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2010 年 7 月 の記事一覧

笑話40年会にお邪魔してきました。

2010 年 7 月 31 日 編集部員 コメント募集中

昨日は具志堅用高さんの取材の後、とある会に参加してきた。
その名も「笑話40年会」である。


最初にこの会を知ったのは、Twitterでのこと。
同会の会長を名乗る方より「ぜひお会いしたい」とのお申し出をいただいたのだ。
もちろん、なんでもござれのわが『昭和40年男』編集部に断る理由などはない。
7/15に弊社に来社されていろいろと話したのであった(会長曰く、表敬訪問だとか)。
この会は弊誌と考えが近く、設立趣旨はとにかく同世代同士、楽しくがんばろう!というもの。
これまでの人生を笑い話にできる歳になったということで“笑話”と名付けたのだそう。
その席で、ぜひ今度のオフ会に来ませんかと誘っていただき、昨夜参加する運びとなったのである。


会場は渋谷のとある居酒屋。
とても渋谷とは思えない、ずいぶんと渋い店である。
こう言っては何だが、場末の旅館を思わせる。
きちんとステージがあって、カラオケと垂れ幕も装備。
昭和なイメージが色濃く残り、今となっては貴重な存在かもしれない。
ここに妙齢の紳士・ご婦人が集まるわけだが、
年齢層がやけに広いような?
聞けば昭和40年の前後3年が正会員だが、それ以外の年代も参加されているとか。
ついこの間まであった昭和50年会が空中分解(?)して合流しているらしい。


今回で3回目の開催となった同会は非常になごやかなもので、あちこちで会話に華を咲かせる。
自分だけでなく初参加の方も大勢いたそうだが、それもあまり気にならなかった。
参加者は多種多様で、主婦、社長、自営、デザイナー、設計者などなど、あらゆる業界の人間が集合。
会長さんがしきりに宣伝してくれたせいか、弊誌『昭和40年男』にも大変興味を持ってもらえて、
あちこちで『昭和40年女』はないのかだの、『昭和50年男』はないのかだのと質問されたのだった。
こりゃイケル?!


堅苦しさのないゆるーい集まりの笑話40年会。
興味のある人はTwitterにて#shouwa40と検索してみて欲しい。
また、弊誌ではこういった昭和40年男たちの集いにどんどん参加するつもりですので
何かやるときにはぜひお声がけください!できるだけ編集部員がお邪魔します!




◆副編集長:小笠原
北海道生まれの35歳。自分でコーヒーを豆から淹れるのが好きなのだが、最近は暑さのあまりホットコーヒーを飲む気になれず、会社の近所の安い喫茶店でアイスコーヒーをテイクアウトするのが日課に。早く買い置きの豆を使いきらないと酸化してしまう!

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具志堅用高さんに取材。

2010 年 7 月 31 日 編集部員 コメント募集中

Twitterでも書いたのだが、昨日は次号掲載のインタビュー取材で
具志堅用高さんに話を聞きに行ってきた。


ボクシングがテレビのゴールデンタイムの常連だった時代、
「100年に一人の天才」と言われ、WBAライトフライ級を13度も防衛した元世界チャンピオンである。
昭和40年男たちは手に汗握りながら、試合を見ていたのではないだろうか。
今でもタレントとしてテレビに出演しており、コミカルなキャラクターとして人気者なのはご存知のとおり。
だが、取材ではそんなタレントとしての具志堅さんではない、
ボクサーあるいはボクシング指導者としての具志堅さんの姿を垣間見ることができた。
聞き手はおなじみ編集として参加してくれている金子氏、そして撮影は隻腕のカメラマン・林健次氏である。


現場は、やや硬い雰囲気で取材が始まった。
あいさつののちに今日の取材内容の説明をするも、聞いているのかいないのか、じっとだまっている具志堅さん。
何かに集中しているかのような、考え事をしているかのような。
機嫌がわるいのか、いつもこういった感じなのかはわからなかったが
今日の取材ははたして大丈夫かと若干の不安を抱く。


だが、金子氏が話を聞き始めると、すんなりとスタートし
口調はやや堅いが、しっかりと話をしてくれた。
沖縄時代、修行時代、チャンピオン時代。
興味深いエピソードとともに、当時を語る具志堅さん。


ところが、面白い話は聞けるのだが、なかなか当時の想いを引き出すことができなかった。
きっといろんな想いや苦労があって、それを乗り越えて今があるはずなのだが、
具志堅さんの性格なのだろう、とくに苦労も悩みもなかったかのようにさらりと語る。
金子氏とともに試行錯誤、あらゆる角度から話を聞いていくうちに
最後の最後、まもなくタイムアップ!というころになって、ようやくぽつり、ぽつりと話してくれた。
悔しさ、努力、焦り、引退、才能、ビジネス、後悔…
さまざまなキーワードが飛び出し、その波乱万丈な人生について、訥々と語ってくれたのだ。


確かに、なかなかそんな深い話をインタビューです、ハイどうぞ!と言われても話せるはずがなく、
それを引き出すのがインタビュアーの腕のみせどころではあるのだが、今回は苦戦であった。
が、きっとこちら側の気持ちが多少なりとも伝わって、最後の最後に話をしてくれたんだと思う。


ありがとうございました、と頭を下げてジムを出たところで脱力。
「いい取材でしたね」とお互いに言い合い、ようやくホッと一安心して次の現場へと向かったのであった。
この記事は9/11発売の『昭和40年男』に掲載予定です。乞うご期待。

インタビューは具志堅さんのジムで行なった。リングのそばの独特の雰囲気のなか、話を聞くのは金子氏だ





◆副編集長:小笠原
北海道生まれの35歳。自分でコーヒーを豆から淹れるのが好きなのだが、最近は暑さのあまりホットコーヒーを飲む気になれず、会社の近所の安い喫茶店でアイスコーヒーをテイクアウトするのが日課に。早く買い置きの豆を使いきらないと酸化してしまう!

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鈴鹿8時間耐久取材記。~ガクチャンの想い出~

2010 年 7 月 31 日 編集長 コメント募集中


先週末の24、25日に行なわれた鈴鹿8時間耐久ロードレース、
通称“8耐”の取材裏を連続してお送りしている。
その途中ではあるが、ここで重大なお知らせ。


本日ワタクシ、45回目の誕生日でございます。
はい、みなさんご一緒に! ♪はっぴ・ぱあすでぃ・つう・ゆう♪
ありがとうございます。
45歳になってしまった。
みなさんも言われているんだろうけど、四捨五入すると50歳。
織田信長もテレビでよく舞いながらうたっている。人生50年てね。
うん、そんな節目が近づいているのを感じながらも
「ファイトぉ、いっぱ~つ」と20時間を要する北海道への旅の車内で迎えた誕生日なのであった。


さて、気を取り直して。
前夜祭の光景に、一時やるせない気持ちにさせられたが、
プレスルームはそんな気分を長々と持ち続けさせるほど甘くない。
つき合いのある連中と情報交換しながら、明日の決勝への準備をする。
9時過ぎ頃からパラパラと帰り始めるものもいるが、俺にはこの日重要な任務があった。
本ブログでも以前に書いた(4/18のブログ)、この春に逝ってしまった友、鎌田学と年始の頃騒いでいたのだ。
「8耐をもっと盛り上げましょう」と。彼は熱かった。
「そうだよね、2人で鈴鹿の社長にアイデアとか意見とか持っていこうよ」
なんて話をしていた。


毎年8耐を走り、優勝経験もある彼はやはり特別な想いを持っていた。
一昨年からは開発ライダーとなって活躍の場を移していたため出場はしていなかったが、
8耐を盛り上げたいという気持ちが強かった。
去年は“だら8”という名称(たぶんだらだらと8耐について語りましょうってことだろう)で、トレーラーに畳をひき、
酒を呑みながら彼と仲間たちが夜通ししゃべるというトークライヴを仕掛けた。
彼の人柄に吸い寄せられ、翌日走るライダーが突然あらわれ盛り上がったそうだ。
ガクチャンは話も上手だから、たぶんいいイベントだったことだろう。
「今年は一緒にやりましょうよ」と約束したじゃないか、バカバカ。約束を破っちゃダメじゃないか!!


彼の意志を継ぎ、去年のメンバーが今年も開催することになった。
そこにゲストとして登場し、ガクチャンとの深いつき合いのキッカケとなった
『Love the Earth』について語らせてもらえたのだ。
登場したのは日付が変わる直前で、やっとこさ長い1日をを終えて宿に着いたときには1時をずいぶんとまわっていた。
明日というタフな1日のため、呑んだらさぞうまいだろうビールをグッと我慢して寝たのは3時で、
キッカリ3時間の睡眠で決勝の鈴鹿へと向かったのであった。


続くよーん。


だら8でダラダラとしゃべるはずが、懸命に引っ張っている“Love the Earth”活動 の話ゆえ、ついつい力が入ってしまった

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鈴鹿8時間耐久取材記。~悔しい気持ち~

2010 年 7 月 30 日 編集長 コメント募集中


先週末の24、25日に行なわれた鈴鹿8時間耐久ロードレース、
通称“8耐”の取材裏を連続してお送りしている。
昨日は緊急募集で1日空けてしまったけど、一昨日の続きだよ~ん。


“風の会”の取材を終え、毎年のことながら大きな感動をもらい
気持ちよくプレスルームへと戻ろうとすると、メインの会場(サーキットのホームストレート)で
SKE48とかいう女の子たちが歌って踊っていた。
それにあわせて声援を送っている熱狂的なファンの姿は、
俺たちがキャンディーズやピンクレディーを応援していたのと変わらず、
アイドルというのは永遠なのだねえ。
ただ、この会場でこれをやる意味が俺にはまったくわからない。
目の前で繰り広げられている絵が、正直な言い方をすれば気持ち悪い。
これを目当てに来た人が、明日のレースを見てバイクの虜になるのを狙っているのか?
それともバイクが好きなやつは、この女の子たちが好きなのか?
レースが好きな人に、この子たちを売り込みたいのか?
どれも当たっていそうにないし、あれこれ考えてみても答えは出ない。
そしてこの女の子たちの説明に、8時間耐久“レース”の公式パンフレットは
多くのページ数を割いていて、いろいろとここに来た理由らしきものが綴られているが、
いくら読んでもさっぱり理解できない。
「来場者数の増員を依頼されてやって来ましたー!! レースはよくわかりません。
でも男らしくてカッコイイと思います。がんばってくださ~い」
とでも書いてくれた方がよっぽどスッキリするのに。


さらに腹立たしいことに、先に紹介した“風の会”という
純粋にバイクを愛する者たちによるすばらしい活動の説明は、ほぼなにもない。
タイムスケジュール内に脚注で、
「風の会とはプロライダーが構成するハンディキャップをお持ちの方に
バイクを楽しんでいただくボランティア団体」と、小さく書かれているだけだ。
これでさえ進歩した方で、以前はタイムスケジュールにさえ載っていなかった。
来場者がこの活動に注目するはずがなく、プレスも気が付かないから
取材はほとんど入らず、この活動の知名度はあまり拡がっていかない。
残念でならないよ。


レース運営側の意識の問題だと思うが、
バイクとまったく無縁の女の子は大々的に取り上げ、
本来レースの主役であるライダーたちの活動はどうでもいいのだととらえられても
仕方がないだろう。
8耐はそういうプライオリティをつけているのだと。


照明をガンガンに浴びせて、それはそれは華やかに盛り上げているのである。
ファンの人たちはそれに合わせてそろいのかけ声とそろいの振りで応援する。
そんな絵を眺めながら、こんな考え方をしている大会を、
体力と気力を限界まで使って取材するのかと思うと、なんだか情けなくなってしまった。
前夜祭と呼ばれるイベントでのことだ。


続くよーん。

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仮面ライダーカード&女房&父?

2010 年 7 月 29 日 編集長 コメント 2 件

鈴鹿8耐取材の裏側を続けてお送りしてきたが、涙を飲んで一端中断する。
実は本日はみなさんにお願いがあるのじゃ。


次号の編集作業が佳境を迎えている。
大きな特集は2本で、ひとつは連載特集の“夢、あふれていた俺たちの時代”。
今回は昭和47年を取り上げる。
すごいね、この年はヒーロー全盛なのですよ。
仮面ライダーやキカイダーのようなスーパーエースはもちろん、
先日の浅草秘密基地に登場してくれたスペクトルマンやミラーマン、
それとなんてったってレインボーマンでしょ。
あげたらきりがないくらいで、楽しい楽しい編集作業が続いています。


そこでだ。
まずひとつめの急募は、仮面ライダーカードコレクターの方を探しています。
昭和46年に関東と関西で発売され、昭和47年に全国販売になったということなのでぜひ取り上げたい。
となると、リアルなコレクターに登場いただきたいわけだよ。
当時から持ち続けている人が希望ですので、我こそはという方はぜひエントリーしてください。


そしてもうひとつの大特集が“力”で、これ自信あるっす。おもしろいっす。
俺たち世代が未来に向けて今得たいパワーをテーマに、得意のあの手この手で斬りつけていこうと考えてます。
そこでやっぱりお願いだ。
“女房貸して”
キャー、変態みたい。
違う違う、幸せな家庭を満喫している昭和40年男の女房座談会をやりたいのですよ。
亭主がタメ年であれば、女房の年齢にはこだわりません。
キーワードは今幸せなことです。
夫婦ですから紆余曲折もあったのは当然のこと。
もちろん結婚以来ず~っと幸せな奇跡的な夫婦もいい。
とにかく、いまこれを読んでいて
「うん、うちはまずまずイイ感じだな」
と思った旦那さんは、今宵女房に交渉してください。
取材予定日は8月中旬以降の土日。
(第一候補は8/21の午後2時くらいかな)
もちろん、奥さんだけじゃなくご本人にも多少ご協力いただきたい。
お礼はその晩、俺と副編小笠原が誠心誠意のおもてなしでご夫婦を宴会へと誘います。
(って、居酒屋だけどね)
くれぐれも言っておきたいのは、きれいなとか若いとか、
奥さん自慢でないのでそこのとこは誤解なきよう。


もうひとつが、子供との関係が大変良好なタメ年お父さんにその秘訣を教えてもらいたい。
高校生になる娘と一緒にお風呂に入るお父さん。
高校生になる息子と一緒にバンドやっているお父さん。
いやいや、高校生でなくてもいいんですよ。
関係が良好で、かつ、しっかりとした信念を持ち教育(ここ大事)しているお父さんのエントリーを待っています。
みんなでつくろう、『昭和40年男』だよーん。


簡単なプロフィールと連絡先をフォームにご記入の上、お送りください。
応募者多数の場合は抽選とさせていただきます。

カテゴリー: 編集長のつぶやき タグ:
  1. たっぱ
    たっぱ
    2010 年 7 月 30 日 16:29

    すばらしい着眼点。おもしろい企画だと思います!  
    だけど、私は応募対象外っす(涙&笑)

    仮面ライダーカードコレクター、いるかどうか分かりませんが、今週末
    同級生にたくさん会うので聞いてみますね。
    お役に立てればいいのだけれど・・・

  2. 編集部員
    編集長

    ありがとうございます。ぜひ協力者を募ってください。ついでに本の宣伝もよろしく!!

鈴鹿8時間耐久取材記。~風の会の感動~

2010 年 7 月 28 日 編集長 コメント募集中

先週末の24、25日に行なわれた鈴鹿8時間耐久ロードレース、
通称“8耐”の取材裏を連続してお送りしている。


2002年のやはりここ、鈴鹿サーキットでのこと。
決勝前日に行なわれる“風の会”というイベントの
なんとも不思議な空気が漂う会場で戸惑いながら質問をぶつけ始めた。
この会の代表である水谷さんはこう語ったのだ。
「事故で下半身不随になってしまった少年を、バイクの後ろに乗せて走ったら
動くはずのない足がグッと僕を締め付けたんですよ」
これがこの会を立ち上げたキッカケだという。
そもそも身障者の方々はほとんどがバイクに乗れないから、
その風を感じてもらいたいとの想いもあるとのことで、バイクを愛してやまない男らしい言葉だ。
そして先のような奇跡が、また起こらないとは限らない。


どうせ乗るならとびっきりのステージでと、
鈴鹿8時間耐久ロードレースが行われる本コースを一周、しかも決勝の前日に走るという企画へと進化していった。
情熱のまま奮闘する水谷さんに誰もが協力的だったわけではなく、実施へは困難を極めたそうだ。
レースの準備と平行して、あまり得意ではないであろう交渉の矢面に立ち、難題をひとつずつクリアしていった。
だからだろう、この2002年の会場にはピリピリとした緊張感があり、
オペレートを手伝うボランティアスタッフに対してあちらこちらで怒声が飛んでいた。


国内のメーカーがこの日に参加希望した人数分のバイクを貸し出してくれ、ここまで運んできてくれた。
集まったプロライダーたちは、水谷さんの仲間だったり彼を尊敬する若手ライダーだったりと、
もちろんボランティアでここにやって来た。
まずはプロライダーたちが割り当てのバイクにまたがり、
続いて身障者の方が車イスでバイクに近づき、ペアとなった2人が挨拶を始める。
中にはコミュニケーションが取れないような重度の方もいるが、みなこの日を楽しみにしていた。
やがてボランティアスタッフによって身障者たちがタンデムシートに乗せられる。
自分自身で自由に動けない彼らをバイクから落下しないしないようにするために
ベルトの装具で身体を固定する必要がある。
この日のために何度も試行錯誤を繰り返して装具をつくり、
乗せ方も研究してきたものの、障害の重度も体格も異なる人間を固定していくのは容易ではない。
ガムテープまでも持ち出して、失礼な話だがくくりつけていく。


うだるような暑さの中、ライダーと体を密着させられて出走を待つ。
準備ができたからどうぞスタートというわけにはいかない。
国際レースの前日であり、日本最大のバイクイベント会場なので、仕方のないことではあるが、
どうしても気の毒に思えてしまう。
スタッフがおしぼりで首を冷やし、うちわで懸命に仰ぐ。
ライダーのアゴからはポタポタと汗が流れ落ち、その量はバイクのタンクを濡らすほどだ。
苦しそうな身障者の皆さんは、でも期待でそのときを待っている。
やっとゴーサインが出て、先導車に導かれコースへと出ていった。


どれほどのエネルギーと苦労が、水谷さんや運営スタッフにあっただろうか?
また、ボランティアで集まったスタッフやライダーのたくさんのきれいな心は、
もしも量で表現できたらどれほどのものだろうか?
そのすべてがこの一周のためにあったのかと思うと、こみ上げてくるものを抑えることができなかった。
やがて40数台のバイクに乗った80数名のライダーたちが戻ってきた。
トラブルなく、とびっきりの笑顔で戻ってきた。
ライダーと一緒に心を通じ合わせて楽しんだ風が、最高に心地よかったことは、その笑顔を見れば容易にわかる。
1台のバイクに乗ったそれぞれのペアの間には、強い絆ができ上がっているのであった。


と、長い解説になったが、そんなイベントが“風の会”である。
俺はこの日から毎年欠かさず取材に訪れ、感動と元気をいただいているのだ。
今年も4時前にこの会場に入り、約2時間半の取材を行なった。
9年前にはまったく知らなかったライダーたちと、
今はなんでも話せるようになっているのはここでの思いを理解し合っているからだろう。
いつもながらのすばらしいシーンの取材を終えると、鈴鹿の風はすっかりと涼しいものに変わっていた。


あれっ、よく考えれば暑さに負けず、1日中元気に闘っていたじゃないの。
ふっふっふ、やはり夏男は健在なのだ。
決勝の太陽、かかってきなさいと気合いがバッチリ入った取材初日であった。

今年も無事に風を感じた身障者の皆さんとライダー、ボランティアスタッフ全員での記念写真。みんないい顔だろ?

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スペクトルマンと過ごした浅草秘密基地。

2010 年 7 月 27 日 編集部員 コメント 2 件

毎週月曜恒例の浅草秘密基地が昨夜も開催された。
先週は祝日のためお休みしたのでさぞかしたくさんの来場者があるのではと
楽しみにしながら会場のFIGAROに向かった副編・小笠原なのでした。


8時過ぎにドアを開けるとすでに編集長、杢師氏、足立氏の3人が勢揃いでなにやら盛り上がっている。
いい感じ。今夜も楽しい夜になりそうと期待も高まるってもんである。
ちょいと足立氏と仕事の打合せ。
そう、足立氏は編集として昭和40年男の制作に加わってもらっているのだ。
昭和ネタを得意としている足立氏にはヒーローをテーマにした記事を作ってもらうことになっている。
その打合せを軽くしていると、ごそごそとカバンからなにやら出してきた。
なんかデカイぞ…? おおっ、おーっ!




ス、スペクトルマンである!
限定DVDボックスだそうで、後頭部に10枚のDVDが収納されている。
もりあがる一同。
「スペ~クトルマ~ン♪ GOGO!」
もう誰にも止められないw。
「これ、8/7のイベントでも持ってきて!」と編集長。
「わ、わかりました」と足立氏。相変わらず強引だw
ということで8/7開催予定の「宴」でも見られることになったので
お楽しみに。


そんなこんなで盛り上がっているところに新たな来場者である飯石さんが登場。
昭和ものが大好きだそうで、以前参加してくれた大石さんの紹介でやってきてくれたのだ。
う~ん、つながるっていいもんですな。
これぞ浅草秘密基地の醍醐味。
さらにさらに、常連・番長こと伊藤さんも登場。
ということで飯石さんと番長を加えて話はヒーローものでさらに盛り上がる。
 「スペクトルマンはえらく弱かったんだよね」
 「何度か引き分けや負けながら、最終的にかろうじて勝つっていう展開」
 「確か、本部の許可がなくちゃ変身できないっていう」
 「えーっ、ヒーローなのに?」
 「日本の会社員みたいだねw」
 「最初は宇宙猿人ゴリっていうタイトルだったし」
 「そうそう、悪役が主役だったんだよね」
 「でもやっぱりうまくいかなくて途中でスペクトルマンが主役になったんだよ」
 「それでスペクトルマンが公害Gメンっていう設定」
 「当時から公害問題に取り組んだ社会派だったんだねw」
 「すごいぞ、スペクトルマン!」
といった具合。話はまるで尽きないのである。
ミラーマン、シルバー仮面、レインボーマン…と話はつながり
夜も更けていったのであった。


こんな具合に楽しい読者ミーティングの場となっている浅草秘密基地。
来週の8/2も開催予定なので、お気軽にお越し下さい。

スペクトルマンとともにカンパ~イ!杢師さんがいる間に撮れず、写ってません。杢師さん、ごめんなさーい。




◆副編集長:小笠原
北海道生まれの35歳。最近は暑さのあまり会社でホットコーヒーを飲む気になれず、近所の安い喫茶店でアイスコーヒーをテイクアウトするのが日課に。早く買い置きの豆を使いきらないとが酸化してしまう!

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  1. 2010 年 7 月 27 日 18:08

    北村編集長、小笠原副編集長、こにゃにゃちは。昨晩おじゃましましたミミオです。
    ホントは、店にあるテレキャスターでのギター演奏をバックに、ストーンズなど放歌・放吟したかったのですが、残念ながら力不足でそこまで持って行けず、不発に終わり不完全燃焼でした。(T_T) 
    次回は、ぜひ、どなたかのギターで歌いたいと思いま~す。
    ボクも多少は弾くんですがヘタなので、いつもは誰かに弾いてもらって、あちこちで歌っちょります。
    また、よろしくお願いします~。

  2. 編集部員
    編集長

    なんだよぉ、なら言ってくれれば弾いたのに残念す。今度来てくれたときは、ぜひ歌ってください。

鈴鹿8時間耐久取材記。~昭和40年男 vs 真夏の太陽~

2010 年 7 月 27 日 編集長 コメント募集中

先週末の24、25日に開催された鈴鹿8時間耐久レースにおける取材の裏側をお送りしている。
昨日も書いたとおり、今年の夏は暑さに折れかけていた。
俺はもう夏とは闘えないのか? 
もう夏男を名乗れないのか?
男の尊厳をかけた、大変重要な2日間の物語なのである。


涼しく快適なプレスルームから一歩外に出ると、不快指数120%の灼熱の太陽がビシバシ照りつける。
決勝前日の仕事は明日に向けての事前情報を集めることがメインで、
各チームと挨拶を交わすためピットをめぐる。
言うまでもなく、どこもクーラーなんか効いちゃいない。
みな汗を流しながら、それぞれの現場をさばいているのだ。
ピットを守る人間だけでなく、レーサーたちとも言葉を交わす。
彼らはこの暑さの中で革のつなぎを来て、さらにモンスターマシンのエンジンを股間にはさんでその熱をまともにくらう。
さらに路面は60℃を超えるのだから、その暑さたるや一体どれほどのものだろう。
だがそれはここで闘うすべての男たちにとってイコールコンディションなのだから
弱虫の俺みたいにあーだこーだとは言わない。
若いレーサーだって還暦のレーサーだってみんな前しか見ていないのだ。
ただ、路面温度が例年に増して高いそうで、タイヤのグリップ力が著しく低下すると語っていた。
あるライダーは「意識が朦朧とする」とも。
今年の異常なまでの猛暑はライダーたちにも襲いかかっているのである。


半袖で取材できる俺なんざ、彼らに比べたら極楽でしょう。
わかっちゃいるつもりだ。気持ちも徐々に高まってはいく。
だが、「あぢ~い」を連発するダメな昭和40年男だ。
例年は8耐にいたるまでに、太陽に対する免疫というか肌の下地というものが、
イベントや取材現場である程度できあがっている。
それが今年は天気の悪い日が多く、都会っ子のような青白い肌のままだ。
そうだ、決して歳だからじゃない。
それに今年の猛暑はひどいってみんな言ってるし。
とごまかしてみたりするのだった。


この日のメイン取材はレースでなければ予選でもない。
“風の会”というすばらしい活動をレポートするのだ。
今日はこの会について綴ろうと思う。
ちょっと長くなるがまず背景から。
水谷勝という、かつて全日本レースをおおいに盛り上げた人気レーサーがいる。
今年還暦を迎えるのだが、なんとこの8時間耐久レースに出場している元気なオヤジである。
バイクブームを経験した人ならほとんどが知っているほどの人気者であるが、
当時ブルースにはまっていた俺はその活躍を知るはずもない。
出会いは2002年のここでの取材まで遡る。


『タンデムスタイル』という雑誌の編集長をやっていた俺に、知り合いの編集者から
「決勝の前日に水谷さんがバイクの2人乗りをネタになんかイベントをやるらしいから行った方がいいんじゃない」
と、きわめてラフな情報が入ってきた。
タンデムスタイルという雑誌名だから2人乗り(タンデムという)のイベントには行った方がいいというのも
そもそもいい加減な話なのだが、先に書いたとおり決勝前日はどちらかといえばネタ拾いの日であり、
何かあるところには動いた方がいいだろうと顔を出してみた。


そこはバイク2人乗りイベントなどという軽々しいものでなく、壮絶な場面が展開されていた。
車いすに乗った障害者が約40名ほどだろうか。
同じくらいの台数のバイクと、200名近い関係者たちが集まっていた。
その中には俺でも知っている有名なレーサーたちもいる。
えーっ、一体なにが始まるんだよ?
軽~い気持ちで顔を出した俺は戸惑いながら質問をぶつけ始めたのだった。
今年ほどでないにしろ、やはりとてつもなく熱い夏の日のことだ。


あーん、長いのですもの。
続くのだよーん!!

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鈴鹿8時間耐久取材記。~暑さに負け気味の俺~

2010 年 7 月 26 日 編集長 コメント募集中




11年連続で訪れている夏の鈴鹿。
日本最大のバイクレースといっていいだろう、鈴鹿8時間耐久ロードレースの取材である。
去年は涼しくて途中雨が降ったりで、熱気ハイになれなくて残念などと信じがたいおばかなことをどこぞで書いた。
その罰があたったんだ。きっとそうだ。
前日のビジネス現場であった兵庫県の明石から鈴鹿サーキットへと向かう道のりで、
すでにギンギラ太陽に少々負け気味な俺だった。
夏が好きで、夏に強い、夏生まれ男を名乗ってきた。
が、今年は少々負け気味になっている。
夜中に暑くて目が覚めてしまう。
それでなくても睡眠時間はギリギリに削っているのに、
そりゃーないぜとクーラーをつけて寝てみると体が重くて太陽がつらくなる。
ここのところそんな日々を送っていたからかもしれないが、
鈴鹿サーキットに気持ちが向いていけないほど負け気味な気分の土曜日の朝だった。


歳か?
イヤな言葉が浮かぶほど負けているじゃねーか!!
などと、波のように揺れる気持ちで鈴鹿サーキットに到着したのだった。
さっきまでの負け負け気分を一瞬忘れさせてくれるのは
日本のモータースポーツを牽引してきたこのサーキットの重みだろうか。
気合いが入った…のだが、それはやはり一瞬だった。
あぢ~い。
言ったところでどうなるわけではないが、あぢ~い。
良質のアスファルトは照り返しもバシバシと浴びせてくれ
まさにオーブントースター状態で負けそうになっている俺を責め続ける。
やっとの思いでプレスルームに逃げ込み「ふーっ」と息をついた。
この暴力的な暑さの中で取材なんかできるのか?
情けないほどの弱気な俺だ。


とはいえ、ここでしか会わない顔や懐かしい顔はもちろん、いつも会う顔もなんだか新鮮な気持ちでご挨拶。
イベント現場の高揚感からなのか、なんともいい気分で互いに軽口を交わす。
もっとも、こう振る舞えるようになるまで、意外にシャイな俺はずいぶん手間取ったものだよ。
ましてやデビューは昨日書いた調子だったからね。
二輪業界は残念ながら暗い話題が多く、業界を取り巻く変化はすさまじい。
その中に浮かぶ小舟たちは懸命に櫓を漕いでいるのだ。
これもイベント取材の現場がそうさせるのか、暗い話題を払拭しようという気持ちのたくましい言葉が交わされていく。
とくに俺の知り合いたちはネジの外れた人間が多いのか、笑い飛ばしているのがなんともうれしい。
プレスルームで小一時間そんなふうに過ごしながら、徐々に戦闘モードへと突入していった。


続くよーん。



追記
あっ、今日は浅草秘密基地だ。こんがり小麦色のマーメイド、じゃなく俺、待ってます。

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カメラマンなんだよ。

2010 年 7 月 25 日 編集長 コメント募集中


本日は昨日に引き続き鈴鹿サーキットで8時間耐久レースの取材だ。
今日の様子は取材の合間を見てつぶやいていくとともに、
このコーナーで後日なんらかの形にしてまとめようと思う。


昨日、今日とカメラマンに変身している。
2台のカメラを担ぎ、サーキットで獲物を追う姿は
まさにプロフェッショナルで男の中の男だ(大嘘)。
俺は写真を撮られるのが大嫌いだというのは、ここでも何度か騒いでいる。
だが編集部員たちにハメられ、誌面デビューさせられた。
一方撮る方は…。


このレースに来るたびに思い出す、ここが俺のカメマンデビューだったのだ。
もう15年以上一緒に仕事をしている、本人に言うのはイヤだが
大切な相棒の1人と言っていいだろう、カメラマンの武田とある日大ゲンカをした。
まあ、ケンカはしょっちゅうなんだが、この時は俺に非があったとはいえ、ひどかった。
「自分で撮ったらいい」という言葉を浴びせられ
「おう、やったるわい」と応戦し、
ヨドバシカメラにいって、カメラ一式を長期ローンで購入したのはレース取材前日だった。
こうしてカメラマンデビューを飾ったのが、ここ鈴鹿サーキットだったのである。
しかも由緒正しき8時間耐久レースでという、神をも恐れぬとはこのバカのことを言うのだろう。


当時はデジタルじゃないから、シャッター1回がそのままフィルム代になる。
予選は空打ちして、マシンのスピードについていく練習を繰り返した。
翌日の決勝で初めて自分のカメラにフィルムを入れ、気合いに震えた。
神をも恐れぬとはこのバカのことを言うのだろう(クドイ)。
世界の報道陣が集まる鈴鹿サーキットのプレスルームでのことだ。
しかもホンモノのプロカメラマンたちがひしめき合っている中で、
俺は周囲にばれないようにマニュアルを読んでいたのである。
こうして、現場デビューをしたのである。


そりゃー、武田の写真にはどうやってもかなわない。
だが、撮れるという意識を持てたことはとてつもなく大きい。
おもしろいことに選ぶセンスもついてくるからね。
なんでもそうであると思うが、できないヤツが偉そうに言っているより、
下手でもいいからプレイヤーが語っていることの方が説得力がある。
もちろん、それがあまりにも玄人視点になり、お客さん無視になったら本末転倒ではあるが、
俺はあの日の武田とのケンカに感謝しているくらいだ。
以来写真を撮り続けていて、『昭和40年男』誌面でも活躍しているのさ。


さあ、もうすぐ決勝がスタートする。
今日も1日、がんばるぞー!

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