青春のかけら。

今や死語なのかな。かつては流行歌の詞にもちょくちょく登場した青春という言葉は、聞く機会が激減している。

ガキの頃、と言っても小学生ってわけではなく心がまだガキの頃ここによく来た。生まれ育った地元、町屋にある安居酒屋で血気盛んな気持ちを友とぶつけ合った場所だ。太平山酒蔵は東京ではよく見かけた居酒屋チェーンだが、最近はめっきり減った気がする。どんな形態のチェーン展開かはよく知らないが、想像するにものすごくゆるいフランチャイズなのではなかろうか。それぞれの店の独自性が強い。うちの会社のすぐそばにもあり、絶品煮込みといなたい感じがおっさんにしっくりとくる。

夢を熱く語った日々がここにあるなとしみじみ眺めた。どうやって生きていけばいいかよくわかってもいないのに、根拠のない熱と夢ばかりがあった。議論の中身は今もしもビデオで見たら稚拙極まりないだろうが、何者かになりたい想いが強くあった。酒のいいところは広げた風呂敷がしまえないほど大きくなることだ。加えて若さは風呂敷をどこまでも大きくしてくれる。

「太平山に6時な」とは僕らの合言葉だった。昔BOROさんが『大阪で生まれた女』で青春のかけらを置き忘れたと歌ったが、まさしくここに僕の青春のかけらがある。同じくかけらをたくさん落とした上野の店は、ほぼすべてが今はない。そしてついにここも閉めてしまったのかと、しばし青春のかけらを拾い集めてみたりした(笑)。

朽ちた店ながら取り壊される前でよかった。あの日のままに僕は風呂敷を広げるぞーなんて思えたのだから。いやいや、あの日以上に広げよう。俺たちの青春はこれからだぜ。ねーっ、皆さん!!

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