昭和の暮らしと俺たちの部屋 ~大編集後記。

 

さあ、今日よりは 最新号 (vol.75) のご紹介とご購入いただいた皆さまとのシンパシーを作る、大編集後記 をつぶやかせていただく。しばらく続くから覚悟せよ (笑) 。

 

しっとりとした特集タイトル にしてみた。攻撃的に問題提起を煽るタイトルと、こうして寄り添う感じのタイトルを使い分けている。タイトルのみでなく、ビジュアルとの組み合わせによっても攻撃系と寄り添い系に分かれる。最新号は昭和臭が漂うほんわか系だから、ばっちりと皆さんに寄り添っているはずだ。

 

特集冒頭ページは、短い文章ながら毎度何度もひっくり返したり見直したりして書く。終わるとふーっと息をつける感じを味わえるほどで、毎度楽しみにしている作業でもある。ここで言いたかったことの真ん中は、あの頃まだまだ日本は貧しかったということだ。の家は長屋だったから、普通に考えれば貧乏だとの意識を持つはずだが、当時の少なくとも東京荒川区には長屋はもちろん、平屋のトタン張りの家も多かった。風呂のない家も多かったから銭湯はガキどものサロンであり、おっかない親父に怒鳴られる場所でもあった。だから周囲と比べてうちだけがという意識はこれっぽっちもなく、むしろいつも腹一杯のご飯を食えることや、誕生日にプレゼントを買ってもらえる幸福を噛みしめていた。例外的な金持ちがいたにはいたが、一億総中流とはよく言ったものである。

 

今日のビジュアルになっている扉ページの写真は、テレビ画面の 万博 が示すように俺たち世代は幼少時だろう。さすがに丸いちゃぶ台は我が家にあった記憶はないが、叔母の家ではしっかりといい仕事をしていた。そんな昭和臭がハンパでなく、特集冒頭を飾るビジュアルとしてはばっちりだと採用した。炊飯器とポットがまさしく「あったあった」ではなかろうか。家具調のテレビも「あったあった」で、居間の主役にふさわしい佇まいだ。

 

昨日もつぶやいたが、ウチは電気屋だったからお客さんの下請け品を愛用することが多かった。店には最先端が並ぶものの、居間には古い製品ばかりだった。ステレオも家具調のクラシカルなのを長く使っていた。だがお袋の愛用するものだけは新品が充てがわれる。冷蔵庫や洗濯機、そして電子レンジは早々に卸して近所のガキどもを集めては、スポンジケーキ作りを楽しむというデモンストレーションをしていたのはしたたかだな。この最先端技術が居間にあったのだから貧しいなんて思うはずはなく、楽しい昭和ライフを過ごしていたのさ。と、皆さんそれぞれにいい時代の空気感があるはずだから、じっくりと味わっていただきたい。さあ、書店へと走れ!!
 

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