大編集後記その五。日本が沈む恐怖体験。

ゴールデンウィークに飲み過ぎ遊び過ぎのみなさん。この週末は静かに読書とビールで過ごしましょう。そうなんです、今日は『昭和40年男』の発売日だ。PRを兼ねてしつこく大編集後記とさせていただこう。

S088-089

第2特集の『夢、あふれていた俺たちの時代』では、昭和48年を取り上げている。この年の暮れに映画『日本沈没』が封切られた。記憶に残っているタメ年男たちは多くいることだろうと取り上げ、特技監督(特撮が主になるシーンやカットの演出を担当)の中野昭慶さんに話をうかがうことができた。当時の現場の熱を感じていただきたいところだ。

「明広、映画でも観に行くか」と、僕は親父によるこの言葉が忘れられない。それが『日本沈没』だった。ローカルネタで恐縮だが、親父と向かったのは東京の荒川区が誇る日暮里金美館なる映画館だ。後に『エマニエル夫人』の上映を決定し、町中に衝撃のポスターを張ってくれた張本人(!?)である。中学生くらいになるとエロ映画に積極的になり、大人を装って入館した同級生たちの武勇伝を何度も聞かされたものだ。残念ながら、そして今思うと不思議なことに、当時の僕にその勇気はなかった。

弟と母親を家に置いてきぼりにして男同士2人で出かけた。しかも夕食後の真っ暗な道を向かったことで危険な香りを感じ、なんとなくハードボイルドな気分を味わえた。『東映まんがまつり』じゃなく『日本沈没』だったこともその気分をおおいに盛り上げてくれ、子供ながらその行動に酔った。そして画面一杯に繰り広げられた日本の恐怖シーンの連続によって、帰り道は親父に質問攻めだったのだ。

それにしても当時、あのスケールで描いたのは見事である。その現場を支えた男の証言は迫力があり、現在の映像への提言もズッシリと響き渡る素晴らしい記事になっているぞ。さあ、ぜひ手に取っていただきたい!!

   

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