サンシャイン60で“オペラ座の夜”

2010 年 2 月 9 日 編集長 コメント募集中

クイーンの『ジャズ』を手に入れた中1の冬休みである1月5日。
その翌日の1月6日も、生涯忘れられない日になった。
ふらっと遊びに来た叔父が
「去年できたサンシャインとやらを見に行こう」
と俺を誘い出した。


昭和40年男なら鮮明な記憶だろう。
60階建てのビルは話題をかっさらっていったよね。
そしてここには、前日俺が買った地元荒川区にあるレコード店の
店舗面積で3倍はあるだろうという大型店があり、
ちょっと見たいと付き合ってもらった。


すごい量のレコードに興奮する俺。
クイーンもファーストから全部あり、眺めてはため息をついていた。
するとそこに天使が光臨した。
さっきのレストランでビールなんか呑んじゃって
ほろ酔い気分の叔父だ。
「なんか1枚買ってやろうか?」
「?」
一瞬、なにがなんだか信じられないくらいのうれしい言葉にも、
一応遠慮などしてみる中1の俺だった。
このままいつまでも眺められているのなら、
1枚買ってやったほうがいいと判断したのかも知れない。
とにかくめでたいことに1枚買ってもらうこととなった。


ここでの俺は、おもしろい判断をした。
昨日までノミネートしていた欲しいレコードリストからでなく、
買ってもらうのなら少し冒険したいと思ったのだ。
前日以来『ジャズ』を聴き込んでいたことでクイーンにグッと寄っていた。
そしてその中でも名作と誉れ高い『オペラ座の夜』を選択したのだった。

思いがけず手に入れたクイーンの『オペラ座の夜』

思いがけず手に入れたクイーンの『オペラ座の夜』





きっと自分の金ならもっと安全な買い物をしただろう。
安全?
この時点では、大好きな曲が入っていることだ。
エアチェックでカセットに収められているものの、キチンと所有したい曲の存在だ。
だが『オペラ座の夜』には1曲も知っている曲がなかった。
うーん、叔父のおかげで一世一代(それほどか?)の冒険をしたのだ。


ニコニコ顔で抱きしめる。
こうなると少しでも早く帰って聴きたいが、
買ってもらった叔父の行動に付き合うのがエチケットである。
が、うれしい気持ちと焦る気持ちが交錯し
もうサンシャイン60にはなんのときめきもなくなり、
名作への期待ばかりが膨らんでいくのであった。

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“ムスターファ”

2010 年 2 月 8 日 編集長 コメント 2 件

1979年の冬休み、中1だった俺は
生まれて初めてLPレコードを買ったのだが、一晩明けた翌日も
前日同様、まだうれしさがたっぷりと残っていたことを記憶している。
そしてやはり前日同様、
すさまじい集中力で頭からケツまで通して聴いた。
1回目とは印象が変わって聞こえる曲や
好きな曲へと育っていく曲。その変化が楽しい。
そして、1枚を通して聴くことでクイーンのことが理解できたような気がした。


とくに1曲目の“ムスターファ”が気に入り、
何度も繰り返し聴いたのだった。
ミュージックライフでのクイーンのページを何度も読み、
そしてまた聴き込む。
「ここまで愛してもらえればLPも幸せだろう」
というほどのかわいがりぶりであった。
いやあ、今振り返ってもなんであれほどの集中力が
突如として湧いたのだろうと不思議に思える。


それまでの自分にとってのヒーローと完全に異なる存在だった。
正義の味方じゃなくて、しかも外人だ。
写真でしか見たことがないとてもとても遠い存在であるのに、
奏でられる音がグイグイと引きつけるのだ。


それまではラジオや録音したカセットからのものしかふれていなかったのに、
2,500円もの大金を出して所有したことがファンの証だと思った。
ロックというジャンルにふれているという行為が、ちょっぴり誇らしくもあった。
大人の階段を上がったんだなと。
「キッスやベイ・シティ・ローラーズは子供の聴くものさ。
この高い演奏力と音楽性を持つクイーンこそがロックなのさ」
という、はなはだしい誤解をしていた。


クラスにクイーンを真剣に聴いている者はいない。
新学期が始まれば、俺はきっとオピニオンリーダーに違いない。

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  1. Coo
    Coo
    2010 年 2 月 8 日 12:31

    こんにちは。

    私の周辺では女子はBCR、男子はKISSやエアロスミス、もっこりタイツのクィーンが好きとは
    誰にも言えない雰囲気でした。もうちょっと大人な人たちにクィーンみたいな妙なのは女子供の…
    と、今だったら言葉狩りで袋叩きにされるような評価をされていたとはつゆ知らず(笑)

    この春、AC/DCが来るんですね。中学の同級生にファンがいたなぁと懐かしく思い出しました。

  2. 編集部員
    編集長
    2010 年 2 月 9 日 20:21

    そうですよね、もっこりタイツはねぇ。
    でも、最初にはまってしまって。
    その辺は今後展開していきますので見守っていてください。
    今回のAC/DCは行こうか悩みましたが、
    なんだか懐かしいだけの存在に思えてしまってパスしました。

クイーンの『ジャズ』を手に入れた。ばんざ~い!

2010 年 2 月 7 日 編集長 コメント募集中

もらったお年玉で俺が初めて買おうと思ったレコードの
当初の候補は次の通りであった。

世界に捧ぐ/クイーン

世界に捧ぐ/クイーン

at 武道館/チープ・トリック

at 武道館/チープ・トリック




スーパースターはブロンドがお好き/ロッド・スチュワート

スーパースターはブロンドがお好き/ロッド・スチュワート

ストレンジャー/ビリージョエル

ストレンジャー/ビリージョエル




ダイヤトーンポップスベストテン好きで、なおかつ
ミュージックライフが情報源であることが見え見えで、
今改めてみるとちょっぴり恥ずかしい。


まっ、とにかく初めてのLPレコードの購入だ。
少ないお年玉ゆえ計画が大切である。
さんざん見直しながら立てた予算編成では
LPにかけられる予算は2枚分が精一杯。
通常の小遣いではがんばって貯めてもしばらくは無理なことはわかっている。
悩んだよー、すごく。
結局買ったのはクイーンの『ジャズ』。
チャリンコを激しくこいで家へと一直線に帰った。

JAZZ/クイーン

JAZZ/クイーン



針を落とすと中東メロディ(?)炸裂のスゴイ歌で始まり、最後まで一気に聴いた。
下町長屋で聴くのに大音量はもちろん無理だから、
ヘッドフォンをつけてヴォリュームを上げ、
意味のわからない歌詞カードを目で追いかけながら。


今もこの日のことはハッキリと覚えている。
1979年1月5日のことだった。

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洋楽熱をさらに盛り上げた『ミュージックライフ』。

2010 年 2 月 6 日 編集長 コメント募集中

ダイヤトーンポップスベストテンで洋楽に目覚めた中1の俺は、
もっともっと情報が欲しくて、本屋に行った。
するとあるじゃないか、音楽専門誌が。
子供にもそれとわかる高級な紙をふんだんに使った、ぶ厚い平綴じの豪華本。
この『ミュージックライフ』という音楽専門誌を初めて買ったのは78年の暮れのことである。
今も実家の本棚に収まっているこの雑誌と出会ったことで
また洋楽熱がグーンと高まった。


MUSIC LIFEの1978年10月号。表紙はブルース・スプリングスティーンだ

MUSIC LIFE 1978年10月号。表紙は当時29歳のブルース・スプリングスティーンだ。若い!

MUSIC LIFE 1978年11月号。表紙はヴァン・ヘイレンのデイヴ・リー・ロス。

MUSIC LIFE 1978年11月号。ヴァン・ヘイレンのボーカル、デイヴ・リー・ロスが表紙。上半身裸がトレードマーク




やがて、東京FMの『ダイヤトーンポップスベストテン』では
暮れの恒例、年間チャートの発表となった。
録音ボタンを押す手に汗を握り、全曲を録音した。
3位がビージーズの“恋のナイトフィーバー(恋のが渋いっす)”で
2位がビリー・ジョエルの“ストレンジャー”。
そして78年の年間ベストワンは、クイーンの“イッツ・レイト”となった。
5位にランキングされたのがやはりクイーンの“ウィ・アー・ザ・チャンピオン”で
なぜ1位が“イッツ・レイト”なのかと今さらながら疑問だが
そんなランキングだった。

恋のナイトフィーバーストレンジャーイッツレイト


ミュージックライフに掲載されていたクイーンのライヴ写真もかっこよく、
キッスでもベイ・シティ・ローラーズでもないところが俺を刺激した。


そして年が明けた79年の正月。
お年玉を握りしめた俺は、
暮れから何度も通っては眺めるだけだったLPレコードを買いに
レコード店へと走った。

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ダイヤトーンポップスベストテン。

2010 年 2 月 5 日 編集長 コメント 2 件

なぜこれほどすんなり洋楽に目覚めたのかはわからないが、
中1の後半から突如として夢中になった。


兄貴がいるヤツはキッスで、
姉貴がいるヤツはベイ・シティ・ローラーズといった定番洋楽を聴く友達を
かっこいいなと憧れた。

1977年にリリースされたKISS『LOVE GUN』

1977年リリース、KISS『LOVE GUN』

 
1977年にリリースされたベイ・シティ・ローラーズ『恋のゲーム』

1977年リリース、ベイ・シティ・ローラーズ『恋のゲーム』















だが、背伸びして聴かせてもらったものの全然おもしろいと思わなかった。
そんなオピニオンリーダーの1人から教えてもらったラジオ番組が
俺の人生をガラッと変えたのだ。
土曜日の午後にFM東京が放送していた、『ダイヤトーンポップスベストテン』だ。


ザ・ベストテンを夢中で見ていたオレにとって、
この番組から流れてくる音はまったく異次元のものだと感じた。
歌詞の意味がわからないというハンデはあったが、
ザ・ベストテンから流れる日本語の曲だってとくに歌詞を噛み砕いていたわけじゃない。
飛び込んでくるパッケージされた音として感じていたのだから、
英語になったところでさほど影響はなかった。


毎週のランキングをノートにつけたり、
DJのシリア・ポールが言っていることをメモに取ったり、録音して繰り返し聴きこんだり。
骨までしゃぶり尽くすというくらい、利用した。

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  1. mana
    mana
    2010 年 2 月 5 日 13:09

    私のポップスベストテン思い出の曲は
    「ビリージョエルのストレンジャー」
    西城秀樹のヤングマンを買わず
    「ビレッジピープル YMCA」だったり

  2. 編集部員
    編集長
    2010 年 2 月 5 日 13:51

    俺にとって想い出の曲(?)は、

    「♪ダ~~~~~イヤトーン ポップスベストテン♪
    こんにちは、シリアポールです」

    へと続くあのオープニングですね。

熱中時代。~探偵物語の亨が先生に!?~

2010 年 2 月 4 日 編集長 コメント 1 件

熱中時代3
水谷豊が先生?
んなバカな!


あの水谷豊が、というより亨が、小学校の教師を演じるという
衝撃的なビックニュースが飛び込んできたときには耳を疑った。
完全に真逆なんですよ、持っていたイメージと。
優作とショーケンに比べるとやや見劣りはしたが(失礼)、
「アーニキー」で強烈な印象を残した水谷豊は
ワルの香りとトレンドリーダーっぽさを併せ持っていて
不思議な魅力を感じていた。
俺にとってはやはりヒーローの1人だった。
なのに教師?


ところが、番組が始まるとすぐにそんな心配はぶっ飛んだ。
と同時に、変わり果てた水谷豊の姿に
役者という職業のすごさを知った気がした。
独特のなまりで、生徒と同じ目線で悩み苦しむ先生の姿と、
熱中という言葉がピッタリとはまる。


53年の10月に放送がスタートということだから中1のころで、
お笑い芸人の夢をあきらめ、刑事という第2希望にも輝きを見失いつつあった。
そこに教師という新たな希望を持たせてくれたのが、
熱中時代の北野広大先生だった。


熱中時代

そして俺は、志穂美悦子が演じた小糸先生に恋をしたのだった。
余談ながら、池中玄太80キロで坂口良子が演じた鳴山暁子にも恋をした。
うん、恋多き男じゃった。


池中玄太80キロ
※役名を「亮」→「亨」に修正しました。
ご指摘ありがとうございます。

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  1. タカ
    タカ
    2010 年 2 月 5 日 07:11

    揚げ足取りみたいですみませんが………
    水谷豊の役名は「亮」ではなくて「亨」です………。

    直らないので書かせて頂きます。

ショーケン。~大人の男のかっこよさ~

2010 年 2 月 3 日 編集長 コメント募集中

傷だらけの天使

松田優作とほぼ同時期に俺の前に現れたショーケン。
74年にスタートした『傷だらけの天使』で
ショーケンが演じた修は、それはもうかっこよかった。
本放送は小学3年生だったので、おそらく再放送で影響を受けたのだろう。
エンジェルビルの屋上にある掘っ建て小屋にあこがれた。
連んで生きる2人の世界にも。


繰り広げられる日々には
大人の男のかっこよさがギッシリ詰まっていた。
オープニングテーマで流されたシーンは何度見ても飽きなかったし、
ドラマ自体もスリリングでありながら、
スパイスの効きまくったジョーク(やはりオープニングに象徴されるなあ)
といえばいいだろうか、
俺なんかには完全に想定外の世界を次々に見せられ、
大人の香りをビシビシ感じながら
必死についていったといってもいいだろう。


それにしてもぶっ飛んだものがたくさん存在していたんだなあ。
社会問題になるようなモノがあふれていた。
というよりむしろ、社会で問題になるようなモノを
つくろうとしていたように思える。
昭和40年男にとって憧れの男ベスト2が、
試行錯誤しながら打ち込んだ作品を
テレビで触れることができた俺たちって、
今考えたらすごい幸せだよね。

それに、亨を演じた水谷豊の存在も大きいよね。
「アーニキー」はみんな真似したでしょ?



※役名を「亮」→「亨」に修正しました。
ご指摘ありがとうございます。

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ショーケン。

2010 年 2 月 2 日 編集長 コメント募集中

以前にも書いたように、
将来なりたい職業の第2希望に刑事を加えさせたジーパン。
小学校高学年のあの頃は、とにかく刑事物が多かった。
『Gメン75』なんかも夢中で見たし、『大都会』も熱中した。
刑事になりたいのは、正義の味方で平和を守るという
仮面ライダーに起因するところだろうといまさら頷く。
だからすんなりと、なりたい職業として憧れたのだろう。


だが役者になりたいとは一度も思ったことがない。
なんだかね、学芸会で劇とかやっても下手くそだし
国語の教科書を読むときに
先生から起伏をつけて感情を込めて読むように指導されるのも大嫌いだった。
うまいヤツとか見るとなんかウソっぽくてイヤだったし。
ジーパンみたいな刑事にはなりたいけど、
松田優作はカッコイイ役者さんで
それは自分の未来とは無縁の職業という気持ちで見つめていたのだった。


カッコイイ役者たちが演じるキャラクターに憧れていき、
同時に役者さん自身の名も胸に刻んでいく。
そんな成長ができた、小学生高学年。
その中でも圧倒的な存在だったのが松田優作であったが、
もうひとり強烈に男臭さをぶら下げて迫ってきたのがショーケンだった。

傷だらけの天使

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高橋尚子にゃなれないさ。

2010 年 2 月 1 日 編集長 コメント募集中

お待たせしました!!
昨日、茨城県はひたちなか市で開催された第58回勝田全国マラソンに出場し、
毎年恒例のなんちゃってスポーツマンに変身した俺の
激しい闘いのレポートをお届けしよう。


マラソンブームを反映して
過去最高の1万8千人近い参加者を集めた大会会場は
例年にもましてすさまじい混雑だ。
ブームというのはおもしろいもので、女性が牽引するのである。
スリムで健康的な女性が目立つ。
東京マラソンがキッカケになったであろうことはいうまでもないが、
健康指向も相まって女性が飛び付いた格好だな。
その女性たちに群がる男ども…、こうしてブームは形成される。


つい3~4年前まではマラソン雑誌なども数は少なく、
内容もストイックなトレーニング方法だった。
ところが、昨今のマラソン雑誌ときたら、まるで女性ウェアのカタログである。
老舗のマラソン雑誌もそっちの方へと編集方針をふっているのはちょっぴり寂しいが
ブームであること、そして、その潮流を現場で感じていることは、
この仕事をしている自分にとっては悪くないことだ。
なんてちょっぴり分析なんかしてみたりして、
なんちゃってランナーぶりをスポイルする俺なのだ。


つうことで、スタートラインも大混雑で、
号砲がなってもしばらくはダラダラと歩きながらという長い旅のスタートを切った。
俺はこの長旅を4つのステージに分けて意識する。
10kmを3つと最後の12.195kmだ。
入りの10kmはとにかくゆっくりと、体をほぐすくらいの気持ちで行こうと自分に言い聞かせる。
というのも、まわりが速いんですよ。
こういった市民マラソン大会は、俺同様のなんちゃってランナーが多くて、
当然普段から走り込んでいるわけじゃないからハイペースで突っ込む。
みんながそれに着いていこうとするから、どうしても全体的にオーバーペースになる。
するってえと、後半にはバテバテランナーの完成は間違いなし。
そこへいくと俺のように15年以上なんちゃってをやってるベテランは、
ペースを完全に無視してそんなランナーの邪魔者になりながら、
10km地点を通過するのだ。
今回も何千人に抜かれただろうか。
しかし、気にせずマイペースで通過した。


続いての10kmはペースを意識しながらも上がり過ぎないように走りながら、
体に不調がないかをチェックする感覚かな。
20km地点を超えて足や体に異常がなければ、
まず完走は約束されたようなモノ。
ここも問題なく通過した。
そして、ここからの10kmが自己ベストへの道となる。


俺は後半の方が強い。
水分含有量が多いのか、20kmしっかりと汗を流すと体が軽くなるような気がする。
そして始めの10kmで抜きまくっていったランナーたちが極端にペースダウンしてくるから抜きまくる。
これは人間の本能だと思うが
抜かれるより抜く方が燃えてくる。
リズムがよくなる。


30km地点を通過。イイ感じで走れている。
だが、俺は時計をしないため
今、自己ベストに対してどんなペースなのかはわからない。
自己ベストにトライしながら大いなる矛盾だが
「タイムのためだけに走ってンじゃねーもの」
という、支離滅裂な心がある。
自分との闘いを時計ごときに邪魔されたくない、
たどり着いたら結果として自己ベストだったってね。
まっ、とにかくここまではイイ感じ。


さあ、ここまでくれぱキッチリ仕上げだ。
ラストの12.195kmはギリギリまで自分を引っ張り出すぞと気張っていくが、体がついてこない。
細かなアップダウンも効いてきて、なんだか最初の10kmよりスローペースになってしまう。
「がんばれ俺。最後じゃないか」
心の中でつぶやくも、いっこうに体が動かない。
こういうとき、いろんなことを人生や仕事に置き換えるのは
いかがなモノかとちょっとあざ笑いながらも、つい考えてしまう。
とりとめもなく、でも極限の状態が考察を手助けしてくれながらだ。
    ・
    ・
    ・
こんな苦しい思いはしてもなんの得にもならんのになあ。
なんでスタートを切ったのかなあ?

歩いている人や立ち止まっている人がいる。
この人は本当に俺より苦しかったから歩いたのかな?
そもそも人の中にある苦しさを比べことなんかできないよな。

高橋尚子さんもキツイ思いを何度もしながら、
それでも笑っていたんだろうな。

才能ってなんだろうな。努力ってなんだろうな。根性って?
    ・
    ・
    ・
浮かんでは消えていく混沌としたキーワード。
これらをすべて仕事にも置き換えてしまう自分がいたりする。
ダラダラと、でも確実に一歩一歩を踏み出しながら、
ありがとうの気持ちが大きくなっていく。
苦しいよぉ、苦しい、苦しいんだってばー。
でも絶対に歩かない、止まらない。
42.195kmを走り抜くためにここにきたのだから、走り続ける。


ラスト7km。
最後のステージもあとわずかになり、もう一段自分を引き出してみた。
最後じゃないか、出て来い俺の底力(呪文)。
スゴイよ、自分でもビックリする自分が出てきて、ペースが上がっていく。
残り5、4、3、2kmと、もうここいらを走っているすべてのランナーをごぼう抜きにしていく。
先にも触れたが、ほとんどのランナーは時計をしていて、タイムという目標を掲げる。
ここら辺を走っているのは4時間を切るという目標が無理だとわかったランナーたちが大半なのだろう。
が、俺にはそんなこと関係ない。


2kmを切ったところで完全にエネルギーが切れて少しずつペースダウンしたが、
ここまで信じられない底力が出せた影響で心がまったく折れない。
気持ちだけはしっかりと攻めている。
    ・
    ・
    ・
もうすぐだ。

ゴールが見えた。

もう終わる、この長い旅。

ゴール。
すべてにありがとう、こんなにも清々しい気持ちにさせてもらえてありがとう。
    ・
    ・
    ・
年に一度のスポーツマンへの変身は終わり、
スーパー編集長に戻った俺は足を引きずりながら今日の出社を闘った。
いつもより15分前に家を出て、
いつもより10分遅くオフィスに着くという、これまた苦しい闘いだった。


44歳のフルマラソン、4時間11分56秒。
ラストで押しまくれた自分に出会えたことが、
第58回勝田全国マラソン完走の宝物かな。
おっと、あとこの完走いももね。

完走いも

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42.195kmの、いわゆるひとり旅。

2010 年 1 月 31 日 編集長 コメント募集中

本日、ワタクシは年に一度の恒例行事に参加するため、
スポーツマンに変身します。
うん、創刊号で藤岡弘さんも変身しろと熱く語っていたしな。
(ちょっと意味違う? いや大まかには合ってるハズ…)
茨城県はひたちなか市で開催される、第58回勝田全国マラソンに出場するのだ。
おーっ、スゲー。


なんでこんな無謀なことをやるようになったのか?
もともと走り始めたのは高校時代のこと。
歌を始めた頃で、当時はハードロックをメインでやっていたものだから、
ハイトーンを長~く延ばすための肺活量が欲しかった。
手っ取り早くどうすりゃいいかと考えた結果、
陸上同好会に入りロングヘアーをたなびかせ
放課後のグランドを走るようになったのさ。
いやぁ、青春だねぇ。
おかげだかどうだか、
声量だけは人一倍ついたのはたぶんこの頃の努力おかげだろう。


んなわけで、早い遅いは別にして
走ることに苦手意識はないということがベースにあった上でのこと。
25歳のときに3つ下の弟が走るというので、
そいつはスゲエやと応援に行った。
このゴールシーンを見た単純な俺はいたく感動し、
さらに俺にもきっとできると出場を決意した。
以来、仕事の都合で出られない年や、
歌をほとんど歌っていない頃(このころメタボでした)に何年かお休みしたが、
ここ近年は毎年のエントリーを重ねて、
練習らしい練習をほとんどしないながらも、なんとか毎回完走している。


長い前置きになったが、あと数時間後の11時にはスタートして
長い長いひとり旅をして楽しんで(ウソ、苦しんで)、
感動のゴールを迎えるのですよ。
みなさん、心の中で俺のゴールを祈っていてね。


読者の方でエントリーしている人がいたらおもしろいなあ。
走った方がいたら、ぜひメッセージください。
来年は『昭和40年男』の読者同士でゴールを目指そうと企んでいるので、
興味のある方は早速シューズを買いに行くべし。
ヒザにものすごく悪いので、店員さんとよく相談したほうがいいよ。

マラソンはヒザに負担のかかるスポーツなので、シューズ選びは慎重に。かくいう俺もヒザを痛めたことがあるのだ

見よ、俺のカモシカのような脚。マラソンはヒザに負担のかかるスポーツなので、シューズ選びは慎重にしたい。俺もヒザを痛めたことがあるのだ



これまでのベストタイムが4時間1分。
ベストを更新できれば午後3時前にゴールしているということになるけど、
さて結果やいかに???
とにかく、ボロボロになっていることだけは間違いないので、
そのまま本日1日オフとさせていただきます。


つうことで、明日のこのコーナーでは
結果発表を上げたいと思いますので乞うご期待。。
いつもより遅いアップですが、お昼を目指します。
それでは昭和40年男のバカチャレンジへ、
いざ、行ってまいる!!

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