我が青春の居酒屋。

鮒忠浅草を歩いていたらこんな張り紙を見つけてしまった。若かりし日、安居酒屋は僕らの日々を彩ってくれた。今は大嫌いなチェーン店だが、当時は味のあるチェーンが多かったように思う。『養老乃瀧』や、今はすっかり変わっちまった『呑兵衛』なんかは、背伸びする気分を楽しめるわびさびがあった。そこに『つぼ八』や『村さ来』などのチョッピリオシャレ系のチェーンが混じってきて、こちらはどうも馴染めなかった僕だ。当時からおっさんだったということだな(笑)。

渋い系居酒屋チェーンで僕らをもっとも唸らせたのが、この張り紙のあった『鮒忠』と『太平山酒蔵』だった。双方とも串ものが武器になっているのがよい。煮込みがうまいのもポイントが高くもちろん安く呑めた。「今日、鮒忠しない?」なんてバカなセリフが横行していたのだから、類は友を呼ぶものだ。痛風が怖くなかった当時はひたすら瓶のビールを呑み続け、今考えると信じられない量を流し込んでいた。今あんなことをやったら病院おくりになるだろう程の、ホントに凄まじいビール呑みだった。その積み重ねが今の高尿酸値に繋がっているのだろうから仕方ない。

バブルに向かって一直線だった時代と若き日々がシンクロする同世代たちは、オシャレなカフェバーなるところを選択する者もいた。僕はデートでも必ず居酒屋だったが、デートマニュアル雑誌や書籍はこぞってカフェバーを紹介していた。僕のような大酒呑みがカフェバーなんて行ったら会計は寿司屋なみになっちまう。なによりオシャレスペースはどうにもケツが落ち着かない。だから僕のデートにその文字はなかった。

さてさて、この張り紙のあった『鮒忠』は若かりし日に何度も過ごした店だ。まだ締めてそう月日は経っていないだろうと後悔させられた。地元のそばにあった『太平山酒蔵』の町屋店も、先日久しぶりに行こうとしたら影もカタチもなくなっていた。激論を交わしながら呑み続けた想い出の場所がドンドン無くなっていく。当時から馴染みにしてきた居酒屋で残っているところはほとんどないから、よけいに浅草店のこの張り紙が悔やまれたのだった。50歳だものなあ、しみじみ…。

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