東北・みやぎ復興マラソンの出場断念。

今週末は宮城県で炎のランナーになるはずだった。震災からの復興を感じながら、また復興への願いを込めて走る42.195㎞を心から楽しみにしていたのだが、参加を断念することにした。というのも、僕の大好きな夏を奪い去った要素のひとつである足の痛みがまだ残っているのだ。

8月の上旬にひどく腫れた。大嫌いな病院にも通った。でかい病院も含めて4つの病院を転々とした。が、どこも同じような診察結果と処置で、期待を込めて行った最後の病院で1週間分の飲み薬を渡されてとくに悪化しなければもう来なくていいと言われた。“とくに悪化”ってのがどの程度かわからんが、イベント仕事をこなすとかなり痛む。とはいえ、8月に経験した痛みと比べれば大したことはないからやり過ごしているといった日々だ。

震災の後に僕は『昭和40年男』の記者として被災地に出向いた。悲しみや苦しみのどん底にいる方々の気持ちの中に、土足で入り込んで話を聞いた。僕は同世代諸氏に伝えることは責務なんだと信じ、記事に触れた方々がほんの少しでも復興への願いを強めてくれればいいのだと錦の御旗を立て、発行ペースにあわせて取材と記事作りを敢行した。取材や発行という行為に自問自答を繰り返した日々だ。また行政の対応を知ることによるさまざまな感情で心がささくれたりもした。

今回はそんな現場とは違い、走ることを楽しむことでわずかながらでも復興につながればと喜んでのエントリーだった。コースはさんざん取材したエリアが中心だから感情の起伏が大きいことは覚悟しながらも、笑顔で駆け抜けようと誓っていた。今回ばかりは制限時間ギリギリでいい。思いの強い場所では寄り道をしよう。取材対応していただいた方々への感謝とお詫びの気持ちをコース上に振りまいてこようと、ギリギリまで出場断念宣言はしなかった。が、ついに昨夜断念を決めた。来年もきっと開催されることだろうから1年のお預けだ。参加するランナーたちと大会関係者の健闘を心から祈る。

2件のコメント

  1. ご隠居冷たいですな(>_<)
    宮城のうっかり八べえがお伴いたしますぜ(^^)
    長野の飛び猿(もしくは助◯さん)は難しいかも知れませんが、広島の愚直な格さんは誘えるかも(^^)
    横浜も東京も外れたんでフルデビューに丁度良いかも(^^)v
    何にしてもこうして発信してくれるのは有り難い。
    ちょっと前にLINEに今の気仙沼の写真アップしましたが、復興まだまだ半ばです。
    ありがとうね(^^)

    • では来年はやりましょうか。毎度のことながら日程によりますが。
      復興はまだまだですよね。もっともっと発信しなくちゃ。

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