祭りだ、祭りだ〜っ。ナシよ!!

と、言いたげな浜松町が誇るスーパーアイドルの小便小僧は現在こんなにカワイイ。その浜松町からほど近い、芝大神宮が開催する日本一の祭りがある。何が日本一かといえば、毎年9月の11日から21日まで続く開催期間の長さだそうだ。かつて「関東のお伊勢さま」と言われた芝大神宮で、江戸時代には全国から参詣者が集まったため開催期間が長くなっていき、口の悪い江戸っ子が「だらだら祭り」 と命名したとのことで、千年以上続く由緒正しい祭りだ。うちの会社が浜松町に移転した2007年以来、毎年決まって祭りのハイライトとなる土日にイベント仕事が舞い込むから、参加どころか見物もしたことがない。今年は当然ながらイベント仕事が次々にキャンセルになっているからもしやと思ったが、やはりこちらも当然ながら極々身内だけでの行事となってしまった。

 

1年半に渡って、祭りだけでなく様々な行事がなくなっている。らのようなおっさんはまだいいにしても、子供たちは本当にかわいそうだ。僕が育った東京都荒川区でも祭りは盛んで、小学生の頃は毎年ごとに御輿を担ぐ場所が出世していく。基本的には場所取りは早い者勝ちであるものの、2人しか担げない点棒の一番前は6年生が担ぐ。中学生は大人神輿に行くのが暗黙のルールだったから、一生に一度のかつ町会から2人だけの特権である。幸いなことに僕の所属した町会は小さかったから同学年の男子は3人しかおらず、親友の長島くんは背が小さかったから自ら大役から引き、僕ともう1人の身長が高い藤原くんが担いだ。少数ながら女子も担いでいたが、その場所を取れるほど男女は平等でなかった。今じゃこんなルールはけしからんとなるのだろうか?

 

出張の多い僕には主張がある。祭りがしっかりしてる街の女はいい。男ももちろんいいが、女はとくに祭りによってかえって女らしさ (今時はこの発言でさえハラスメントと騒ぐのだろうが) を磨くような気がする。そして加えて、ガキどもが年齢の違いをしっかりと胸に刻み込んでいくからだろう、大人を敬う精神が小さな頃より自然と育まれるのである。時に理不尽なこともあるのが年齢差ながら、そんなこたぁ祭りの世界ではあたり前田のクラッカーなこととして受け入れなければならないのである。そうして街の民度が上がっていき、結果過ごしやすい街になるのではあるまいかといつも思わされる。これもやはり、現代社会とは雲泥の差だなあ。

 

去年5年生だったある少年は、去年中止になった祭りの来年こそはいっとーいい場所で担いでやるんだと、グッとこらえたはずだ。そうやって本来積み上げていくべき経験なのに、今年の秋祭りも中止になってしまったのである。一生に一度の機会の喪失だ。小便小僧にはっぴを着付けた方々も、きっと無念に思いながら着せたことだろう。だが感謝したい。この仕上がりは、我々に心の微笑みを提供してくれているのだから。さあ、どうなるんだ来月からの俺たちの暮らしは!!
 

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