毛虫のような昭和40年男。

img_3754雨上がりの土手道を歩くと、横断しようとする毛虫やミミズをよく見かける。道半ばでつぶされたり、急に晴れてしまいひからびてしまったミミズなんかもよく見かける。我々の祖先も大陸から対岸を目指して極東の島国にたどり着いた。海を駆け、夢叶わなかった者が多数いたことだろう。

僕は毛虫になって考える。新天地を目指すことだけが男の生き方でないと言えるだけの人生経験は積んできた。ましてや置かれているところに向上の余地があり、歯を食いしばって努力をせねばならない。男としての人生を十分にまっとうできる。でもなぜか向こう側に魅かれる。なにがあるかわからないし、横断する道にはチャリンコや人の往来が激しくて踏まれればひとたまりもない。しかも行程そのものに努力が強いられるのだから本末転倒な苦労にも思えてくる。

でもバカな毛虫は新天地へと旅立つことを選びがちだ。その度に人に迷惑をかけたり、苦労をさせたりするのだからほんとに迷惑な話だ。自身も、つぶされないまでも痛い思いを何度も何度も繰り返してきた。なのに一歩を踏み出してしまうのは、無事に新天地へ渡れた快感と、そこで始まる動きが自分を超越させてくれる気持ちよさを知っているからだ。やれやれとおっさんらしくあざ笑いながら、できるだけ涼しい顔で一歩を踏み出す。社会の大変革の渦中にいる俺たちで、変化のペースよりゆったりと進んでいく毛虫のような昭和40年男だが、目をそらさないでしっかりと進んでゆきたい。がんばれ、雨上がりの毛虫たち!!

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