昭和52年、小6の男の子。

0-100913-07最新号とともにいい週末を過ごしてますか? ビールなんざのんびり呑みながらじっくりと噛みしめていただけたらうれしい。

連載企画の『夢、あふれていた俺たちの時代。』は昭和52年をピックアップした。この特集では、角川映画、『特捜最前線』、上田馬之助、ニューネッシー騒動、原田真二デビュー、そして『銀河鉄道999』を取材やインタビュー記事などで掘り下げていて、どれもこれも貴重な言葉が並び、あの日僕らを興奮させたその背景を知ることができる。ガキから少年への変革期を迎えて、影響の受け方が強くなってきた頃だ。毛が生えたのもこの年だったかなあ(笑)。

僕はこの頃からカセットテープに音楽を保存することを始めた。それまでも流行歌は大好きだったが、その依存度がグーンと増したのはやはり心の変革期だったのだ。歌謡シーンがひとつの沸点を迎えた時期とも重なる、幸せな俺たちだ。シーンを振り返る2ページに目を通すとそれがよーくわかる。そしてその立役者が阿久悠さんなのだ。詳しくは本誌で唸ってくれっ。彼が作詞したジュリーの『勝手にしやがれ』は昭和40年男にとってもっともなじみ深い曲かもしれない。レコード大賞での涙をハッキリと記憶しているタメ年諸氏も多いだろう。

この年はピンクレディーの大活躍やさゆりさんの『津軽海峡冬景色』、前述の原田真二さんの3連発ヒットなどなど僕らをおおいに揺さぶった。『失恋レストラン』なんてヒットもあったなあ。そんな曲たちをテレビでなくラジオで聴くようになり、歌詞の世界に深く入るようになった。その世界を噛み砕くことで僕らは大人の階段を登っていった。まだバーボンは呑んだことがなかったが、酒であることはわかり男の必需品なのだと知った。あばよとさらりと言うのがカッコいい大人なんだと自分に言い聞かせたりもした。

男のやせ我慢の美学を教えてくれる曲は今もあるのだろうか。最近の流行歌はほとんど聴かなくなっちまったからわからんが、僕らは阿久さんの全盛期に多感な時代でよかったとつくづく思う。カッコよさの基本形を自然と知ることができたのだから、ありがたいことだ。

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6件のコメント

  1. 沢田研二さんって、「8時だよ全員集合!」にも良く出てましたよね。

    子供ながらに覚えています。
    聞き分けの無い女のほほを ひとつ ふたつ みっつ よっつ いつつ むっつ ななつ やっつ 張り倒して〜♪
    ドリフコントの中で実際に演奏で歌ってたのが印象的でした。
    他にはたらいが落ちて来るのも面白かったですしね(笑)

    今夜は沢田研二のミュージックカセットテープを、初代型(WM-3)ウォークマンで聞きながら寝るとしますか。
    ところでカレーの件では、翌日の会社での昼弁当をドライカレー作った上に、いなばのタイカレーを掛けて食べましたが、缶詰が色々あって弁当のお供には最高ですね。

    日曜は雑誌を買いに出かけなければ。

    • snow_torajimaさん、コメントありがとうございます。
      そうですね、ギャグもできたシンガーでしたね。ミュージックテープとウォークマンとはうらやましい。きっとグッスリの土曜だったでしょうね。

  2. 本日、休日で本屋へ走りましたよ。嫁さんのホンダ・ライフで。
    インテグラ、HR-V、今はクロスロードのホンダ党です。ライフも2台目。

    あのころのクルマは正に夢や希望の象徴やったようなかんじでしたね。
    しかし今の若い子たちのクルマ離れはなんなんでしょう?

    これから後の記事もゆ~っくり見ます。

    • 320さん、ご購入ありがとうございます。ゆ〜っくり見ますとはうれしいコメントです。休日を楽しんでください。

  3. のちに「勝手にシンドバッド」に繋がる名曲。w
    最近の若者は、ジュリーと言っても何のことだかわからないらしい。

    ところで、P様 まだこの本、家に届かない!くやし~。

    • レオ貴さんありがとうございます。そうかあ、ジュリーが通じないのですね。
      届いてないのは申し訳ないです。確認します。

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