旅は佳境に入っている。
昨日は、なんだかんだと準備を済ませて、出発したのはきっかり6時だった。
まだ原稿を書いている時間じゃないの。
うっすらと朝もやのかかる街を走り出す俺に
自分自身で違和感を感じていた。
でも、やったことのないことにトライするのは大好きなので
もちろん悪い気はしない。
昨日、一昨日と2日走って、いくつかの問題が出た。
その中で最も大きいのが…。
あのねー…、
ケツが痛い。
もう、痛いなんてもんじゃないっす。
サドルの当たる部分が全部、これまで生きてきて経験したことのない尋常じゃないものだ。
今朝もこの原稿を書きながら、座っているのがものすごくつらい。
ねぇ、どうして耐えられるの?
道中で副編の小笠原に電話で聞いてみたら一言「慣れです」と。
ちなみにヤツはチャリンコで日本一周したバカモノであるから、先輩チャリダーなのである。
それがこんな投げやりな回答をするなんてねぇ。
んなもん慣れるわけねーだろー。
どうなっとんじゃ、お前のケツはと言いたかったが、
怒鳴るとケツが痛いから我慢して聞いていた。
「ケツが薄いんじゃないですか?」
バッキャロー、キヨシローさんの方がきっと薄いじゃねえかー、というセリフも我慢したが、
キヨシローさんが元気にチャリンコに乗っている姿をふいに思い出しちまった。
教えてもらいたいのになんで死んだんだよーに発展して、
“いい事ばかりありゃしない”を歌いながらこぐペダルはちょっと重くなっちまったよ。
痛みを我慢しながら走る。
ケツだけじゃなく体中のいろんなところにで出てきた痛みとも戦いながら、
ただひたすらペダルをこぐ。
とはいえ、ツライだけじゃないよ。
登りの地獄を味わった後の下り坂は、サイコーに気持ちいい。
それとチャリンコって、車の移動では絶対に気づかない感じるものがすごく多くて、
旅心を高揚させてくれるからこぐ気がわいてくる。
つらい時間が多い分、感動を運んでくれる。
昨日は終盤、日本海に出た。
すばらしい風景が広がっているものの、
すさまじい向かい風も襲ってきたのだった。
へとへとの末たどり着いた宿は“明日の城”というホテルで
マップにマークだけ打ってあったとこで、昨日の行程上はここしか宿はない。
なんだかラブホテルを思わせる名前でしょ。
(カメラマンの武田とラブホテルには泊まりたくないけどな)
でもね、これ“あしたのジョー”って読むんですって。
でね、俺の部屋は白木洋子の部屋なんだ(力石徹の部屋とか、ホセメンドーサの部屋とか)。
さらに笑っちゃったのが、晩飯で一緒になった若者(昭和61年男)が、
ああ、あの青い自転車で走っていた人ですかと、ぬぁんと目撃されていた。
彼はこの地の農家を対象に営業する仕事をしていて、たまたま同じ道を走っていたんだと。
広いようでせまいぜ北海道!って違うか。

宿で一緒になった若者にしっかりと目撃されていたオレ
さあ最終日。
今日はちょっと昨日の疲れが大きいので6時起床の、スタートは8時にした。
これを書いている6時26分現在はまだ降っていないものの、今日は確実に雨だよ(悲)。
でもね、とにかくね、がんばるじょー!!!!!!!

一生懸命なオレ。周囲の視線がいたいぜ…
昨日は、定刻を20分ほど遅れて旭川空港に到着した。
早速チャリンコの組み立てに入ったがなかなかうまくいかずに、
見物していたタクシーの運転手さんが手伝い始める始末だ。
あー、情けない。
「借り物なんですよ」
「借り物でどこまでいくの?」
「いちおう…、あのー、宗谷岬までです」
「…」
運転手さんたちが熱い視線が注ぎ始めたのは、タイヤに空気を入れているシーンから。
きっとかっこいい俺が本物の旅やろうに映ったのだろう。
携帯用の小さい空気入れで、何回も何回もしゅこしゅこしている姿は、
旅野郎を通り越して猿のようにおかしかったかもしれない。
その猿だか旅野郎だか疑わしい男が一変、
チャリンコを組み立て始めたのだから運転手さんたちにはたまらない。
たがここでかっこ良く決まれば大スターだったが、当然そうはいかない。
結局3人のギャラリーは組み上がらない俺に救いの手まで差し出すことになったのだった。
「若い人にはわからないかな? 3人寄らばもんじゅの知恵って。なっ、みんなで考えよう」
などと言いながら次々と提案が出てくる。
若い人? いつからか久しくいわれた覚えがない言葉だなあ(苦笑)。
きっとこのチャリンコのオーナーからしたらさぞバカらしいことだろうが、こっちは一生懸命である。
ああでもないこうでもないを繰り返し、やっとのことチャリンコは組み上がったよ、パチパチ。
おじさんありがとう。
こうしてスタートを切ったのは、空港到着から約2時間が過ぎていた。
うーん、やはり前途多難な旅だなあ。
♪走るうっ、走る~、俺“だけ”
(古っ。by爆風スランプ。ちなみに初期は大好きだったよ。週刊東京少女Aとか、東京タワーとか)
さて、旅の模様はこのブログともちろん本誌でもページをつくりますので乞うご期待。
つうことで(?)今日の講釈はここまで。
もっと書きたいのだけど、とにかく距離を稼ぎたいので早いとこ出発します。
ちなみに今朝は4時半に起きて、これを書いたり準備をしたりで、今5時20分をこえたところです。
さあ、出発じゃー。
現在、7時50分である。
エアドゥの羽田~旭川便でこれを綴っている。
昨日の船のロケはすべて順調にいき、夕方6時過ぎに社に戻り
今日からの自転車ロケの準備を済ませて“浅草秘密基地へ”とGo。
昨夜はついに、初の読者さんが来てくれた。
アクセサリー職人の昭和43年男である平林さんだ。
創刊号から買っていただいているということで感謝感激で迎え入れたのだった。
前後年齢でも通用する内容なのだ、やったね。
先日は昭和47年男の読者さんと会うことが出来たし、
“宴”の会場に自ら名乗りを上げてくれたルースターズの社長は36年生まれの年上だしね。
ふっふっふ、俺の狙いどおりだぜ。
やや遅れてきた編集部員高橋も副編小笠原も、
読者さんだよと紹介すると満面の笑みで喜んだ。
そして、遅れること10分ほどだろうか、
またまた読者さんでこちらは昭和40年男である大石さんが来てくれた。
大阪在住の彼だが、出張が多い仕事で東京にはチョクチョク来ているそうだ。
「月曜日とはなぜか縁がなかったから」
と、今回はうまく重なり駆けつけてくれた。ありがとう。
編集部員3人と読者さん2人のささやかながらうれしい宴だ。
このミーティングは同年齢、もしくは同世代の共感の場にしたいと思っている。
ゆる~い感じのね。
悩みを打ち明けたり、ささやかな喜びをわかちあったりと、
そんな行きつけの呑み屋みたいな夜にしたいと思い毎週月曜日としたのだ。
この日の話題は家のローンの話や、景気がこれだけ悪い中での仕事のこと、
娘のことなどプライベートのことを思い思いに語り合った。
当然、ここでの話を記事にすることはないので、
安心してぶっちゃけトークを土産参加してくれたらと思う。
さてさて、秘密基地を終え久しぶりに自宅に戻ったのはもう25時で、
明日の準備にまず寝た(笑)。
とにかく2日連続で紫外線を浴びまくったので、
まずは疲れを取りすっきりしてから準備に取りかかった方が効率がいいだろうという、
緻密なんだかいい加減なんだかわからない作戦だ。
目覚ましを朝4時半にセットして瞬間的に深い眠りにつき、
短い時間ながらすっきりとした朝を迎えられた。
ふっ、作戦どおりだぜ。
そして慌ただしく準備にかかる。
初めてのチャリンコでの旅なので持ち物などに迷いがあり、
さらにこのロケでは雨が降ることや寒いことが予想される。
考えられる対策はしたつもりだが、まっ、トラブルは覚悟のうえ。
行き当たりばったりではあるが、とにかくがんばろうと思う。
分解して梱包したチャリンコの組み立てから企画がスタートする。
スタッフはカメラマンのみで、彼はレンタカーに乗り先攻で撮影ポイントを探り、
カメラを構えて俺の通過を待つというドキュメント形式で取材を進めていく予定だ。
おっともうすぐ着陸で現地は晴れで気温は12度とのアナウンスが入った。
やはり寒いなぁ。
なにはともあれ、初体験の旅が始まるぞー。
昨日はLove the Earthミーティングだった。
先日、ここでも書いた通り、司会進行を担当して
できばえはどうだったかは本人にはわからないが、動員は過去最高の820人を記録した。
昭和40年男の読者もいて、いやあうれしかったよ。
この場を借りて若狭高浜・若狭和田の観光協会の皆様、ご協力ありがとうございました。
そして参加してくれたみんな、ありがとう。
イベントが終了したのが午後2時で、
ここから本日の伊東でのロケに備えて編集担当とカメラマンの3人で移動した。
沼津の安宿を予約してオンボロ車は走る走る。
1,000円高速道路はやはり渋滞で、宿に着いたのはすでに9時近かった。
ふーっ。
MCの仕事はわりと多い。
その中でも自分が会長を務め、多くの賛同者の暖かい声援と
誹謗中傷を浴びながら続けてきたこの活動でのMCは格段に疲労する。
今朝もしばらく体が動かないほどの、締め切りとはまた違った疲労が体中に蓄積していた。
とはいえ、心というか気持ちはとてもよい状態なので、ロケにはまったく問題はないけどね。
そして今、ロケ地の伊東でこれを書いているというわけだ。
本日はこれまた騒ぎに騒いでいる船関連の取材だ。
ここで夕方までがんばって、社に一瞬戻ってミーティング後、
浅草秘密基地にGo!という、なんとも忙しい月曜日だ。
そしてさらに明日からは北海道へとロケに出かける。
しかも苦手のチャリンコでだ。
予定では木曜日まで。
電波状態がよければ、ここで報告がてら駄文を掲載しようと思います。
天気予報をチェックしたら水・木は雨になりそうなので、
かなり壮絶なページがつくれるのではないかな。
とにかく、やってみるので次号のチャレンジに乞うご期待ですよ。
先日、こことイベントでも大騒ぎした昼のバラエティ番組『DON!』の取材で、
駄菓子についての記憶を聞かれた(使われなかったが)。
遠い記憶の旅に出てみたのだ。
いやあ、ホント俺たち“昭和40年男”は駄菓子に世話になったよねぇ。
まずパッと浮かぶのがあんずだね。
「ミナツネのおいしい」が確かキャッチコピーだと記憶しているが、
みつあんずはたまらなかったなあ。
同じく凍らしたあんず棒もね。
半凍りくらいのが好きだった。
対抗するのはイカものだ。
俺の馴染みの駄菓子屋は、王道の酢イカを筆頭に
ポン酢イカとソースイカというラインナップが常時そろっていて、
それはそれは多いに悩むのだった。
なんせお小遣いの額はその名の通り小さいから、選択に慎重になるのは当然だ。
ソースイカのコストパフォーマンスは高かった。
というのも堅いから長持ちする。
チョッピリ辛い大人の味であることもちびちびとやるのに一役買ったのだ。
というわけで、ソースイカを選択する日が多かった。
アタリが出るとでかいのがもらえるあんこ玉は、
アタリ玉がほぼわかるようになったら、なんと俺には売ってくれないというひどい仕打ちを受けた。
だからたまに遠出をして馴染みでない駄菓子屋では必ず買っていた。
「ふっ、また当ててしまった。罪つくりな俺だぜ」ってか。
真っ赤な口の友達を見ると連鎖で買いたくなってしまうのが、
四角のパックに赤い汁とともに入っているスモモだ。
そのままもよし、あんず同様凍らせてもよしだった。
やっぱり半凍りが好きだったなあ。
そて極めつけ。
買うたびに「なんでこれにしたんだ?」と首をかしげたのがヨーグルだ。
うまくも何ともないのにあのパッケージについつい手が出る、
魅惑の駄菓子だった。
ネットで検索してみると今でも手に入るものが多い。
夏も近いし、あんず棒でも凍らせますか。
今日はちょっと宣伝だな。
知らない人もいるかもしれないが
我が社は『昭和40年男』の他に、バイクの雑誌も多数出版している。
オレ自身もバイク雑誌の仕事にずいぶんと長く携わっている。
だが、バイクに対して悪いイメージを持っている人はすごく多い。
確かに大きな音が出るバイクも多いのも事実だ。
徒党を組んで騒いでいるバカもいまだにいる。
だが、そんなライダーばかりではない。
むしろこうした一部のモラルないライダーのおかげで、
一般のライダーたちが肩身のせまい思いをすることが多いのだ。
バイクなんかなくなっちまえばいいと言っている有名登山家もいるくらいだ(泣)。
俺がつくるバイク雑誌はそこと真っ向から戦い、
バイクに乗ることのすばらしさを訴え続けている。
狭い世界でのことだが突っ張り続けているのだ。
創刊号で取材したホンダの広報マンの名ゼリフがある。
「バイクは自らの目的地に自らの意思で向かっていく」
何気ない言葉ではあるが、バイク乗りには深くうなづいてしまう言葉だ。
彼は雨が降ろうと毎朝バイクで出社する。
仕事場へ自らの意思で向かっていくのだと、電車で運んでもらうのではだめだと言う。
バックギヤがない乗り物だからすばらしいという人もいる。
前にしか進まない不器用な乗り物だ。
その潔さがいいという。
まあバイクのことを語りだしたらきりがないわけだが、
そんなすばらしさを世間に広めていきたいと日々奮闘しているわけだ。
そのなかに“Love the Earth”という俺が会長を買って出て奮闘している活動がある。
8年前に立ち上げたもので、キャッチコピーはバイク乗りから始める自然愛護活動だ。
内燃機関で走るバイクを楽しんでいるわれわれは
クルマに比べれば少ないとはいえ、やはり環境にインパクトを与えているのは事実。
だから、その楽しませてもらっている分を地球環境に恩返ししようじゃないかという活動だ。
具体的には普段からバイクで旅に出たときに一つでもいい、拾って帰るとか。
地球環境のことに配慮できるライダーになりましょうという啓蒙活動だ。
年に二回、『Love the Earth ミーティング』と称して、
イベント形式の海岸清掃活動を行なっている。
明日はこのミーティングの開催日で、
福井県の若狭和田海水浴場にバイク乗りたちが集結する。
毎回500~800人くらいのライダーや地元の方々が集まり、海岸をきれいにするのだ。
14回目を数えるイベントで今回は初めての福井県の開催となる。
興味がある方はライダーじゃなくても大丈夫だから会場に足を運んでいただければと思う。
多くの人間が力を合わせると、こんなにすばらしいことが実現するということを実感できるはずだ。
俺は会長として全体を引っ張り、清掃が終わった後のステージイベントを仕切る。
ちょっと緊張なのだが、パワー全開で踏ん張るのだ。
『昭和40年男』の読者さんはぜひ声をかけてくださいね。
うれしくて泣くかも?
昨日は、プロレーサー鎌田学さんのお別れの会が行なわれ、有明に出かけてきた。
彼の死については、以前にこのコーナーでもふれた。
3月12日にテスト中に単独転倒してしまい、
心肺機能停止状態で病院に運ばれ蘇生した。
だが、意識は戻らず俺は呑みにいく約束をしていた前日、
ご家族の迷惑をかえりみず集中治療室にいる彼をおこしに行った。
「ガクちゃん、呑むぞ」と。
とうとう一度も目を覚ますことなく4月8日に逝ってしまい、
家族だけで葬儀を行なったそうだ。
家族に近い人たちで実行委員会を組織し、
このお別れの会が催されることとなった。
明るかったガクちゃんだから、みんなで楽しく見送ろうと。
でもね、そんなん無理だよ。
ヤツのトレードマークだった最高の笑顔で収まった遺影がどうにも悲しい。
形見の数々が展示され、センターのモニターでは
8耐優勝など華やかな映像が繰り返されていた。
誰かが「大がかりなドッキリみたい」だと言った。
本当にそうだよ、やっぱりまだ信じられない。
奥さんのお腹には、9月に生まれてくる新しい命が宿っている。
心身共にズタズタだろう彼女はそれでも気丈に振る舞い、
会の最後にはしっかりとした口調で挨拶を述べた。
「過去を振り返るのが嫌いな人でしたが、どうかみなさん、たまにでいいですから想い出してあげてください」
つき合い自体はそう長くないものの、そうとう深いところで語り合える仲だった。
昭和40年生まれではないのに、読者ミーティングの第1回に駆けつけてくれ、
“銀河鉄道999”を照れくさそうに歌っていたっけ。
ホントにいいヤツだったんだ。
偉ぶるところが全くなくて、素直で明るくて。
ガクちゃん、俺まだサヨナラできないよ。
トートツですが、牛丼は吉野家でしか食わない。
変なところで保守的な俺です。
すき家には興味があり、行ってみたいのだが
会社も家も近くにないうえ、うまいタイミングで遭遇することなく未だ未経験だ。
松屋はあのみそ汁がねえ、ちょっとねぇ。
なんだか“ただで付けてやっているんだからいいだろう”と言われているような、切ない気分になる。
じゃあ残せばいいということになるが、出されたものは残しちゃだめ教育によって全部いただく。
貧乏性だからいらないとも言えない。
すると前述の通り、切ない気分で食事を終えることになる…。
というわけでここ数年行ってない。
だが先日、久しぶりに松屋ののれん(ないが)をくぐった。
フレッシュトマトカレーなるメニューにひかれたのだ。
キレンジャー(古っ。昔のヒーローものでカレーが好きの黄色を基調にしたキャラ)を名乗るほどの
カレー好きの琴線に触れたビジュアルと、なんてったって290円という価格だね。
300円を切っているんだぞっ!!
すごいだろっ!!
という気合いばしばしの熱意につい負けて入店したのだった。
今回はグッとこらえて大盛りにせず、290円の実力をしっかりと体感しようと
並盛り単品のチケットを購入した。
待つことしばし。
まず恐れていたことが現実になった。
みそ汁だー。
カレーにまでつけなくてもいいだろうと思いながらも、
数年を経てきっとパワーアップしているはずだと信じて口へと運んだ。
うっ、切ない。
もう泣きそうになりながら、それでもすする俺だった。
そしてそのノルマを半分ほどやっつけたとき、本日のメインディッシュが運ばれてきた。
うん、ポスターどおりのビジュアルだとうなずき、口へと運ぶ。
うまいよ、290円ならという前提があるものの、グルメじゃない俺には十分にうまい。
周りもなんと!! 約8割がこれを食っていた。
うん、これも納得するなあと思う一方で、牛丼屋のU字カウンターとでもいえばいいのだろうか、
ここに男ばかりが座りカレーやどんぶりをほおばる姿は、
この味噌汁ほどでないにしろ少々切ないものがあるなとあらためて感じてしまった。
なんだか最近、吉野家が高級店に感じていたからだろうな。
牛丼は吉野家だとこだわっているふりをすることで、
このU時カウンターの切なさから回避できていたのかもしれない。
などとわけのわからぬオチを付けたのだった。
それにしても驚愕である。
これだけのものに、みそ汁までつけてなんでこの値段でやっていける?
ご飯だってちゃんとした量が盛られていて(もちろん大食いの俺には足りないが)、
カレーにはキチンと肉が入り、福神漬けだって乗っている。
どうした企業努力で実現できるのだろうかと考えると、
なんだか将来が不安にしか思えなくなってくるので思考から逃げ出そうとしたものの、
でも追いかけてきてこんなものを書いてるわけさ。
個人店がどう逆立ちしたってできるわけがないでしょ。
スケールメリットを最大限利用しなければ絶対に不可能な一皿だもの。
それと海外を含めいろんな人の力を、ギリギリまでコストを削ったうえで寄せ集めて、
最終的にはここで働いている人たちの手を介して、俺の口に入ってきたのだ。
スグそばの昔ながらの洋食店には、ショーケースに750円の札とともに
ほこりをかぶったカレーのサンプルがある。
普通の感覚であれば、これより290円を選ぶだろう。
でも個人経営の洋食屋さんでこんな値段は無理に決まっているよね。
中国中国とやかましいけども、国内でだってこんなことが起こっているのだからねえ。
日本の社会がガラガラ音を立てて変革している。
俺たちはどう舵を切るべきか?
思案のしどころですなぁ。
夢のグルメ単行本出版に向けてのシリーズ第3弾だぞー。
少しずつみなさんのディープなC級グルメが集まってきてます。
(fight@s40otoko.com)
これはホントに分厚い一冊ができる日がくるかもしれん。
つうわけで、今日も元気に3杯飯といきましょう。
今日のメニューはおでん丼だ。
こいつはわりとメジャーなものかもしれないが、念のためいってみよー。
おでんというとご飯のおかずとしてはあまり適してないが、
子供のころから大好きなメニューではあった。
それはこのすばらしい一品を開発したからだろうな。
だが、給食で食パンと一緒に出てくるのはまいったよね。
地域差はあるだろうけれど、俺たちのころはまだご飯はほとんど出なかった。
でもね、パンにどう考えてもないだろうというメニューの数々、ありましたよねぇ?
鯨の竜田揚げとかマーポー豆腐といった。
ワーストワンがおでんだった。
食パンに塗るマーガリンが、さらにひどい組み合わせをパワーアップさせ、
いつも腹を立てていたよ。
金返せーってね。
さて、作り方だよーん。
このメニューは順番を守らないと痛い目に遭うぜ、ふっ。
1杯目。
ジャガイモをつぶす。
つゆとぐしゃぐしゃ。
ご飯にかけるともうサイコーっ。
続けて2杯目。
ちょっと手間はかかるが、はんぺんとちくわぶを箸でこまかくちぎる。
細かい方がおいしいよ。
つゆとぐしゃぐしゃ。
ご飯にかけるともうやっほーっ。
続けて締めの3杯目。
ここでハイライトを迎えるわけよ。
子供は玉子を1つしか食べちゃいけなかったから、
これをトリに持ってきて大満足するのだ。
玉子の白身だけを食べ、黄身をつゆとぐしゃぐしゃ。
ご飯にかけるともう涙、涙、涙。
と、まあ玉子はメジャーなところだよね。
さあ、今夜はこれで決まりでしょう。
ずいぶんと騒いできた船舶免許の試験に、昨日ケリをつけてきた。
パチパチパチ。
前日の夜はまさに一夜漬けとなった。
もろもろの業務をやっつけて勉強にかかれたのは夜の9時で
会社に居残ってしばらくがんばり、最終電車に飛び乗って家に着くなりそのまま続けた。
はるか昔々の試験勉強を懐かしく思い起こされる。
問題集を解いて間違ったところのテキストを広げてフムフムとうなずきながら覚えていく。
覚える量に対して出題数が少ないことが予想できるセクションは、放棄して勘に頼るという戦法だ。
すべて4択だからね。
学科に光が見えてきたとき夜中の2時を回っていた。
うん、コーヒーを入れてオールナイトニッポンにちょっと耳を傾けてもう一踏ん張りという10代を、
またまた懐かしく思い起こした。
まだまだ覚えなければならないことはたくさんある。
ロープワークとトラブルシューティング、さらに実技のイメージトレーニングだ。
バイク免許の卒検もそうだったが、実技のイメージトレーニングって結構効果がある。
1人の部屋でハンドルを握った格好でブツブツ言っているのは、もしも他人が見たら悲鳴をあげて逃げるだろうな。
そのトレーニングの合間にロープワークとトラブルシューティングを混ぜ込みながらがんばる。
ロープワークは7種類だ。
ちょうちょ結びと方結びしかしてこなかった45年近い人生に
いきなり数時間で7種類が加わるのだから、ホント人生ってやつはわからない。
4時を過ぎた。
ここのところの寝不足が響いてきた。
よし、ちょっと仮眠だ~と、すぐ作戦をきりかられるのは成長の証かなあ。
6時に起きだして最終チェックしながら、でもやっぱり新聞とテレビはつけなくちゃだめで、
やっぱりこれから試験なのだからご飯はしっかり3杯食べなくちゃいけないし、
なんだか何をやっているのかわからないが、とにかくがんばっている姿勢だった。
さっ、いざ参る。
やり残したことばかりだが、もうタイムオーバーだ。
いざ、試験場へ!!!!!
俺の大海原への旅の一歩が始まった。
冒頭は嘘だね、落ちたらまたここに来なければならないのだから。
発表は後日なので、この続きは本誌にて。
さよなら、さよなら(古っ)。
いちおう自転車のセミプロである私に事前に言っていただければツーケの皮剥けは……。
とにか〜く! ご無事にご帰還を。ツーケ痛にはハンドル高さや上半身ポジション、
背中の荷物背負い位置でも改善されますよ。でも一度痛くなったら元には戻らないつうのもまた真理でR。
お写真見た感じでは、手首の角度を変えてみましょう。上腕から一直線にしつつ、関節を柔らかく。手首が返っているのはダメよん。
応援ありがとうございますご指摘で気がつきましたよ、たしかにバイクもこんな握り方はだめです。そういう応用が利かないのが俺のバカなところなんですね、ハッハッハ。
こんにちは。
キヨシローさんがはいているよう、レーシングパンツ(通称レーパンもしくはパツパツ)にはパッドが入っていますけど、その手の装備はないんですか!? それだとちょっとハードですね。それでもCMのように、「俺が風を巻き起こすんじゃ~」って勢いで漕いでってください。
パッド付きは編集部員たちのささやかな優しさで履いてはいるのですが、痛いのですよ。さらに手ぬぐいまで入れてますから。でも、もし履いていなかったらどうなっていた事やら?