ピンク・フロイド。

2010 年 2 月 25 日 編集長 コメント 2 件


受験勉強に突入しながら
それでもハード・ロックに傾倒していく一方で、
もうひとつ、自分へと大きく流れ込んできたジャンルがプログレッシブ・ロックだった。
クイーンがすべてだった頃に、
イエスの猿まねと酷評されたとのライナーノーツを読み
だったらその本家が聴きたいと“こわれもの”を買った。

YES

バンドの仲間や洋楽にハマっているヤツらも
これが洋楽インテリジェントとでも言いたげにがんばってついていった。
実際、キング・クリムゾンの“クリムゾン・キングの宮殿”や
ピンク・フロイドの“狂気”や“炎”などのテープが
みんなの間をグルグルとめぐった。
持っているヤツは、当然オピニオンリーダーである。
クリムゾン・キングpinkfloyd 狂気pinkfloyd 炎

とくにピンク・フロイドはリアルタイムで“ウォール”というヒット作品が生まれ、
“アナザー・ブリック・イン・ザ・ウォール・パート2”というシングルヒットまで飛ばした。
プログレバンドのリアルタイムでのシングルヒットということだ。
(その後の、イエスがやったロンリー・ハートみたいなのとは意味が違う)。
これは貴重な経験だよね。
THE Wall

よく、ちょっと上の先輩から
「俺、“ホテル・カルフォルニア”がリアルタイムなんだよ」
とかいう自慢をされることがあるが、
それと同じ意味を持つのがこのピンク・フロイドのヒットと、
ポリスのデビューから解散にしっかりと立ち会えたことだと思っているほどだ。


ハードロックとプログレッシブロックを愛し、
ポップスもちゃんと好んで聴ける(リッキー・リー・ジョーンズはサイコーだったな。今も大好き)中学生ができあがった。
その後の偏食傾向を考えると
生涯でもっともバランスよく音楽を聴けていた時期かも知れないなあ。
ザ・ベストテンもしっかりとチェックしていたもの。

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  1. satoru
    satoru
    2010 年 2 月 25 日 12:03

    ワシはDark Side Of The Moonを発売日にレコード屋に並んで買ったなあ〜
    でっかいポスター付いてたっけ・・

    昭和30年代男・・さとる

  2. 編集部員
    編集長

    コメントありがとうございます。
    そのポスター、今もきれいなままだったら、
    アナログ盤とセットで結構な値がつくんじゃないですかね。
    ちなみにピンク・フロイドの作品でベストに上げるのは『原子心母』だったりする俺です。

ラジカセで鳴らすレス・ポール。

2010 年 2 月 24 日 編集長 コメント募集中

クイーンをキッカケに洋楽に目覚めておよそ1年。
中2の冬休みに俺はついにエレキギターを手に入れた。
少ない小遣いを貯めて、さらにお年玉を全部つぎ込んで、
そのうえで足りない分を親に泣きついて借金して買ったのは、
グレコの一番安いレスポールだった。


当時で定価4万5,000円の品である。
お茶の水の楽器店を全部のぞいて、
もっとも値引きの大きな店で買った。
アンプを買う予算なんかあるわけがなく、
ラジカセにつないで出てきた歪んだ音は、
ジミー・ペイジに近づいたような気にさせてくれたが、
ほとんど練習にならないくらいつぶれていた(泣)。
ギタリストという遙か遠くにある夢が、ホンの少しだけ近づいた日であった。


ギターをいじっていることが一番の幸せで、
やがて仲間を集めてバンドを組んだ。
ほぼ全員がギタリストだったが、
ピアノも弾けるというヤツをキーボーディストに任命し、
兄貴がドラムをやっているヤツがそのポジションにすわり、
ポールマッカートニーが好きだというヤツがベーシストになった。
加えてギターが3人という6人の大所帯バンドが結成されたのが中3の1学期で、
初めて練習スタジオにも入った。
課題曲はもちろん“ハイ・ウェイ・スター”と“スモーク・オン・ザ・ウォーター”だよ。


メンバーが6人もいると、
互いの好きなミュージシャンの情報交換をするから
どんどんと音楽の幅が増えていき、
それは同時に憧れのヒーローが増えていくことにつながるのだった。
キッス、アイアン・メイデン、グランド・ファンク・レイルロード、ガールなどのハードものに混ざって、
kissIRONMAIDENGFRgirl


ポリス、高中正義、イーグルス、リー・リトナー、ウェザー・リポートといった、
異ジャンルからもどんどん吸収していった。
police高中正義eagles リーリトナーWeatherReport


だが残念なことに周囲は受験モードに入っていった。
俺も「教師になる」という希望に向けて
大学付属の私立高校に狙いを定め、
バンド活動を一時休止した。
なんだかえらいのやらかっこ悪いのやら?

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ギタリストへの憧れ。

2010 年 2 月 23 日 編集長 コメント募集中


そんなわけで、ギタリストに強い憧れを抱くようになった中2のオレ。
クイーンで目覚めた影響なのか、
とくに完成度が高い(俺の基準で)バンドのギタリストに憧れた。
立ち位置が真ん中でないことも男心を大いにくすぐったのだ。
なのにソロになるとすべてを持っていってしまう。
なんてカッコイイ存在なのだと。
真ん中で常にがなっているのはガキよガキってな。


この中2の夏に知ったレッド・ツェッペリンというバンドと
そこで弾きまくるジミー・ペイジにトコトン惚れたのだった。
ブルースっぽさがリッチーより本物っぽく思えたし、
奏でられる楽曲の完成度がディープ・パープルを凌駕していると思った。
その音の組立の全権を握っているのがジミー・ペイジなのだと、
研究(専門書の立ち読みや得意のミュージックライフ誌)のすえ知ったのだから
もうぞっこんだよ。


トキメキ度はちょっと下回るものの
エアロスミスにも心を奪われていった。
ジミーペイジとジョー・ペリーとでは
ギターリストの力量という点では比較にならない(生意気にもそう感じた)ものの
バンド全体からにじみ出てくる不良っぽさと
ラフなブルースっぽさに惹かれていったのだ(ツェッペリンは優等生なブルースという感覚だった)。


クイーンにはすっかり飽きた。
少年は残酷である。
この頃からゆっくり時間をかけながらではあるが、
華美な音にむしろ嫌悪感さえ抱くようになっていった。
ブルースっぽくて、ヘビーで、ギターがすごいバンドという、
自分なりの好みというのを確立させた。
そんなバンドを求めてラジオを聴きあさり、
ミュージックライフを発売日の放課後に入手して隅から隅まで読み、
次々と現れてくるヒーローに心躍らせた。

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ジミー・ペイジになりたい。

2010 年 2 月 22 日 編集長 コメント募集中

ギタリストと教師という二つの夢。
なんだかヒーロー考察からは激しく脱線しているが、
遠すぎる夢と現実的な将来の職業に
二股かける嫌なヤツが中2の俺だった。


これまでは自分が想い描いたヒーローと
なりたい職業とは同一であった。
しつこいようだが、仮面ライダーもドリフのメンバーもカッチョイイ刑事もだ。
そういう意味では、北野先生も総理も金八っつぁんも
影響を与えたという意味では同じようだが、
この3人は俺にとってヒーローではなかった。
教師という世界のすばらしさを教えてくれたのであって、
だったら小学校6年生の時の担任だった藤田先生だって
彼らと一緒なのである(なんのこっちゃ)。


この頃からしばらくの間は、
見果てぬ夢の先にいるミュージシャン、とくにギタリストが
次から次へとヒーローとして名乗りを上げていくのだった。


ふーっ、長い脱線だった。

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電気屋さんになるはずが…。

2010 年 2 月 21 日 編集長 コメント募集中

夏休みのFMをきっかけにして
レッド・ツェッペリンのギタリスト、ジミーページに傾倒していったのだが、
中2の俺が将来の自分をそのままダブらせるには
越えなければならない大きな障壁があった。


余談ではあるが(ってすべてが余談のような気がしなくもないが)、
俺の家は電気屋を営んでいて、
長男の俺が家業を継ぐのだろうなと、
中学に上がった頃からなんとなく運命のように思うようになっていた。
中2になったある日、親父に
「俺、店を継ぐんだよね?」
とたずねたときに、ビックリするほど意外な答えが返ってきた。
「電気屋はもうダメだよ。これからは秋葉原みたいな大型店舗の時代だよ」
と。寂しいと思う一方、うれしくも感じたのが正直な気持ちで、
この日から将来何になるのかを考えるようになった。


仮面ライダードリフターズ太陽にほえろ
仮面ライダー、ドリフターズの一員、カッチョイイ刑事。
こうした夢を描いていたころを経て、
中学生になった俺は電気屋のオヤジが将来の職業だと覚悟を決めていた。
それがいきなり、職業選択の自由を親父から突きつけられた。


ギタリストになる。


だがかつて仮面ライダーになれると信じた少年時代から
少しだけ大人の階段を登った俺にとっては
あまりにも遠すぎる夢という位置付けであった。
現実を見つめることもできるしたたかな俺だったりもしたのだ。
そこで…、


学校の教師になる。


あの水谷豊が小学校教師を演じた熱中時代に、えらく感動した。

熱中時代

創刊号にも登場した中村雅俊が
『ゆうひが丘の総理大臣』で演じた、
総理にもあこがれた(同時に藤谷美和子に恋をした)。

ゆうひヶ丘の総理大臣

総理の終わりと入れ替わるように金八先生が話題をさらい、
教師ほどやりがいのある職業はないと信じた。

金八先生

将来の夢は学校の先生だと
この3人が導いてくれたのだった。

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レッド・ツェッペリンが新たなヒーロー。

2010 年 2 月 20 日 編集長 コメント募集中

洋楽を通じてギターを弾く喜びを知った中1のオレは
ギターの練習と音楽を聴くことに、1日のほとんどを当てるようになった。
なんという幸せな日々だったことか。


やがて時は流れて中学2年生の夏休みのこと。
FMの特集で、大物洋楽アーティストを毎回1組ピックアップし
ファーストアルバムから順々に
数曲ずつをピックアップ(これがナイスな選曲)して流すという、
当時の俺にとっては夢のような番組が放送された。
そこでチェックしたのが、クイーンはもちろん、
エアロスミス、レッド・ツェッペリン、チープトリックあたりだった。
ラジカセにカセットテープをセットして、録音に集中した。
うれしいうれしいベストアルバムのカセットが手に入ったことになる。


とくに気に入ったのがレッド・ツェッペリンとエアロスミスで、
この夏休みを大いに盛り上げてくれた。
ツェッペリンのジミー・ペイジは、
理想のギタリストとして一躍ヒーローの最上位に君臨したのだった。

ジミーペイジ

翌年が受験ということもあってか、
漠然とだが将来なんかを考えるようになったりもした。
その将来とヒーローは、幼いときから変わらず無関係ではないのだが、
中2にもなると現実も絡んでくる。

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ジミーペイジとの邂逅。

2010 年 2 月 19 日 編集長 コメント募集中


ギターを練習しまくっていた俺は
うまくなればなるほど、ギターがカッコイイバンドへと傾倒していった。
でも、ジェフ・ベックやエリック・クラプトンといった
ギタリストよりバンドものが好きだった。
楽曲もかっこよくなくてはならない。


リッチー・ブラックモア先生がしばらくヒーローとして君臨していた。
リッチーブラックモア
クイーンも好きだったが、少しずつ距離ができていった。
というのも、ギターだけで弾いてかっこいい曲が少ないのだ。
ドラマーやベーシストなんていないから、
1人で弾くことの中から喜びを見出さなければならない。
リッチー・ブラックモア先生のギターは、単体で成立するのだった。


だが、名曲も多いが反面、
退屈な曲が多いのにやや不満を感じていた。
そこに突如として、完全無敵なヒーローとして飛び込んできたのが、
レッド・ツェッペリンのジミー・ペイジだったのだー。 
レッドツェッペリン

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ボヘミアン・ラプソディを猛練習。

2010 年 2 月 18 日 編集長 コメント募集中

少しずつ日本のフォークや歌謡曲のレパートリーを増やしていった。
加えて“スモーク・オン・ザ・ウォーター”のリフはマスターした。
ギターを触ったことがある人ならわかるでしょう?
あれってギターを持ったその日から弾けるよね。
でもソロを弾けるようになるまでは、遠い道のりであった。
smoke_on_the_water

ソロでとにかく努力したのは
やっぱりクイーンの“ボヘミアン・ラプソディ”だった。
ボヘミアンラプソディ

それと同じ歳のヤツが弾いていたのだからきっとできると
“ハイウェイ・スター”にも挑戦した。
ハイウェイスター
ギターを買った楽器屋で譜面を立ち読みして覚えて、
少しずつ耳でもコピーして完成に近づけていった。
1日1小節とか、場所によっては1週間かかって1小節とか、
そんなペースだったが、楽しくて楽しくてギターを弾くために生きている、
そんな毎日だった。


夜9時を過ぎると、ブリッジの前にタオルを挟み
音が出ないようにして弾いた。
1日5時間は当たり前で、
グングンと上達していき、アコギの太い弦で2曲をマスターしたのだ。
買ってくれた親父に披露すると、ずいぶんと喜んでくれた。

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なぜに、さだまさし?

2010 年 2 月 17 日 編集長 コメント募集中


ギターを買ってくれるといった親父。
親父は小学生の低学年の頃から
俺にクラシック音楽を聴かせた。
俺もわりとはまり、ピアノを習いたいとお願いしたことがあったほどだ。
だがそのときは、長屋でピアノは無理だと言われあきらめた。
なのになぜ今回大丈夫だったのだろうか。


この日まで知らなかったことだが
親父もギターを習っていたことがあり、
音楽を奏でることのすばらしさをよく理解していたのだ。
それと、うるさいとかガチャガチャ音楽とか言いながらも、
ロックに夢中になっている息子の毎日を理解していたのだと思う。


こうして俺はギターを手に入れることに成功した。
その日から猛特訓が始まった。
古本屋で明星や平凡のおまけで付いている歌本を、10円とか20円とかで買ってきた。
「始めはコードを覚えた方がいい。それにはなんでもいいから曲を弾くのがいい」
先の友人からのアドバイスだ。
そして、今に続く音楽人生の記念すべき「いっとー最初に弾けた曲」は、
さだまさしの“天まで届け”だった(爆笑)。

天までとどけ

キーはDでコードは4つ。
Fのような人差し指で6本抑えるコードや難しいコードがなかったことが、
この記念すべき1曲目になった理由だ。
弾けたことのうれしさは大きかったが、
早くロックが弾きたいと思ったことも記憶している。

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リッチー・ブラックモア先生。

2010 年 2 月 16 日 編集長 コメント募集中

友人の家で新たなロックを知り、ギターと出会った俺は
ロックならなんでも聴くようになった。
なんてったってギタリストとして音楽を作ることが夢なのだからと
ロックの知識を得ることにどん欲になった。
とくにあの日聴かせてもらったリッチー・ブラックモアは、
先輩や友人、ラジオを徹底的にチェックしていきライブラリーに加えていった。


1日でも早くギターを買うために、
レコードを買うのはしばらく封印だ。
だったらレコードを買わなければよかったと思うが、
買っていなかったらギターとの出会いもなかったのだと、
どうどうめぐりの想いがあった。


大好きなクイーンも、以前よりギターソロに注目するようになった。
その意味でも“ボヘミアン・ラプソディ”は名曲だったが
ギターだけをとったらブライアン・メイより
リッチー・ブラックモアの方が魅力的に感じるようになっていった。
“スモーク・オン・ザ・ウォーター”や“タマホーム”じゃない“バーン”も、
そのギターソロやリフの虜になったのだった。

早くギターが欲しい。
中1の三学期のことだった。
ある日、思いきって親父にねだってみた。
「いくらするんだ」
「13,500円」
それはヤマハのアコースティックギターで
地元のレコード屋は楽器店もかねていて調査済みだった。
「楽器を弾くのはいいことだし、それくらいならいいだろう」
親父の言葉が信じられない俺だった。

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