血液サラサラで有名な
栗原クリニック院長・栗原氏の取材に同行。
これまで、体のことなんかこれっぽちも気にしなかったけど、
さまざまな資料を見せてもらったおかげで
さすがに今度は気にしようかなと思ったしだい。
で、何をしたかというと
これまでほぼ毎日食べていたアイスを控えてみたのだ。
これによって、どんな効果が生まれるか乞うご期待!
それにしても、栗原先生の説明はわかりやすい。
ほとんど知識のない聞き手に対しても、
伝えたい内容が、しっかりと伝わってくる。
こういったところは、やはり見習いたいものである。
◆編集部員:岩崎
中途半端な凝り性で、最後まで凝りきれない自分に最近とくにいらだつ39歳。藤村 俊二氏の父親が氏に言った「40歳までは、お金をためることなく経験を積むために使え」という言葉に感化されるも、有意義に使えていない自分が腹立たしい
それでは仕事も片付いたし(ホントか?)と、2軒目に繰り出した。
奴の音楽コレクションの置き場所になっているという
行きつけのショットバーで、DJブースまである音にこだわった店だ。
ラッキーなことに我々以外客がいないため、
バーテンダーはDJと化し
ふたりの会話に出た曲や時代を考慮した曲をバシバシかけてくれる。
「こう来たか」とDJ、いやマスターの選曲にやられながら、
あの時代へと戻っていく。
互いに音楽だけに没頭したあの頃を振り返り、
ばか笑いを繰り返す。
そして互いの現在も語り合い、
やがて日々の苦しさまでをもさらけ出し合う。
15歳から18歳という、
もっとも心が成長する時期に共に過ごした仲間というのは、
今さらながらかけがいのないものなんだな。
昭和40年男の2人は次々にグラスを空にしていく。
こうして過ごす楽しい時間そのままの本が創れたら、
きっと支持されるだろうな。
振り返るだけでなく、
今日と明日を見つめることがすごく重要だね。
そう考えながら26時を過ぎたところでお開きにした。
「じゃあ、28日の取材はよろしくおねがいします」
「ええ、こちらこそ。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
なぜだか最後はキチンとした言葉を交わす2人の翌朝は、
互いに相当つらいものになったのであった。

「ここらへんはウマイ店が多いんだよ」とヤツ。
東急目黒線の武蔵小山という駅を降りて、
ゆるゆると歩いた。
うん、いい街だ。
生活のにおいがきちんとありながら、
よそ者を迎え入れる寛容さがバランスされている。
これがいい街の条件だ。
ここはそのバランスがとてもよい。
1軒目はメチャメチャうまい焼き豚屋で、
三味線や歌舞伎の話を聞かせてもらった。
師匠との関係や
この世界での独特の世界観などをたっぷりと。
そして、撮影とインタビューをおこなうのは
7月29日の長唄の普及に主眼を置いたライヴに決定した。
約1時間半のお仕事を完璧(?)にこなしたスーパー編集長の俺なのさ。