「古田さんかな?」と俺。
なんとかくらいついてきた編集者から、
与田さんや山本昌さん、小宮山さんらの名前が挙がった。
「今リアルに現場で頑張っている人がいいよね」
「なら、山本昌さんですか?」
「中日はヤダ、ワールドベースボールクラシックの件があるからダメ!!」
こんなつまらいことで突っ張れるのは、編集長の特権だ。
「なら小宮山さんで」
「うん、俺大好き」
と、こんなつまらない言葉が飛び交っても、編集会議と呼ぶのだ。
「渡辺監督はどうですか?」
これもいい。
去年の監督1年目で日本一に輝いた男には、
中間管理職で毎日胃を痛めている俺たち世代には
きっと響くなにかがあるはずだ。
もう本が出たというのに
過去に戻ってどうするという気もしなくもないが、
今あなたの手の中にある一冊に
こんなドラマ(!?)があったのかって、
ますます好きになるでしょ。
つうことで
このコーナーはしばらく続けていきますので、よろしく。
藤岡弘、さんの取材の興奮さめやらぬ翌日、8月26日。
俺は所沢の西武ライオンズ球場を目指していた。
“タメ年のスゴイやつ”という企画で
わりと早い段階から取り組んでいた。
読んでそのまんまの企画である。
「奥田民夫さんとかいいんじゃない」
「エガちゃんもいいよね」
そこに
「えーっそりゃふざけすぎでしょ」
と俺。
「創刊号は野球」
若い編集者たちにはピンと来ないらしい。
「俺たちの時代はね、遊びといったら野球しかなかったの」
小学生のとき
クラスにおける地位(?)を決める
もっとも大きなファクターであった。
勉強なんかより、サッカーなんかより、
とにかく野球の腕前が絶対的であった。
そして、俺は野球が下手だった(悲)
発売!発売!発売!
ついに発売です!
いやぁ、この日を無事に迎えられて
感無量ったらない。
みなさん、手にとってくれるだろうか?
ホントに、
最後の最後まで気の抜けない締切で
「終わるか? ホントに終われるのか?」
とハラハラドキドキ。
プロとしては、こんな進行をしてはいけないわけだが、
中小企業の切ない台所事情ってものもあり、
もちろん、自分の能力不足もあり。
なんて反省点は多々ありながらも、
今は「書店でみなさんがどんな反応を示すか?」が
楽しみで仕方がないわけである。
これから、書店に偵察に行ってくるのだが
怖いなぁ。
複雑な心境。
誰も手にとらず素通りだったら…
もちろん、そんなはずはない!
と信じているけれど。
どうぞ皆様! 清き680円を!!
◆副編集長:小笠原
北海道生まれの35歳。仕事以外にこれといった趣味はないが、最近会社でコーヒーを豆から淹れることを覚えた。よりおいしく淹れるため、試行錯誤するのがちょっとした楽しみの一つになっている。
ついにっ!!
本日発売で~す。
パチパチパチ。
優れた実力と豊かな才能とは無縁ながら、
粘りと愛でつくり上げた『昭和40年男』が
ついにみなさんへのお披露目となった。
どんな風に受け入れてもらえるのだろうか?
なんどもめくって、なんども読んで…でも冷静な評価などくだせない。
かわいくてしょうがないのだよ。
親バカ状態丸出しの、でれでれパパです。
この2ヶ月半、命を削って仕事したよ。
その結果として、現時点の自分の実力はこれですと
ハッキリ言えるものになった。
そして今日、俺とみなさんの勝負が始まったのだ。
第1戦は書店の棚で、俺の熱意が勝って
680円を出す価値を感じてもらえて
レジに運んでくれたら勝利。
第2戦は持ち帰って読み終わって
その価値を感じてもらえたら勝利。
第3戦は元気になってもらえたら勝利。
そして第4戦は次号以降へと続いてゆく。
ということになるのだな。
書店には1月中旬まで並ぶが、はたしてこの勝負の行方やいかに?
「どうぞ皆様、清き680円を!!」
藤岡弘、さんのインタビュー後、久しぶりの酒を呑んだ。
その席で俺は「今日俺は心の師と会った」と
何度も繰り返していた。
自分が60歳を迎えたときに、
どこまで彼に追いついているか。
そんな長いスパンでの生きるテーマをいただいた気がした。
前に、ここには書かないことにしたけど、
せっかくこのコーナーにお付き合いいただいている方々のために、
数多くの響いた言葉のなかの1つだけ公表しよう。
パチパチパチ。
「言い訳をせず、武士はただ黙って前進する。
行動と実績と結果で見せてゆく。
これがサムライの生き様」
すごいよね。
この現代にこれだけの言葉を
“偽りなく”言えるのだから。
俺はサムライを目指して生きていくことにしたのさ。
昭和40年生まれの男で、
このインタビューを全文読んで心が少しも動かなかったら
もうダメだよ。
そう言い切れる。
30代の前半のヤツはわからなくてもけっこう。
こう言い切れるほど、大人の男向けの重い言葉の数々だ。
くどいが、乞うご期待。
1回目。
高知県に坂本龍馬記念館を作るために尽力した
橋本さんという御仁がいる。
龍馬の恰好をして寄付金集めに奔走するも全然ダメで、
死のうと決心したとき奥さんは置いて
子供だけを舟に乗せて沖に出たという話で、ツーッ。
2回目。
かつて日本中を虜にしたレーサー平忠彦さんのインタビュー中のこと。
「なんで引退を決意したんですか?」
「狙った走行ラインを走るって、
刃物の上を寸分の狂いもなく走るっていうイメージなんですよ。
でもこの日、狂ったんです」
なんか心がもろに食らったかんじで、不思議だったな。
感動とか悲しいとかって判断する前の、反射神経涙だな。
ツーッ。
ええ、泣き虫ですよ。
でも今回の藤岡さんの話はね、普通泣くよ。
インタビュー記事を読んだら、
ははあ、あいつここで泣いたんだなぁと笑ってやってください。
「あのさあ、超ロングインタビューにしたいなあ」と印南。
「そうだね、しかも特集のド頭だね」
とにかくこの日の内容は、
俺がイメージする雑誌としての「昭和40年男」にピッタリだった。
本の方向性を強く確信したインタビューでもあった。
この日から藤岡弘、さんを俺は心の師と呼んでいる。
いやあ、よかったよー。
本誌を乞うご期待!!
インタビューが始まるともう話が止まらない(笑)。
インタビュアーがいらないくらいの独壇場になった。
次から次へと男の心の奥底に響く言葉が届けられる。
ベースにあるのは武士道で、心が強くて優しさがあふれていて、
ああ、書きたいけど本誌でたっぷり読んでください。
うーっ、書きたい。
2時間半にもおよぶ取材を終えて大満足な俺。
ライターで相方の印南もカメラマンの敏也さんも大感激だ。
「すごいインタビューだったよね」
「感動したよ、俺泣いたモン」
そう、脱線するが、
これまで取材で過去に2回だけ(も)泣いたことがある。
その解説をしておこう。
8月25日。
この日は今後の人生にとっても、重要な1日になったと感謝している。
藤岡弘、さんのインタビューだ。
ずっと候補にあげていただけあって、緊張もする。
他の3人の取材メンバーとも同様、仮面ライダーには思い入れがあるから。
藤岡さんの事務所の取材ルームに通され、しばらく待っていると
事務所の方が
「ちょっと遅れていまして申し訳ありません。これを見ていてください」
と、ビデオをまわし始めた。
藤岡さんがいかにすごいかという画像は、
驚きの連続でさまざまな武術を実践しているものだった。
「すげー」を繰り返すだけの一同。
ここでちょっと念のため。
プロとはいえ緊張はします。
とくに憧れた方だとそうです。
かれこれ1時間近くコーヒー飲みながら待っていた。
そろそろ来てもいいんじゃないというところに
あらわれたその人の名は、本郷猛って感じよ。
うーっ、カッチョイイ。
腕が俺の3本分くらいある。
胸が俺の2枚分ある。
スゲー、20歳も年上なのにダメダメだな、俺ったら。

photo_Toshiya Suzuki
今回取材して、あらためて高嶺の花であったことを再確認した。
なんと、昭和40年の発売からずっと100円
(消費税の影響で110円にはなったが)で変わらないとのこと。
それは高いよ。
価格だけじゃなく…。
これ以上書くと、
本誌がおもしろくなるからやめておくけど、
変わらないことってすごいよね。
だって俺たちとタメ年だよ。
キャッチコピーもずっと変わらず、元気ハツラツだしね。
本のコンセプトと同じだから、
創刊で取り上げたのはよかったよ。

先週のキリンビールに続き、
今日8月24日は大塚製薬さんの取材だ。
取材対象はタメ年モノという企画で取り上げる、
オロナミンCだ。
たぶん昭和40年男にとって、
かつて高嶺の花じゃなかったかな。
少なくとも、東京荒川区の下町で電機屋を営む家では、
まずありつけることはなかった。
テレビCMから流れてくる家族で楽しんでいる映像は、
貧乏一家にはそれはまぶしい世界だったよ。
オマケに当時は玉子だの牛乳だのでカクテルときたもんだよ。
