毎日毎日、音楽修行のよた話ばかり書いている俺だが、
〆切へ向かってしっかり踏ん張っているんだぞー。
2月は今日で終わりということで、ちょっくら現場報告でもやろうかな。
うれしいことに、前号で掲載した
「次号は22年2月発売予定」
の告知を見てくれた読者の皆様から、問い合わせが相次いでいる。
「ごめんなさい、3月11日ですから」と、
謝ってはいることがうれしいというのは、珍しい経験だね。
Vol.1を出したときは、2号目だから
平成22年2月22日に発売したら面白いと思って告知したのだけれど、
過去のデータを見ると2月発売の本はことごとく成績が悪い。
さらに季刊で発行を決めたものだから、2月、5月、8月、11月の発売となる。
うーん、なんだかイマイチでしょ。
季刊ということは季節ごとの発行気分になりたいのに、
5月が夏で8月が秋ってちょっと早くてよくない。
これが、3月、6月、9月、12月だとすごくパシッとくるでしょ。
というわけで、もういくつ寝ると締め切り日~。
という編集部よりお届けする〆切の現場。
ほとんど見えている企画もチラホラあるものの、
まだまだ苦労しそうなところもあって、いやいや連日地獄よ。
「おーい、ここヌケがあるぞー」
「○○さんの写真チェックまだかー?」
「これさあ、方向性違うんだよやり直し」
「だめっ、このタイトル全然だめ」
「○▲×■…」
などの声が飛び交った後、
静寂の中にキーボードを打つ音だけが響いたり、
真夜中のへんてこな時間にカレーヌードルの香りを部屋中に充満させたり、
先にダウンした者のいびきが響き渡ったりと、
まあ、いろんなヤツがいろんなことをしながら暮らしております。
じゃなかった、仕事をしています。
編集部が設定している最終が3日の昼間で、
ここまでに手を離し制作スタッフにすべての作業を委ねる予定だ。
“誤字脱字も写真の間違いももうありません、印刷所に渡す準備に入ってください”ということ。
するってえと、あと4日しかない。
この段階でまだ書いているヤツがいるのだから、
いやぁ、相変わらず現場はクレイジーだな。
俺の作業はもうアレもコレもなのよ。
タイトルをやり直したり、ちょっとしたアイデアで原稿を付け加えたり、
もちろん、まだ書き上がっていない原稿を書いたり、
暮れを迎えたお母さんみたいな忙しさなのよ。
まっ、好きでやっている仕事なんで、
そんな瞬間瞬間がスリリングだったり快感だったりするわけで、
足りない脳をフル回転させている感じがいい。
遅れから来る恐怖もあるものの、がんばれてしまうのもいい。
現時点での手応えは、ありですよ。
前号に比べるとタレント頼りでない本にしている。
全然違うととらえる方もいるでしょうし、なるほどなととらえる方もいるでしょう。
まっ、とにかく評価が楽しみだと自身を持って言える。
ずっしり重たい1冊になるはず。
おっと、編集部員がまた難題を持ってきやがった、どれどれ。
「これはさぁ、○▲×■…」
もうすぐゴール。
がんばりますのでご期待ください。
無事受験も終わり、バンド活動にいそしんでいた俺たちは
中学卒業記念ライヴを3月31日に開催することを決定した。
練習を繰り返して臨んだ、生まれて初めてのライヴだ。
このときの選曲がスゴイ。
オープニングはアメリカ国歌を弾くジミ・ヘンドリックスの影響から、
俺は君が代を弾いた。
ああ恥ずかしい。
そしてそこから“ハイ・ウェイ・スター”につなげたのだった。
オリジナルなんかあるはずがない。
ひたすらコピー曲で、
キッスの“ドウ・ユー・ラブ・ミー”、エアロスミスからはなぜか“リメンバー”、
ツェッペリンからは“天国への階段”など、豪華な選曲である。
お客さんのことを考えて
ビートルズの“イエスタデイ”やシャネルズの“街角トワイライト”なんかもにくい(笑)。
リッチー先生の曲が最も多く、“キル・ザ・キング”に“スモーク・オン・ザ・ウォーター”と計3曲やった。
それにしてもなんつー選曲だ。
いらしたお客さんはさぞ不幸だったと思うが、
やった本人たちは最高に気持ちよかったのである。
この夜、俺たち6人は最高の余韻を引きずり、
その勢いを借りてプロミュージシャンになることを誓い合った。
高校に入学する直前に、教師になるという職業的な目標は完全に捨て去ったのだ。
こうなったら高校に行く必要もないのだが、
ギターを買ってもらった手前、卒業だけはノルマだなと自分に課したえらい俺なのさ。
一応、教師になるべく受験勉強にもいそしんでいた俺。
志望校を絞り込む時期にさしかかったとき、
決して裕福でない家で弟もいるのに私立はどうなのか?
そんな想いがあった。
入学金だけでもふたケタ万円の差があるのだから。
そこで
「公立だったらギターを買って欲しい!!」
と、親に交渉してみた。
親にも俺にもウレシイ好条件(?)に、お互いニコニコの調印。
あっさりと志望校を変え、受験に臨んだのであった。
そして無事合格したオレは、
フェルナンデスのストラトキャスタータイプを買った。
当時は国産メーカーがしのぎを削りレプリカモデルを出していて、
とくにレスポールとストラトのうんちくをTOKAIがキッズたちに刷り込んでいた。
そんななか、やはりオールドモデルレプリカのストラトを買ってもらい、
幸せ絶頂の俺だったのだ。
そして活動を再開した俺たちのバンドは、
卒業記念ライヴを開催することにした。
レパートリーらしきものは数曲しかなく、メンバーからは反対意見も出たが
この機を逃す手はないと俺はみんなを引っ張り込み、
お茶の水にある楽器店の40人ほどが入る小ホールを借りて
ライブの開催を決めた。
そんなわけで、ギタリストに強い憧れを抱くようになった中2のオレ。
クイーンで目覚めた影響なのか、
とくに完成度が高い(俺の基準で)バンドのギタリストに憧れた。
立ち位置が真ん中でないことも男心を大いにくすぐったのだ。
なのにソロになるとすべてを持っていってしまう。
なんてカッコイイ存在なのだと。
真ん中で常にがなっているのはガキよガキってな。
この中2の夏に知ったレッド・ツェッペリンというバンドと
そこで弾きまくるジミー・ペイジにトコトン惚れたのだった。
ブルースっぽさがリッチーより本物っぽく思えたし、
奏でられる楽曲の完成度がディープ・パープルを凌駕していると思った。
その音の組立の全権を握っているのがジミー・ペイジなのだと、
研究(専門書の立ち読みや得意のミュージックライフ誌)のすえ知ったのだから
もうぞっこんだよ。
トキメキ度はちょっと下回るものの
エアロスミスにも心を奪われていった。
ジミーペイジとジョー・ペリーとでは
ギターリストの力量という点では比較にならない(生意気にもそう感じた)ものの
バンド全体からにじみ出てくる不良っぽさと
ラフなブルースっぽさに惹かれていったのだ(ツェッペリンは優等生なブルースという感覚だった)。
クイーンにはすっかり飽きた。
少年は残酷である。
この頃からゆっくり時間をかけながらではあるが、
華美な音にむしろ嫌悪感さえ抱くようになっていった。
ブルースっぽくて、ヘビーで、ギターがすごいバンドという、
自分なりの好みというのを確立させた。
そんなバンドを求めてラジオを聴きあさり、
ミュージックライフを発売日の放課後に入手して隅から隅まで読み、
次々と現れてくるヒーローに心躍らせた。
ギタリストと教師という二つの夢。
なんだかヒーロー考察からは激しく脱線しているが、
遠すぎる夢と現実的な将来の職業に
二股かける嫌なヤツが中2の俺だった。
これまでは自分が想い描いたヒーローと
なりたい職業とは同一であった。
しつこいようだが、仮面ライダーもドリフのメンバーもカッチョイイ刑事もだ。
そういう意味では、北野先生も総理も金八っつぁんも
影響を与えたという意味では同じようだが、
この3人は俺にとってヒーローではなかった。
教師という世界のすばらしさを教えてくれたのであって、
だったら小学校6年生の時の担任だった藤田先生だって
彼らと一緒なのである(なんのこっちゃ)。
この頃からしばらくの間は、
見果てぬ夢の先にいるミュージシャン、とくにギタリストが
次から次へとヒーローとして名乗りを上げていくのだった。
ふーっ、長い脱線だった。
洋楽を通じてギターを弾く喜びを知った中1のオレは
ギターの練習と音楽を聴くことに、1日のほとんどを当てるようになった。
なんという幸せな日々だったことか。
やがて時は流れて中学2年生の夏休みのこと。
FMの特集で、大物洋楽アーティストを毎回1組ピックアップし
ファーストアルバムから順々に
数曲ずつをピックアップ(これがナイスな選曲)して流すという、
当時の俺にとっては夢のような番組が放送された。
そこでチェックしたのが、クイーンはもちろん、
エアロスミス、レッド・ツェッペリン、チープトリックあたりだった。
ラジカセにカセットテープをセットして、録音に集中した。
うれしいうれしいベストアルバムのカセットが手に入ったことになる。
とくに気に入ったのがレッド・ツェッペリンとエアロスミスで、
この夏休みを大いに盛り上げてくれた。
ツェッペリンのジミー・ペイジは、
理想のギタリストとして一躍ヒーローの最上位に君臨したのだった。
翌年が受験ということもあってか、
漠然とだが将来なんかを考えるようになったりもした。
その将来とヒーローは、幼いときから変わらず無関係ではないのだが、
中2にもなると現実も絡んでくる。
ギターを練習しまくっていた俺は
うまくなればなるほど、ギターがカッコイイバンドへと傾倒していった。
でも、ジェフ・ベックやエリック・クラプトンといった
ギタリストよりバンドものが好きだった。
楽曲もかっこよくなくてはならない。
リッチー・ブラックモア先生がしばらくヒーローとして君臨していた。
クイーンも好きだったが、少しずつ距離ができていった。
というのも、ギターだけで弾いてかっこいい曲が少ないのだ。
ドラマーやベーシストなんていないから、
1人で弾くことの中から喜びを見出さなければならない。
リッチー・ブラックモア先生のギターは、単体で成立するのだった。
だが、名曲も多いが反面、
退屈な曲が多いのにやや不満を感じていた。
そこに突如として、完全無敵なヒーローとして飛び込んできたのが、
レッド・ツェッペリンのジミー・ペイジだったのだー。

いやぁ~楽しみですねぇ~♪
早く読みたいですよ!
更になんと「季刊発行」ですか!
良いですねぇ~4ヶ月に一度の楽しみとなる訳ですね♪
早く来い来い3/11(^_^)
ありがとうございます。
こういうタイミングで激励のコメントは、まじで泣けます。
勇気100倍で、睡魔が吹っ飛びました。
がんばります!!