雑誌をつくるエネルギーの源泉は、
とにかく予算と能力である。
まず予算についてだが、我が社は当然少ない。
大手出版社や最近ではテレビ番組なんかでも
予算カットが報じられているが、
そんなのと比にならないほど、少ない。
これは企画を思いどおりに進めるには大きなネガティブ要素となるが、
工夫次第というところでもある。
すると重くのしかかってくるのは能力ということになる。
だがその能力は…
ない(泣)。
才能がという意味では、ホントに平均以下だろうな。
それでも、これまで数々のヒット(ちょっとウソ)を生んだのは、
たぶん好きだからというパワーと、
長いこと取り組んできた音楽活動にあると思っている。
昭和40年生まれともなれば
外で酒を飲む機会は多いことだろう。
職場の同僚との打ち上げや
上司や付き合い先との宴席、
人によっては接待したりされたり。
そうした仕事がらみの酒もいいが
楽しいことばかりではないかもしれない。
たまには、自分のためだけに呑む酒があっても
いいのではないか。
そんなところからスタートした企画が
「家呑みへの招待状」だ。
まあ、この不景気の最中、
休日に外へ出かけると
どうしてもお金がかかってしまう、ということもある。
だったら、自宅で昼間からゆったり呑むというのも
いいんじゃないだろうか。
そんなこんなで企画をすすめ、
料理をまったくやったことのない初心者でも
自宅で自分で作れる“感動のつまみ”を
紹介しようとを考えた。
しかし、バイク雑誌しか作ったことのない会社である。
料理記事のノウハウなんてゼロだ。
こんな読者に、こんな記事を届けたい。
そういうブレない想いはあるけれど、
それをどうやって実現するかが問題だった。
◆副編集長:小笠原
北海道生まれの35歳。仕事以外にこれといった趣味はないが、最近会社でコーヒーを豆から淹れることを覚えた。よりおいしく淹れるため、試行錯誤するのがちょっとした楽しみの一つになっている。
仮面ライダー(藤岡弘、さん)には救われたものの、
ドリフターズにはフラれた。
このように、すべての企画が立案した通りになるわけでない。
逆に言えば、設計図どおりの本など100%不可能だと思う。
どんな世界もそうだろうけど、
これはむしろおもしろみだと感じている。
紆余曲折を繰り返しながら、
ベストの方向を探し続けることがね。
そうは言っても、
今回の企画に絶対入って欲しかったドリフターズに続き、
沢田研二さんもNGとはちょっと残念だった。
事務所によると、過去を振り返って語るというのが理由のようだ。
現役で活動しているアーティストだものね、それはごもっとも。
でも、この企画は現在までがんばっているということも
表現したい要素ではあると伝えたのだが…。
悔しいけれど、本を知らないことが大きい。
そりゃそうだ、新創刊だもの。
会社が無名なこともすっごく大きい。
「どうもどうも」で始まって、
「まいったなぁ、○○社さんの創刊だったら付き合わないとねー」ってか。
誤解のないように言っておくけど、
沢田研二さんの事務所がというわけでなく、
世の中ってそういうものでしょ。
ひがんでいるわけじゃなくて、これは仕方ないこと。
まだ出版事業を初めて9年の会社だし。
努力を続けてそうなれればいいと
むしろメラメラと燃えている。
事実、懸命に取り組んできた二輪業界では
それなりのネームバリューを誇っていて、
仕事を進めることが容易になってきているという恩恵は感じているもの。
築いてきたわけだよ。
そう、同じように築いていけばいいのだ(メラメラ)。

藤岡弘、さんの名前は、企画立案時の落書きにも書いてある。
仮面ライダーになりたい。
ドリフターズに入るという壮大な夢を描く前に心に灯った、
短くはかない、だがやはり当時のバカ少年が
真剣に考えた夢である。
かたやウルトラマンもヒーローには違いないが、
M78星雲で生まれなくてはならないという、
夢を描くにはあまりにも大きな壁が立ちはだかっていた。
そこにいくと、なんてったって仮面ライダーは
本郷猛という元は生身の人間である。
そこに自分にもなれるかもしれないという
夢を持ってしまったのだ。
バイクを乗り回すのもかっこよかった。
必殺技もキックなのが手頃でよかった。
だって出来そうだもの、練習を積めばね。
なれる!!と信じていたものの、
やがて冷めていくのは男の子の成長である。
でも、44年の人生の中で
初めて描いた夢であることは間違いない。
自分にとって記念すべきキャラクターなのだ(!?)。
というわけで、出てもらわなければならないのである。
藤岡弘、さんに取材依頼を入れると快諾で
8月25日にインタビューが決定した。
ヤッター。
スーパーカー世代の実態を暴くべく
茨城県神栖市にある
サーキットの狼ミュージアムに足を運んだ。
ここで、我々をむかえてくれたのは、
狼ミュージアム・サポーターズクラブ“狼クラブ”の八幡兄弟であった。
いろいろとスーパーカーの話が続いた後
ふとしたキッカケで本業である住宅の話となった。
一時は建築業界に従事したいと思ったことがあるのに
個別住宅にほとんど興味を持ったことがなかったため
住環境が、アレルギーに大きく関与していることを聞いてビックリ。
本題からそれたところでも
いろいろためになる話を聞こくとができ
なんかすごく得した感のある取材であった。
◆編集部員:岩崎
中途半端な凝り性で、最後まで凝りきれない自分に最近とくにいらだつ39歳。藤村 俊二氏の父親が氏に言った「40歳までは、お金をためることなく経験を積むために使え」という言葉に感化されるも、有意義に使えていない自分が腹立たしい
小学生低学年のころに
お笑い芸人になるという夢を抱いた。
わりと長くつきあった大きな夢である。
第一希望はドリフターズのメンバーになることで、
5人のチームワークでドタバタな笑いをつくりだすことに本気で憧れ、
始末の悪いことに、妙な自信まで持っていた。
荒井注さんが脱退して、志村けんさんが加入したときは
「長さんもわかってないなぁ。
なんで俺に声かけないで、あんなおもしろくなさそうな奴入れたんだよ」
と本気で悔しがったほどである。
やがてあっさりと志村けんさんの虜になり
教室で東村山音頭を絶叫するころには、
ますます憧れは大きくなり、夢はふくらんでいったのだった。
ずいぶんと時間は流れたが、あのドリフターズに会えるかも知れない…。
企画を遂行すること以上に、そこに高鳴りを覚えるおバカ40年男である。
勇んで取材を申し込んだのだった。
が…、ボツだった。
もう“あの頃”を振り返るのはやり尽くしてしまったというのが、主な理由のようだ。
そりゃそうだよな、今も現役で突っ張っているんだからね。
でもね、ドリフのみなさんありがとう。
あなた方からまた夢をひとつもらいましたよ。
この本を成功させて、いつか誌面に引きずり出すぞぉー!!!!!!!
7月の上旬には、これでいこうという企画をいくつか決定できた。
発売まで3ヶ月の段階でここにいるということが、
世間一般(?)の創刊と比べてどうなのかはわからない。
が、自分が経験してきた創刊史と照らし合わせると格段に早い。
これまでの苦い経験が活きたのだと、
ちょっぴり自画自賛してみたりする。
ではこの時点での企画をひとつ紹介しよう。
“夢あふれていた俺たちの時代。今、胸に抱きさらなる明日へ”。
このコーナーの第4話の絵に
“俺たちが見た夢”
という文字が入っているとおり、
本自体が走り始めたときに、すでに骨格となっていた企画だ。
10人くらいのヒーローを選出し
独自の角度から検証するという誌面を目指そうと、
編集作業を開始した。
ノスタルジックだけに振るのではなく、
あの時代の勢いや胸を熱くさせた感動を
あらためて自分の中に取り込めるようなものにしたい。
この人選は編集長であるワタクシめの腕の見せ所だな。
当然、ドリフターズは欠かせない。
「8時だヨ! 全員集合」
チャンチャカチャンチャン、チャンチャンチャーン♪
あのジングルが、頭の中で何度も何度も鳴り響いていた。
インタビューのなかで出てきた言葉が
タイトルにもある“ライフプラン”である。
人生という長いスパンで見たときの
お金の収支を考える。
何がやりたいか、何が必要か、そして何が不要か。
それをお金の面から考えようというのが
中村氏の提案だ。
こう聞くと当たり前のように思えてしまうけれども
キチンと考えている人がどれだけいるだろうか?
恥ずかしながら、自分自身について言えば、
ほとんど、いや、まったくと言っていいほど
考えていない。
話を聞きながら、激しい危機感を抱くとともに
行き当たりばったりな人生計画に嫌気が差してしまった。
詳しいことは誌面で見ていただきたいのだが、
結局のところ、どう生きたいか、という
生き方の問題に帰結する。
自分の希望をかなえるための
計画図、それがライフプランなのだ。
年齢を考えると、
今こそライフプランを考え、見なおすことが
昭和40年男の急務。
ぜひ誌面でご一読いただきたい。
◆副編集長:小笠原
北海道生まれの35歳。仕事以外にこれといった趣味はないが、最近会社でコーヒーを豆から淹れることを覚えた。よりおいしく淹れるため、試行錯誤するのがちょっとした楽しみの一つになっている。
ついにこのブログのカウントダウンパネルが
1ケタに入ろうというところですが、
ぬぁんと発売日の延期が決定!!
えーっ、そんなのありなの?
ありなんです(ホントか?)。
10月29日発売で仕切り直します(キッパリ)。
いやね、楽しみは先に延ばした方がいいって言うしさっ(汗)。
発売前にこのブログでもう少し情報を見てもらっていた方が、
本に親しみが湧くっていうかさっ(ウソ)。
発売日を指折り数えて楽しみにしてくれていた、
80万人の昭和40年生まれの男性諸君、ごめんなさい。
すべては私の不徳の致すところでございます。
言い訳になるけど、今回のチャレンジは自分にとってハードルが高く
うまくいかないことが多い。
三歩進んで二歩下がるの毎日だ。
そんななか、スタッフの体調不良なども重なり、
このまま予定通りだと粗いものになりそうだと判断しました。
伸びた分だけ良くしようと誓うのであります。
がんばるぞー!!
昭和40年男たちの財政事情はどうなっているのか。
そして、お金に関する不安や悩みを
どのように解決するべきなのだろうか。
“お金”をテーマに話を伺うために、
ファイナンシャルプランナー・中村氏にインタビューを行なった。
小学生~中学生のお子さんのいる方が多いであろう昭和40年男。
入学、卒業、運動会などのイベントや家族旅行をはじめとして
うれしい思い出がたくさんできる時期だ。
しかしその一方で、いろいろと物入りな時期でもある。
おそらくは住宅ローンを
抱えている人もかなりいるのではないだろうか。
多くは30年や35年といったローンを組んでいるに違いない。
もちろん、計画的な返済も考えていかなければならない。
両親の介護に頭を悩ませている、
そんな人も増えてきているはずだ。
そんななかで自分自身の老後に
思いをめぐらすこともあるのでは?
そんな時期に訪れたのがこの不景気である。
お金に不安を抱かない昭和40年男は
少なくないにちがいない。
◆副編集長:小笠原
北海道生まれの35歳。仕事以外にこれといった趣味はないが、最近会社でコーヒーを豆から淹れることを覚えた。よりおいしく淹れるため、試行錯誤するのがちょっとした楽しみの一つになっている。