誕生!昭和40年『流れるプール』

誕生! 昭和40年 born in 1965

【「昭和40年男」Vol.26(2014年8月号)掲載】

昭和40年に生まれた、いわばタメ年の商品やサービスを我々の思い出と共に紹介する連載記事である。今回は、水にプカプカと浮きながら流れを楽しめる「流れるプール」だ。子供の頃はもちろん、デートで泳ぎに行ったという人も多いはず。

1929年に作られた大小プールを囲むようにして完成した『としまえん』の流れるプール。写真は1960年代後半のものだ。手前は1961年オープンのナイアガラプール。流れるプール内側の大小プールは、「競泳」「小」プールとして現在も使われている。それにしても、プールの外にも人がぎっしりだ

カナヅチだった筆者の子供時代、数少ない夏のパラダイス気分を味わえる場所が、流れるプールだった。泳げなくても浮き輪につかまって水の流れに身を任せれば、まるで泳いでいるかのような気分にさせてくれた。
 その流れるプールが、世界で初めて一般公開されたのが昭和40年6月19日、東京にある遊園地、としまえんであった。特許はすでにアメリカで出願されていたため、営業用プールとしての“世界初”になったという。

僕らの夏の思い出を彩ってくれた施設。

 昭和40年男が小学生の頃は、近所に流れるプールなんてなかったのではないか。筆者は都内に住んでいたが、区民プールはただの四角いプールだった。それだけに、流れるプールがある施設に行けるとなれば、それは一大イベントであり、夏休みの中でも誇れる1日となった。

 現在のとしまえん流れるプールは、全長350m、幅8m、深さ1.2m、水の流れは秒速1mだが、これは開設時と変わっておらず、大幅な改装も行なわれていない。それほど、当初から“ベスト”な状態だったのだ。その開発のきっかけは、川で泳いだ時のような感覚を人工的に再現しようという試みだった。川下へ泳ぐと流れがあるので速度が上がり、川上へ向かうと水の抵抗でなかなか進めない、あの感じだ。しかし、モデルとなるプールがないため、東京郊外の奥多摩や秋川渓谷などへ出かけ、担当者自ら体にロープを付けて川へ飛び込み、流れに身を任せながらテストを重ねていった。その結果得られた数値が、今も使われている。流れるプールのオープン初年度の入場者数は50万人を超え、大盛況だったという。

 その後、流れるプールは次々と各地に作られていった。しかも民間の遊園地だけでなく、公営の数百円で入れるプールでも導入され、おこづかいが少ない子供にも身近な存在となっていく。そして昭和40年男たちが20歳頃になると、デートスポットとしても絶妙の雰囲気を提供してくれた。ひとつの浮き輪に彼女と一緒につかまり流れに身を任せれば、真夏の日差しのもとで二人の世界に浸れたのだ。こうしてその時々に我々を楽しませてくれたのである。
 かつてカナヅチだった筆者も、最近はお腹周りに脂肪がたっぷり付いたので、これなら自然に浮いて泳ぐこともできそうだ。そんな体型を活かして、今夏は流れるプールで楽しもう。

ユニークで印象的な広告もとしまえんの得意技だ。右は流れるプールと直接関係はないが、86年の広告。思わずビールが目に浮かぶ

協力:豊島園

【「昭和40年男」Vol.26(2014年8月号)掲載】

文:舘谷 徹/昭和40年7月、埼玉県生まれのライター・脚本家。広報誌やWeb記事、ドラマやアニメの脚本を執筆。プラネタリウムで活動する市民グループにも参加中

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