第2号の制作現場を振り返る。~舞台での印象~
第2号の制作現場での出来事や想いなんぞを綴っている。第1特集である“タメ年たちのリアル”に掲載した立川談慶さん(P38~41)の記事について、第三回目。初めて談慶さんを舞台で見たオレ。言葉にパワーが乗っかって、圧を感じる。自分の視界にいるのは談慶さんひとりなのだが、視界の反対側にスクリーンが広がっていて噺の世界が見えているような、なんとも不思議で初...
続きを見る第2号の制作現場での出来事や想いなんぞを綴っている。第1特集である“タメ年たちのリアル”に掲載した立川談慶さん(P38~41)の記事について、第三回目。初めて談慶さんを舞台で見たオレ。言葉にパワーが乗っかって、圧を感じる。自分の視界にいるのは談慶さんひとりなのだが、視界の反対側にスクリーンが広がっていて噺の世界が見えているような、なんとも不思議で初...
続きを見る第2号の制作現場での出来事や想いなんぞを綴っている。第1特集である“タメ年たちのリアル”に掲載した立川談慶さん(P38~41)の記事について、第二回目。実を言うと、暮れの押し詰まった21日に来社していただいたときの印象はちょっと「?」だった。落語家という職業柄か、話の展開は早いうえわかりやすい。ただ、あまり堂々としていないというか、ホントに噺家なの...
続きを見る大編集後記に続き、第2号の制作現場での出来事や想いなんぞを綴っていこうと思う。まずは、第1特集である“タメ年たちのリアル”に掲載した立川談慶さん(P38~41)の現場から。発行して1ヶ月と少し経った12月5日のこと、メールをいただいた。「立川談慶です。たまたま行きつけの整体院で貴誌を手にしました。私はドンピシャの昭和40年生まれの落語家です。大学を...
続きを見る昨日書いたように、広告をタダで入れてしまうという禁断の技もあったが、俺は、あっさりと却下した。むしろ次号で広告営業に活かしてやろうと。これほどクレイジーな雑誌をつくれるのだから、広告面でもそれで押し通した方がいいのではないかという、とてつもなくアホな発想である。「つくってみたかったのですよ、広告のない雑誌ってヤツを」と、強がってしまうのである。これ...
続きを見るどうしても広告は入らない場合に、禁断の技もある。“原稿を借りる ”と呼んでいるのだが、ようするにタダでいいから広告載せませんかという、恐ろしい作戦である。効能としては、述べたとおり誌面としてのリズムづくりができることと、なんてったって恥ずかしくないことである。この第2号を引っさげて、次号の広告営業にでかけるときがやがて来る。苦労の末、やっとのことで...
続きを見る2号で広告がまったく取れなかったことの開き直りを語ってきたが、実は編集面での影響も甚大なのである。雑誌広告は、それ自体が持つデザインなどのクリエイティブワークがギュギュッと凝縮されている。これを編集ページの間に挟むことで独特のリズムがつくれるありがたいものでもあるのだ。売上げになって編集面でもプラスになるだけでなく、やはり雑誌にとってなくてはならな...
続きを見る全く広告が取れなかった第2号だが、それでも俺たちには確信がある。その確信のもとになる作戦もある。名付けて“話題になっちゃったらジャカジャカ入ってくるんだもんね作戦”である。これだけしっかりとしたターゲットを持つ雑誌が、広告メディアとして活用しない手はない。今は、聞いたことのない会社がやっている聞いたこともない雑誌だから付き合う必然がない。ところが見...
続きを見るつまり広告営業をやっている時間がない。はっきり言って、編集作業が大詰めとなるこの時期に編集作業と広告営業を天秤にかけたら、やはりこの段階では編集作業にかたむく。どころか、すべての時間を編集作業に当てたいくらいだ。他の業務と兼務しながらの『昭和40年男』プロジェクトなのだから、そもそも割りあてられる時間はあれこれ無理しながら捻出している状態で、その上...
続きを見る雑誌の大きな収入源である、広告がまったく取れなかった。バイク業界を長年かけて攻略してきた俺たちだが、それ以外の業界にはほとんどつてがない。大手代理店とのビジネス上の取引もないから、広告営業はまず直接企業に電話をかける(おう、なんと原始的なんだ)。「新創刊誌なのですが、広告ご担当の方いらっしゃいますか?」これでほとんどの企業は断わる。「雑誌はねえ、今...
続きを見る発行月を3月11日と決めた。そうと決まれば、もうとにかく突き進むだけだ。2号を発行するに当たっては、コンセプトは変えないが手法は変えたかった。この号で『昭和40年男』のアイデンティティを決めるということをまず大前提として創刊号ができあがる前から確立していた。『レッド・ツェッペリン2』なんだよ、気分は。あのアルバムは1枚目を進化させながら、より“らし...
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