死について考える。~その7 会わない日々~

2010 年 4 月 20 日 編集長 コメント募集中

バンドが解散してしまい、弾き語りを細々と続ける音楽活動になった。
ライヴステージに上がらないということと、
忙しい仕事のストレスからずいぶんと太ってしまい、
なんとなくヤツに会うのをためらっている時期があった。
太ってしまうことは、すなわちロックじゃないという哲学を持っていた。
なので、一緒にロックを生き抜いてきたナオキに、このだらしない自分をさらせない。
忙しくて時間がつくれないコトもあり、いつからか会わない日々になった。


そんな時間が過ぎていくと共に、
もう一度ナオキとバンドを組んでロックしたいという気持ちが高まっていった。
それにはこのだらしない体を元に戻さなければならない。
減量に取りかかった。
キチンと戻ったらヤツを迎えに行こう。
きっとヤツだってロックを取り戻したいはずだ。
なんとも自分勝手な話だが、こう考えたからがんばれたのも事実だ。


だが、そんなくだらないことにこだわらずに迎えに行けばよかった。
そうすれば絶対に自殺なんかさせなかっただろう。
逝ってしまう数ヶ月前、ヤツとのことを曲にしていてこんな言葉をつづっている。





公園のベンチでずっとずっと缶ビールとラジオで過ごしたなぁ
そんな夜がいつまでも続くと信じていたんだ

18までにけりつけてやるよ俺たちの口癖だった
夢を全部ロックンロールに乗せて毎日吐き出してた

世間やしがらみやチョットばかりの金が
ため息増やしていつのまにか戻れなくなっちまった
昔のことさ

Hey相棒、調子はどうだ? 今でも吠えてるか
あの日から別々の道俺たち歩いているんだな
Hey相棒、笑っているか? 汗かいているか
あの日から会えない日々が随分と過ぎたな

突然行方くらませてそれきり何年も
時間は加速するように勝手に過ぎてく

俺たち出会わない方が幸せだったのかもな
すり減らすようにすべてをかけて使い果たしてしまった

傷つき泣いてたお前の心
気付かずわがままを押しつけてた気付いたときには
遅すぎたけど

Hey相棒、今はなにしてどんな風に生きている?
何もなかったようにこの街戻って、またビール飲めたらいいんだけどな
Hey相棒、調子はどうだ? こっちは上々だ
Hey相棒、もう1度俺たちあの日に戻りてえ

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死について考える。~その6 自殺~

2010 年 4 月 19 日 編集長 コメント 2 件

45年を迎えようという人生なのだから仕方ないことかもしれないが、
悲しい別れは積み重なっていく。
婆ちゃん、親父、義理のお父さんが逝ったときの悲しみは
それはそれは大きなものだった。


が、順序としては合っている。
早いか遅いかの問題であるから、悲しみを飲み込んで手を合わせることができる。
これまで書いてきた、心の友と呼べる者との別れは違ったつらさが残る。
やっちゃんはまだまだ逝く年齢じゃなかったし、
ガクちゃんなんか年下だから、順序だって狂っているわけでもう無念である。
まして自殺となったら飲み込めるはずがなく、ずっと引きずっていくことになる…。


今日、4月19日は俺にとってかけがいのない相棒の命日だ。
6年前にヤツは首をつってこの世から去った。


以前ここに書いたが、俺はギタリストとヴォーカリストの
二足のわらじを履いていた時期がある。
そこに突然あらわれてギターを諦めさせてくれたのがナオキだ。
高2の秋に俺の誘いに乗りバンドに加入し、
同じ夢を目指してもつれるように生きた。
メンバーチェンジを繰り返しながらも、
27歳のときに念願かなってデビューへの準備が始まった。
東京の溜池にあった当時の東芝EMIの本社スタジオでレコーディングに入ったのだ。
ナオキと現在もプロミュージシャンとして活躍する野田浩平の3人の正メンバーに
ゲストミュージシャンを2人加えての構成だった。
夢の実現がもうすぐそこにまで来ていた。


メンバー全員が入れるくらい広いヴォーカルブースから、
ガラス越しに4人のメンバーが見える。
そこには元気にギターを弾くナオキもいた。
ヘッドフォンから馴染みの演奏をもらい、歌い込んだ。
俺の調子が悪く、メンバーに迷惑をかけたものの
とにかく一歩を踏み出した日だった。
ヤツもずっとギターで食うことを夢見ていたし
それがいよいよ実現するということにおおいに喜んでいたのだが、
このレコーディングリハーサルが中学から続いたバンドの、最後の演奏になってしまった。


なにがあったのかさっぱりわからないが、ナオキは俺たちの前に姿を現さなくなった。
ヤツの行動に対して理解ができないまま、俺たちのバンドは解散した。
その後少しの時を経て、ひきこもっているという噂を聞き
励ましにいくかっこうでの再会になった。
あまり無理に励ますことなく、なにもなかったかのように酒を酌み交わした。
それからは幾度となく訪ね、たわいもない話で酒を酌み交わし、
音楽については触れないようにしていた。
やがて一度だけだが「あのとき、なんでだ?」と聞いた。
「いつか話すよ」との返事だけで
その答えは結果的には永久に封印されてしまったのだ。


AEROSMITH(邦題・野獣生誕)/AEROSMITH

AEROSMITH(邦題・野獣生誕)/AEROSMITH

BORN TO RUN/BRUCE SPRINGSTEEN

BORN TO RUN/BRUCE SPRINGSTEEN

Live Coast to Coast/ROD STEWART & FACES

Live Coast to Coast/ROD STEWART & FACES


俺とヤツが共通で愛したアルバムだ。

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  1. ぷりんあらもーど
    ぷりんあらもーど
    2010 年 4 月 20 日 20:01

    第2号のバイクのページに掲載していただいた者です。

    「BORN TO RUN」

    初来日の代々木でライブを聞き、背中に電流が走ったのを覚えています。

  2. 編集部員
    編集長

    いいですねぇ、初来日を見に行ったのですか。何度目の来日かは定かでないのですが、アムネスティのイベントで来たときは見に行きました。メンツがすごくてピーター・ガブリエル、トレイシー・チャップマン、ユッスー・ンドゥールと一緒に見てもうお腹いっぱいでした。日本代表で今回インタビューした宇崎さん率いる竜童組が出ていて、インタビュー後にあのイベントについて聞くと、みんなで演ったボブ・マーリーの“ゲットアップスタンドアップ”のリハで、ブルースが日本語でヤレと力説したらしくて、結局“立ち上がれ”になっちゃったと。ちょっとかっこ悪かったですよねって。確かにあのサビを立ち上がれって“?”だったなあ。

死について考える。~その5 バカヤロー!~

2010 年 4 月 18 日 編集長 コメント募集中

こんなことがあるのか。
あまりにもひどすぎる。
神様なんかいねえよバカヤロー、文句あんならかかってこい。


いやね、重い話が続きますが、
今まで半年以上バカ話ばかりを書いてきたのだからねえ、
すいませんがお付き合いください。


というわけで、宮崎の友に別れを告げ鹿児島に移動した。
夜は47歳にして逝ってしまったヤツとしみじみと呑んだ。
そして翌朝のこと、冒頭へとつながる。
会社から電話が入った。
「昨日の夕方、ガクさんが亡くなったそうです」


ガクちゃんはバイク関連の仲間で、プロレーサーである。
現役からは引退して大好きなバイク業界のために努力を重ねていた。
急激に友好を深めていったのは去年の9月からで、
俺が会長をつとめるLove the Earthのイベントに参加してくれて以来、
いったい何度一緒に呑んだだろうか。
昭和40年男ではないが「大新年会」にも応援に来てくれた。
いつも握手を交わしながら、二輪業界のためにがんばろうと誓い合った。
いろんな仕掛けを始めようと一緒に話していたのに。


バイクのテスト中の事故で、頭を打ったそうだ。
1ヶ月近く意識が戻らず、そのまま逝ってしまった。
集中治療室にいる彼を、ご家族には申し訳ないと思いながらも訪ねた。
ホントにいろんな約束をしていたが、やっぱり呑む約束が彼を目覚めさせるに一番いいと思って…。
 「ガクちゃん、明日呑む約束だったじゃん。起きてよ」
手を握りしめながら言った。
きちんと自分で息をしていた。
それがなにより安心させてくれた。
だからちょっと先になるとは思ったけど、必ずまた呑めると信じていたのに。
…なんだよ。


この夜は、昨夜に続いてしみじみと呑んだ。
涙が止まらないから、ホテルの部屋で1人で呑んだ。
ちっともうまくない酒を、次々に体に流し込んでいった。


さようなら、ガクちゃん。

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落語を聞いてきた!

2010 年 4 月 17 日 編集長 コメント募集中

立川談慶さんと林家たい平さんの落語会に行ってきました

立川談慶さんと林家たい平さんの落語会に行ってきました



昨夜、前号でインタビューをさせてもらった
立川談慶さんの落語を聞きに銀座・日本橋落語会に行ってきた。
今日は編集長と編集部高橋、私こと小笠原の3人である。

編集長「談慶さん、ありがとう」

編集長「談慶さん、ありがとう」

小笠原「楽しみだな~♪」

小笠原「楽しみだな~♪」

高橋「落語初体験っす」

高橋「落語初体験っす」




落語経験はほとんどない編集部3人衆なのだが、
とはいえ、楽しみで仕方がない。
とくに編集長と私は以前に談慶さんの独演会を見に行き
落語が面白いものだということを知ってしまったからだ。
まさに日本の伝統芸能の底力に、バットで頭をぶんなぐられた感じで
それ以来、二度目の落語というわけなのである。
高橋は初めての落語体験。
3者とも期待に胸を膨らませての会場入りだ。


会場は銀座にある銀座ブロッサムの中央会館。
900人も収容するでかい箱である。
前回は300人クラスだったから、ざっと3倍入る会場だ。

会場は二階席もあり、900人も収容する立派な場所だ

会場は二階席もあり、900人も収容する立派な場所だ




前座から始まって、談慶さん、たい平さん、談慶さんと4席が披露され、
全部で2時間楽しめる落語会であった。
談慶さんもすばらしかったけれど、
今回はゲスト(?)の林家たい平さんのすごさが際立っていたと感じた。
談慶さんが「相撲にたとえれば朝青竜に向かっていくようなもの」と言っていたけれど
そう言いたくなる気持ちもわかる。
流麗な話の流れに乗せて会場をドカンドカン笑わせる。
落語だってすごい。
素人からみての感想だが、登場人物の演じ分けのメリハリというか
キャラクターがはっきりと表現されていて、
よく一人でこんなにできるなとため息が出る。
それに演じているその場の臨場感というか雰囲気というか、
たとえば、緊張する場面では緊張感がビシバシ伝わってくる。
こりゃ名人芸だと納得させられてしまった。


笑いっぱなしの2時間で、ほっぺたが疲れてしまうくらいすばらしい落語会だったのだ。
談慶さん、お招きありがとうございました。
すっかり落語の面白さにはまった編集部3人衆なのであった。
落語の面白さを知らない方は、ぜひ一度会場に足を運んでみることをオススメします。
初めてでも、絶対に楽しめると思いますよ。



◆副編集長:小笠原
北海道生まれの35歳。仕事以外にこれといった趣味はないが、最近会社でコーヒーを豆から淹れることを覚えた。よりおいしく淹れるため、試行錯誤するのがちょっとした楽しみの一つになっている。

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死について考える。~その4 悲しみを乗り越えて~

2010 年 4 月 17 日 編集長 コメント 2 件


3人いる子供うち下の2人は学校に行っていて、
大学生の長女だけが家にいた。
一緒にアルバムを開き「いいお父さんだっただろう」と言うと、涙をこぼしながら頷いた。
奥さんと娘さんと3人で、遺影の前でずっと涙を流していた。


ヤツに出会えなかったら今の俺はいない。
幸せなことにそう思える人間はたくさんいるが、
そう思える人間だからこそ大きな悲しみを連れてくる。


玄関先まで送ってくれた娘に「東京に来るときは連絡くれよな。元気でな」と、声をかけるとにっこりと笑った。
駅まで車で送ってくれた奥さんには「またやっちゃんに会いに来ます」と言い、クルマを見送った。
俺はヤツが過ごした街を感じたくて、しばらくゆるゆると歩いてみた。
山々が見える静かなところで、ヤツはきっとこの街が大好きだったのだろうな。


俺にはヤツのような強さはない。
その強さゆえ、漢方だけで治すなどということになってしまい、悲しい結果にはなった。
だがそれもヤツが選んだ生き方なのだ。
ヤツが愛したであろう静かな街を歩きながら、
想い出をトレースしているうちにヤツを許せていった。
家族は立派に新しい一歩を踏み出していたし、
父親のことを愛していることには変わらない。


簡単に乗り越えられるものではないだろうし、
一番下の子はまだ小学生なのだから
これからの生活だって決っしてラクではないだろう。
が、しっかりと前に向かっている。
俺もヤツに教わったことを大切に生きていかなければならないな。
そしてヤツの分までがんばらなければ。


宮崎の風はやさしく頬を撫でてゆき、涙を乾かしてくれた。

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  1. 匿名
    2010 年 4 月 17 日 22:24

    娘と2人で読ませていただきました。主人のことを大切に想って下さる方がいたことを嬉しく思います。これからも主人のことを忘れずに家族皆で頑張っていこうと思います。またいつの日か主人の思い出話を聞かせて下さい。

  2. 編集部員
    編集長

    先日はお邪魔しました。コメントありがとうございます。
    あの日は、やっちゃんとのあんなことこんなこと、いろんな記憶を呼び起こしながら過ごしました。つらい日ではありましたが、うかがってよかった思っています。必ずまた会いにうかがいますので、その際はよろしくおねがいします。

死について考える。~その3 遺影にむかって~

2010 年 4 月 16 日 編集長 コメント 2 件

ヤツの街の桜は散り始めていて、すでに葉が混じっていた

ヤツの街の桜は散り始めていて、すでに葉が混じっていた



ヤツの家に着いた。
心は着いてしまったという気持ちで、あまりにも悲しい再会だ。
最後に酒を酌み交わしたときとほとんど変わらない、笑顔の遺影に向かって
「バカ」と言い、線香に火をつけた。
チンチン。
手を合わしていると、体が震えてきた。
いろんな言葉をかけながら、悲しみだけじゃないいろんな感情が
胸の中をグルグルと回る。
合わせた手を下ろし
「こんな再会は嫌ですね」
と、奥さんに告げた。


大腸ガンで、発見からわずか半年で逝ってしまったそうだ。
極真空手で精神と体を鍛えたヤツは、居酒屋当時からよく言っていた。
病は気の流れの小さな狂いから始まって、大きくなると大病になるものだと。
西洋医学を否定する発言もよくしていた。
奥さんいわく、漢方薬で治すと言って聞かず、結局切らなかったそうだ。
バカな。
大腸ガンは切れば比較的完治させやすいということは、俺でも知っている。
なのにヤツは自分の哲学を貫いてしまった。
そのせいで奥さんと子供3人を残して先に旅立ってしまったということだ。


温厚だが頑固なヤツだった。
人には優しくて、自分に厳しくて、信念を曲げない。
そんなヤツだったから漢方だけで治すなどとほざき、
たぶん痛みや苦しみもあっただろうに、
結局家族を4人残してこんなことになっちまった。
家族とは比にならないが、
ここにこうしている俺や多くの仲間にも悲しみだけを残して逝きやがった。
奥さんは切らせなかったことを悔やんでいた。
どう思います?
このバカ者のことを。

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  1. 2010 年 4 月 17 日 12:00

    はじめまして!『昭和40年男』に刺激され、自分で雑誌は作れないけどブログならできる!・・・という思いで走り始めたばかりの40歳です。

    男が守るべきもの・・・それは愛する家族だと思います。どんなにキツイ思いをしても家族がいるから頑張れると思うし、家族の生活を背負っていくのが男の生き様だと俺は思います。
    もし、誰かに殺されそうになったら必死で逃げて生き延びたいと思います。それは相手がガンという病気でも同じです。なんとかして生き延びる方法を俺は選ぶと思います。
    残された家族のことを思うと不憫でなりませんが、その方は自分自身で「もう長くはない」と悟ったのかもしれませんね。
    そして自分のスタイルを貫いて死んでいった・・・。
    なかなかマネできないカッコよすぎる生き方だと思います。

    ご冥福をお祈りします・・・

  2. 編集部員
    編集長

    コメントありがとうございます。小誌が刺激になったというのは大変うれしく思います。必死で生き抜くことがもっともカッコいいことですよね。それも前に向かって走りながらですよね。がんばりましょう。

死について考える。~その2 宮崎にて~

2010 年 4 月 15 日 編集長 コメント募集中

ヤツの住んでいた街の駅。雲ひとつない青空がかえって哀しい

ヤツの住んでいた街の駅。雲ひとつない青空がかえって哀しい



九州でバイクイベントの仕事がある。
またまた余談ながら、小さな会社のトップなんざなんだってやる。
編集長をいくつもこなし、営業も経理も掃除もやる。
たまたまこの週末(4/11)はバイクイベントがあり、その対象雑誌の編集長だということだ。


俺はイベントスタッフとは別行動を取り、一足先に九州宮崎へと向かった。
同時にヤツの死を受け止めなければならないのだから、これほどツライ旅はそうそうあるものではない。
羽田を飛び立ち、宮崎空港に着いた。
南国ではもう桜に葉が混ざっていて、美しさを誇れることなく、舞い散る花びらで存在を誇示している。
たった2両で走る電車に乗り、ヤツの住む街を目指した。
駅員のいない駅を降りると、果物や乾物を売る店に花がおいてあったのでひとつもらった。
すべてのアクションが自分のことながら悲しすぎる。


ロックのことしか頭になかった俺に、ヤツは知識をつけることのすばらしさを教えてくれた。
居酒屋で働いていたころ、営業が始まる前に遅い昼食を毎日のように一緒にとる。
たったの20分程度ながら、そこでヤツは毎回テーマを変え講釈をうってくれた。
「さあ、始めようか。今日は日本人について。よし、まずは天照皇大神からいってみよー」
とか言いながら、わかりやすく解説してくれる。
「あなたが好きだと言っている幕末の時代を点でとらえちゃダメだよ」
とも教えてもらった。
歴史だけでなく経済や政治にまでおよぶ講義は、今さらながら頭が下がる。
知識をまとうことのかっこよさ、すばらしさを教えてくれた人だ。


そんな日々を想い出しながら、
そしてこのことの礼を伝えていなかったことを後悔しながら、
ヤツの家までとぼとぼと歩いた。

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死について考える。~その1 思いがけない友人の死~

2010 年 4 月 14 日 編集長 コメント 2 件


おっといきなり重いタイトルだなとビックリしたでしょう。
というのも…。

副編小笠原とこのブログについての編集会議が昨日行なわれた。
「もっと人となりがガンガン出た方がいいっすよ」
うんそうだよね。
具体的にどうしようとなり
“パブリックなテーマを拾い上げて編集長なりに斬ればいい”
とのアドバイスをもらったところから始まって、コンセンサスにまで持っていった。


政治ネタはあまり無責任にはできないので
もう少しライトな話題をつかまえていかねばならないなあ。
古いもので例にすると、朝青龍くらいならいいのかなあ?
JALの問題はどうかな?
 ・
 ・
 ・
悩み尽きぬ。


加えて
「日常から何を感じたかを斬ればいいのではないか」とも。
桜の満開とか、通りかかった公園で遊ぶ子供たちの表情とか?
 ・
 ・
 ・
やはり悩み尽きぬ。


ずいぶんと長いこと付き合っているこのコーナーであるが、
人から見れば駄文であったとしても、自分のなかでのウエイトは決して軽くない。
出版社のサイトだからとか、雑誌のブランドを背負っているからとか、
もっともらしいことで逃げている部分もあるのかも知れないけれど。


「もっとラクに構えていいと思いますよ」
これも小笠原からのアドバイスだ。
だが、少なくとも情報を生業にしている自分が、
情報を発信するということには責任が生じるわけだし…、うじうじ。
ともかく、このコーナーと自分のつき合いを長くしていくためには、
やはり相当な努力が必要ということだ。


長い前置きとなってしまったが、
現段階での雑誌づくりにおいては、それほどドラマチックな出会いがあるわけでないし、
どちらかというと地味な作業の日々が続く。
企画のための議論であったり、裏を取ったり、資料を揃えたり、
人を捜したりといった、重要ながらも細々した作業ばかりだ。
なので議論したとおりなんらかの切り方で文章をつづっていくのは、悪くはない。


そこでいきなり“死”かよ。
でもね、昭和40年男にとってはどんどん密接なテーマになっていませんか?
実は最近、こんな死に出くわしたんですよ。


1月も下旬に差しかかったこと、1通のハガキが届いた。
聞いたことのない女性が差出人で一瞬戸惑ったが、
宮崎に住む友の女房からだった。


“主人は去年の5月に亡くなりました。生前は大変お世話になりました”


簡単につづられたハガキだった。
宮崎と東京という距離ゆえ、ここ数年は会えずに互いに年賀状のやりとりだけになっていた。
“こっちに来ることがあったら会おう”
と、やはり互いに書き添えていた。
今年、ヤツから年賀状が届かなかったことを
別段気にかけることもなく過ごしていたところに、先のハガキが返事として届いたのだ。


ヤツは昭和37年生まれの3歳年上ではあるが、
かつての職場の同僚だ。
同じ居酒屋で働いていたのである。
俺はバンドでやっていくことを決意し、高校を卒業するとその居酒屋で稼いだ。
ヤツも生涯の仕事を見つけるまでの暫定期間のようなものだった。
そんな腰掛け同士のふたりだったが仕事には一生懸命で
店をよくするための議論を欠かさず、共にぶつかりながらも邁進したすばらしい友だった。
互いの夢に向けて歩み出し、別々の職場となったが
時折会っては議論や意見交換に花を咲かせていた。
が、ヤツが九州に住まいを変えてからは
ほとんど会えずに年賀状友達になってしまっていたのだ。


そこに突然、まったく理解できないことを知らされたわけだ。
悲しさというよりも、まったく飲み込めず、どうにもならなかった。
しばらくの時間を経て、春に九州でイベントの仕事があるから
そのときに焼香に行きたいと手紙を出した。
やがて連絡が入り、詳しいことはうかがったときに聞かせてもらうことにしたのだが、
ガンだったとのこと。


やっぱりヤツは死んだのだ。

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  1. Coo
    Coo
    2010 年 4 月 14 日 11:47

    こんにちは。
    重い話ですが、身近に感じています。
    仕事をし始めたときの先輩方で51歳を迎えた人がいないんですよ。
    それはもう見事に次から次へ。
    自分はあと桜の花が咲くの何回見られるんだろうね、と思ったり。

  2. 編集部員
    編集長

    生きるということが本当にすばらしいと思うことって“なにか”の裏返しだったりします。ケガや病気で苦しんだとか、それこそ身近な人の死だったり、人間とはつくづく愚かなもの。でもだからこそ、頑張れたりもする。ありきたりですが、後悔しない日々をお互いすごしていきたいものですね。

浅草秘密基地 第2回は?

2010 年 4 月 13 日 編集長 コメント 4 件

ジャジャーン。
やってまいりました、月曜日恒例の浅草秘密基地の会場浅草フィガロです。
というわけで、熱気に包まれた会場のレポートをつづります。


先週はね、第1回目ということもあり
シャイでよい子の昭和40年男たちは遠慮してしまった。
今日こそはとのぞんだ第2回目、俺は立ち食いそばをかっ込み7時過ぎに会場に着いた。
見事なほどの激しい雨と、4月にしては珍しいほどの寒さの東京地方である。
しかし、きっと熱き男たちが集結して
熱い熱い議論でこんな夜をぶっ飛ばすことになるのだ。


編集長は今夜も絶好調!

編集長は今夜も絶好調!


開始の8時を待ちながら入念なリハを続ける俺の喉は絶好調だ。
よい子のみんなに最高の歌をプレゼントするのさ。
おっと、フライイングだぜ、さっそく扉が開いたよ。
「いらっしゃい」
そこには前号ライターとして本づくりに参画してくれ、
ライティングはもちろんだがその秀逸な編集テクニックに、
次号からエディターとして絡んでくれることになった(長い紹介だな)金子さんだった。
 「まいどー」
 「今日はたっくさん集まっちゃうよ」
 「ひとまずビールください」
なんてビールが運ばれてくると続けて副編小笠原の登場だ。
店内を見回し苦笑いする。
 「え~っ、またこの3人ですか~」
 「バカ者、縁起でもないこと言うな! まだ8時だろうが!! これからジャカジャカ集まるんだよ!!!」
 「そっ、そっ、そうですよね。ひとまずビールください」
ふたりはグラスを合わせ、宴をスタートさせた。
取り合えず飲み始めてはみたものの…

取り合えず飲み始めてはみたものの…



俺は…、参加者が来るまで酒は呑まずに待つ。
記念すべき一人目と乾杯するのだ。
というわけで先週はこのバーにいながら一滴も呑めないうちに、
傷心を抱えて家路についた。
ふっ、ミネラルウォーターが五臓六腑に染み渡るぜ。


音楽談義に花が咲く。
金子さんは俺なんかよりずっと詳しく、
とくに昨日は国内のミュージシャンの変遷を詳しく解説してもらった。
ここのマスターも相当な音楽通で、かたよりまくった俺なんかより金子さんと話が合う。
それにしても、昭和40年男(彼は39年だが、ここら辺の年代ということで)にとって
音楽というのは大きな存在だなあ。
金子さんはギターもベースもこなすプレイヤーでもあるわけだし。


話はドンドン盛り上がっていくものの、心は時間の経過とともに下がっていく。
来ない、あなたは来ない。
9時を過ぎるとマスターが言った。
 「こんな天気の日は出歩かないから。しょうがないよ」
 「そっ、そっ、そうですよね」
でも俺は、もう少しだけビールのオーダーを引っ張った。
ふっ、ミネラルウォーターが膀胱を刺激するぜ。


10時を過ぎても誰も来ない。
 「こういうのもいいですよ、なんかおもしろい記録じゃないですか。
 大成功に向かっているんですから。ひとつの笑い話ですよ」
おっ、いいこと言うねえ、さすが小笠原。
外を見ると雨は激しさを増していた。
 「マスター、ビールをください」
10時30分、この日をあきらめた瞬間だったが、大成功に向けての乾杯の瞬間だった。
3人の大バカ者が2週連続で『昭和40年男』の成功を夢見て語っているのだ。
このビールがまずいわけはない。

編集長「今日もダメか…」

編集長「今日もダメか…」

金子「きっと雨のせいですよ」

金子「きっと雨のせいですよ」

マスター「寒かったしさ」

マスター「寒かったしさ」




来週こそ、きっとくる。
じつはね、来週月曜日の4月19日は俺にとって特別な日なのだ。
この日に盛大なイベントになれば、この2週のことを笑い飛ばし、あっぱれになれるのさ。
待ってるよー、みんな!!!!!!!

カテゴリー: イベント, 編集長のつぶやき タグ:
  1. ぬいぬ
    ぬいぬ
    2010 年 4 月 13 日 20:55

    ごめんなさい編集長。8時まで迷ってたんですけど…行きたかったんですけど、雨が…。

  2. 編集部員
    編集長

    ホント? その気持ちがうれしいッス、十分ッス、涙ッス。でもね、2週連続で誰も来てもらえなかったというのはちょっぴり残念だけど、もともと“お店”みたいなモノにしようと思っていたんですよ。「あーあ、ドタキャンくらったよ。しゃあない、浅草秘密基地でも顔出すか」って感じのモノになればいいなと。だから逆に「この雨じゃ、かったりいな」も全然ありです。ともかくメッセージありがとう。

  3. bluekim
    bluekim
    2010 年 4 月 14 日 10:27

    ♪あ し〜たが あるっ あし〜たがあるっ あし〜たがあ〜るぅ〜さぁ〜
    それでは、フィガロ様へ向かう前に、上野〜浅草をめぐる観光ツアーを企画しましょう(途中立ち呑みつき)。
    みなさん月曜日は有給よろしく!

  4. 編集部員
    編集長

    いい歌ですよね。カラオケでよくやります。上野~浅草あたりってホントすばらしい。生まれが三ノ輪そばなので、どっちも同じくらいの距離で今日はどうする?ってノリで遊びに行ってました。みなさん有給よろしく(笑)。

バラゴンがやって来た!

2010 年 4 月 12 日 編集部員 コメント募集中

我が昭和40年男編集部に
異色の昭和40年生まれが現れた。
その名も「バラゴン」。
昭和40年に公開された特撮映画『フランケンシュタイン対地底怪獣』に登場して以来、
元祖地底怪獣として活躍してきたベテラン怪獣である。

これがバラゴンだ!

これがバラゴンだ!



ご覧の通り、フィギュアである。
この度、ケンエレファントが発売した特撮リボルテックシリーズの最新作。
ガレージキットや食玩でホビー界に革命を起こした海洋堂が手掛けたもので、さすがの仕上がりだ。
しかも手足や顔などの関節が自由自在に動くので、
好きなポーズが取れるのである。


今回はこの特撮リボルテックシリーズの売り込みのために
@Pressの中澤さんと杉本さんが編集部にやってきてくれたというわけだ。

特撮リボルテックシリーズの売り込みに来ました!

特撮リボルテックシリーズの売り込みに来ました!


ちなみに、残念ながらお二人とも昭和40年生まれではないそうだが、
『昭和40年男』にとっても興味津々。
「そういえばテレビテニスってありましたよね~」なんて話題に花が咲いたのであった。


このバラゴンは5/1発売予定で2,850円。
大魔神やエイリアンはすでに発売中、今後もガメラやギャオスも発売予定となっている他、
それ以外にもナツカシの怪獣やキャラクターが次々と発売されることになっているそうだ。

バラゴンとギャオスとガメラの3ショット

バラゴンとギャオスとガメラの3ショット


さすが海洋堂だけあって、大人の鑑賞にも耐えるすばらしい出来なので
見かけたらぜひ手にとってみては?

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