本日、ワタクシは年に一度の恒例行事に参加するため、
スポーツマンに変身します。
うん、創刊号で藤岡弘さんも変身しろと熱く語っていたしな。
(ちょっと意味違う? いや大まかには合ってるハズ…)
茨城県はひたちなか市で開催される、第58回勝田全国マラソンに出場するのだ。
おーっ、スゲー。
なんでこんな無謀なことをやるようになったのか?
もともと走り始めたのは高校時代のこと。
歌を始めた頃で、当時はハードロックをメインでやっていたものだから、
ハイトーンを長~く延ばすための肺活量が欲しかった。
手っ取り早くどうすりゃいいかと考えた結果、
陸上同好会に入りロングヘアーをたなびかせ
放課後のグランドを走るようになったのさ。
いやぁ、青春だねぇ。
おかげだかどうだか、
声量だけは人一倍ついたのはたぶんこの頃の努力おかげだろう。
んなわけで、早い遅いは別にして
走ることに苦手意識はないということがベースにあった上でのこと。
25歳のときに3つ下の弟が走るというので、
そいつはスゲエやと応援に行った。
このゴールシーンを見た単純な俺はいたく感動し、
さらに俺にもきっとできると出場を決意した。
以来、仕事の都合で出られない年や、
歌をほとんど歌っていない頃(このころメタボでした)に何年かお休みしたが、
ここ近年は毎年のエントリーを重ねて、
練習らしい練習をほとんどしないながらも、なんとか毎回完走している。
長い前置きになったが、あと数時間後の11時にはスタートして
長い長いひとり旅をして楽しんで(ウソ、苦しんで)、
感動のゴールを迎えるのですよ。
みなさん、心の中で俺のゴールを祈っていてね。
読者の方でエントリーしている人がいたらおもしろいなあ。
走った方がいたら、ぜひメッセージください。
来年は『昭和40年男』の読者同士でゴールを目指そうと企んでいるので、
興味のある方は早速シューズを買いに行くべし。
ヒザにものすごく悪いので、店員さんとよく相談したほうがいいよ。

見よ、俺のカモシカのような脚。マラソンはヒザに負担のかかるスポーツなので、シューズ選びは慎重にしたい。俺もヒザを痛めたことがあるのだ
これまでのベストタイムが4時間1分。
ベストを更新できれば午後3時前にゴールしているということになるけど、
さて結果やいかに???
とにかく、ボロボロになっていることだけは間違いないので、
そのまま本日1日オフとさせていただきます。
つうことで、明日のこのコーナーでは
結果発表を上げたいと思いますので乞うご期待。。
いつもより遅いアップですが、お昼を目指します。
それでは昭和40年男のバカチャレンジへ、
いざ、行ってまいる!!
『太陽にほえろ!』に新たなヒーロー像を見出した俺。
そのなかでもジーパン役で心に深く刻まれた松田優作だったが、
その後しばらくは見ない時期が続いた。
「あっ、久しぶりだ」と見た昭和52年の『人間の証明』の彼からは、
ジーパンのときのようなきらめきを受け取れなかった。
演技がどうこうとかを語れるほどの視点を持っていなかった俺にとっては
「母さん、ボクのあの帽子~」のあまりにも印象的なセリフと、
ジョー山中の“ボヘミアン・ラプソディ”じゃなかった、
「ままぁ~、どぁゆうりめんばー」の前に
かすんでしまっていたというのが
正直な当時の印象である。
だがその後、松田優作が俺たちの前で再び輝きまくったのが、
なんてったってクドーちゃんですよね、みなさん?

先週土曜日に開催した『昭和40年男大新年会』は、
なにせ急な話だったので、
開始まではどうなることかと、正直、不安で一杯。
でもフタを開けてみれば、会場キャパもほぼ満員の大盛況。
来場されたみなさま、本当にありがとうございました。
当日は参加者同士の会話も弾み、
飲んで歌って大いに盛り上がりをみせていたのですが、
我々も驚きだったのが何よりもステージイベントの充実ぶり!
実は編集長バンドの演奏はもっと長い時間を予定していたのですが、
芸達者な参加者たちの飛び入りも多数あって、
そんなの必要ないくらいに会場内は大盛り上がり。
お開きになったのは23時をとっくにまわっていたのですが、
アッと言う間に時間が過ぎてしまったという印象でした。
きっと参加者の方たちも同様のことを感じられたのではないでしょうか。
当日の熱気を感じてもらえればと思い、
ほんの一部ですが
当日の模様をお届けします。ぜひご覧になってください。
◆編集部員:高橋
経済成長の鈍化を尻目に、体重だけは年々右肩上がりの成長を見せるもうすぐ37歳。肥大し続ける理由の一端だとわかってはいても、いまだ締めの一杯を欠かせない。
『太陽にほえろ!』に新たなヒーロー像を見た俺。
ドリフターズに入れないのなら、刑事になる。
俺は自分の夢に第2志望を加えたのだった。
調べてみるとジーパン刑事の登場が73年で、
殉職が74年ということであった。
もしも本放送のリアルタイムで涙した昭和40年男がいたとしたら、
かなりませた小学生だと思う。
以前にもここで愚痴ったが、
仮面ライダーやゴレンジャーを見たいのに、兄貴や姉貴から
「んなガキっぽいのばっか見てんじゃねーよ」
という熾烈な攻撃に遭ってTVのチャンネル権を奪われ、
それでも必死に番組に食らいついていた、レベルハイな人であろう。
俺はといえば、もちろん再放送組である。
ちなみに東京都荒川区の小学校では、
再放送であったにもかかわらず
ジーパンが殉職するあのシーンは、
クラスの話題をさらったのだった。
お上に位置する人間たちを
今よりもっとリスペクトしていたという背景もあったのだろうな。
警察官や刑事は、命を懸けて正義を貫き通すということが
当然だと思われていた時代だ。
スカートの中を盗撮しちゃったり買春しちゃったりするような
聖職という言葉が崩壊してしまった現代では、
あそこまで作り込んでもしらけてしまうだけだもの。
お巡りさんは絶対的に正しい存在で、
その上に位置する(と感じていた)刑事なんか
もう正義の塊じゃねーかという意識があったし、教育もあった。
そうした背景があるうえで作り込むのだから、
ラクとは言わないまでも、おもしろくするベクトルがわかりやすい。
そこだけに向けてクオリティをあげていけばいいわけで、
今思うと、作る現場もさぞ楽しかったのではないだろうか。
やはりいい時代だったのだなあ。
伝説の刑事ドラマ『太陽にほえろ!』。
小学生の中頃から少しずつその魅力に引き寄せられ、
本放送だけでなく再放送も熱心に見るようになった。
俺が住んでいた地域では、毎日4時からというおあつらえ向きな時間帯だったこともあって、
クラスの仲間と一緒に見ることも多く、
今日は誰々の家で見ようという遊びの1つにもなっていた。
七曲署捜査一課のカッチョイイ面々は、
会話や仕草から男臭さが全開で、
しかもユーモアにもあふれていて。
でも事件の現場では体当たりで解決していく。
仮面ライダーのような作り物から離れていった心に、
リアルな正義の味方を提示してくれたのだ。
決定的だったのが「ンじゃこりゃー」のジーパン刑事であることは、
昭和40年男たちは頷くところでないか?
(ただいま次号の誌面連動企画、思い出のヒーロー対決3番勝負!を展開中なので、ぜひ参加願います)
壮絶なあのシーンに、男の散り際のかっこよさをまざまざと見せつけられ、
幼いながらも俺のなかのヒーロー像を変えた瞬間でもあった。
俺のヒーロー像を、ゆる~く綴っているこのコーナー。
「そうそう」と感じる方も「えっ?」と思われる方もいるでしょうが、
お付き合いいただいているみなさんのヒーロー像も
再チェックしていただけたら幸いです。
創刊号でメッセージした通り、
俺たちにとってあの時代は振り返るだけのものでなく、
もう一歩前進していくパワーを得られる
すばらしい時代なのだから(って、ちょっと仰々しいな)。
さてこれまで、小学生低学年から
高学年に向かっていく過程での変化を綴ってきた。
仮面ライダーに代表とされる“悪を倒す正義の味方”から、
クラスのみんなに喜んでもらえることでその気になってしまった、
ドリフターズに代表される”お笑い芸人“へ。
俺のヒーローであり、夢描く憧れは変化していった。
そしてさらに、成長がもたらしたヒーローが現れた。
ドラマの世界で表現される世界や、その職業に憧れるようになる。
その手始めが刑事だった。
なんてったって『太陽に吠えろ』の存在は大きい。
昨日の晩、記念すべき初のイベントを開催した。
大新年会と称したバカ騒ぎは
50人以上の参加者の皆さんのおかげで、楽しい宴となった。
もともとはライブイベントと企画していたこの宴ゆえ演奏が不可欠。
つうわけで俺は音楽仲間を急遽招集して望んだのだ。

記念すべき第一回目のイベント、始まり始まり~
当日のリハーサルでもっとも入念にチェックしたのが、
オープニングナンバーとなる日本全国酒飲み音頭から
懐かしのあの曲、チュチュンがチュンにつなぐメドレーだ。
いやあ、小学生のときのお楽しみ会の芸を
長い時間を経て披露できたのは、なんとも感慨深い。
なんとかカタチにはなったかな?
つたない進行で反省しきりですが、
参加していただいた皆さんのおかげで
あたたかい宴とすることができました。ありがとう!
反省を活かして次回以降のイベントにつなげていきますので、
ぜひ皆さんふるって参加してくださいね。
さあ、昭和40年男同士で一緒につくりあげていくイベントの
記念すべき第1発目が、スタートした。
2発目、3発目に向けて、まだまだがんばるぞー!
昨夜、『昭和40年男』として初めてのイベント
“昭和40年男大新年会”を開催した。
(くわしい概要はコチラ)
当初はバンドコンテストを銘打っていたのだけれど、
告知が遅かったことと、敷居が高すぎたせいで
参加者が集まらなかった。
そこで、いっそのこと新年会にしちゃおうじゃないか、
ということで、主旨に賛同してくださり、会場を提供していただいた
「荻窪ルースター・ノースサイド」さんの多大な協力を得て
無事、開催することができたのであった。
会場は着席40名でほぼ満席のライブハウス。
誌面で呼びかけもしていないばかりか、
Webでの事前告知も後手後手にまわった上に、事前予約もなしときた。
はたして、何人の読者に来てもらえるだろうか…。
忙しい盛りの昭和40年男たちが
都合をつけてきてもらえるかどうか。
正直言って、自信はなく不安はぬぐいきれなかった。
こちらはスタッフだけで10人を超える。
10人以下だったらスタッフの方が多くなっちゃうぞ。
やっべぇーべ!
心配してあちこちに連絡してみたり。
もっと早くいろいろやっとけよ!って感じなのだが、
こうなってしまった以上、あとは来てもらえることを信じて待つしかない。
そして迎えた昨夜。
19時スタートに合わせ
編集長・編集部員他、スタッフが17時に会場入りし、
会場の準備やリハーサルを行なう。
打合せや演奏の段取りが熱を帯びてきた。
「荻窪ルースター」の佐藤さんがとてもよく現場をしきってくれて
こちらとしては大助かりだ。
そんななか、開始予定の19時まであと10分となった。
が、誰もやってくる様子はない。
「やっぱりダメだったかな…」
「準備が遅すぎたね…」
などとスタッフは若干の意気消沈ムード。
うむむ、あとは仲間うちで楽しく騒ぐしかないか?
などと思っていたその時。
1人目のお客さんがいらっしゃった。
それを契機に続々と現れる参加者のみなさん。
受付したり、会場を案内したりと急にてんてこまいになるスタッフ。
まさにうれしい悲鳴。
最終的には座る場所が足りなくなるほどの大盛況ぶりをみせた。
やった!
編集長と荻窪ルースターの佐藤さんのトークで大新年会はスタート。

「カンパイ!」の掛け声とともに新年会がスタート!
そして編集長による酒呑み音頭でライブが始まり、
1965’sによるなつかしの曲オンパレードで会場は大盛り上がりだ。
よかった。ホントよかった。
そして、会場のみなさんも次々にステージへ!






ここでは紹介しきれないけれど、
まだまだ他にもたくさんの方が参加してくれたぞ。
こうして夜は更け、一本締めで中締めしたのは10時30分。
いやーものすごい盛り上がりっぷり。
そしてこの後は、残った人で大セッション&カラオケ大会になって
さらに夜は更けていったのであった。
ということで、大盛況のうちに幕を閉じた
今回の大新年会。
これも参加していただいた読者のみなさんと
会場を提供してくださった「荻窪ルースター・ノースサイド」さんのおかげ。
本当にありがとうございました。
また次回に向けてのやる気も出てきたゾ。
今後も何か面白いことをやりたいと思っているので
昭和40年男のみなさん、ご期待ください!
◆副編集長:小笠原
北海道生まれの35歳。仕事以外にこれといった趣味はないが、最近会社でコーヒーを豆から淹れることを覚えた。よりおいしく淹れるため、試行錯誤するのがちょっとした楽しみの一つになっている。