平和と一緒で技術大国ボケしてしまったことも否めない。
ガラパゴス化している産業やプロダクト、技術などなども見渡せばきりがないほど出てくる。
だが、所詮それだけのことで、なーんてことないっすと言ってしまう俺なのだ。
そもそもガラパゴスですよ、四方を海に囲まれているのだから。
逆に陸続きだったら日本人のすばらしい精神は生まれなかった。
そして戦後を支えた高い技術の核は、その日本人の精神性の高さから生まれたものだよ。
ホンダ、ソニーに代表される戦後企業が大躍進を遂げたのは、
仕事の中心に精神がビシッと通っていてぶれないら、新しい技術があふれるように生まれてきた。
鎖国時代にも浮世絵や歌舞伎に代表される優秀なクリエイティブを次々と生みだし、
それらは芸術先進国だった欧州に多大なる影響を与えている。
ゴーギャンなんかすごく好きだっていってくれてるものね。
あの質を練り出せるミラクルは、くどいようだけど高い精神のおかげだ。
明治維新の実現だって、海外から見たらミラクル革命なわけだから。
ちょっとカゼをひいてしまった状態にあるのは、
古から受け継いできたはずの崇高な精神のありがたみを忘れ
やはりどこかで感覚がボケてしまっているせいでしょう。
流行とか価値観の変化はいつの時代もあるものだけど、その土台がしっかりとしていれば問題ない。
今の日本は土台を少々忘れてしまっている、ボケてしまっていることがこのカゼの原因です。
仕事の本質、情報の本質、食の本質、教育の本質…etc.
その本質の中核は古来から受け継いできた精神が宿っていて、だからミラクルな国になれた。
そこを思い出せばカンタンに直せるカゼなんだけど
どうも難しい顔して上っ面しかなめない人が増えていることがよくないよね。
語り継がなくなっていることもよくないわけですよ。
「日本人の誇りをもって、脈々とつながっている日本人の魂をもって戦ってくれた」
ワールドカップからの帰国記者会見で岡田監督が日本中に語ってくれた。
くーっ、こういうことだよね。
ちょうどこんなことを考えていたんで、泣けたよ。
そんでね、結局オチは同じなんだよ。
俺たち昭和40年男が“社会の中間管理職”に就くものとして牽引しなくちゃねって。
あーあ、相変わらず暑苦しいなあ。
さてさて、昨日の宿題はキチンとやってきたかな?
まじめな昭和40年男たちだから、いろいろと考えた方も多いことでしょう。
俺はね、ホントにうれしかったのですよ。
一時よりも力は衰えたとはいえ、経済的にトップクラスの実力を持ち、
人口だってトップ10位の中では飛び抜けて多い上、人口密度もずば抜けて高いわけでしょう。
それで3位というのは、そうした周辺要素も加味すれば堂々の1位といってもいいでしょう。
パチパチパチ。
ただ脳天気に鵜呑みにして喜ぶのはもちろん問題ありなのはわかっています。
アメリカの存在抜きにして平和を語れない国である。
戦ってはいけない自衛隊の前線には、常にアメリカ軍がいるのだからねぇ。
その国が85位と評価されているのはとても皮肉な話で、大変申し訳ない気持ちになる。
また、諸問題による将来への懸念材料も実に多い。
格差社会の顕在化だったり、少子高齢化問題だったり、国債の投げ売りだったりと
問題は山積みで、それらは巡りめぐって平和への悪影響をおよぼすだろうからね。
それでも世界の国々に比べて圧倒的に“危険でない”環境で生きていることの恩恵を、
こういうときに再確認するべきじゃないのかな?
どうもね、平和ボケと言われるように感覚が鈍くなりがちなところだよね。
海外に行くと気をつけるでしょ。
2000年に初めて中国の広州に行ったときに、アテンドしてくれた某メーカーの方から
「夜は絶対に出歩くな」と言われたからね。
それが極端に少なくてすむというのは、
その分のエネルギーをいろいろな事に回せるわけだ。
たとえば夜も比較的安全に歩き回れることで新しいビジネスが生まれたり、
我々のような原稿を書くような仕事に就く人間は
深夜のファミレスで仕事に集中できたりと、実はすばらしいことだ。
そんなことが、水や空気のように生活の中に溶け込んでいるのだから。
平和であるということが、いかに国を豊かにしてきたか。
日本中が再確認することで、相当なパワーになると思うのだけど、
健康と一緒で害してみないとそのありがたみに気が付かないということでしょうね。
さあ、7月に突入だ。
ということは早いもので、今年も後半戦に入ったということになる。
ギャー、はえーよー。
単純に考えると、昭和40年たちの約半数が45歳を迎え、
対象である41年3月生まで入れるとまだ44歳が多いということかな。
いずれにせよ、俺たちはひとつの節目を迎えるのだね。
60歳まで働くとして、あと15年、65歳までやれたとしても後20年しか残っていない。
はたして俺たちが迎えるその時代がどうなっているか、
その辺の未来予想は浅草秘密基地でやりたいものだが、
メチャメチャ明るいよという予測を立てている人は少数派であることは、残念ながら否めないところであろう。
でもね、そこは“根元気”な“社会の中間管理職”を突っ走る、
俺たち昭和40年男がなんとかせんとイカンでしょう。
ちょっと時間がたってしまったけど、先日こんなうれしい発表があった。
喜んだ昭和40年男も多かったのではないかな、世界平和度指数というヤツだ。
149ヶ国を対象にイギリスの調査期間が中心となって、各国の平和具合をランク付けして発表したものだ。
テロの危険性や国内の殺人事件数などなど、23項目でジャッジされて07年から毎年発表しているというもの。
ベストテンを上げると
1位 ニュージーランド
2位 アイスランド
3位 日本
4位 オーストリア
5位 ノルウェー
6位 アイルランド
7位 デンマーク
8位 ルクセンブルク
9位 フィンランド
10位 スウェーデン
と圧倒的に強い欧州軍団が8ヶ国に対して、
1位と3位が健闘してるという結果で、堂々の3位である。
これほどの上位に、しかも去年の7位からのランクアップというのは
正直な気持ちとして“?”が付く方も多いと思うが、まずは喜んでいいのではないだろうか。
気になる国では、お隣の韓国が43位、注目の中国は80位、ふーむアメリカが85位、
将軍様の北朝鮮は139位、ロシア143位ってこんなに下かよと驚いて、
イラクが最下位ということで納得させられた。
北朝鮮の下にまだ10ヶ国もいてその中にロシアがいるというのは、
これまたちょっと“?”だが、さてさてみなさん、このランキングに何を感じます?
長くなりそうだから明日へと続く。
みなさん、昨夜は盛り上がりましたか?
さぞかし寝不足のことでしょう。
ありきたりかもしれないですが、感動をありがとうですね。
俺はバイク雑誌の〆切で追い回されていた。
日本中が熱狂している昨日、最終日を迎えたのは『風まかせ』という大人向けのバイク雑誌だ。
ちょっと解説すると、俺たち世代はまさにバイクブームを牽引した中心層である。
1982年に国内販売台数の頂点を迎えた。
そのころを振り返れば、きっとクラスの1人や2人は停学だの骨折って入院しただの、
バイクのトラブルを思い出す昭和40年男も多いことだろう。
やがて多くの人はクルマへと心は移っていき、バイクから遠ざかっていった。
そんな大人たちがバイクに戻ってくることを業界ではリターンライダー(そのまんま!)と呼ぶのだ。
企画立案は5年前にさかのぼる。
このリターンライダーがにわかに騒がれ始めた。
バイク雑誌をいくつかつくっている出版社としては見逃す手はないとアレコレ企画を考えた末、
大人向けバイク雑誌の名作『風まかせ』が誕生したのである。
俺の仕事は『昭和40年男』同様、雑誌名から方向性、コンセプトやテイストにいたるまでを根性で作り込むことだっだ。
徹底的に年上のライダーたちと話し込んで、当時の社会の流れなども加味して見出したテーマが“和テイスト”だった。
バイクというとなんだか横文字が並び、外人の方が似合うイメージだが、
日本の4メーカーはそのまま世界の4メーカーであり、日本の重要な産業なのである。
ここに“和テイスト”を持ち込むことに、なんら不思議はないと考えた。
堀江さんが時代の寵児としてもてはやされ、チョイワルオヤジがカッチョイイとされ、
そこにカウンターとなるように「国家の品格」なる書がベストセラーになっていた頃だ。
うちもバイク雑誌業界でカウンターカルチャーを作れると、この世界観を創りあげながら身震いしたのだった。
タイトルもズバリ“風まかせ”としたのだが、これが企画段階ではものすごく評判悪かった。
俺はこれ以上ないタイトルだと自信を持っていたのだが…。
いやいや、この酷評こそがカウンターには大切なことなのだということを、身を持って体験することができた。
まんまとターゲットである大人たちから大きな支持を受け、
またひとつ伝説を作っちゃったのである(ちょっと言い過ぎ)。
毎回、表紙を作り込む。
とくにタイトルは重要であることはいうまでもなく、今回は“我、心のままに旅する男なり”とした。
ここでも“和テイスト”を大事にする。
これまでも“我、懲りない男なり”とか“我、生涯現役なり”とか、名作が多い(笑)。
編集部内では“我なり語”と呼んでいるのだ。
そんなタイトルワークと、毎号やっている重い仕事が入魂の詩を綴ること。
ぜひ、立ち読みでもよいですから書店をのぞいてみてください。
特集のド頭で「昭和40年男」でも大活躍してるカメラマン武田のすばらしい写真を邪魔するようにのっけている。
発売は7月6日ですよーん。
とまあ、昨日はこんなことをやっていたのさ。
開催以来、連続8回にもおよぶ編集部員による呑み会から一転して、
少しずつではあるものの新しい仲間を増やしつつある
浅草秘密基地のレポートだ。
いつも通りギターのセッティングをしていると早くも来場者が2人現れた。
もうすぐ30年のつき合いとなる音楽家の浩平(昭和42年男)が、
昭和40年男である勝山さんを連れてきてくれた。
浩平とはパパ友だそうで、とてもパワフルな男である。
モッズへの愛がバシバシあふれていて、行動もすごい。
先日も福岡、熊本とライヴを追っかけたそうだ。
さらに出待ちもするとのことで、もうその情熱の注ぎ方はハンパではない。
仕事もキッチリとこなす彼の夕べのすばらしいひと言は
「男は変身できなきゃダメ」
職種(ここでは明かしませんが)とはかけ離れたキャラがおもしろい。
「前回遅いと言われたので」
と足立さんは8時を少し回ったところで登場した。
続けざまに、初参加となる程島(珍しい名前っす)さんが来店。
細身で若々しいルックスに思わず歳を聞いてしまったが、
昭和41年1月生まれとのことだ、若いっ。
最新号を購入してくれこの日の参加となった。
愛車であるフォルクスワーゲンのヴァナゴンが愛車である彼は、
そのミニカーを200台近く所有し、さらに庭の芝生を
フォルクスワーゲンのロゴマーク型に生やすという徹底(変態)ぶりだ。
携帯に収められた写真を見ながら大爆笑なのであった。
編集部員の金子さんは後輩の八木さんを伴って、ちょっと遅い来店となった。
八木さんは映像関係の仕事で、年の1/3を中国で過ごすそうだ。
最新中国事情に皆興味深げに耳を傾けた。
万博は9月が狙い目ではないかとのアドバイスをくれた。
金子さんは古い自動車専門誌を持ってきて、皆と盛り上がっている。
やっぱり車ネタは共通なんだね。
少し遅れてこの集いの番長(本人は散々いやがっていたけど、あえて今日もこう呼ぼう)こと
伊藤さんの登場だ。
杢師さんが9時過ぎに登場して、はい撮影ですよ、カシャ。
一般客がアンプの前に入ってしまい、演奏はできないうちに11時を迎えてチラホラ家路につく。
だが、浩平と勝山さん、杢師さんが粘ってくれ、
アンプ前のお客さんが撤収すると遅い遅い演奏タイムになった。
たった3人ながら、久しぶりに緊張した。
というのも、浩平は普段俺と一緒に音楽を紡ぐ仲間であって、
俺の歌を高いところへ持っていってくれる存在であり、聞いてもらう人間ではない。
さらにその連れがいる。
なんだか妙に緊張しながら、ましてやこの2人の来店が早かったため
リハ-サルしていないことで喉を意識してしまい、ちょっと散漫になってしまった。
こういう日って滑らかさが足らない。
ミスも連発するし。
でも、緊張感を味わうのってきっといいことだよね。
喉ならしにザ・バンドの名曲“ウエイト”から入り、
さっ、営業しなきゃと“Hey 相棒”でミス連発となんかリズムがホロボロで、
これじゃあ営業妨害じゃねーかと自分に突っ込んだりして。
もう一発オリジナルで汚名返上しようと“ジョージ”から、
ブルースっぽくアレンジしたみんな大好きビートルズの
“アイ・ソー・ハー・スタンディングゼア”でなんとか締めた。
マスターから「おやすみナンバーは?」とうながされ“そっとおやすみ”…、じゃなく
シオンさんのカバーで“クロージング・タイム”でおしまい。
3人以外にお客さんがいないのをいいことに、
杢師さんが持ってきてくれたストラト・キャスターを試奏させてもらった。
いやー、久しぶりに弾いたけどよいね。
俺の使っているテレキャスターのやれた音と比べると、すごく美人の音がする。
なんだか俺のがさつな指を拾ってくれるそのイイ女ぶりにふおーりん・らぶだよ。
勝山さんからアンコールでRCサクセションの“いい事ばかりはありゃしない”を歌うと、
あれっ? サビでチャボがいるよ。
彼が完璧にハモってくれ、楽しい夜にケリをつけたのだった。
「OKチャボ、また来てくれよな」
この日の会議で決定したことは、懐かしの“モノ”をなにか持ってこようということ。
来週はスーパーカー消しゴム大会を開催するので、みんな押入を再点検しましょう。
BOXYも忘れずにね!!
いやあ、日本代表チーム強いじゃないの。
まさに日本中が盛り上がっている中で、ちょっと“?”な俺です。
というのも、カメルーン戦は浅草秘密基地とぶつかってしまい応援できず、
オランダ戦は高知で必死の応援も虚しく敗退してしまった。
大一番となったデンマーク戦の日は飲み過ぎてしまい、いびきをかいていました(泣)。
明日も〆切をかかえていてたぶん見られない。
ちょっと待てよ。
これで明日勝つとジンクスになる?
俺が応援できないと勝つ…、ということになるよね。
いや、もうすでにジンクスとなっている?
やだよ、そんなの信じないよね、皆さん。
明日勝ってベスト4をかけた大一番、俺はどうするべきか?
そんなことを議論するべく、本日も浅草秘密基地は開催されます。
先週みたいに新しいお友達が増えちゃって、盛り上がるとうれしいっす。
俺は今日もしっかりと歌いますので、みなさん乞うご期待!!
えっ、いらないってか?
そんなこと言わんと、聴いてやってちょうだいな。
それでは皆さん、待ってま~す。
仕事で上野に来た。
バンド時代はずっとこの街で働いていたので、いつ来ても懐かしい気持ちにさせられる。
長い打ち合わせで腹ぺこだ。
昼のピーク時間は完全に過ぎていたから、選択が贅沢になる。
いやねえ、やはり名店は混んでいるのですよ。
観光客とビジネスマンがごった返していて、1時すぎまでは入る気にならないほどだ。
上野は飲食店の数は多いものの、ホントにうまい店は少ないからどうしても集中してしまう。
どうしようかな、上野といえばトンカツかそばだな(焼き肉とカレーの名店デリーとかも)。
トンカツなら絶対に“双葉”っす。
でもね、高いんだよねえ。
値段以上の感動はあるけど、前日はずいぶんと呑んだからやさしくそばにしようと決定した。
気合を込めて食べるそば屋が、上野には3店ある。
蓮玉庵(台東区上野2ー8ー7)と翁庵(台東区東上野3ー39ー8)、
そして上野薮そば(台東区上野6ー9ー16)だ。
好きな蕎麦屋の基準は、江戸そばと呼ぶにふさわしい仕事がしてあり、
庶民的な雰囲気であり、おばちゃんが元気で、量(ここ大事)もそこそこであることだ。
例えば浅草薮そばとか赤坂砂場とか、ものすごくうまいけど
俺はバーコードそばと呼んでいる。
そのまんま、バーコード状に盛られているのである。
思いがけない金が入り込んだ財政が豊かなときなどでないと、
ちょっと腹が立つほど少ないのである。
もともと、そばは量の少ないメニューであるから、
大食らいの俺には厳しいのであるが大好きなのだ。
人類は麺類(笑)。魅力的な麺は数多いが、
どうしてもひとつを選べという意地悪なヤツがいたら泣きながらそばと答えるだろう。
つうわけで、この日の気分はそばをしっかりと食べる。
スイッチはバッチリと入り、はしごすることを決定したうえでまずは薮へと足を運んだ。
久しぶりだなあ。たぶん5年とか7年とか経っていると思う。
メニューを広げると、ゲッ、高い。
せいろ750円? 確か600円だったと記憶しているがあまり正確でない。
少々ガッカリしながらもせいろをオーダーした。
やっぱりこの時間は正解だな。
まばらな客ながら、みなせいろものをズルズルとやっている。
腹が鳴る鳴る、薮そばで。
運ばれてきた。うん、いいねぇ。
少々高いがバーコードではない。
しっかりと腰の強い、この時期としては不思議なほど香りが高いそばをそのままいただく。
ここのつゆはすごく辛いから、江戸っ子を気取ってちょこんと付けて食べて大満足なようになっている。
こういういいそば屋では、段階を考えたうえで遊ぶ。
そばだけ→ほんのちょっとのつゆ→薬味投入→わさび投入といった具合だ。
ふーっ、最高っす。
さあさ、もう一パイ。
さんざん迷って翁庵にした。
ここは名店として紹介されることはあまり多くないが、
俺には絶対的な存在で、この3店の中でもっとも庶民的な雰囲気の店だ。
客の7割が注文するネギせいろの大盛りを迷わずオーダーした。
あったかいつゆにネギとイカのかき揚げが入っていて、これがたまらんのですよ。
薮に比べると甘いつゆながら、かき揚げと相まって最高っす。
もうなにも考えずにジャブジャブつけてちょうだいな。
客の年齢層が圧倒的に高いのは、ここが長く愛されているから。
グルメ騒ぎにあまり踊らされていないからかもしれない。
もう2時過ぎだというのに次から次へと客が入ってきて、
先の通りみなネギせいろを頼むという不思議な空間だ。
酒を呑んでいるおっちゃんも多い。
いかにも上野のそば屋という感じがいいよ。
なんか高知のレポートで調子に乗っていますが、
決して正確な舌を持ったグルメ野郎ではないので、
その辺を踏まえたうえで上野に出かけたらだまされてみてください。
今回の3番勝負、最大の山場でしょう。
なんてったって仮面ライダーな俺たちにとって、ライバルとなるキャラクターはいるのか?
さんざん悩んだうえ最新号の表紙の力を借りればいい戦いになるのではと、
キカイダーをぶつけてみた。
当時の記憶を掘り起こすと、キカイダーの左右非対称の衝撃が鮮明によみがえる。
賛否両論いろいろあったようですなあ。
俺の記憶は、衝撃からカッコいいへと変わるのにそう時間はかからず、
よく絵に描いていたっけ。
上手に描きやすいキャラだった。
それとキカイダーといえばあのサイドカーが大きな魅力だった。
バイク雑誌もつくっている俺だからね、ちょっと解説しちゃうと
マッハというカワサキの2ストローク3気筒バイクだったのですよ。
500ccで当時としては画期的なバイクだった。
ものすごくピーキーなマシンで乗れるもんなら乗ってみろという、
今にも続くカワサキのイメージを作り上げた歴史的な1台といってもよいでしょう。
サイドカーモデルは、東京モーターショーに参考出品されたコンセプトモデルで、
これに目をつけるとはさすがテレビピープルだね、お目が高い。
それにしてもあのハイパワーのじゃじゃ馬にサイドカーを付けて、
ものの見事に操るライダーは相当の腕前ですな。
ダートコースでガリガリにリヤを流すあたり、もう最高っす。
仮面ライダーも主題歌の冒頭にバイクのエンジン音が入ってたじゃない。
2ストバキバキの音が。
俺たちは小学生の低学年時代に2人のライダーによる洗脳を受けていたのだ。
だから多くの男の子はバイクにあこがれを持ち、
その後の80年代バイクブームを形成する構成員となったのだね。
そのおかげで俺はバイク雑誌の仕事をやるようになって、
今ここに至って『昭和40年男』なるものをつくって、
こうして皆さんと対峙しているのかと思うと
2人のライダーに感謝せねばならないことになる。
ありがとうございます!!
バイクに乗って悪と戦うというリアリティは
以前このブログでも書いたけど、自分でも“なれる”かも知れないと思わせてくれた。
キカイダーみたいに機械が頭の中に埋まっているのは嫌だけど、
仮面ライダーのようにカッチョよく変身できるなら、ぜひなりたいと思った。
いや、大人になったらなれると思っていた時期もある。
そういう意味でも実写で見せてくれたのは大きい。
ますますリアリティを感じてしまうバカな小学生だったから。
ほんとはマジンガーZの兜甲児の方が近いじゃない。
ホバー・パイルダーを操縦して、ロボットと合体するのってね。
でもアニメの世界は夢の世界で、あこがれはするものの、ああ、こりゃー無理だってか。
さあさ、この勝負。
よーく考えて投票してちょうだいね。
なんてったって、俺の恩人なのだからさ。
今回の3番勝負は、我ながら冴えているなと密かにうなづいていたりする。
だってねぇ、マジンガーZ対ゲッターロボなんて映画にもなった対決ですゼ。
(正確にはグレートマジンガーじゃが)
さらに2発めのこの対決なんて、もうみなさん悩みまくったうえで投票している姿が目に浮かぶようです。
コメントを付けていただいた方の「歌で投票しました」というのも、うなずきまくりだ。
その彼はミラーマンの歌で決定したとおっしゃっていますが、
スペクトルマンを連呼するあの歌もすてきだよ。
ほら、今これを読んでいるあなたの中にこだまし始めたでしょう。
そこしか思い浮かばない俺だったりします。
それにしても、この2人(?)すごくカッコ悪い。
こんなヒーローに一喜一憂していたのですなあ。
とくにスペクトルマンのボディは泣けてくるよ。
でもね、やっはり創成期のよさというか味が出ているよね。
こんな部分にも俺たち昭和40年男のパワーやセンスの源泉があるように思えてならない。
本質の部分ではキチンとぶっとい仕上がりになっていて、
デザイン的にも耐久性があると感じるのは俺だけではないだろう。
今さらながら感謝の気持ちにあふれているのであった。
ネットをプラプラしていると思い出して深くうなづくことしばしばで、
スペクトルマンは公害問題をテーマにして子供たちに正義の正しさを説いていたのですな。
作り手が本当に子供のことを考えているのだなと、やはり改めて感謝の気持ちになる。
俺たちの心の中にしっかりと根付いているのではないか?
正しいことがきっと世の中や世界を変えると信じられる、おバカな俺たちのベースだよ。
ちなみに、この2人ずいぶんと顔似ていたんだね(笑)。
♪ スペクトルマ~ン ゴーゴーゴーゴーゴーゴー!!!
3番勝負は、小さな小さなコーナーであるが、
実はすごく楽しみにしている企画である。
毎度出題を考えるのも楽しく、少数であるが
ネット経由での応募やコメントに一喜一憂している次第だ。
そして今回対決の一つがマジンガーZ対ゲッターロボである。
専門的に掘り下げてアレコレ論じるのはちょっと知識が乏しいのと、
ネットで検索かければいくらでも出てくるのでその辺は避けて、
個人的な想い出を語る(いらねーってか)。
この対決悩みますよね。
俺自身がどちらに軍配をあげるのかはもう少し時間をいただくことにする。
俺とマジンガーZとの深い関係の話だ。
真っ先に記憶が甦るのは、
お金持ち連中(荒川区にはほとんどいなかったが)が持っていた超合金の存在だ。
欲しかった。すご~く欲しかった。
仮面ライダーのベルトについで、子供のころ欲しかった玩具の第2位に輝く、
あこがれの存在だった。
だが、電気屋の息子が買ってもらえるわけなく、
諦めながらも手にしたのはプラモデルだった。
「超合金よりデカイのさ。ちょっと軽いけどね」
などと自分に言い聞かせながら、せっせと貯めた小遣いで買った日のうれしかったこと。
当時俺の小遣いは週払いだったので月曜日にもらうのだ。
約1ヶ月の間、社交場である駄菓子屋通いをほとんどやめた。
仲間から最近つき合いが悪いなどと言われながら、あんずへの禁断症状と戦いながら、
すもも食った後の赤い口のヤツをうらやましがりながら、だが俺はがんばったのだ。
そしてやっとプラモの価格に届いた月曜日に、ソッコーで購入してサルのように組み立てた。
無言で手を休めることなく、ただひたすら組み立てた。
今思えば、この集中力があればどんな仕事でもこなせるだろう。
できたー!!!
うーっ、カッチョイイ。
超合金なんかダサイとさえ思えた仕上がりだった。
そして今だ!! パイルダーオン!!
うーっ、カッチョイイ。
完璧だよと眺めていたら、ホバー・パイルダーが抜けなくなっちまった。
まだ半乾きだった接着剤の仕業ね。
ふぇっふぇっ(涙)。
俺の1ヶ月を返せーっ。
叫びが荒川2丁目に響き渡ったのだった。
一方のゲッター・ロボといえば、あの見事な変身に心躍った。
でもね、マジンガーZプラモ事件のせいもあって、
なにも欲しがらないよい子だったのさ。