ポスターに誘われた悲しいおっさん!?

ある日のこと、腹をすかして街を歩いていると、店頭にこの写真を使った看板があった。キレンジャーを名乗る僕はフラフラと誘われていつの間にか席に着いていた。写真ではちょっとわかりづらくて恐縮だが肉がゴロゴロしている。房総ポークとやらは聞いたことがなかったが、名乗っている以上ブランドものなのだろう。ガキの頃は鴨川シーワールドに連れて行ってもらい、ハイティーン時代は九十九里を愛した(サーフィンじゃないよ、海水浴だよ)僕だから、“房総”の響きには弱い。といろいろと語っているけどカレーの誘惑に負けただけのキレンジャーな僕だ。編集部内では飯塚にその座を譲ったものの、僕の精神はキレンジャーまっしぐらなのだ。

 

さて、長い前置きになった。まずサラダが出てきて、おっさんが心がけるベジファーストは完璧さ。そして愛しのカレーが出てきた。「へっ?」と思わず声に出た。続けて心が叫ぶ「ないじゃん」と。厳密に言えば小さいのがいくつか入っていた。僕の夏を彩ってくれた房総。そのイメージまでもぶっ壊してしまうほどのひと皿だ。期待させなきゃ十分うまいのに、写真の肉や房総なんてイメージですっかり期待が膨らんでいたのである。その期待を玉砕され、ハートブレイクな気持ちでスプーンを口に運んでいるおっさんは、さぞみすぼらしかっただろう。

 

ガキの頃、食堂のサンプルケースに入ったメニューはまだかわいかった。似せてあるとはいえ、いかにも作り物だから騙されないぞという自然な心理が働いていた。それにあまりうまそうじゃなかったし(笑)。あくまでイメージであり、食堂の入り口を賑やかにする装飾だった。が、写真でググッと迫ってくるのにはついついつられてしまい、バカなおっさんはため息をつくのである。

 

うまかった。カレーそのものはうまかったのだからなお残念である。どんな商売だって、購買や行動に結びつける努力をするのは当然のことで、本来であれば自信を持って作ったものをありのままに伝えることでそこへと到達させるものだ。人間だって一緒だ。自然に接することから、自分ってもんがにじみ出て対人に伝わるはずなのに、ついつい自分を飾ろうとする瞬間に出くわしてしまうバカ者だ。写真の房総ポークとまるで一緒じゃねーか、ダメじゃん。

 

 

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