エリック・クラプトンはいかが?

クラプトン毎日利用しているJR浜松町駅でこの看板を見つけた。「そうか、武道館か」と思わずつぶやいてしまった僕で、どうしようかなと悩んでいるところだ。

クラプトンといえばなんといっても『レイラ』をあげる僕だ。その他にも『クリームの素晴らしき世界』や『461 オーシャン・ブールヴァード』などといった好きな作品はあるが、『レイラ』は完全に抜けた存在で、僕にとってのロックの名作ベストテンを選んだとしたらきっと入れるだろう。

2枚組のアナログ盤を、すり切れるほど聴き込んだ高校時代がまるで昨日のことのようだ。パワーが塊になって吹き出してくるようなアルバムだ。関わった人間たち同士が不思議な化学反応を起こして、ものすごい作品に仕上がることがある。『レイラ』は情念とも言えるクラプトンの恋心までもが加わり、さらなるモンスターアルバムとなった。これを受け止めて何度涙したことだろう。タイトルチューンの『レイラ』がこのアルバムのハイライトで、そこまでむかっていくA、B、Cサイドを順にターンテーブルに置き聴き込んでいく。そしていよいよDサイドをセットすると気持ちが引き締まるような気がする。とくにこの最終面の曲の並びは素晴らしく、奥の奥まで聞き逃さないように集中する。そして『レイラ』のイントロで知らず知らずに涙があふれ、ラストの短い曲『庭の木』で幕を閉じると脱力感すら感じることもある。…と、かなりこのアルバムのジャンキーである僕だ。書きながら今宵も聴き込もうかなんて考えているところだ。

だったらこの来日公演に行けばいいじゃねえかとなる。何年か前に出かけて『レイラ』を弾き始めた時はやはり涙があふれた。が、僕にとっては『レイラ』の存在が大きすぎて、もっとたくさんこの作品からやってほしいなとの邪念がライブへの感情移入を邪魔した。それがこの看板を見ても躊躇させている。自分自身に対して「ギターの生き神様を前に失礼だろ」と突っ込んでしまうバカモノだ。

きっとたくさんの『昭和40年男』の読者さんが武道館を目指すだろう。さてさて、どうしたものかなあ?

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