にできない。合理性だけを求める方々はどうぞ追求してくれ。僕は逆を走る。お袋の張り切りを懐かしんで買った弁当を頬張りながら、あの日のおかげでこう断言できるのだと感謝している今日だ。

 

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