壮大(自分にとってね)な作品が1日1日と前進していく。
その中には自分の文章も入っている。
ましてや類似誌のない創刊であるから、
ある程度自分のメッセージを強く出すつもりでいる。
んなわけで、P3の
“昭和40年とは?”
とP11・12特集導入部の原稿には、
ぬぁんと9月の頭から取り組んでいた。
読んでいただいた方々は、
そんなに長い時間がかかる文章ではないと思うかもしれないが、
こういったメッセージはどんな切り口にでもできる。
ましてや、苦労して生み出す本で重要な意味を持つメッセージである。
10月7日の夜中28時。
この2つの重い原稿をほぼ決めることができた。
ここからは毎日2~3回、この原稿を広げては
少しずつ少しずつ完成度を高めていく。
ふーっ。
ビールの一杯でも呑みたいところだがガマンガマン。
短い睡眠をしっかりと取るのだった。
もうほとんど会社に住んでいる。
朝の5時前後に床に寝袋を敷いてダウンし、
8時過ぎに起き出してそのまま延々と作業という毎日だ。
幸いなことに近所に銭湯がある。
たまに着替えを取りに帰り、とにかく最終日まで突っ走るのだ。
もう20年近くこんな暮らしなのだが、全然苦ではない。
むしろこれほど長いこと現場にいられることを感謝しているくらいだ。
楽な毎日では決してないが、楽しく充実している。
ということで、10月6日。
紹介された女性の店へと出かけていき
取材をお願いしたところ、快くOKしてくれた。
よかったよ。
この企画があるだけで雑誌全体のまとまりがずいぶん丸くなった。
暑苦しい俺がつくっているせいだが、
この4ページがなかったらまるで運動部の部室みたいだもの。
ということでずいぶんと押し詰まって決まった企画が
“銀座のママがそっと教えるイイ男とダメ男”
なのである。
次号ではあらためて中森明菜さんにお願いするつもりである。
あきらめませんよ。

実はかなり早い段階から
巻頭企画の“タメ年のスゴいヤツ”に対して
“タメ年のイイオンナ”というタイトルの巻末読み物を企画していた。
そして中森明菜さんに白羽の矢を立て交渉を続けてきたが、
ツアー中でどうにも時間が取れないとのことで、
かなり差し迫った段階でボツとなってしまった。

取材できなかったことが非常に残念である…
この時点で他のターゲットに変えるには
現実的に時間がなさ過ぎる。
そんなことで銀座の女性にという代案を立てて、
方々の人間に声をかけた。
情けないことに銀座のママなんて1人も知らないもの。
するとお世話になっているライターの方に
あてがあるというじゃないか。
ということで、締切の延期を決めたのと同時に
早速“昭和40年男”タイトルロゴの直しをデザイナーに指示した。
「ちょっとノスタルジックに振りすぎているから、もう少しだけ戻して」
このもう少しを伝えるのが難しい。
たとえば○○とか、
××みたいなテイストを取り入れつつ、
△△っぽい香りも加えて…、といった感じで伝えてみる。
ロゴの色もこの時点までは赤で決めていた。
これがまた不思議なほどノスタルジックな雰囲気を醸し出していたのだ。
思いきって変更を指示。
「白地のロゴはスミ(黒)でいってくれ」
続けて表紙のレイアウトを何度もやりとりした。
これまでにも、もうずいぶんとやり直してもらっている。
今までの雑誌づくりでこれだけ粘ったことはないだろう。
テイストがやっと決まったときには30日を超えていた。

検討した表紙案の一部。この他にも実にさまざまなパターンが作られたのである。
9月ももうすぐ終わる。
ガイドラインと方向性はほぼ完成したものの、
遅れが出ている企画もチラホラ。
この時点で14日発売の延期は決定しているものの、
ごく一部の人間にしか知らせていない。
10月5日を編集作業の最終日として進め、
寸前になったら延長を告白する。
するとその分だけ余裕を持って最終日を迎えられるという
恐ろしい技(?)だ。
以前にも新創刊で使ったことがあるが、
いやはや恐ろしい。
本当は予定通りいきたいが、実力不足なのだ。
この遅れはどうしようもない。
取次からのアドバイスを反映してリメイクもしたい。
いいものづくりへと向かっていく道程には、こんなこともある。
「えーい、編集長は俺だ」と、心の中で叫び、
しかも10月29日とずいぶんとマージンを取ったのだった。
11月24日、大安の本日、
昭和40年男の第2号発刊が決定しました。
パチパチパチ。
いやー、熱い声援に応えるカタチでの決断に踏み切ったものの、
前途に不安がないわけではない。
なんといってもこの不況下である。
とくに40年男たちの財布は全世代でもっとも厳しい。
それでなくとも本が売れない時代に、
この厳しい財布を狙うのはいかがなものかと自問自答を続けてきた。
雑誌においては大きな収入源である広告はどうか?
創刊号を見てもらえばわかる通り寂しいものである。
メジャー大手出版社でもキツイのに、
無名の我々が広告出稿いただくのはこれまた困難ではある。
それでも俺たちはやる。
やるのじゃー。
広告については、本がメジャーになればきっと後からついてくる。
財布が厳しいといっても、
680円の価値があればいいのである。
カンタンなことなのだ。
価値のあるいいモノを、
できるだけ自分たちの力でつくり上げ(予算が厳しいからさ)、
噂になる。
あまりかしこい方法ではないが、
とにかく熱を込めることだろうな。
みなさんからのメッセージが協力に後押ししてくれている。
これに関しては本当に励みになるので、ジャンジャンくださいね。
いただいた分だけ、エネルギーとなってVol.2の熱さになってパッケージされるから。
よろしくお願いします。
それでは早速、2号に向けて始動だ。
編集会議をおっ始めるぜ~、
やろうども集まれ!!
「出直してきます」
もうこれ以上ここにいても
戦局は悪化する一方だろうと思い、席を立った。
他の取次さんもほぼ同じような反応で、
またしても俺の取次交渉は失敗に終わった。
この日、スゲエ落ち込んだものの、
言われたことにかなりいい意見もあった。
まず、表紙のテイストを再考しよう。
と、同時にこのことは10月14日の発売予定日の延期を
決定づけたのだった。
つうことで本題に戻ろう。
「昭和40年生まれに限定しようと思うんですよ。
私は25歳からの、とか40歳からの、とかにすごく抵抗あって。
なんだかリアリティを全然感じなかったから
ズバリいくべきじゃないかなと。
いった上できっと前後2~3歳は対象になりますから。
そもそも…etc」
と、まずは情熱をぶちまけた。
さあ、ここからあっちサイドの反撃だ。
「類似誌はなんですか?」
「?」
まずいぞ、いつものこの質問。
続けてたたみかけてくる。
「書店のどの棚に置きたいですか」
「男性ライフスタイル誌のあたりに」
やばい、あたりとかって弱いジャン。
「このテイストだと
書店がどこに入れるかわかりづらいと思うんですよ。
仮面ライダーとか明日のジョーで
アニメ系の棚に入れるところだってありますよ。
書店さんも忙しいですから、表紙を見てここだとわかるものにしないと」
「あっ、うー」
「ターゲットになる雑誌のテイストに
ロゴを合わせるとかね。
そもそもこの雑誌絞ってあるようで絞れていないんですよ」
やばい。それはこのコーナーでもふれた通り、
リスクは承知の上だ。
だが、そんなことこの場で言ったらますます分の悪い交渉になる。
「あっ、うーっ」
同行した営業マンが切り替える。
「どのくらい取ってもらえます?」
「このままですと○○部ですね」
えーっ、そんな部数じゃ大赤字だよ。
つうか、80万人の首を長くして待っている読者に届かないよ。
データ武装に対して感覚論は不利な闘いだ。
ましてやいつも、類似誌が存在しない企画ばかりで交渉するのだから。
すると
「それは○○と似た方向性ですよね。ちなみに…」
とパソコンをカチャカチャ。
「あー、ダメですね」
となる。何度も聞く決めゼリフもある。
「ないジャンルの雑誌って、結局成り立たないからないんですよ」
んなコト言われったって、
でき上がったマーケットに出ていくための武器
(大手広告代理店やクライアントとのツーカーの付き合いとか、潤沢な資金とか)
がないんだから、
既存にないもので勝負に出て
誰もまねできない状態をつくりあげるしかないのである。
余談だが、
この本のベタベタなタイトルの狙いはここにもある。
大ヒットしちゃって
どこかの出版社が類似でやろうとしたときにまねしづらいはず。
つうかきっとそこは相当バカにされるだろう。
俺は30年男と50年男も発行することを視野に入れているが、
それだってよそがやるのはかなりかっこわるい。
名付けて
“真似するとダサ過ぎてヤケドするぜ作戦”
だ。フッフッフ、どうだ。
さらにさらに、俺の野望は
20・25・30・35・45・50・55・60の全9冊を
月刊で書店に並べることなのさ。
どうだ、まいったかー。ゼイゼイ。