旅先で考える、旅とは? パート3

日本橋から京都までの徒歩の旅企画を、昨日フィニッシュした。歩いていると
いろんなことを考える。そして行きついた、僕にとっての旅とは何か? この
3日間の旅の合間に45歳の自分をちょっくら整理してみようかなと、自分が
これまでしてきた旅を振り返っている。

出張先では呑み屋で旅気分を味わうと昨日書いた。さらに訪れた地をたくさん
歩くことで、仕事モードの中にプチ旅気分を加えたりする。街の表情を観察して
いるといろんなことが見えてくるし、見えるようになっていく自分の成長がうれしい。
ああ、以前だったらこんな発見できなかったなって。そんな成長は日頃の修練に
よるものだから、歩けば歩いた分だけ、すなわち旅した分だけ自分の心は伸びて
いくのだね。そんで昨日の続きですが、僕はやがてバイク雑誌の編集の仕事を
するようになった。カメラマンであり編集者でありライターである武田と、旅の連載
企画をスタートさせたのは98年のことだ。『昭和40年男』にもスタッフとして入って
もらっている、今も大切な相棒の1人である。ヤツとの懸命な取り組みは、これまた
旅感を練り上げていくのに一役買ったのだ。

バイクで旅することの魅力とは? 僕にとっては小さな川を見つけて素っ裸になって
遊ぶことだが、もちろん雑誌でそんなことやったら廃刊一直線だろう。2人が行き
ついたのは、訪れたその地をよく知ることだった。そんなの当たり前だと思われる
かもしれないけれど、誌面からはそこにいない読者さんに伝えるのであるから
大変なことである。プライベートの旅であれば曖昧なままでいい場合もあるし、事実
当時の僕はその程度の旅力だった。たとえば、この地は800年前の噴火でできた
らしい。プライベートだったらそれでいいとしていたが、雑誌の誌面では“らしい”は
極力ひかえたいのは当然であり、また深く報じたい。この地は800年前に、富士山が
噴火した際にできたのだが、そもそもは…、というようにしたいよね。するってえと、
取材に深さが必要になる。そこで現地の人とたくさん話をするという方法に行きついた
のである。爺さま、婆さまの話を聞いたり、ときには小学生の情報だってもらう。
役所や学校に出向いて聞くなど、多ければ多い方がよい。生きた言葉からその地に
ひっそりとたたずんでいるものが浮かび上がれば、取材としては上質ということになる。
そう、先の例のような事実だけでなく、現在の暮らしぶりへとなぜ行きついたとか、
子供たちの笑顔の秘訣とかである。こいつがプライベートの旅に加わったのだ。
だってね、すてきじゃないですか。出会いを楽しみながら、その地のことを深く知る
ことができるのだから。その辺は先の昌さんの取材時に書いたように、極々自然に
やっているでしょ。僕の旅力は、武田との連載で飛躍的にアップしたのだった。

30代も中盤にはいると、海外出張のチャンスもごくまれではあるが巡ってくるように
なった。それまで海外はハワイしか行ったことのなかった僕は、中国の広州を筆頭に、
台湾×2、上海などを巡り、ついに韓国への1人旅まで経験できた。ここでも日常会話の
本を使ってコミュニケーションを楽しんだわけだが、深い話がしたいのは当然のこと。
そこで出張というのが効いてくる。幸いなことにバイク絡みの出張であるわけだから、
メーカーの現地法人が必ず存在する。そこで働く現地の人を紹介してもらうのである。
韓国では現地の方と戦争や北朝鮮の話にまで踏み込んだ。いろんな感情があることを
互いに承知の上で腹を割って話せたのは、それまでの経験でつけた旅力の現れだった
と満足感を得た。同時にもっと旅力を上げていくことが大切だと思った。人生をものすごく
豊かにしてくれることだから。その後イタリアミラノに1人で出張に出かけたときも、それは
それは冒険心に満ちた行動の日々となった。もちろん、1人で呑みにも行ったよ。
な〜んて、自分の旅を振り返りながらの3日間だったのさ。

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