恐怖の1つ上先輩〜読者さんより楽しい投稿!! 

先日、海の向こうからメッセージが届いた。その一部をご紹介させていただく。

〜私は、40年生まれから少し外れる42年早生まれの丙午学年(→人口少ないんですよね)です。間もなくシンガポール駐在歴丸5年になりますが、数日前に当地の日本人会図書室で貴誌の存在を知りました。今までこんなに貴重な情報誌を存じ上げず失礼致しました(→うれしいっす、よくぞ見つけてくれました)。

私が中1の時の中3、この学年の突っ張り男女の気合の入り方は今でも鮮明に覚えています。横浜銀蠅世代、なんで中3で街でバイク乗り回してるんだ? 女の先輩は焼きそば頭に紅生姜、スカート地べたにズルズル。ちなみに神奈川県です。2つ上程ではないですが、1つ上(→俺たちですな)も十分気合い入ってました。

それと引き換え、丙午の我々は高校入試では定員割れが散見され、大学受験は学生減を恐れる学校側が推薦の枠を一気に拡大に就職はバブル前夜と、ヌルかった思春期のお陰で社会人になってから昨今の“草食系男子”を先取りする競り合いの弱さを露呈しています〜

ありがとうございました。

さて、今がどうだかわからないが、僕らの中学時代は本当に荒れてた。校舎の窓ガラスは歌のごとく割れていたし、消火器は空っぽになっていて役に立たない。イジメも陰湿でひどかった。投稿と同じく1つ上の先輩は凶暴で、目が悪い僕は先輩の顔がよく見えないから街ですれ違うと「挨拶なしかよ」とぶん殴られた。そんな中でいつも守ってくれた先輩が1人だけいて、僕にとっては正義の味方のヒーローに思えた方だった。陸上の長距離が得意で卒業後も母校の指導を続け、弟が大変世話になったから何度かお会いしていた。その先輩とつい先日会社のそばでばったり会った。もう、完全なる直立不動だよ(笑)。仕事でも使わないくらい丁寧な言葉を選び続けた約10分の立ち話しだったが、関係はあの日のままだった。と、こんな風に綴ってみたのは、みなさんからの楽しい話を聞かせてほしいからだ。このブログだけでなく誌面でも読者投稿コーナーを作りたい。創刊当時からの念願である。

  

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