「直角が行く。」連載中のズバリ昭和50年男・渋谷直角。90’sのリアルな空気を刻んだ最新刊『世界の夜は僕のもの』を語る。読プレあり!

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■マンガ家になれるなんて全然思ってなかった 

A: 直角さんは、今回の登場人物たちの中では誰と一番近いフィールドにいた感じですか? 自分の立ち位置…と言いますか。
 
直: やっぱりレオくんにはだいぶ自分を重ねてるところがありますし… マンガ家志望の愛子が考えてることは、まさに当時自分が考えていたことだったり (笑) 。それぞれが結構、分身な感じはありますけど。

『世界の夜は僕のもの』p.238
▲p.238 / 特に明確な夢もなく専門学校の現代アートの学科に入ったレオくんだったが、「雑誌作るの向いてるんじゃない?」と友人に言われ、思いっきり進路をミスった!と不安に…

A: ’90年代当時に、直角さんの友達や、周りにいた人たちのイメージも反映されてたりするんですかね。
 
直: そうっすね。専門学校編なんかは、完全にオレの中のノスタルジーの世界。
 
A: デザイン系とか、そういう専門学校に行かれてたんでしたっけ?
 
直: そう、まさにコレの “現代アートを学ぶ科” にいたんですよ。
 
A: リアルで、編集とかデザインを学ぶつもりだったのに現代アートの方の学科に行っちゃったんですね。
 
直: そうなんです。進路間違えたな~、みたいな (笑) 。
 
A: その専門学校に入るまでは、創作みたいなことは特にしてなかったんですか。
 
直: 最初にマガジンハウスの『Hanako』編集部に電話番のバイトで入った時も、時給がイイからってのがメインでしたし。そこで、デザイナーの人が「お前、変なの描けそうだから」って言ってくれて…。
 
A: 学校でそういう勉強してるんなら、何かしら描けるだろ、タダで描け!みたいな (笑) 。それまでは自分から、マンガ描くぞ!みたいなこともなかった?
 
直: オレの作風ではプロのマンガ家とかは無理だっていうのは思ってて。なんかもっとちゃんとしててマスな感じのもの、『ガロ』系はまたもっとアート寄りに見えるしっていう、そのくらいの感じで、ずっとコンプレックスじゃないですけど… まぁお金になるものだとは全然思ってなかったですね。
 
A: 本を出せるなんて、その当時は夢にも思わず…でしたか。出版社に持ち込みとかも全然?
 
直: なかったですねー。でも実際『CUTiE』みたいなファッション誌とかカルチャー誌に載ってるようなマンガ家さんには憧れてました。マンガ家になれるならそっちの感じがいいなって 。ジャンプとかはもう最初から無理!ってあきらめてたけど (笑) 。
 
A: ファッション誌とかそっち系なら…やっぱ無理か、みたいな。でも『ガロ』系とか ’80年代からの “ヘタウマ” 文脈も見ていたなら、ワンチャン行けんじゃね?的な感覚っていうのもなかったんですか。

『世界の夜は僕のもの』p.93

『世界の夜は僕のもの』p.106
▲p.93 + p.106 / バウンティハンター気分で「元ネタ」探しに夢中のレオくん。トホホな気分の時でもとにかくレコード屋へ

直: いや… 活躍してる人はなんだかんだみんな上手いですし。やっぱり当時のオレとしては、マンガ家になれるなんて全然リアルじゃなかったですね。レオくんみたいにレコードとか買って、いつか役に立つのかな?とか思いながら、でもなんか知識をつけたりしたい、みたいな感じでしたけど。でも、そう思うと、’90年代の人間ってやっぱり甘かったっすよね (笑) 。なんとなくみんな、ふわふわしてたっていうか、そういうんでもまぁいいかなーみたいな感じ、ありましたから。
 
A: なんとなくバブルに乗っかって、ハジけたって言っても、まぁなんか大丈夫なんじゃね? っていう楽観と、その一方で、1999年で人類終わるとか言ってるし、がんばってもこの先わかんねえし… みたいな不安と刹那的な気分もあって。そういう中途半端な中で、ほわほわ~っとしちゃってたのが ’90年代の空気、って感じがしますよね。
 
直: 今回は結構そういう “情緒” を大事にしたかったというか…。当時の現象とかを俯瞰で見るようなものにはしたくなくて。「’90年代とは何だったのか?」みたいなことで集約されない部分を描きたかったんですよね。当時の雰囲気とかニュアンスが、今はもうあんまり残ってないんで。ネットで検索とかしても 、’90年代ってなるとやっぱり、エビアンホルダー、ナイキのエアマックス、サリン、オウム、阪神大震災、あと渋谷系とか、記号だけになっちゃってる。もっと、そのバックとなる感じとかをちゃんと語ったものがあってもいいかな、と。
 
A: そこは読んでてすごく感じました。『昭和50年男』でも、どうしてもそういう “大きな記号” の方に行きがちなんですよね。で、同世代の共通項ってなるともっと幼い頃、小学生時代の『コロコロコミック』とか「ミニ四駆」になっちゃって。’90年代、人それぞれの趣味が確立した頃になると、ちょっとトンがったネタを取り上げてもあんまり多くの読者に響かない。たとえば、『ウゴウゴルーガ』スゴかったよね~?なんてやってみても、そんなに反応がなくて。同世代でも、自分が感じてた空気感とかってなかなか伝わらないなぁ…と思うんですけど、そういう難しいところこそ、もっと伝えていくべきなんでしょうね。
  

■’90年代と “サブカル” …セゾン・パルコ文化と “悪趣味系” の対立軸!?

A: ただ、’90年代の、みんながそれぞれ好きなレコードやCDを買って音楽に夢中になってたり、何かしら自分の好きなものを追いかけてた感じに比べると、今の時代ってどうなんでしょうね?「サブカルは死んだ」 なんて言われますけど、それも必然かって気がして…。せっかくネットで各人がより自由に好きなことを追求できるようになったハズなのに、バズってることこそ正義で、よってたかって一斉にワーッ!と動くノリが強いような? 今の若い人の感覚はだいぶ変質してしまった感じもするんですけど。

直: うーん、それはわかんないですけど…。でも ’90年代カルチャー好きな若い子も多いですよ。そういう人たちにとっての ’90年代は、オレらにとっての ’60年代、’70年代みたいな感覚でとらえられてるっぽい。それなら今回の作品では、よりキラキラした感じで描いてあげようかな、と。この頃の東京ってよかったんだろうな~と感じてもらえる方がいいかなぁって思ったんですよね。

A: 直角さんとしては、若い子にも読んでほしい、当時のことを知ってほしい、っていうマインドはかなりあったんですね。
 
直: そうっすね。自分がふだん交流ある人たちは、ずっと下の20代とかでも、当然文脈的には似ているので… 音楽だったりカルチャー的なものに対する感度もそれなりにあって。そういう人たちと話してると、あんまり変わってないかなって思うし、彼らにも「変わんねぇな~」って思ってほしい、っていうのはありました。でも基本的には、同年代の人が「わかる!」とか「うわー、あった!」っていう楽しみ方をちゃんとできるようにはしておきたかった、ってところですかね。あと、“サブカル” っていうのを僕も言われるままに受け入れてたんですけど、何をもって “サブカル” なのか?っていうのが、実はピンときてないところがあって。

A: え、そうなんですか!?

『世界の夜は僕のもの』p.63
▲p.63 / 文字どおり ’93年頃の渋谷パルコ。当時B1には「パルコブックセンター」が。2012年に一度復活したが、その後新生した現在のパルコに書店が入っていないのはちと悲しい…
『世界の夜は僕のもの』p.102
▲p.102 / 渋谷センター街奥の「クアトロ バイ パルコ」も登場。1Fにレコード店「WAVE」が入っていた

直: 自分が出始めた頃は、いわゆるセゾン文化やパルコ文化、マガジンハウス的な文化に対する、アンチ的な態度がサブカルだ、みたいなイメージが強かったと思うんですよ。オシャレなものなんてしゃらくせえ、みたいなノリがあって。でもオレ自身はめちゃくちゃ、セゾンやマガジンハウス系に影響受けて育った感じなんで。当時は「オマエなんかサブカルじゃねえよ」的なことも言われたし、カフェとか行ってんじゃねえ!ってバカにされたりしましたよ (笑) 。だから、自分のことをサブカルって言われても、オレ、違うって言われる側だったんだけどな…って感じで。だからこそ、当時のこっち系統の語り部って、意外とオレしかいないのかな? だったらコレは描く意義があるのかもしれない、って思ったんですよね。

A: なるほど…。DOMMUNE を観てると宇川直宏さんが、セゾン、パルコ、堤 清二、といったキーワードをよく出してるんですけど、確かにその辺て ’90年代を過ぎて2000年代以降になると、かつてのご威光がだいぶなくなってしまった感じはあって。それに比べるとラフォーレ原宿の方が、まだ “Kawaii” 文化とリンクしてトンがった存在でいられたような。だからこそ復権を狙って一昨年の渋谷パルコ大リニューアルがあって、そこにDOMMUNEが入ったのもすごく分かりやすい文脈だなと思ったんですけど。そういうことも、今回の作品を読んであらためて認識できた気がします。
 
直: 年下の人にとっては、まぁちょっとした “日本の歴史” っていうか (笑) 、あぁ、そんなことあったんだ、パルコって重要だったんだな、とかっていうのを、あらためて知ってほしかったんですよね。
 
A: ですよね…。だってもう、若い人は「WAVE」とかもピンとこないワケですもんね?
 
直: 全然こないと思いますねー。その辺りも本当はもっと… この本では ’96年までしか描けなかったんで、めっちゃ描き残した感じもあるんですよ。できればこの本がとっても売れて、またガッツリ続きが描けたらいいんですけどね。
 
 
(次ページへ続く → ■“知らねーよ!” みたいなコトにこそ、宿るものがある  [3/4] )
 
©Chokkaku Shibuya, Fusosha 2021

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