教師からプロミュージシャンへと大きく夢の形が変わった俺。
高校に通うものの、完全にバンド中心の生活になった。
しかし信じられないことに、俺のバンドにはヴォーリストがいなかった。
先の中学卒業初ライヴでも1人最低2曲はやることをルールとして、
それぞれの曲で暇なヤツが担当した。
みんなできれば歌いたくなかったというのがホンネだ。
そりゃそーだよ、まだカラオケなんかない時代に
人前で歌うといったら音楽の授業くらいのもので、
その授業は崩壊していたから歌うということはほとんどなかったもの。
照れずに歌えるヤツなんかいなかったのだ。
だが、あらためてプロを目指して取り組むということで、
歌にも少しずつではあるが目覚めていく俺がいた。
もちろんギタリストが気持ちの中では第一希望なのだが、
日に日にヴォーカリストにも興味が湧いてゆく。
ツェッペリンのロバート・プラントやレインボウのロニー・ジェイムス・ディオ、
ディープ・パープルのデビッド・カバー・デイルなどの
コブシ系ヴォーカリストにハマっていったのだ。
歌い込んでいくと意外と高い声を持っていたことも手伝い
多くの曲を歌うようになった。
それとプロになる以上オリジナルをやろうということになり
俺が「きっとできる」と安請けあいで
ソングライターを担当するようになったのも大きい。
だってねぇ、そんな素人がつくった歌を他人様に歌ってもらうわけにいかないもの。
つうわけで、徐々に歌って踊れる(?)ギタリストへと
道を誤った、じゃない、あらためたのであった。
3月3日です。
♪お花をあげましょ、桃の花~♪
そうです、春ですよー、みなさん。
〆切なんてやってちゃダメーっ!!
♪出かけませんか? もうすぐは~るですねぇ、恋をしてみませんか?♪
と、現実逃避して恋をしたいくらい、
山積みとなったチェック原稿と闘う現場のみんな。
でもね、もう今日で完全に終わらせるのだ。
何時までかかってしまうかはわからないが、
明日には確実に印刷機が回り出す。
そして、8日の朝に完成した本が日本中へと旅立っていき、
3月11日は、いよいよvol.2の発売でーす。
パチパチパチパチ。
と、無事にかわいい『昭和40年男』を旅へと送り出すために、
今日は最後のひと踏ん張りなのだ。
昨日も大ハプニングが発生したよ。
「おがあ(副編の小笠原)、この○○のとこ原稿(制作に)入っているよな」
「そのはずですが」――バタバタバタ(ったりめーだろが、俺を誰だと思ってやがると心の中)
「一応確認してくれよ」
「はい」――バタバタバタ(ったく、忙しいのになに言ってやがんでとまだまだ強気の心の中)
だがしばしの時間が経ち、蒼い顔したヤツがきて言った。
「抜けていました…」
どっひゃーっ!!
明日だよ、明日で手離れしなければならないのにだよ。
どっひゃーっ!!
なんてったって、今回は取材対象人数がスゴイ。
特集タイトルは「タメ年たちのリアル」というもので、
ぬぁんと40人(40年男だからねって、あまり関係ないことにこだわったりするバカな俺です)
ものタメ年を、さまざまな切り口で取材してみたという、
ものすごく手間のかかるものだ。
だからしょうがないというわけじゃないが、
最後の最後にこういう事故も想定の範囲内なのだ(おーっ、かっこいいぞ)。
なんとか取材が仕切れたのが、
昨日夕方の6時からで、
写真などの具が編集部に届いたのが、
日が変わる直前の11時。
そして、今日午前中に原稿が届いて、
そっこーでチェックしてという進行だ。
イッツ・スリリング。
まっ、そんなトラブルはあったものの、
なんとか今日中には手を離すめどが付いた。
4日前から突如として始まったカウントダウンも今日でおしまい。
明日からはまた俺のヒーロー(音楽?)よた話を展開しながら、
今号の取材の舞台裏なんかをはさんでいくので、どうぞよろしく。
さっ、ラスト1日がんばるぞー。
待ってろよー、昭和40年男たち!!
もうこうなったら最終日まで現場の模様をお届けしよう。
さあ、いよいよあと残された時間は今日と明日の2日間となった。
夕べは山ほど積まれたチェック用の原稿を、
ただひたすら誤字脱字を探すなどの校正作業が続いていた。
そんななかで、コソコソとカメラを用意する俺がいる。
♪誰も知らない知られちゃいけない~♪
企画『今宵、ひとりのバーにて』で使う
写真を撮りに行くのを延ばし延ばしにしているうちに、
とうとうここまで引っ張ってしまったのだ。
だってねぇ、前号でもこの撮影のとき、
終了後に我慢できなくなってホンの1杯のつもりで呑んで、
朝方まで高橋と呑みまくってしまった苦い経験があるから。
無理でしょう、目の前のおいしそうなお酒をファインダー越しに眺めていて
「はい、お疲れさまでした~」なんてその場を去るのは。
というわけで、今日まで引っ張ってしまったことを後悔している。
次号では、終わった後に呑めるタイミングで撮影に出かけよう。
また1つ教訓ができたのだった。
さすがにこの時点になれば、酒を鼻に突きつけられたって呑みません。
つうか、もう何日呑んでいないのだろう。
待っててね、琥珀色のビールちゃん。
きっともうすぐ会えるからね。
マズイ、頭がおかしな原稿になってきた。
取り直して。
誰にも知られず2時間弱の外出で撮影してこようと、
編集部員やとくにここからが踏ん張りどころの制作担当たちの目を盗んで出かけた。
カメラと三脚を担いで駅へ急いでいると、
悪いことはできないものだ、偶然制作の長に会ってしまうのだから、トホホ。
目的地は赤坂の馴染みのバーだ。
この店は、ピアノの弾き語りを気楽な感じで聞かせてくれる
『卑弥呼』という店(どうぞヨロシク)。
マスターとはもう10年近い付き合いになるのかな。
オープン前の忙しい時間に、カウンターを借りて撮影させてもらった。
今回の主役はマティーニ。
俺はよくロックで頼むという、お行儀の悪いことをするが、
撮影はショートのグラスで行なった。
本文(ご期待ください)との関係があるからね。
「はい、OK。ありがとうございました」
「えっ、呑んでいかないんですか?」
くーっ、やっぱりな、絶対言われると思った。
だってねえ、長い付き合いになるけど、
この店のトビラをくぐってそのまま帰るのは初めてだもの。
「いやぁ、〆切でさあ。もう、何日呑んでいないか忘れたよ」
「まったあ、つまんない冗談はよしてくださいよ」
「今度来たときは、今日の分まで呑むよ」
と、かっこよく後にしたが、
いやあ、大好きな赤坂の街を素通りするなんて、
仕事というのはホントに残酷ですな。
つうことで、しっかりと撮ってきました、これは未使用カットです。
さて、誌面ではどんなすばらしいカットになっているでしょう?
乞うご期待!!
(って、これと迷ったくらいだからそんなに大差ないっす)
カウントダウンできるの時間もあとわずかじゃー。
がんばるぞー!!
今日も現場は熾烈をきわめているので、やっぱりその模様を伝えよう。
昨夜、踏ん張りに踏ん張って10時過ぎ、
とうとう表紙の最終チェックを終えた。
雑誌の命は中身です。
とはいえ、買ってもらえるか否かの第一歩は
「うん、なにこれ?」
と思った方が、瞬間的に手に取るか取らないか。
俺を含めた編集部員や制作スタッフたち、
関わったすべての人の徹夜の日々が、表紙の出来映え一つで
無駄なものになってしまうこともある。
知名度のある雑誌だったら、なんとなく手に取ってくれるでしょう。
「今回はどんな内容なの?」って。
大手メジャー出版社の雑誌なら、書店さんとの信頼関係から
自然と手に取ってもらいやすい場所に並ぶから、
やっぱり手に取られる確率が高いでしょう。
「うん、なんだかたくさん積んであるな」って。
そのどちらでもない『昭和40年男』は、
まったくこの雑誌のことを知らない、しかも昭和40年生まれかまたはそれ前後生まれの男で、
しかも目立たない場所で見つけた瞬間に
「うん? なんじゃこりゃ」
と思ってもらわないとイカンのですよ。
それが表紙にかかっているわけで、
でも、中身と違う誇張に表現されたものにはしたくない。
見た瞬間に“はっ”として、思わず手に取ったら次の勝負が始まるわけ。
パラパラめくるわけだから、ここでやっと中身の勝負になってくるわけで、
そこで変なギャップがあったら「ふんっ」てなるもの。
うーん、買ってもらうということには、
ウミガメの生存率ほどの可能性をくぐり抜けてやっと成り立つ、いばらの道だ。
でもそれが偶然の産物によるものでなく、
やはりこれらの条件下でもっとも適した工夫をしていくことが、
俺の仕事というわけだ。
さて、どうなることやら。
いつか知名度が上がってね、真っ白な表紙に雑誌名と特集のタイトルだけを
太いスミ文字(黒ね)だけで作ってみたい。
そのタイトルもすごくよいヤツでね。
これでも通じる、実力とはそんなものだと思う。
というのも。
知名度を上げるためには日々努力を積み重ねていき、
支持をされるようにがんばった結果であって、手に取ってくれる人が自然と増えたということ。
そんな結果を得る雑誌をつくれる人だから、タイトルもすごくいいのがつく。
タイトルがいいというのは、内容がいいということで、
それは時代や雑誌の方向性や季節や直近で起こったことや、
さまざまなことが内包されて練り上げられることで、
それをまとめ込む編集部が組織されていて、
その編集長である人が「コレだっ!!!!!」てつけたタイトルなのだよ。
うーん、まだまだかもしれないが、今回も向上はしたと思える部分がたくさんある。
だからよしとするわけではまったくないが、
せめてそれを積み重ねることが今の俺にできることなんで。
おっと、現場の話。
いよいよ昨日から、最後の難関である誤字脱字を探す校正という作業に入った。
同時に抜けている部分や、追加のアイデア、やり直し原稿と闘い、
とにかく時間が許す限りの熱を入れていく段階で、みんなホントに真剣に闘っている。
さあ、今日を入れてあと3日だ。
がんばるぞー。
応援よろしくおねがいします。
毎日毎日、音楽修行のよた話ばかり書いている俺だが、
〆切へ向かってしっかり踏ん張っているんだぞー。
2月は今日で終わりということで、ちょっくら現場報告でもやろうかな。
うれしいことに、前号で掲載した
「次号は22年2月発売予定」
の告知を見てくれた読者の皆様から、問い合わせが相次いでいる。
「ごめんなさい、3月11日ですから」と、
謝ってはいることがうれしいというのは、珍しい経験だね。
Vol.1を出したときは、2号目だから
平成22年2月22日に発売したら面白いと思って告知したのだけれど、
過去のデータを見ると2月発売の本はことごとく成績が悪い。
さらに季刊で発行を決めたものだから、2月、5月、8月、11月の発売となる。
うーん、なんだかイマイチでしょ。
季刊ということは季節ごとの発行気分になりたいのに、
5月が夏で8月が秋ってちょっと早くてよくない。
これが、3月、6月、9月、12月だとすごくパシッとくるでしょ。
というわけで、もういくつ寝ると締め切り日~。
という編集部よりお届けする〆切の現場。
ほとんど見えている企画もチラホラあるものの、
まだまだ苦労しそうなところもあって、いやいや連日地獄よ。
「おーい、ここヌケがあるぞー」
「○○さんの写真チェックまだかー?」
「これさあ、方向性違うんだよやり直し」
「だめっ、このタイトル全然だめ」
「○▲×■…」
などの声が飛び交った後、
静寂の中にキーボードを打つ音だけが響いたり、
真夜中のへんてこな時間にカレーヌードルの香りを部屋中に充満させたり、
先にダウンした者のいびきが響き渡ったりと、
まあ、いろんなヤツがいろんなことをしながら暮らしております。
じゃなかった、仕事をしています。
編集部が設定している最終が3日の昼間で、
ここまでに手を離し制作スタッフにすべての作業を委ねる予定だ。
“誤字脱字も写真の間違いももうありません、印刷所に渡す準備に入ってください”ということ。
するってえと、あと4日しかない。
この段階でまだ書いているヤツがいるのだから、
いやぁ、相変わらず現場はクレイジーだな。
俺の作業はもうアレもコレもなのよ。
タイトルをやり直したり、ちょっとしたアイデアで原稿を付け加えたり、
もちろん、まだ書き上がっていない原稿を書いたり、
暮れを迎えたお母さんみたいな忙しさなのよ。
まっ、好きでやっている仕事なんで、
そんな瞬間瞬間がスリリングだったり快感だったりするわけで、
足りない脳をフル回転させている感じがいい。
遅れから来る恐怖もあるものの、がんばれてしまうのもいい。
現時点での手応えは、ありですよ。
前号に比べるとタレント頼りでない本にしている。
全然違うととらえる方もいるでしょうし、なるほどなととらえる方もいるでしょう。
まっ、とにかく評価が楽しみだと自身を持って言える。
ずっしり重たい1冊になるはず。
おっと、編集部員がまた難題を持ってきやがった、どれどれ。
「これはさぁ、○▲×■…」
もうすぐゴール。
がんばりますのでご期待ください。
無事受験も終わり、バンド活動にいそしんでいた俺たちは
中学卒業記念ライヴを3月31日に開催することを決定した。
練習を繰り返して臨んだ、生まれて初めてのライヴだ。
このときの選曲がスゴイ。
オープニングはアメリカ国歌を弾くジミ・ヘンドリックスの影響から、
俺は君が代を弾いた。
ああ恥ずかしい。
そしてそこから“ハイ・ウェイ・スター”につなげたのだった。
オリジナルなんかあるはずがない。
ひたすらコピー曲で、
キッスの“ドウ・ユー・ラブ・ミー”、エアロスミスからはなぜか“リメンバー”、
ツェッペリンからは“天国への階段”など、豪華な選曲である。
お客さんのことを考えて
ビートルズの“イエスタデイ”やシャネルズの“街角トワイライト”なんかもにくい(笑)。
リッチー先生の曲が最も多く、“キル・ザ・キング”に“スモーク・オン・ザ・ウォーター”と計3曲やった。
それにしてもなんつー選曲だ。
いらしたお客さんはさぞ不幸だったと思うが、
やった本人たちは最高に気持ちよかったのである。
この夜、俺たち6人は最高の余韻を引きずり、
その勢いを借りてプロミュージシャンになることを誓い合った。
高校に入学する直前に、教師になるという職業的な目標は完全に捨て去ったのだ。
こうなったら高校に行く必要もないのだが、
ギターを買ってもらった手前、卒業だけはノルマだなと自分に課したえらい俺なのさ。
一応、教師になるべく受験勉強にもいそしんでいた俺。
志望校を絞り込む時期にさしかかったとき、
決して裕福でない家で弟もいるのに私立はどうなのか?
そんな想いがあった。
入学金だけでもふたケタ万円の差があるのだから。
そこで
「公立だったらギターを買って欲しい!!」
と、親に交渉してみた。
親にも俺にもウレシイ好条件(?)に、お互いニコニコの調印。
あっさりと志望校を変え、受験に臨んだのであった。
そして無事合格したオレは、
フェルナンデスのストラトキャスタータイプを買った。
当時は国産メーカーがしのぎを削りレプリカモデルを出していて、
とくにレスポールとストラトのうんちくをTOKAIがキッズたちに刷り込んでいた。
そんななか、やはりオールドモデルレプリカのストラトを買ってもらい、
幸せ絶頂の俺だったのだ。
そして活動を再開した俺たちのバンドは、
卒業記念ライヴを開催することにした。
レパートリーらしきものは数曲しかなく、メンバーからは反対意見も出たが
この機を逃す手はないと俺はみんなを引っ張り込み、
お茶の水にある楽器店の40人ほどが入る小ホールを借りて
ライブの開催を決めた。
そんなわけで、ギタリストに強い憧れを抱くようになった中2のオレ。
クイーンで目覚めた影響なのか、
とくに完成度が高い(俺の基準で)バンドのギタリストに憧れた。
立ち位置が真ん中でないことも男心を大いにくすぐったのだ。
なのにソロになるとすべてを持っていってしまう。
なんてカッコイイ存在なのだと。
真ん中で常にがなっているのはガキよガキってな。
この中2の夏に知ったレッド・ツェッペリンというバンドと
そこで弾きまくるジミー・ペイジにトコトン惚れたのだった。
ブルースっぽさがリッチーより本物っぽく思えたし、
奏でられる楽曲の完成度がディープ・パープルを凌駕していると思った。
その音の組立の全権を握っているのがジミー・ペイジなのだと、
研究(専門書の立ち読みや得意のミュージックライフ誌)のすえ知ったのだから
もうぞっこんだよ。
トキメキ度はちょっと下回るものの
エアロスミスにも心を奪われていった。
ジミーペイジとジョー・ペリーとでは
ギターリストの力量という点では比較にならない(生意気にもそう感じた)ものの
バンド全体からにじみ出てくる不良っぽさと
ラフなブルースっぽさに惹かれていったのだ(ツェッペリンは優等生なブルースという感覚だった)。
クイーンにはすっかり飽きた。
少年は残酷である。
この頃からゆっくり時間をかけながらではあるが、
華美な音にむしろ嫌悪感さえ抱くようになっていった。
ブルースっぽくて、ヘビーで、ギターがすごいバンドという、
自分なりの好みというのを確立させた。
そんなバンドを求めてラジオを聴きあさり、
ミュージックライフを発売日の放課後に入手して隅から隅まで読み、
次々と現れてくるヒーローに心躍らせた。