水谷豊が先生?
んなバカな!
あの水谷豊が、というより亨が、小学校の教師を演じるという
衝撃的なビックニュースが飛び込んできたときには耳を疑った。
完全に真逆なんですよ、持っていたイメージと。
優作とショーケンに比べるとやや見劣りはしたが(失礼)、
「アーニキー」で強烈な印象を残した水谷豊は
ワルの香りとトレンドリーダーっぽさを併せ持っていて
不思議な魅力を感じていた。
俺にとってはやはりヒーローの1人だった。
なのに教師?
ところが、番組が始まるとすぐにそんな心配はぶっ飛んだ。
と同時に、変わり果てた水谷豊の姿に
役者という職業のすごさを知った気がした。
独特のなまりで、生徒と同じ目線で悩み苦しむ先生の姿と、
熱中という言葉がピッタリとはまる。
53年の10月に放送がスタートということだから中1のころで、
お笑い芸人の夢をあきらめ、刑事という第2希望にも輝きを見失いつつあった。
そこに教師という新たな希望を持たせてくれたのが、
熱中時代の北野広大先生だった。
そして俺は、志穂美悦子が演じた小糸先生に恋をしたのだった。
余談ながら、池中玄太80キロで坂口良子が演じた鳴山暁子にも恋をした。
うん、恋多き男じゃった。
※役名を「亮」→「亨」に修正しました。
ご指摘ありがとうございます。
松田優作とほぼ同時期に俺の前に現れたショーケン。
74年にスタートした『傷だらけの天使』で
ショーケンが演じた修は、それはもうかっこよかった。
本放送は小学3年生だったので、おそらく再放送で影響を受けたのだろう。
エンジェルビルの屋上にある掘っ建て小屋にあこがれた。
連んで生きる2人の世界にも。
繰り広げられる日々には
大人の男のかっこよさがギッシリ詰まっていた。
オープニングテーマで流されたシーンは何度見ても飽きなかったし、
ドラマ自体もスリリングでありながら、
スパイスの効きまくったジョーク(やはりオープニングに象徴されるなあ)
といえばいいだろうか、
俺なんかには完全に想定外の世界を次々に見せられ、
大人の香りをビシビシ感じながら
必死についていったといってもいいだろう。
それにしてもぶっ飛んだものがたくさん存在していたんだなあ。
社会問題になるようなモノがあふれていた。
というよりむしろ、社会で問題になるようなモノを
つくろうとしていたように思える。
昭和40年男にとって憧れの男ベスト2が、
試行錯誤しながら打ち込んだ作品を
テレビで触れることができた俺たちって、
今考えたらすごい幸せだよね。
それに、亨を演じた水谷豊の存在も大きいよね。
「アーニキー」はみんな真似したでしょ?
※役名を「亮」→「亨」に修正しました。
ご指摘ありがとうございます。
以前にも書いたように、
将来なりたい職業の第2希望に刑事を加えさせたジーパン。
小学校高学年のあの頃は、とにかく刑事物が多かった。
『Gメン75』なんかも夢中で見たし、『大都会』も熱中した。
刑事になりたいのは、正義の味方で平和を守るという
仮面ライダーに起因するところだろうといまさら頷く。
だからすんなりと、なりたい職業として憧れたのだろう。
だが役者になりたいとは一度も思ったことがない。
なんだかね、学芸会で劇とかやっても下手くそだし
国語の教科書を読むときに
先生から起伏をつけて感情を込めて読むように指導されるのも大嫌いだった。
うまいヤツとか見るとなんかウソっぽくてイヤだったし。
ジーパンみたいな刑事にはなりたいけど、
松田優作はカッコイイ役者さんで
それは自分の未来とは無縁の職業という気持ちで見つめていたのだった。
カッコイイ役者たちが演じるキャラクターに憧れていき、
同時に役者さん自身の名も胸に刻んでいく。
そんな成長ができた、小学生高学年。
その中でも圧倒的な存在だったのが松田優作であったが、
もうひとり強烈に男臭さをぶら下げて迫ってきたのがショーケンだった。

お待たせしました!!
昨日、茨城県はひたちなか市で開催された第58回勝田全国マラソンに出場し、
毎年恒例のなんちゃってスポーツマンに変身した俺の
激しい闘いのレポートをお届けしよう。
マラソンブームを反映して
過去最高の1万8千人近い参加者を集めた大会会場は
例年にもましてすさまじい混雑だ。
ブームというのはおもしろいもので、女性が牽引するのである。
スリムで健康的な女性が目立つ。
東京マラソンがキッカケになったであろうことはいうまでもないが、
健康指向も相まって女性が飛び付いた格好だな。
その女性たちに群がる男ども…、こうしてブームは形成される。
つい3~4年前まではマラソン雑誌なども数は少なく、
内容もストイックなトレーニング方法だった。
ところが、昨今のマラソン雑誌ときたら、まるで女性ウェアのカタログである。
老舗のマラソン雑誌もそっちの方へと編集方針をふっているのはちょっぴり寂しいが
ブームであること、そして、その潮流を現場で感じていることは、
この仕事をしている自分にとっては悪くないことだ。
なんてちょっぴり分析なんかしてみたりして、
なんちゃってランナーぶりをスポイルする俺なのだ。
つうことで、スタートラインも大混雑で、
号砲がなってもしばらくはダラダラと歩きながらという長い旅のスタートを切った。
俺はこの長旅を4つのステージに分けて意識する。
10kmを3つと最後の12.195kmだ。
入りの10kmはとにかくゆっくりと、体をほぐすくらいの気持ちで行こうと自分に言い聞かせる。
というのも、まわりが速いんですよ。
こういった市民マラソン大会は、俺同様のなんちゃってランナーが多くて、
当然普段から走り込んでいるわけじゃないからハイペースで突っ込む。
みんながそれに着いていこうとするから、どうしても全体的にオーバーペースになる。
するってえと、後半にはバテバテランナーの完成は間違いなし。
そこへいくと俺のように15年以上なんちゃってをやってるベテランは、
ペースを完全に無視してそんなランナーの邪魔者になりながら、
10km地点を通過するのだ。
今回も何千人に抜かれただろうか。
しかし、気にせずマイペースで通過した。
続いての10kmはペースを意識しながらも上がり過ぎないように走りながら、
体に不調がないかをチェックする感覚かな。
20km地点を超えて足や体に異常がなければ、
まず完走は約束されたようなモノ。
ここも問題なく通過した。
そして、ここからの10kmが自己ベストへの道となる。
俺は後半の方が強い。
水分含有量が多いのか、20kmしっかりと汗を流すと体が軽くなるような気がする。
そして始めの10kmで抜きまくっていったランナーたちが極端にペースダウンしてくるから抜きまくる。
これは人間の本能だと思うが
抜かれるより抜く方が燃えてくる。
リズムがよくなる。
30km地点を通過。イイ感じで走れている。
だが、俺は時計をしないため
今、自己ベストに対してどんなペースなのかはわからない。
自己ベストにトライしながら大いなる矛盾だが
「タイムのためだけに走ってンじゃねーもの」
という、支離滅裂な心がある。
自分との闘いを時計ごときに邪魔されたくない、
たどり着いたら結果として自己ベストだったってね。
まっ、とにかくここまではイイ感じ。
さあ、ここまでくれぱキッチリ仕上げだ。
ラストの12.195kmはギリギリまで自分を引っ張り出すぞと気張っていくが、体がついてこない。
細かなアップダウンも効いてきて、なんだか最初の10kmよりスローペースになってしまう。
「がんばれ俺。最後じゃないか」
心の中でつぶやくも、いっこうに体が動かない。
こういうとき、いろんなことを人生や仕事に置き換えるのは
いかがなモノかとちょっとあざ笑いながらも、つい考えてしまう。
とりとめもなく、でも極限の状態が考察を手助けしてくれながらだ。
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こんな苦しい思いはしてもなんの得にもならんのになあ。
なんでスタートを切ったのかなあ?
歩いている人や立ち止まっている人がいる。
この人は本当に俺より苦しかったから歩いたのかな?
そもそも人の中にある苦しさを比べことなんかできないよな。
高橋尚子さんもキツイ思いを何度もしながら、
それでも笑っていたんだろうな。
才能ってなんだろうな。努力ってなんだろうな。根性って?
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浮かんでは消えていく混沌としたキーワード。
これらをすべて仕事にも置き換えてしまう自分がいたりする。
ダラダラと、でも確実に一歩一歩を踏み出しながら、
ありがとうの気持ちが大きくなっていく。
苦しいよぉ、苦しい、苦しいんだってばー。
でも絶対に歩かない、止まらない。
42.195kmを走り抜くためにここにきたのだから、走り続ける。
ラスト7km。
最後のステージもあとわずかになり、もう一段自分を引き出してみた。
最後じゃないか、出て来い俺の底力(呪文)。
スゴイよ、自分でもビックリする自分が出てきて、ペースが上がっていく。
残り5、4、3、2kmと、もうここいらを走っているすべてのランナーをごぼう抜きにしていく。
先にも触れたが、ほとんどのランナーは時計をしていて、タイムという目標を掲げる。
ここら辺を走っているのは4時間を切るという目標が無理だとわかったランナーたちが大半なのだろう。
が、俺にはそんなこと関係ない。
2kmを切ったところで完全にエネルギーが切れて少しずつペースダウンしたが、
ここまで信じられない底力が出せた影響で心がまったく折れない。
気持ちだけはしっかりと攻めている。
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もうすぐだ。
ゴールが見えた。
もう終わる、この長い旅。
ゴール。
すべてにありがとう、こんなにも清々しい気持ちにさせてもらえてありがとう。
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年に一度のスポーツマンへの変身は終わり、
スーパー編集長に戻った俺は足を引きずりながら今日の出社を闘った。
いつもより15分前に家を出て、
いつもより10分遅くオフィスに着くという、これまた苦しい闘いだった。
44歳のフルマラソン、4時間11分56秒。
ラストで押しまくれた自分に出会えたことが、
第58回勝田全国マラソン完走の宝物かな。
おっと、あとこの完走いももね。
本日、ワタクシは年に一度の恒例行事に参加するため、
スポーツマンに変身します。
うん、創刊号で藤岡弘さんも変身しろと熱く語っていたしな。
(ちょっと意味違う? いや大まかには合ってるハズ…)
茨城県はひたちなか市で開催される、第58回勝田全国マラソンに出場するのだ。
おーっ、スゲー。
なんでこんな無謀なことをやるようになったのか?
もともと走り始めたのは高校時代のこと。
歌を始めた頃で、当時はハードロックをメインでやっていたものだから、
ハイトーンを長~く延ばすための肺活量が欲しかった。
手っ取り早くどうすりゃいいかと考えた結果、
陸上同好会に入りロングヘアーをたなびかせ
放課後のグランドを走るようになったのさ。
いやぁ、青春だねぇ。
おかげだかどうだか、
声量だけは人一倍ついたのはたぶんこの頃の努力おかげだろう。
んなわけで、早い遅いは別にして
走ることに苦手意識はないということがベースにあった上でのこと。
25歳のときに3つ下の弟が走るというので、
そいつはスゲエやと応援に行った。
このゴールシーンを見た単純な俺はいたく感動し、
さらに俺にもきっとできると出場を決意した。
以来、仕事の都合で出られない年や、
歌をほとんど歌っていない頃(このころメタボでした)に何年かお休みしたが、
ここ近年は毎年のエントリーを重ねて、
練習らしい練習をほとんどしないながらも、なんとか毎回完走している。
長い前置きになったが、あと数時間後の11時にはスタートして
長い長いひとり旅をして楽しんで(ウソ、苦しんで)、
感動のゴールを迎えるのですよ。
みなさん、心の中で俺のゴールを祈っていてね。
読者の方でエントリーしている人がいたらおもしろいなあ。
走った方がいたら、ぜひメッセージください。
来年は『昭和40年男』の読者同士でゴールを目指そうと企んでいるので、
興味のある方は早速シューズを買いに行くべし。
ヒザにものすごく悪いので、店員さんとよく相談したほうがいいよ。

見よ、俺のカモシカのような脚。マラソンはヒザに負担のかかるスポーツなので、シューズ選びは慎重にしたい。俺もヒザを痛めたことがあるのだ
これまでのベストタイムが4時間1分。
ベストを更新できれば午後3時前にゴールしているということになるけど、
さて結果やいかに???
とにかく、ボロボロになっていることだけは間違いないので、
そのまま本日1日オフとさせていただきます。
つうことで、明日のこのコーナーでは
結果発表を上げたいと思いますので乞うご期待。。
いつもより遅いアップですが、お昼を目指します。
それでは昭和40年男のバカチャレンジへ、
いざ、行ってまいる!!
『太陽にほえろ!』に新たなヒーロー像を見出した俺。
そのなかでもジーパン役で心に深く刻まれた松田優作だったが、
その後しばらくは見ない時期が続いた。
「あっ、久しぶりだ」と見た昭和52年の『人間の証明』の彼からは、
ジーパンのときのようなきらめきを受け取れなかった。
演技がどうこうとかを語れるほどの視点を持っていなかった俺にとっては
「母さん、ボクのあの帽子~」のあまりにも印象的なセリフと、
ジョー山中の“ボヘミアン・ラプソディ”じゃなかった、
「ままぁ~、どぁゆうりめんばー」の前に
かすんでしまっていたというのが
正直な当時の印象である。
だがその後、松田優作が俺たちの前で再び輝きまくったのが、
なんてったってクドーちゃんですよね、みなさん?

先週土曜日に開催した『昭和40年男大新年会』は、
なにせ急な話だったので、
開始まではどうなることかと、正直、不安で一杯。
でもフタを開けてみれば、会場キャパもほぼ満員の大盛況。
来場されたみなさま、本当にありがとうございました。
当日は参加者同士の会話も弾み、
飲んで歌って大いに盛り上がりをみせていたのですが、
我々も驚きだったのが何よりもステージイベントの充実ぶり!
実は編集長バンドの演奏はもっと長い時間を予定していたのですが、
芸達者な参加者たちの飛び入りも多数あって、
そんなの必要ないくらいに会場内は大盛り上がり。
お開きになったのは23時をとっくにまわっていたのですが、
アッと言う間に時間が過ぎてしまったという印象でした。
きっと参加者の方たちも同様のことを感じられたのではないでしょうか。
当日の熱気を感じてもらえればと思い、
ほんの一部ですが
当日の模様をお届けします。ぜひご覧になってください。
◆編集部員:高橋
経済成長の鈍化を尻目に、体重だけは年々右肩上がりの成長を見せるもうすぐ37歳。肥大し続ける理由の一端だとわかってはいても、いまだ締めの一杯を欠かせない。
『太陽にほえろ!』に新たなヒーロー像を見た俺。
ドリフターズに入れないのなら、刑事になる。
俺は自分の夢に第2志望を加えたのだった。
調べてみるとジーパン刑事の登場が73年で、
殉職が74年ということであった。
もしも本放送のリアルタイムで涙した昭和40年男がいたとしたら、
かなりませた小学生だと思う。
以前にもここで愚痴ったが、
仮面ライダーやゴレンジャーを見たいのに、兄貴や姉貴から
「んなガキっぽいのばっか見てんじゃねーよ」
という熾烈な攻撃に遭ってTVのチャンネル権を奪われ、
それでも必死に番組に食らいついていた、レベルハイな人であろう。
俺はといえば、もちろん再放送組である。
ちなみに東京都荒川区の小学校では、
再放送であったにもかかわらず
ジーパンが殉職するあのシーンは、
クラスの話題をさらったのだった。
お上に位置する人間たちを
今よりもっとリスペクトしていたという背景もあったのだろうな。
警察官や刑事は、命を懸けて正義を貫き通すということが
当然だと思われていた時代だ。
スカートの中を盗撮しちゃったり買春しちゃったりするような
聖職という言葉が崩壊してしまった現代では、
あそこまで作り込んでもしらけてしまうだけだもの。
お巡りさんは絶対的に正しい存在で、
その上に位置する(と感じていた)刑事なんか
もう正義の塊じゃねーかという意識があったし、教育もあった。
そうした背景があるうえで作り込むのだから、
ラクとは言わないまでも、おもしろくするベクトルがわかりやすい。
そこだけに向けてクオリティをあげていけばいいわけで、
今思うと、作る現場もさぞ楽しかったのではないだろうか。
やはりいい時代だったのだなあ。
揚げ足取りみたいですみませんが………
水谷豊の役名は「亮」ではなくて「亨」です………。
直らないので書かせて頂きます。