第2号・大編集後記 ~第3号に向けて~

2010 年 3 月 22 日 編集長 コメント募集中

発行月を3月11日と決めた。
そうと決まれば、もうとにかく突き進むだけだ。


2号を発行するに当たっては、
コンセプトは変えないが手法は変えたかった。
この号で『昭和40年男』のアイデンティティを決めるということを
まず大前提として創刊号ができあがる前から確立していた。


『レッド・ツェッペリン2』なんだよ、気分は。
あのアルバムは1枚目を進化させながら、
より“らしさ”を決定づけたと俺はとらえている。
だから3作目以降はバラエティだったり、遊び心だったりと
変化をつけながら進化していけばいいのだと。
実際、3作目以降のツェッペリンのアルバムがそうでしょ。


ということで方向性は、前号よりシンプルに実力勝負に徹すること。
キラキラしたキャッチを意図的にそぎ落とした。
創刊号から見たら
 “仮面ライダー”
 “松田優作”
 “明日のジョー”
 “マイケル・ジャクソン”
などなどがそうだ。


第2号はしっかりと読み込んだらスゴイ雑誌というものを目指して
その通りに仕上がったと思う。
創刊号でも言えたセリフだが、今回も同様に
「これが今の俺の実力です」
とはっきり言える。
もちろん反省点や悔しい部分はあるものの課題はしっかりとわかっている。
『昭和40年男』が狙っているのはこれなんじゃーという第2号が支持されれば、
今後のつくり方にはずいぶん選択肢が増えるはず。
名付けて“レッド・ツェッペリン作戦”としよう。
この作戦が成功したかどうかは後日わかることだが、
とにかく、すでに第3号の制作構想にビシビシ入っているのが快感です。


ただ、この雑誌は、誌面でもメッセージしたとおり、
みんなでつくりたい(P3・116・156参照)と思っている。
そして、それに関連してもうひとつ驚きの事実がこの本にはある。
さて、それはなんでしょう?
答えは次回の講釈で!

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第2号・大編集後記 ~季刊の難しさ~

2010 年 3 月 21 日 編集長 コメント 2 件

担当者から「創刊号が売れた」という報告を受けて喜んだその瞬間は、
同時に「2号目の制作に取りかかれー!」の合図でもあった。
時すでに11月24日であることは、このプログでも大騒ぎした通り。
次号の発売をいつにするか。
2月2日は無理だとして、2月22日はどうだろう?
たぶんギリギリでセーフだろうが、
年末年始に作業が止まることを考えると真価が問われる第2号を突貫工事でやりたくない。


それに加えて、季刊(年4冊の発行)でいくことを決定したことも大きい。
ただの弱虫じゃないのだよ。
2、5、8、11月の発行で季刊? イマイチでしょう。
春号を2月に名乗るのはちょっと早い。
そのほかの月もそうだが、とくに8月の秋号と呼ぶには早すぎる。
これが3、6、9、12月になるとピリッと締まるし、3月はもちろん、9、12月もなんとなく本を買いたくなる月な感じがする。
(この“感じ”というのが俺独特なのだ。さまざまな場面で使う企業秘密のテクニック…。ウソ)


でも実はすごく迷った。
だって創刊号は売れたのだから、
そのなかで
「次号も絶対に買おう」
と思ってくれた人は少なくないはず。
まあ、そこまでいかなくても
本屋をなんとなく気にかけてくれた人も多数いるはず。
その人たちが
「あーあ、やっぱりあの本ダメだったんだ」
と思うことはもう間違いないでしょ。


広告費が限りなくゼロに近いウチにとって、
か細いながら広告を打てていたのに、それを自らでゴミ箱に捨てるのだから。
天秤にかけて、さんざん迷ったあげく
3月11日発売の方が重かったいうことなのだ。

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  1. 2010 年 3 月 22 日 21:02

    正にドンピシャ!4月13日生まれの男です。この雑誌のタイトルで嬉しい気持ちになりました!内容も濃くいいですね。私もリストラで、今は失業中しかしながら介護福祉の学校を受け就職も介護福祉職でこれから他人様のためにお役に立てるよう頑張りますよ!ヤッパリ40年生まれは特別!いい奴らがいっぱい!

  2. 編集部員
    編集長

    そうなんです、特別だと信じて本をつくっていますから。リストラを逆にバネにして前へと進んでいくのは、まさに昭和40年男の姿ですね。がんばってください。

第2号・大編集後記 ~元気と夢は読者に届くか~

2010 年 3 月 20 日 編集長 コメント 2 件

これまで俺は何度も創刊を手掛けてきた。
それはすべて趣味の世界の専門誌で、
たとえば得意のバイクという明確なジャンルがあるなかで
ライダーから多数の支持を受けることを構築していけばよかった。
それがカンタンというわけではもちろんないが、
見えてくる部分があるのは確かだ。
勉強して研究して、第六感を振りかける感じ。


だが今回の『昭和40年男』という雑誌がこれまでとまったく違うのは、
不特定多数のさまざまな考え方やライフスタイルを持つ人たちに向けて、
多くの共感を得られる世界をつくりあげなくてはならないのである。
今まで得意としてきた手法と多くの部分で異なる方法が求められた。


創刊号で取り出したのは、ヒーローだった。
それもただの懐古ではなく、
今の俺たちが明日へと向かうためという取り上げ方をしなくてはならない。
本当の主眼はヘッドコピーでメッセージした
“明日への元気と夢を満載!”
が、とにかくこの本のベクトルなのであるということを決定して、
自分の中にとにかく強烈にぶち込んだうえで、ヒーローというテーマを利用したのだ。


元気と夢?
ホントにそんなもんが現在の昭和40年生まれの男たちに必要なのか?
俺のマスターベーションじゃないのか?
いい雑誌ができたと思う反対側で
そんなことを思いながら過ごした創刊号発売からの約1ヶ月だった。
加えて先に述べたように、世間に知らしめる予算はゼロだったのである。


しか~し、えっへん。
この苦しい戦いに見事勝利宣言を出せた。
単純に売れたのである。
よし、通用する。
担当者から俺に連絡があったときは、自然と涙があふれた。
やったー、やったよと。

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  1. Coo
    Coo
    2010 年 3 月 20 日 13:33

    カッコ良いこと、カッコつけることがいつの間にか恥ずかしくて笑われることになってしまい、ヒーローって存在もなくなってしまいましたが、手が届きそうにないスターやヒーローを隠し持ってた人は多かったと。そして仲間がいて嬉しかったです。ありがとう。

  2. 編集部員
    編集長

    これからも、いつまでも、ヒーローは心の中に存在していますよね。
    昭和40年男の人生にヒーローは不可欠ですから。

第2号・大編集後記 ~いつ発売する?~

2010 年 3 月 19 日 編集長 コメント募集中

発売から何日かが過ぎた。
まだ全国の売れ行きデータはさっぱりわからない状態のなか、
近場の何軒かの書店を回り、減り具合に一喜一憂している日々だ。
結果が出てからだといろいろと後付け言葉を使う“ずる”をしそうなので、
今のウチに書き留めておきましょう。
大編集後記の始まりじゃー。


この長い編集後記のために
まずは創刊号の発行当時まで時間を戻す。
創刊当初にターゲットにした発売日は2月2日か22日だった。
平成22年だし、第2号だし。
ねっ、いいでしょ(苦笑)。
だが、創刊号の結果を待たなくては2号目のGoが出せない。
創刊号をつくりおえて、このできで支持されないのなら
雑誌自体のコンセプトである“年齢制限雑誌”は成り立たないとあきらめる覚悟はついた。
売れなければ雑誌は出せない、そういう運命の雑誌だと判断していた。


そうはいっても悔しい想いもある。
いろんな場面で書いているが、ウチは大手出版社ではない。
大きな予算を投じての創刊などできるはずもなく、
宣伝らしい宣伝を打つ予算などももちろんない。
販売戦略など限りなくゼロに近いのだ。
さらに大手のように書店さんに日参する営業部署がないので、
棚もイメージ通りに取れない。
事実、創刊号がアニメコーナーといえばいいのか、
まったくそぐわない場所に平積みされているのを目撃している。


このように、激戦の書店店頭で争うには不利な条件がてんこ盛りだ。
それでなくても出版不況といわれるなかで、
新創刊誌が売れるのだろうか?
とにかく、俺たちの武器は“支持される内容”しかない。

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永遠のヒーローたち。

2010 年 3 月 18 日 編集長 コメント募集中


世界平和を目指すプロミュージシャンを志すことにした俺は、
ときを同じくして、バイト先ですばらしい先輩と出会った。
「ミュージシャン、ましてやソングライターとして生きていくなら、
自分を磨かなければならないよ」
とすごいことを言われた。


だらしない格好や態度でつっぱらかって
「俺がロックなんだよ」とか「ブルースってのはさ」
なんて言っているのがカッコイイと思っていたのに、
その人は絵画などの芸術にたくさんふれろと言う。
映画を観て小説を読めと言う。
これにはまいった。
まるで先生じゃねーか!


でも、がんばって言われたとおりにした。
アパレル関係のデザイナーを目指すこの先輩こそが、
長いことミュージシャンばかりをヒーローとして崇めてきた
俺のヒーロー観を変えてくれたともいえる。
また、俺自身がヒーローを目指すという自覚が芽生えた。
だって、スーパーアイドルブルースロックマンになるのだからねぇ。


というわけでこの長かった物語も終わりにしよう。
ここからの俺のヒーローはあまりにも自分寄りで、
書き続けていっても共感するところが少ないだろう。
興味がある方は酒でも呑みながら語り合いましょう。


東京荒川区の下町で育った男の子は、
いつも心にヒーローを抱き、さまざまな変化を経てきた。
そして高3のときにできあがったヒーロー観は、今も変わらない。
すばらしい先輩や仲間、
心の美しさが文章からあふれ出ている作家、
取材や仕事を通して出会った方々などなど
俺にとってのヒーローは次から次へと現れ、そして大きな影響を与えてくれる。


もちろんすばらしいミュージシャンたちは、
今も変わらずヒーローです。
どうしてもトップをあげなさいと言われたら…、
うーん、やっぱりキースなのかもしれない(笑)。


えっ、なんでお前はミュージシャンじゃなく編集者なんだって?
人生はね、すべてが思い通りにならないからおもしろいの。


ベガーズバンケット/THE ROLLING STONESベガーズバンケット/THE ROLLING STONES
レットイットブリード/THE ROLLING STONES

レットイットブリード/THE ROLLING STONES



キースのギターはこの2枚が最高っす。なんど聴いてもカッチョイイとうなってしまう。

エモーショナルレスキュー/THE ROLLING STONES

エモーショナルレスキュー/THE ROLLING STONES



でね、キースの歌でもっとも好きなのが、
このアルバムをラストで締めくくる“オール・アバウト・ユー”なんだよねぇ。

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イマジン。

2010 年 3 月 17 日 編集長 コメント募集中


プロミュージシャンを目指すと決め、高校卒業を迎えたときに
不思議な感覚が芽生えた。
なぜ歌うのかを決定しなければならないと。
職業として一生やる以上、すごく重要なことだと思っていた。
親父は地域に役立つ電器屋さんを目指し
その言葉通り修理がうまいことが自慢だった。


俺は?
世界の平和を目指すことにした。
パチパチパチ。
ボブ・ディランでありジョン・レノンだった。
そんなミュージシャンになろうと決定すると
自分の作品から男女ものが消えていった。
女の子が大好きなのは変わらないが、
それを歌にしたところで世界は平和にはならぬと、
また得意の若き日の曲解から自分が成り立っていった。


「お前は女/あふれるように」
とか
「女が俺に仕掛ける/あー今夜も眠れねえ」
といった高校生らしいハツラツ(!?)としたラブソングは
「流れる涙がすべての愛を」
とか
「そのままに浮かれる街/望むだけのステップ」
という、蒼い気持ちが全面に出た曲たちへと変化していった。

ジョンレノン イマジン ボブディラン フリーホイーリン

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プロミュージシャンを目指して。

2010 年 3 月 16 日 編集長 コメント募集中


そうして音楽にのめりこんだまま、高3を迎えた。
周囲は完全に受験モードへと突入。
俺はもちろん、中学のときに心に決めたプロへ向かって
一直線の人生を歩むことを決めていて、
バイトをしながら音楽活動をする。
学校の進路指導がうるさいので
アパレルデザイナーを目指して専門学校に行くが、
家が裕福でないので1年間バイトして金を貯めるということにしておいた。


プロミュージシャンになるという夢は、
初ライヴをやった中3のときに誓ったことだ。
だが、周囲のほとんどが進学を選択する中、
そうじゃない自分と対峙するようになる。
就職するわけではないが、気持ちとしては本当に音楽の道へと進む覚悟と
社会に出ていくという覚悟をしなければならない。


はたしてデビューできるのか?
そして売れるのか?
いばらの道が始まるのだと思った。
でも大学に通いながら、これまでと同じアマチュア気分で音楽活動することは
自分が許さなかった。
すべてを集中して、逃げ場をなくして背水の陣でプロを目指したかった。
当時5人のメンバーも全員同様で、
完全にプロミュージシャンへの覚悟を固めた高3だったのだ。


焦りもあったよ。
スーパーアイドルブルースロックマン(?)になるためには、
やはり1歳でも若い方がいいしキャリアを積んでいきたかったのだ。

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三重構造のヒーロー観。

2010 年 3 月 15 日 編集長 コメント 1 件

洋楽をきっかけに邦楽ロックも聴くようになり、
海外のミュージシャンたちは憧れのヒーローで、
国内はクリアできるターゲットとして身近なヒーローという、
ヘンテコなヒーロー観をなぜか持ち始めた当時のオレ。


根底にあるのは、恐ろしいほどの自信過剰である。
加えて、心の中にはヴォーカリストの横でクールにギターをキメる存在も、
単純にそのかっこよさにあこがれ続けた。
キースは永遠のヒーローとして今も君臨しているし、チャボも大好きという
三重構造が完成した高2の俺だった。

キース チャボ


周囲は高校生らしく、映画に行ったり、
ゲームセンターに行ったり、
サーフィン、バイク、ナンパといった遊びを
取っ替え引っ替え楽しんでいた。
俺はそんな時間がもったいなくて、
とにかく音楽に充てたかったからつき合いの悪いヤツだった。
音楽以外の時間は、やはり音楽に投資するためのバイトと、
いい曲を書くための女の子…、といったところか、俺の高校生活は。

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  1. 2010 年 3 月 16 日 17:21

     こんにちは・・・私達4人で起業 独立しようと会社設立にあたって太陽光発電業者:「京セ○」で工事させてるのですが、同時にエコポイントも付くってんでK氏さん宅1階部をもリフォームしたのです。途中、廃棄物処理を私が手伝ったり、失敗談を通じて民主党:岡田克也外務大臣がまたもや無駄なカネに投資するらしい。でも官僚の奴等の財源って日本国民を小バカにした様なバクチが財源だったんです。・・と言う主旨で記事にしました。タイトルは『「太陽光発電機」設置状況です!起業 独立を目指す:7』です。毎度のユニーク:おもしろ画像写真では、「「京セ○」の太陽光発電機設置工事」「K氏さんと2人で廃棄物運搬及び処理」「パチンコにもある:あしたのジョー」「「あしたのジョー」に登場して来た「力石徹」に顔も生活スタイルも似ている外務省:民主党:外務大臣:岡田克也」デジカメ写真画像を貼りました。・・どうぞ!遊びに寄って見てやって下さい。\(^o^)/・・恐縮にも、よろしければ:1言コメントと応援もよろしく頼む次第です。

目標はショーケン。

2010 年 3 月 14 日 編集長 コメント 2 件

そんなすさんだ俺を、ショーケンの歌が慰めてくれた。
甘いメロディ(ブルースと比べてという恐ろしい基準で)を個性的に歌う姿に、
俺はしょせんコッチなのだとあきらめ始めた。
自信過剰というかバカというか、
とりあえずクリアできるシンガーだとターゲットにしたのだ。
もちろん。自分のなかではキースやオーティスへの憧れも強いが、
ショーケンも憧れのヒーローである。


「キースは日本人じゃないからああいう音楽が出来るのか」
とか、
「黒人にはなれないし、あんなに太っているのもちょっとかっこわるいし」
とか、あきらめるところはあっさりと捨て去るくせに、
気分だけはどこまでも成長すると信じ込んでいる
バカバカシンガーになっていった。


話はちょいと脱線するが、
最新号の宇崎竜童さんが「大人になったら金髪になって青い目になって」と、
要は外人になれるというくだりで、
インタビュー現場で大爆笑したのだが、
確かに俺ももしこの音楽環境を小学生で迎えていたら、
黒人になってブルースシンガーになるといっていただろうな。
高2といえば、もう少しばかり大人の階段を上がっていて、
現実を知っているのであった。
だがその現実が自信過剰の塊で、今こうして書いていても赤面してしまうのです…。


ショーケンが尊敬する越路吹雪もずいぶんと好んで聞いたのと同時に、
日本のロックもほった。
柳ジョージ、上田正樹、憂歌団の木村さん、BOROあたりを好んで聞き込み、
木村さん以外はクリアーする対象に加えていったのだから、
もうホントに若さとはなんと愚かなことよ(恥)。

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  1. 2010 年 3 月 14 日 17:09

    昭和40年男、とても良いですね!

    とのっけから失礼いたします。

    私は昭和43年生まれです。

    まさにあしたのジョー、尾崎豊、ブルーススプリングスティーン、
    アウトサイダーなどを愛してやまない世代です。

    実は私は2年前に独立しました。

    今までは広告デザインをする会社で課長職でした。
    部下にも恵まれ、家庭を持ち、マイホームも購入し
    長女も幼稚園に通うことになり…と
    普通では絵に描いたような順調ぶりだったのかもしれませんが。

    年収も肩書きもすべてを捨てました。

    当時高校生で、尾崎に、長渕に、ブルース・スプリングスティーンに
    はまっていて、いつも悶々として、「自由でなくちゃ意味がない」
    その思いを抱えたまま40歳を過ぎました。

    そして大好きなマンガ「クローズ」が映画化され
    公開初日を見に行った帰りに
    「好きなことでてっぺんとらなくちゃ意味がない!」
    その思いを抑えきれなくなり
    翌日、17年務めた会社に退職届を出しました。

    会社の上司にも、親にもまわりにもケチョンケチョンに言われました。
    「バカだ。アホだ。いい年して何夢見てるんだ?」等々。

    でも腐ったままの大人になりたくなかった。
    多感だった17歳のあの当時の自分が今の自分を見たら
    どう思うのか?
    自分は自分をごまかしていきているのではないか?

    やれば何でも叶う!年ではなく、学歴でもなく、
    本気で叶えたい夢に生きてこそ男だ!

    そう信じてシルバーアクセサリーブランドを立ち上げました。

    そしてマンガ「クローズ」にいつか絡んだ仕事がしたい!

    そう言い続けた結果、
    原作者の高橋ヒロシ先生に気に入っていただき、
    私が作ったリングをはめて、映画にも出ていただき、
    しかもいろいろな媒体でもそのリングを着けて出ていただきました。

    また「高橋ヒロシ先生画業20周年記念」で
    はじめて個人として版権をいただき、
    リングとペンダントヘッドを作らせていただきました。

    たくさんのミュージシャンと繋がったり、
    同じように夢を追っている方とも繋がり、
    充実した毎日を送っています。

    御社のこの雑誌、
    「昭和40年男」
    とても共感できました!

    ぜひ戦い続けている男のひとりとして
    応援いたします!

    長々と失礼しました。

  2. 編集部員
    編集長

    熱いコメントありがとうございます。
    力がみなぎってきますよ。
    昭和43年生まれというと弟と同じ歳なんで、親近感があります。
    この本が目指しているものの中でも、
    多くの方々と“つながっていく”ということはかなり重要なテーマですので、
    こうしたメッセージはホントにうれしいです。
    がんばりますので、どこかで絡みましょう。

日本のヒーロー。

2010 年 3 月 13 日 編集長 コメント募集中


それにしてもずいぶんと長い物語(?)になっちまった。
そもそも昭和40年男にとってのヒーロー観でスタートしたのだが、
音楽につかまっちまったうえに
さらにプロミュージシャンという夢を掲げてしまったものだから、
ヒーローが自分の音楽史とオーバーラップしてしまう。


それにしても、仕事でもないのに
我々のあの当時の音楽に対する見事なまでの集中力は
大したものだなと思う。
ミュージシャンを目指したということが大きく関与していることも否めないが、
そうでないリスナーに徹していながら夢中になっている同級生もすごく多かった。
俺たちにとって音楽は、とてつもなく大きな存在であり、栄養だったよね。
これはきっと共通認識だろう。


と、やや言い訳くさい前置きをしながら物語に戻ると、
高2の秋にギタリストが加入したおかげで、歌うことに自分をシフトできた。
キース・リチャーズという絶対的なヒーローが存在するヴォーカリストという、
ややいびつなヤツだが。
多くのブルース、ソウル系のアーティストを聴き込み、それをまねて歌う。
キースをまねる。


でも自分で書く曲は、もうちょいと甘いというか、いなたい感じが出ない。
「クラシックで音楽に目覚めて、クイーンでロックに目覚めたから、
どうしても出てくるメロディラインが甘くなるんだ」
と、才能のない自分を棚に上げてクイーンを憎んだりしたバカな俺がいた。

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