ブーム特集その壱。小学3、4年生の想い出。

ふた晩も引っ張りながら、今回の特集テーマ『ブーム』でなにを取り上げたかを、まだ1つも明かしていない。もういい加減にせいっ!!てなことで、いよいよ発表させていただこう。10日に迫った次号の特集で取り上げた、俺たちがハマったブームのまず1つ目は、ジャン!! 
『ローラースルーGOGO』
なるほどっ、これはピッタリフィットじゃないの。昭和49年発売ということなんで、小学3年生の頃だ。記憶のなかに、不思議な存在として残っているのではないだろうか。突如として巻き起こった大ブームでありながら、昭和51年に突然姿を消したのもなんだか妙だった。当時の開発者に登場いただき、その真相を明らかにしているからお楽しみに。また、開発現場の解説なんかもしてもらっている興味深い話で、ぜひお楽しみにしてもらいたい。

僕は買ってもらえなかった。後のフラッシャーもロードマンも買ってもらえなかった。当時はそんなことまったく考えたことがないが、うちはどうやらあまり裕福でなかったようで、高付加価値商品みたいなものとのふれあいが極端に低い。長屋の借家だし、自分の部屋なんかなかった。いやいや、でも当時の東京都荒川区なんかみんな似たり寄ったりで、それでもみんな貧乏なんて思っていなかった。ウルトラ裕福なヤツもクラスに数名いたが、そんなのごく少数だから比べること自体が発想にない。ドングリの背比べのような生活水準のなかで、みんな活気ある暮らしを楽しんでいた。少なくとも僕は貧乏なんて思ったことはなく、ただ厳しい母親が買い与えてくれないのだと我慢していたのだった。

コイツを買ってもらい、フラッシャー付き自転車なりロードマンなりを乗リ回していたヤツは、その後の人生にバイクやクルマが不可欠になっている可能性は高いだろう。僕も家族兼用のママチャリながら自転車が大好きで、小学生のときから1日何10㎞のツーリング、いやサイクリングにはよく出かけていた。この気持ちよさとか旅の気分は、現在オートバイ雑誌がうちの会社の主力になっていることに、少なからず繋がっているかもしれない。そう、たかがブームされどブームで、なにに興味を持つかでその後の人生は大きく舵を切るのである。

さて、ローラースルーに持っている僕の原風景だ。近所には買ってもらった幸せなヤツがわりと多くて、自分は持っていなくとも遊べた。人のローラースルーなのに、みんなで並んで順番を守って遊ぶあたりは、荒川区の子供たちは行儀がいい。だがやがて、不思議な出来事が起こった。事故の心配をしたのかどうかは定かでないが、ある日学校が大量購入したのだ。授業で使ったわけでないからどうゆう予算なのかわからんが、校庭開放の日にどこからだか何10代ものローラースルーが校庭に出てきて、子供たちの取り合いになる。5〜6年生くらいになると子供っぽすぎるのか、あまり興味を示さないようで、僕らが占有できる時間が多かったのはラッキーだったと記憶している。校庭でローラースルー鬼ごっこなんかを楽しんでいたのだから、それはリッチな気分だった。

僕らとのフィット感は抜群だった『ローラースルーGOGO』は、短いながら空前のヒット商品だった。なぜたった2年の販売期間だったのかは、開発者本人からの声を誌面から知ってもらいたい。ただ、51年といえば小学5年生になっているから、いずれにせよ興味は薄まっていたはずだな。そういう意味でも、昭和40年男にとって『ローラースルーGOGO』は、まさに奇跡的なド真ん中ストレートだったのだ。では皆さん、乞うご期待ですぞ。

この記事が気に入ったら
いいね ! しよう

Twitter で

1件のコメント

  1. ローラースルーゴーゴー、持ってたなァ。
    10年前位に買った電動キックボード、未だ現役です。
    自宅から江ノ島まで行ったことも。

    発売当初は公道はしれたけど、今はダメ!
    でもね。。。 (^ω^)

コメントは受け付けていません。