死語を堂々とつぶやく快感!!

ジャーン!!  このつぶやきでちょくちょく登場する「あたり前田のクラッカー」だ。調べてみるとこの言葉が誕生したのは昭和37年とのことで、時代劇風のコメディ番組『てなもんや三度笠』がその舞台とのこと。製造元の前田製菓が提供していた番組で、藤田まことさん演じるあんかけの時次郎が放ったコントだったそうだ。斬られ役とのもみ合いの末「俺がこんなに強いのも、あたり前田のクラッカ~ッ!」とキメて、胸元から黄門様の印籠のごとくこのクラッカーのパッケージを出したとのこと。うぎゃー、見たい。

 

なんだかかわいい言葉で気に入っていて、ちょくちょく使っているものの僕ら世代直撃ではないことになる。そもそも前田のクラッカーもあまり馴染みがないのに、すんません前田製菓さん。と、メーカーさんのサイトをのぞいてみるとちょっと意外 (失礼) に思えるほどすばらしいメーカーのようだ。ぬぁんと、1918年創業の100年企業である。大正から、そして戦中を生き抜いた前田製菓さんは大阪の堺で前田西洋菓子製造所として誕生したとのことだ。ご興味ある方はこちらをのぞいてみてはいかがだろう。

 

言葉の流行り廃りは早い。罵るように排除していくのは、なんとなく人間の冷たい部分を感じるから僕は反発して死語を愛するのだ。だってね、紙でのアウトプット、つまり僕が生かされている雑誌はもうずいぶん以前から終わっていると言われ続けているもの。でもどっこい、もちろんウチだけでなく多くの出版社が血の滲むような努力を積み重ねている。それは紙だけに可能なコミュニケーションを知っているからに他ならず、何気なく読んでくださっている読者さんも感覚でそれを知っているからだ。僕には「やっぱり紙っていいよね」と、多くの声が届く。その度に涙ぐむのである。

 

ナウでヤング、ジーパン、許してちょんまげなんかも好きだなあ。ナウでヤングは『昭和40年男』編集長にとっては、ラジオにおける必殺技になりつつある。これはこの言葉が使われていた当時、ち~っともナウでヤングでなかった僕の心の叫びだ (笑) 。「ナウいねー」なんてお袋だって使っていて、あたり前田のクラッカーよりだいぶヤングな1980年頃から多くに浸透した。僕がそうだったように、うまく乗り切れていないヤツを罵るように排除したい気持ちが見え隠れするが、今や完全に廃れてしまったから僕に愛されているのさ。さすがに誌面では使わない死語たちだが、僕のつぶやきでは永遠に不滅でーす!!
 

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