第27話 3発目の台割。(2)
この段階では、
タイトルの候補とか企画の雰囲気とか
キーワードもメモ書きしていくのが、俺流のやり方だ。
今回はこのブログにお付き合いいただいている
心優しき皆様のために
この俺の才能(そんなのないだろが)が
すべて詰まった台割を公開しちゃいます。
おーっ、パチパチ。
これがー、
8月17日に作ったー、
3発目のー、
台割でーす。
ジャジャン!!
この段階では、
タイトルの候補とか企画の雰囲気とか
キーワードもメモ書きしていくのが、俺流のやり方だ。
今回はこのブログにお付き合いいただいている
心優しき皆様のために
この俺の才能(そんなのないだろが)が
すべて詰まった台割を公開しちゃいます。
おーっ、パチパチ。
これがー、
8月17日に作ったー、
3発目のー、
台割でーす。
ジャジャン!!
雑誌づくりの現場でもっとも使われる単語かも知れないな。
「まだできていないの、台割?」
「台割もないのに作業できませんよ」
これは編集長いじめの実用例。
「ちゃんと台割見ろよ、前後もよく考えてさっ」
これはクリエイティブマインドを全開にした実用例。
これ、正確には台割表というと思うが、
要は本の設計図のことだ。
何ページ目にどんな企画が何ページ続くという
計画を書き込んでいくものだね。
今回の創刊はラフながらも台割を組むのが早かった。
一発目が7月10日だからね。
それだけ今回の挑戦にビビっているということでもある。
そんなチキンな俺ができることは、
とにかく台割を早くどんどん完成型に近づけること。
手帳にも「台割!」の文字がちょくちょく書き込まれていく。
世間は夏休みに突入した。
だが40年男は思う。
夏休みとは
7月20日に通信簿をもらって始まり、
8月31日の夏休みの宿題を追い回して
はじめて夏休みと呼ぶのだ。
社会に出てからというもの、
ほとんど夏休みというヤツを体験していないことの
負け惜しみに聞こえるかも知れないが、
たかだか9連休ごとき。
んなモンは夏休みじゃねえー。
ほら見ろ、高速道路は渋滞じゃないか…。
と、取材に向かう東名高速で吠えている俺の思考は、
ずいぶんと壊れかけていることはいうまでもない。
しかもこの取材は、我が社得意のバイク雑誌のためである。
兼務に兼務を重ねて、
零細企業トップは今日も走り回る。
でもね、これらがあるから
次々と創刊のパワーが生まれてくるのは間違いない。
少なくとも、現場にいられることは、
ジャンルはどうあれ編集者マインドがガリガリ動くものね。
いっこうに動かないクルマの中で、
そんなことを考えているのだった。
そしてまたひとつ、大きな夢を自分の中に加えた。
7月20日から8月31日まで、夏休みを取ることじゃー!!
その日が来るまで、
一般社会人が取るような
こぢんまりとした夏休みなんかいらないのさっ。
「ウイスキーの企画で撮影するんですが、
現場でちょっとしたアドバイスいただけませんか」と私。
「別にいいけど、いつ、どこで?」と学生時代の先輩。
「エ~、急ですが…、明日ご自宅なんて、どお?」
「明日やるのはかまわないけど、子どもがいるからウチはダメだな。
カラオケボックスとかでいいじゃん」
「了解。じゃあ、明日21時に待ち合わせで」
前日の昼間にそんなやり取りがあり、
久ぶりに高校時代の先輩にあった。
今は別の仕事に就いているが、
20年近くのバーテンダー経験がある。
撮影時にフォトジェニックな氷(?)を作ってもらったり、
飲み方とグラスに合ったウイスキーの注ぐ量。
うまく飲むちょっとしたポイントなどいろいろ聞けた。
(誌面に反映させます! 乞うご期待)
実に心強いし、気心も知れている。
お願いしてホントよかった。
でも狭いカラオケボックスに
『昭和40年男』ならぬ『昭和40年代男』が2人。
別に意識する必要などないとは思いつつ、
店員さんの目が少し怪しかった気がする。
少し恥ずかしかった…。
◆編集部員:高橋
経済成長の鈍化を尻目に、体重だけは年々右肩上がりの成長を見せるもうすぐ37歳。肥大し続ける理由の一端だとわかってはいても、いまだ締めの一杯を欠かせない。
8月8日、夕方。
日比谷野音でビールを呑んでいる。
そんな余裕あるのかと
自分で自分につっこみながらも、彼の登場を待っていた。
出版に限らず、表現とはアウトプットの連続である。
その源泉となるエネルギーをインプットしていかないと
枯渇するのは当然のこと。
だが、時間はできる限り仕事につぎ込みたい。
このせめぎ合いが、いつも課題となってのしかかってくるのだ。
たとえば、つまらない映画に2時間使うとすごく後悔する。
愚痴とか悪口いってるヤツと呑むと、もっともっと後悔する。
上質なインプットタイムを求めて吟味しながら、
ひとりの時間を過ごしたり、
こうしてライヴに出かけるのはとても重要なことだ。
と、無理くり自分に言い聞かせている気がしなくもないが。
特上のライヴは2時間たっぷりで、
ものすごく元気をもらったよ。
“マイナスを脱ぎ捨てる 新しい朝を迎えるために”
涙でシオンが見えないよ。
だってそれ、俺に向けて歌ってくれてるでしょ。
と、どこまでもおバカな昭和40年男なのさ。
月が明けて8月7日、俺は調布の街を汗びっしょりで歩いていた。
今日はヒーロー特集で取り上げる、
松田優作さんと親交があったひし美ゆり子さんの取材だ。
この方、昭和40年男にはこう紹介しよう、
ウルトラセブンに出演していた
地球の平和を守るアンヌ隊員だ(パチパチパチ)。
急げ急げ!
バイク乗りのくせにメチャメチャ方向音痴な俺は、
今日のインタビュー場所に選んだひし美さんの経営する店が見つからない。
たまらず電話を入れた。
「行きすぎだよ」
ライターで今回の創刊をガッチリ支えてくれている印南氏だ。
戻ること約500mで、彼が手を振っていた。
緊張するなぁ、アンヌ隊員。
でもあれから40年近くの時間が流れている。
おばあちゃんなんだろうなあ(失礼)、
どんなお姿なのかなあ?
ドキドキしながら店のトビラを開けると、
「まあ、汗びっしょりじゃない」と美しい女性に声をかけられた。
「じゃあ始めましょうか」と印南氏。
えーっ、この人がーっ、あのアンヌ隊員ですかーっ。
若すぎる、きれいすぎるよ。
ズルイッ!
ズルイッぞ!
永遠のアンヌ隊員・・・
今度詳しく話してね!
さて、件のネコ(番長と呼ばれている)は
しばらくは向こうの部屋でおとなしくしていて、
とくに何の問題もなかったが、
やがて美味しいにおいに引き寄せられたのか
厨房へとやってきた。
「来た!」
「番長!」
「気を付けて!」
「ウギャー!!」
…などと言うことは起こらなかったのだけど、
狭い厨房の中に4人もいるものだから、
足の踏み場もなく、いつ番長を踏んでしまうか
全員、気が気でない。
何度か蹴っ飛ばして「フーッ!」などと
言われたが、考えてみれば
彼もさみしかったのかもしれない。
「おれも仲間にいれてくれよ」
そう思ったかどうかはさだかではないが…
こうしてバタバタの撮影を無事に終了。
あとは記事のできあがりを待つばかりである。
って肝心の原稿はまだでき上がってないのだけど。
男4人が集まってなにをしているのか?
これはテーブルに引くクロスにアイロンをかけているのだ。
厨房の中にツメツメで入る男3人。ここにもう一人と一匹が常時いるところを想像してほしい。
これが噂の番長。一見かわいい普通のネコだが…
実は犬も飼ってる編集長。
名前はジャム。
こいつは番長とちがって聞き分けがいい。
◆副編集長:小笠原
北海道生まれの35歳。仕事以外にこれといった趣味はないが、最近会社でコーヒーを豆から淹れることを覚えた。よりおいしく淹れるため、試行錯誤するのがちょっとした楽しみの一つになっている。
焼き豚屋での打ち合わせ通り、
7月29日に自分色に生きるの取材に出かけた。
インタビュアーは編集部員の小笠原だ。
さすがに高校時代の同級生をインタビューするのはつらいので、
ヤツに頼んだのだ。
「やります」
ひとつ返事で引き受けたヤツは、
今回の創刊ではかなり重要な位置にいる。
頼りにしてまっせ!
と、このコーナーでヨイショしてどうすんだ。
つうことで出かけた小さなライブハウスの控え室で、
インタビューは始まった。
詳細は創刊のお楽しみとするが、
この三味線男がおもしろいくらい江戸っ子なのである。
俺には痛いほどわかるのだが、
自分を飾る言葉をまったく持っていない。
この無骨な男から本質を引き出すのは、
若い小笠原は苦労しただろうが、
ものすごくいい経験になったと思う(たぶん)。
4時に現場入りして、
インタビューと撮影で10時過ぎまでかかった取材を終え、
居酒屋で小笠原の仕事ぶりをねぎらった。
「フォローするからいい原稿書こうな」
「はい、がんばります」
ビールを前にすればニコニコなヤツなのだ。
翌日、江戸っ子からメールが入った。
「俺は説明へたくそだ」と。
んなこたあ、始めからわかっとるわい。
photo_Taeko Nakanishi
こうして迎えたロケ当日。
編集長の自宅に向かいながら、
編集長夫婦からレクチャーを受ける。
「ネコは無視してれば大丈夫だから」
「相手をすると返ってフーッってなるから」
「長そでのほうがいいかも(って今言われても…)」
おじゃましま~す。
恐る恐る足を踏み入れてみるが、
とりあえずネコの襲撃はなさそうだ。
敵も得体のしれない相手に
警戒しているのかもしれない。
キッチンは想像以上に狭かった。
というか、標準的なカウンターキッチンなのだけど、
料理人に、編集長と僕、そしてカメラマンが入ると
ぎゅうぎゅうだ。
4人も入るようには考えられてないのだから
それも当然だろう。
そんななかで材料や手順の撮影をしながら
完成品をバシバシ撮っていく。
カメラマンの落合氏は、さすがに手慣れたもので、
仕上がりを確認するとこれが編集長の自宅?
と思わせる出来だ。
ちなみに彼は僕の大学時代の友人でもある。
そう考えるとかれこれ17~8年の付き合いなんだな。
彼が脱サラしてカメラマンを目指した時期と
僕が編集者を志した時期はほぼ同じでもある。
そんなよしみもあって
何かと言うとムリを聞いてもらっている。
今日もそんなムリのうちの一つだが、
こちらの要求以上の仕事ぶりに
編集者としてはもちろん、同期としてもうれしくなるのであった。
◆副編集長:小笠原
北海道生まれの35歳。仕事以外にこれといった趣味はないが、最近会社でコーヒーを豆から淹れることを覚えた。よりおいしく淹れるため、試行錯誤するのがちょっとした楽しみの一つになっている。
前述のとおり、根性論が最後の砦だ。
足らない才能や能力を補うのは、
熱だ情熱だとさまざまな形容はできるが、
集約されるのはどれだけの時間を注ぎこめるかである。
ところが、近代ジャパンは一部でこれを否定している。
バブル期に創出されたエリートさぼり文化が蔓延して、
いまだにそれをスタンダードにしたい連中が多いからね。
サンプル数ばかりを重視して
マーケティングできちゃったフリして
商品やサービスが生まれていったことで、
心もへったくれもないものがあふれかえった。
本気で考える時間を作らないから、
そういったデータに頼って理論武装して、
失敗するとその理由を理論武装するために調査して、
オママゴトかって笑っちゃうのである。
しかもこの調査、外注に丸投げするという体たらくがほとんどなんだから、
子供にでもわかるモンキービジネスぶりである。
昭和ひとケタ生まれの、ものづくりに従事した方たちと
酒を飲むたびに謝る。
僕ら世代は、
汗水垂らして働かなくてスミマセン。
へりくつばかりでスミマセン。
効率とかばっかりいって、スミマセン。
あなた方がつくった日本を、過去のものしたくないですよ。
がんばりますから、どうかご指導ください。
ってね。
「365日、僕たちは家庭も顧みず、開発に打ち込みましたね」
昭和ひとケタ生まれの先輩の葬式で、
心にドスンと来た別れの言葉である。
「24時間は平等」
高橋尚子の名ゼリフである。
やるぞー!!
笑顔ですばらしい説教をもらえる、尊敬する先輩の著書だ。