編集部の高橋が腰痛でダウンした。
これまでも騙し騙しやってきたのだが
1週間ほど自宅作業になり、
締め切り日が近づいたころになんとか出社してきたものの
進行はすこぶる悪い。
それに1週間の自宅作業はほとんど自宅療養だったといっていいだろう、
遅れも相当なものになっていた。
他の編集部員にも、もちろん俺にも余裕はまったくない。
そこで立てた作戦はこうだ。
比較的進行のいい編集員2名+俺が分担してフォローするというもの。
そんなん、作戦でもなんでもないと思われるかも知れないが、
この時点でキラーパスを飛ばすのは
失敗すれば大事故につながりかねない。
もっとも効率よく、しかもクォリティを守りながらできる人選をして、10月19日、発表した。
みんなもうパワーが残っていない。
ほとんど抜け殻状態からもう一度書くというのは、
元気玉を打った後に打つカメハメ波のようなものである。
10月16日。
本来ならもう発売しているはずであったこの本の制作によって
遅れるであろう既存の仕事を前々から組んでいたのは、
スーパーハイパービジネスマン(なんだ?)としては当たり前。
キャンセルのできるものはなんとかしたが、
この日ばかりはどうにもならなかった。
後ろ髪を引っこ抜かれそうになりながらも、
編集部に指示を出し新幹線に乗り込んだ。
チェックしなければならない原稿をカバンから取り出し、チェックを始めたが
新横浜のアナウンスさえ聞かないうちにフリーズした
スーパーハイパービジネスマンだった。
しばしの時間を経て「やばっ」と跳ね起きると、
目的地の1つ手前の駅。
「ふーっ」
胸をなで下ろしながら、
ほとんどチェックが進まなかった原稿の束をカバンに戻し、
しばし本のことは頭から離して
スーパーハイパービジネスマン(えーいっ、しつこい!!)に変身するのさ。
我々はバイクの本からスタートした出版社であり、
バイク関連の既存の仕事もすごく大切だ。
新しいことを立ち上げたからって
これまでお世話になった方々を裏切るわけにはいかない。
それにね、バイク関連の人っていい人が多いんだよ。
“趣味のもの”だからだと思う。
バイクって趣味のものの中では、かなり高額じゃない。
それを楽しんでくれる人たちのことを日夜考えているわけだよ。
こうすれば楽しんでくれる。
きっと笑顔が生まれる。
ベクトルがまっすぐなんだよね。
男にとって、仕事が占める時間はすごく大きい。
その時間中、つねにこんな方向を向いて頭を動かしていたら、
やっぱりその人間も魅力的になるのは自然なことなんだろうな。
俺にとっては、最後の…、ホントに最後の追い込みに向けて
いい気分転換にもなった一泊二日出張だった。
そうやって原稿やデザインのチェックをしながらも
自分の原稿もまだ残っている。
とはいえ、一応はすべて上がってもいるのだけれど。
これは編集長の特権かも知れないが、
全体の進行を把握しながらギリギリまで引っ張れる。
パソコンを立ち上げる度に書き上がった原稿に修正を加え、上書きしていく。
日々、少しずつ滑らかになっていく。
コイツがまた楽しい。
だが、全体の進行が第一なので
あまり時間をかけてはならないと自分に課す。
集中して15分とかいじってはスグにたまった仕事をこなし、
3時間ほどがんばったら別の原稿を10分だけいじって…
それの繰り返しである。
最後まであきらめないぞ。
もうちょっと、もうちょっとだよ。
極論すれば
どこまで素振りを繰り返しても
自分にとって満足いくものなんか作れないのだろう。
でもね、だから作るんだもの。
あー、変態。
実力不足も否めないところは悲しいが
しかし、それをカバーするのが粘りだ。
常々言い聞かせている。
「一流の人の手を抜いた仕事より、三流でも粘り抜いた仕事の方が絶対に光る」と。
あきらめないで少しでもよくなるように指示を出し続ける。
「おーい、ちょっとここに一発カコミ入れよう。○○さんの広報にお願いして写真と資料提供を依頼してくれ」
「ここ主旨と違うからさっ、書き直して」
「タイトルの書体がちょっと柔らかすぎる。企画意図を理解できてないんだよ」
昔はここでバカヤローを連発していたのだが、
時代でないらしく反省を求められ、いつからか封印した。
そんな時代を懐かしく思う自分がしばらくいたが、
最近になってやっとそんな自分を戒めたりできるようになった。
懐かしく思う前に、自分自身にそうあれと。
とはいったものの、かなり強い口調で攻められていて、
出来る人間はバカヤロー寸前だけどね(笑)。
遅れに遅れたが、14日のママインタビューですべての取材を終了した。
後は編集部に缶詰になり、ひたすら仕上げにかかる。
ここで重要なのは“粘り”だ。
ライターや編集部員からあがった原稿や
デザイナーからあがってきたレイアウトをチェックして
大小の直しを指示していく。
よりよい指示を出すために、日頃の素振りは欠かさないつもりではいる。
いい雑誌をつねに研究して、
雑誌に限らずいい表現全般にしがみついていくことなどだ。
多くの人間の熱を最大限引き出せるセンスと実力は
経験もさることながらこの素振りが非常に重要なのである。
あー、残酷。
“ダメダメジャン俺” と “しっかりしろ俺” と “さすがだぜ俺” が、
多重人格者となって自分にのしかかってくる。
ママの口からは、
我々40年男が深く頷けるいい話も飛びだした。
「よく飲み、よく食べるということは、重要な男の魅力のひとつですよ」
うんうん、そうだよ。
明日のことを飲んでる席で口にするヤツも多いものなあ。
俺、アレを聞くとげんなりする。
尊敬する先輩で、酒の席で必ず
「明日有給取ったから」
と言う方がいる。
もちろんそんなわけなく、俺なんかより早く始業している。
粋だなあと、いつもいい気分にさせられるのだ。
ママの話、もうサイコーなのよ。
キーワードだけ並べると
「女性にもてたいと思ったら、下手に口説くよりも、黙って女性の話を聞いていればいいわけです」
「40代中頃世代は、古き良き男性の文化を知っている最後の世代」
「酔っぱらってすべて忘れてしまえばいい」
40年男の琴線にふれるキラキラした言葉がいくつも出てくる。
どう、読みたくなったでしょ?

ママの言葉は俺の琴線に触れるものばかりだった。 photo_ToshiyaSuzuki
銀座のママへの取材がスタートした。
作家の中部さんがママから話を聞き出してゆく。
情けない話だが
銀座で遊んだ経験は少ない…って言うまでもないか。
極々たまに、羽振りのいい旦那様に連れてきてもらったが
じゃあそこで再度遊べるかというと、んなの無理。
異次元空間を象徴するような値段に
その価値が見いだせない庶民なのだ。
それを見透しているかのように、ママからは威勢のいい言葉が踊る。
「銀座は粋を学ぶ男の道場」
「名もなく、豊かに、格好よく」
なんだか小さくなってしまう。
さすが銀座の女である。
10月14日。
中森明菜さんにふられて
銀座のママに代役(?)をお願いしたことは、
以前このコーナーで書いたとおり(こちらとこちら)。
〆切まで押し詰まったこのタイミングでの取材となった。
この日のメンバーは、
藤岡さんのときにも撮ってもらったカメラマンの鈴木敏也さんとそのアシスタント、
作家の中部博さんと俺の4人。
我々にしてみれば大所帯だ。
1人でカメラマン・編集・ライターの3役をこなすことだってあるんだからさ。
ゾロゾロ。
まだ夜の準備もスローペースの時間帯の銀座を
似つかわしくない4人がゆく。
ゾロゾロ。
約束の店に到着したがママ不在である。
この取材を仕込んでくれた中部さんが連絡を取ると、少々遅れるとのこと。
じゃあ茶でもするかとまたゾロゾロと移動。
うーん、この4人、しつこいようだが
銀座の街には似合わない。
テキトーな茶屋を見つけて、共通の話題を模索しながら話す。
ボクはみんなを知っている。
みんなはみんなを知らない。
こういう時間は、実におもしろい。
一生出会うことなかったかも知れない人同士を引き合わせて、
仕事以外の話題に興ずる。
人間同士がつながりを持っていく感じがいい。
しばらくするとママから連絡が入り、取材が始まった。
「お支払いしますので、ラガブーリン本物でいってください」
氷が溶けていくので、これも時間と戦うカットである(P162参照)。
OK。
余談ながらこの撮影の別カット、
ぬぁんと高橋にP128で無断使用された(今度おごれよ)。
機材を片づけてさて…。
ここはバー。
目の前にはラガブーリンのロック。
ここはバー。
高橋はのんべ。
俺ものんべ。
かんぱーい!!
若干の罪悪感を最高のうまさが消し去っていく。
久しぶりのアルコールは五臓六腑と疲れ果てた脳や、
原稿を書くためにフル活用している心に染み渡る。
「美味い美味い美味い」
結局27時まで、のんべ2人ははじけまくり帰社。
いつものとおり床に倒れ込んだ。
たまにはこんな時間を過ごすのも、
仕事効率を上げるテクニックなのさ。
なあ、高橋!!
続いてそのできたての丸氷を使って、ウイスキーロックを撮る。
「本当にラガブーリンでやるんですか?」
「へっ?」
「いや、よそはよくウーロン茶とかで代用するので」
「へっ?」
信じがたい話を聞いてしまった。
確かに味も香りも写真には写らない。
でもそこは取材者のモラルというか、リアリティというか、なんつうか。
そういった現場の空気が誌面からにじみ出てきて、感動を生むんでしょうが。
以前、バイク雑誌の取材で
キャンプというシチュエーションでの旅の記事をつくっていたときのこと。
外部スタッフの方に
「えっ、本当にテントで寝るんですか?」
と聞かれたことがある。
まあ、似たような話である。