ドリフターズは高すぎる山? ~夢への果てしない道のり~
俺たちの番が終わり、ほっとしつつ残りの組を見た。そのなかに飛び抜けておもしろい2組がいた。多くのライバルたちからも、思わず笑いがこぼれてしまったほどだ。結果的にこの日の代表に選ばれたのはこの2組ということで俺にも納得の結果だった。それだけではない。この日出てきたほとんどの人が俺たちよりおもしろかった。大きな敗北感を抱えていたのはたぶん俺だけではな...
続きを見る俺たちの番が終わり、ほっとしつつ残りの組を見た。そのなかに飛び抜けておもしろい2組がいた。多くのライバルたちからも、思わず笑いがこぼれてしまったほどだ。結果的にこの日の代表に選ばれたのはこの2組ということで俺にも納得の結果だった。それだけではない。この日出てきたほとんどの人が俺たちよりおもしろかった。大きな敗北感を抱えていたのはたぶん俺だけではな...
続きを見るついにスタジオに到着した一同。予選に参加するのは全部で68組である。ピンもいれば5人組もいるから会場は全部で150人近い人間で埋め尽くされている。緊張感にあふれ、若者たちの熱気で温度がかなり高い。熱がある俺はなんだか気持ち悪くなりながらももうこのライバルたちと戦う気合い十分なのだ。やけに明るい司会進行の方がこの日の説明をする。うん、なんだかプロの...
続きを見る以前から告知していた『昭和40年男の大新年会』ですが、いよいよ開催が間近となりました。1/23の夜7時スタートとなります。堅苦しい会ではありませんので、創刊を祝っていただける方なら誰でもOK!おひとりでも、お友達やご家族などと御一緒でもかまいません。ナツカシの話題や歌などを用意しています。楽しい会になると思いますのでぜひともふるってご参加ください。...
続きを見る練習に練習を重ねた俺たちに、いよいよ予選当日がやってきた。しかし、その朝、なんと俺は熱を出してしまった。だが、まさかここまでがんばってきて撤退はない。すなわち、熱のことは親に隠して元気に学校に行かなければならない。そう、当時は学校が絶対的な存在だった。休んでハワイに行っちゃうような時代ではなかったはずですよね、同世代諸君。学校を休めば、クラスの期...
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台本づくりに熱中していた俺はくどいようだが燃えていた。これほど集中して学習机に座ったことはそれまでなかった。あの日、仮面ライダーの変身ベルトを待ったときはポーズでしかない。このときは、原稿用紙に一心不乱に書き込んでいるのだ。心配した親父が夕食を囲む食卓で聞く。「なんで突然勉強しているんだ?」そうか、親父ちょっとうれしいのかも知れないと思いながらも「...
続きを見る素人コメディアン道場にでることになった俺。ピンで勝負できるほどのいわゆる漫才的な実力がないことは小学生とはいえわかっていた。ドタバタコント系で勝負するのが、俺にとっては正攻法だったのだ。クラスの人間を見回し、その時点で考えられるベストな人選をした(つもり)。早速、台本書きに入った。先生から原稿用紙が30枚支給された。さすが学級会で可決されるとこう...
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去る1/16(土)、昭和40年生まれの落語家、立川談慶さんの独演会が開催されたので会場へお邪魔してきた。実は縁あって『昭和40年男』に興味を持っていただき、一度お会いしているのだが、その際にこの独演会にお誘いいただいた、というわけ。編集長、編集部岩崎、そして私の3人でうかがったのだが、私小笠原は、恥ずかしながら、初めての落語ということで少々緊張し...
続きを見るドリフで笑いをとっていたころのことである。ある日の学級会で、誰ぞが挙手して発言した。「北村君に、素人コメディアン道場へ出てもらおうと思います」なんじゃ、その脈略のない意見は?『ぎんざNOW!』という番組(覚えてます?)に素人コメディアン道場というコーナーがあった。5週勝ち抜くとチャンピオンで、お笑い芸人への道が開けるというもの。予選に勝って出演す...
続きを見るということで、お楽しみ会ではずいぶんとドリフのお世話になった。まあ、お楽しみ会に限らずではあるが、ドリフにいろいろな影響を受けた、ということはまちがいない。やはり俺たち世代にとってドリフターズが、そして『8時だヨ!全員集合』が重要な存在であることは共通だろう。記録的な視聴率を支えた一員でもある。月曜日の学校で常に話題になったし新しいギャグが出てくる...
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先日より告知してきました『昭和40年男の文化祭! The Live』ですが、残念ながら十分な参加者数を得られませんでした。どうやら敷居が高すぎたようです。そこで、少し主旨を変え、弊誌創刊&第2号発行決定記念として『昭和40年男の大新年会』を開催することにしました。昭和40年男の交流を目的に『昭和40年男』という雑誌をネタに、お酒でも酌み交わしながら...
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