「TOKYO 2020」に我想ふ。

今更ながら、僕は昭和40年の7月に東京荒川区で生まれた。下世話な話だが、するってえとおいらがお袋の腹に宿ったのはオリンピック開催期間中だったかもしれない。そうか、だから祭りごとが大好きな男になったのだな。ガッテンガッテン。

 

自分世代を伝えるのに、オリンピックを知らない最高齢者だとのコミュニケーションを使うことが多い。1コ上の先輩方の記憶にあるわけじゃないだろうから、知らないというのは適切な表現でないが、ともかくオリンピックで湧きに湧いた翌年に生まれたのだからこれでいいのだ。東京オリンピック未体験にして最高齢の俺たちは「TOKYO 2020」に歓喜し、人生最大のバカ騒ぎにしてやろうと考えていた。が、なんでこんなことになっちまったんだいと、きっと誰もが思っていることだろう。

 

2019年に放送された、近年大河ドラマでは傑作の一つにして視聴率はふるわなかった『いだてん ~東京オリムピック噺~』は、役所広司さんが感動的だと思えるほどの演技で嘉納治五郎役を務めた。彼の情熱とスピリットが1940年のオリンピックを東京に決めた。が、結局その夢が実らなかったことはご周知のとおりだ。が、その精神は受け継がれて見事アジア初となる東京オリンピックを成功に導いた。戦後のジャパンミラクルを語る上で、何をおいても最も象徴的なことなんだと、僕は常々表現の中に入れ込んでいる。同じく『昭和40年男』では、そんなミラクルを起こした先輩方の努力を食い散らかしているのではあるまいか? 立たねばならないのではあるまいか? これも僕の表現では完全なる常套句になっているから、「TOKYO 2020」は俺たち世代にとって一つの集大成なんだと位置付けていた。そんな僕だから、現在の流れが悲しくて悲しくて。悔しくて悔しくて。

 

今日に至った僕にとっては、これまであったすっもんだや、政府や都の対応なんざどうでもいい瑣末なことだ。つらいのは、1964年の奇跡をリアルに知らない俺たち世代が、それを超える高揚感を作り出すことができないことが確実になってしまったことだ。祭り男が人生最大の祭りにしようと思っていた「TOKYO 2020」が、こうまで日本人の心を分断するものに成り下がってしまったことが、繰り返すが悲しくて悔しい。こうして受け取った東京都の広報誌の表紙が、これっぽっちも晴れやかに感じられない僕の心はすっかり荒んでしまったということだな (泣) 。
 

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