記念日。

2018 年 3 月 31 日 プロデューサー コメント

誕生日を始め結婚記念日などの個人的なものや、国や団体などが名乗る種々だったり、365日なんらかの記念日であふれている。そうそう、我々世代だと失恋記念日なんてのもありますな、真子チャーン!! 今日は僕にとって大きな大きな記念日である。過去のこのブログを見返しても、今日この記念日ネタで3回もお届けしている。ネタとしては個人的なものだが、人生においては極めて大きなものですから今年も綴られていただきましょ。

 

 

中3のこの日に僕は初ライブを敢行した。中1で洋楽にはまり、ギターを買い、仲間を集めてバンドを組んだ。ギタリストが3人と鍵盤、ベース、タイコの6ピースで、ヴォーカリストはいなかった。それぞれの担当楽器が暇な曲をあてがって、均等に分け合って歌ったのは全員人前で歌うのが照れくさかったからだろう。そんな極めてテキトーなバンドで下手くそながら、ライブ終了後の感動と高揚感は大きく、木に登った豚6匹はプロになろうと誓ったのである。単純すぎるバカどもはシーツで日の丸を作り、生涯かけてバンドをやり抜く誓いとなる名前を書き込んだ。弱虫だから血判はできなかったけど(笑)。

 

 

そのまま夢を追い続けた人生だ。10代の本気はかけがいのない宝物であり、今の自分を形作っている。無謀に攻める姿勢を貫いたバンドで、高校2年生時にはレギュラー出演のライブハウスを持つようになり、自主コンサートも仲間の力を借りてすべてを仕切ったりした。その無謀な姿勢こそが『昭和40年男』なんて雑誌を世に送り出すきっと根幹だ。また、ソングライティングを担当したことで、表現や組み立て、バランスなど、今の仕事に大切なイロハを自然と学べた。そして何より、仲間でひとつの表現を組み上げることの喜びがそのまま人生の喜びになったことは僕のベースである。もしも昭和56年3月31日がなかったらまったく異なる人生を歩んでいただろう。

 

 

あの日大活躍した相棒、高校合格祝いに買ってもらった写真のトーカイのコピーモデルは、今も現役でいい音を出してくれる。6万4千円で買った当時は、こんなに頑丈で長く愛用できると思っていなかった。このギターとの出会いも今に繋がる貴重な存在だ。記念日の今宵は引っ張り出して弾くことにしよう。

 

 

  

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