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	<title>昭和40年男 &#187; 編集長のつぶやき</title>
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	<description>明日への元気と夢を満載！</description>
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		<title>【懐かしの名盤】ポリス『Ｓｙｎｃｈｒｏｎｉｃｉｔｙ/シンクロニシティー』（３）</title>
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		<pubDate>Wed, 08 Feb 2012 07:39:59 +0000</pubDate>
		<dc:creator>編集長</dc:creator>
				<category><![CDATA[懐かしの名盤ジャンジャカジャーン]]></category>
		<category><![CDATA[編集長のつぶやき]]></category>

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		<description><![CDATA[不定期連載企画、懐かしの名盤ジャンジャカジャーンのシリーズ第８弾は、ポリスでお送りしている。僕が彼らの素晴らしき世界にふれたのは、デビュー翌年の１９７９年『Ｒｅｇｇａｔｔａ　ｄｅ　Ｂｉａｎｃ/白いレガッタ』からシングルカ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
<a href="http://www.s40otoko.com/wordpress/wp-content/uploads/2012/02/e351b505b209b729ca584d2c6745c8843.jpg" rel="lightbox[9895]" title="【懐かしの名盤】ポリス『Ｓｙｎｃｈｒｏｎｉｃｉｔｙ/シンクロニシティー』（３）"><img src="http://www.s40otoko.com/wordpress/wp-content/uploads/2012/02/e351b505b209b729ca584d2c6745c8843.jpg" alt="" title="【懐かしの名盤】ポリス『Ｓｙｎｃｈｒｏｎｉｃｉｔｙ/シンクロニシティー』（３）" width="300" height="300" class="alignleft size-full wp-image-9896" /></a>不定期連載企画、懐かしの名盤ジャンジャカジャーンのシリーズ第８弾は、ポリスでお送りしている。僕が彼らの素晴らしき世界にふれたのは、デビュー翌年の１９７９年『Ｒｅｇｇａｔｔａ　ｄｅ　Ｂｉａｎｃ/白いレガッタ』からシングルカットされた『孤独のメッセージ』だった。おそらく多くの昭和４０年男たちの記憶に残っていることだろう。続いてカットされた『ウォーキング・オン・ザ・ムーン』や、さかのぼって聴いたデビューアルバムに収録されていた『ロクサーヌ』などにふれ、すっかりポリスの虜になった。<br />
<br />
<br />
この不定期連載で何度かふれている、７０年代後半のロックシーンは実にドラスティックに動いた。まるでロックの神様がシナリオライターかのごとく、偶然で片付けられない騒ぎが数多く点在していて、以前にも<a href="http://www.s40otoko.com/archives/7176">こんなこと</a>や<a href="http://www.s40otoko.com/archives/7482">こんな風</a>に書いた。ポリスがデビューして、僕たちの心を鷲掴みにした７８～７９年のシーンに絞って眺めてみると、ディーヴォがファーストアルバムを出していて、ちょうど同じ年にディスコサウンドを放ったストーンズをあざ笑うかのように『サティスファクション』をカバーしている。カーズ、スペシャルズ、プリテンターズなんて粋なヤツらが次々と現れ、『マイ・シャローナ』を送り出したナックは第２のビートルズなどとのキャッチコピーがつけられもてはやされた。ニコレット・ラーソンやリッキー・リー・ジョーンズのようなレーベルの威信をかけて投入されたものや、JDサウザーなんかのムード歌謡…、じゃなかったＡＯＲもガンガン来ている。そんな百花繚乱のごとくシーンの中で狂ってしまった大物はストーンズだけでなく、ザ・フーも『フー・アー・ユー』なるこれまた摩訶不思議なアルバムを出し、ここからシングルカットされたタイトルチューンは、なぜか国内のヒットチャートを駆け上がっていた。同じく大物のピンク・フロイドはさすがで秀作『ザ・ウォール』を大ヒットさせ、シングルカットした『アナザー・ブリック・イン・ザ・ウォール（パート２）』は国内ヒットチャートで暴れていた。こうして並べると、僕ら昭和４０年男がいかに幸せなのかと再確認させられる。凄まじい勢いと商魂逞しい連中を吟味しながら、音楽の魅力にドンドンハマっていったのだから。こんな賑々しいシーンの中でポリスは、頭１つどころか３つくらい飛び抜けた別格の凄みを持っていた。<br />
<br />
<br />
まだまだロックの歴史は浅かった。ファーストジェネレーションとなったジミ・ヘンドリックスやジャニス、ディランのような天才たちが、音楽に常識なんかねえぜとまずリードしていった。一方やや遅れた感じで、天才がインテリジェントを兼ね備え、練り上げながら音楽をつくっていくビートルズに代表されるミュージシャンたちが生まれて、ロックが歩んでいくべき方向性を示唆した。これを受けてツェッペリンやザ・バンドといった不良インテリジェントが出てきて、天才破滅アート系とインテリコンテンポラリー系、不良インテリジェント系の三つ巴のカタチが６０年代後期に出来上がり、それぞれをブレンドしながら新しいミュージシャンが次々と現れては消え、ロックそのものが進化を続けていったのが７０年代で、その後期に必然のごとくポリスはシーンに飛び込んできた。<br />
<br />
<br />
ポリスの奇跡は、３人が３人ともスーパーインテリジェントであったことで、とくにその司令塔であるスティングのインテリ具合といったら、クイーンのフレディやジミー・ペイジなんかでもかなわないのではないだろうか。ビートルズを超える存在になり得る可能性を持ったバンドは、ロックの歴史上でポリスだけかもしれない。（続く）</p>
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		<title>痛風とか高血圧とか肝臓とか。</title>
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		<pubDate>Tue, 07 Feb 2012 02:15:50 +0000</pubDate>
		<dc:creator>編集長</dc:creator>
				<category><![CDATA[編集長のつぶやき]]></category>

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		<description><![CDATA[そぼ降る冷たい雨の中、昨日も元気に駆けつけてくれた猛者たちにより『浅草秘密基地』が開催された。まるで『昭和４０年男』の誌面のごとく、様々な話題があがり意見が交わされた。最近、４０代後半の嗜好の変化ってヤツを感じる場面が多 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
<a href="http://www.s40otoko.com/wordpress/wp-content/uploads/2012/02/8c0c3027e3cfc3d644caab3847a505b0.jpg" rel="lightbox[9882]" title="痛風とか高血圧とか肝臓とか。"><img src="http://www.s40otoko.com/wordpress/wp-content/uploads/2012/02/8c0c3027e3cfc3d644caab3847a505b0-400x300.jpg" alt="" title="痛風とか高血圧とか肝臓とか。" width="400" height="300" class="alignleft size-large wp-image-9883" /></a>そぼ降る冷たい雨の中、昨日も元気に駆けつけてくれた猛者たちにより『浅草秘密基地』が開催された。まるで『昭和４０年男』の誌面のごとく、様々な話題があがり意見が交わされた。最近、４０代後半の嗜好の変化ってヤツを感じる場面が多く、僕だけだと思っていたらそうでもないような会話がいくつも飛び出す。たとえば昨日話題になったＮＨＫ朝の連ドラとか大河ドラマの話なんてのは、１０年前どころか５年前でもタメ年同士ではあまり盛り上がらず、年上の同業者なんかを相手に展開していた話題だ。朝の連ドラに関しては、放送時間の変更と『ゲゲゲの女房』をキッカケにつき合い始めたとの声をよく聞く。実は僕もその１人だ。一方、大河ドラマはビデオに収めて追いかけるのをここ１０年以上の習慣にしていて、今年は近年で群を抜いて素晴らしい。役者たちの力はもちろんのこと、そのテンションを引き出している監督以下スタッフの気合いが合致して、画面から伝わってくるパワーは凄みさえ感じる。どこをどう感じたら「汚い」などとの批判ができるのか首をひねるばかりで、個人的には近年の最高傑作だとしている２０００年放送の『葵徳川三代』に迫るクオリティを感じている。余談ながらあのとき家康を演じた津川さんは、命を燃やして役に挑んでいると感じさせられた。役者とはこれほどすごいのかと。今回も中井貴一さん、伊東四朗さん、三上博史さんなんかもう涙もので、きっと清盛の松山ケンイチさんもドンドン凄くなっていくことだろうし、タメ年役者たちも素晴らしい。互いが引き寄せ合いながらの、グルーブみたいなものがあるのだろう。この時代にこれほどのつくり込みが存在することを、大げさでなく幸せに感じている。紅白歌合戦の役者版を毎週流しているようなものだ。<br />
<br />
<br />
そんな大河ドラマ賛美の声の中、遅れてやってきて「いやあ、痛風やっちゃいました」とのひと言から話題は急展開した。数日の違和感にネンザかと放置していたところ、赤く晴れてきてすぐ疑わしいと病院へ行ったそうだ。おかげでさほど痛むことなく、昨日もガンガンにビールを呑んでいた。が、そこは気になる今年４７歳の面々である。みんなどうなのよ？　尿酸値は、血圧は、血糖値は、コレステロールは、そして、月曜日から元気に呑みにくる面々であるから肝臓の数値は？　どうやら深刻ではないものの、みな気にはなっているようだ。僕はここ３年間健康診断を受けていなくて、来月のまさに〆切直後に会社の検診予定になっている。毎年なぜか検診の直前に仕事が入ってしまい（笑）行っていないのだが、今年は現実と向き合おうと思っている。さあ、どんな数値になることやら。なにか出たら、改善企画とか誌面で展開できるから、それはそれでいいか!!</p>
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		<title>【懐かしの名盤】ポリス『Ｓｙｎｃｈｒｏｎｉｃｉｔｙ/シンクロニシティー』（２）</title>
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		<pubDate>Mon, 06 Feb 2012 08:06:52 +0000</pubDate>
		<dc:creator>編集長</dc:creator>
				<category><![CDATA[懐かしの名盤ジャンジャカジャーン]]></category>
		<category><![CDATA[編集長のつぶやき]]></category>

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		<description><![CDATA[不定期連載企画、懐かしの名盤ジャンジャカジャーンのシリーズ第８弾は、ポリスでお送りしている。ちょうど洋楽に興味を持ち始めたころにデビューしたスーパートリオは、それまでふれたことのない個性的なサウンドで世界を席巻した。僕が [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
<a href="http://www.s40otoko.com/wordpress/wp-content/uploads/2012/02/e351b505b209b729ca584d2c6745c8842.jpg" rel="lightbox[9867]" title="【懐かしの名盤】ポリス『Ｓｙｎｃｈｒｏｎｉｃｉｔｙ/シンクロニシティー』（２）"><img src="http://www.s40otoko.com/wordpress/wp-content/uploads/2012/02/e351b505b209b729ca584d2c6745c8842.jpg" alt="" title="【懐かしの名盤】ポリス『Ｓｙｎｃｈｒｏｎｉｃｉｔｙ/シンクロニシティー』（２）" width="300" height="300" class="alignleft size-full wp-image-9869" /></a>不定期連載企画、懐かしの名盤ジャンジャカジャーンのシリーズ第８弾は、ポリスでお送りしている。ちょうど洋楽に興味を持ち始めたころにデビューしたスーパートリオは、それまでふれたことのない個性的なサウンドで世界を席巻した。僕が初めてポリスを聴いたのは、デビュー翌年の１９７９年『Ｒｅｇｇａｔｔａ　ｄｅ　Ｂｉａｎｃ/白いレガッタ』からシングルカットされた『孤独のメッセージ』だった。ヒットチャート駆け上がってきたこの曲を初めて聴いたときは「なんじゃこりゃー」な驚きを持ったのだった。それまで聴いたどんな音とも異なる響きを持っていた。続いてカットされた『ウォーキング・オン・ザ・ムーン』でも同じくぶっ飛び、さかのぼって聴いたデビューアルバムに収録されていた『ロクサーヌ』で完全にノックアウトされ、以降大好きなバンドのひとつに君臨し続けている。<br />
<br />
<br />
ポリスが現れたころのロックシーンは、ビジネスとして肥大化していく過程の混沌の時代である。ディスコブームやテクノ、パンクなど次々とムーブメントが起き、そこに二番煎じを恥じることなくレーペルは商品を投入していく。キッスやストーンズのようにブームに乗っかってエッセンスを取れ入れたりと、信じられないことが次々と起こっていた。そうしたネガティブの数々はあるものの、ビッグマーケットに育ったロックシーンには豊かな才能がドンドン入ってきて、このころデビューしたミュージシャンには、その後長く活躍した大物も多い。そんなシーンの中で結成したポリスは、もともと力のあるミュージシャンの連合だった。パンクブームにトドメを指すようなレーベルの戦略は、今考えるとものすごくチープだが、当時のパンクムーブメントはそれはそれは熱かった。たくさんのバンドがパンクだとレッテルを貼って世に出てきた。だがポリスにそんな小細工は必要なく、やがて誰もパンクムーブメントの一角とは見なくなった。唯一無比のサウンドでシーンの頂点へと駆け上がったのだ。（続く）</p>
]]></content:encoded>
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		<title>【懐かしの名盤】ポリス『Ｓｙｎｃｈｒｏｎｉｃｉｔｙ/シンクロニシティー』（1）</title>
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		<pubDate>Sun, 05 Feb 2012 01:56:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator>編集長</dc:creator>
				<category><![CDATA[編集部員のぼやき]]></category>
		<category><![CDATA[編集長のつぶやき]]></category>

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		<description><![CDATA[懐かしの名盤シリーズを心待ちにしていた音楽ファンの皆様、大変長らくお待たせしました。シリーズ第８弾をお送りしよう。これまで取り上げた洋楽ミュージシャンは、ストーンズ、クイーン、ロッド、ツェッペリン、エアロの５組で、平均的 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
<img src="http://www.s40otoko.com/wordpress/wp-content/uploads/2012/02/e351b505b209b729ca584d2c6745c884.jpg" alt="" title="【懐かしの名盤】ポリス『Ｓｙｎｃｈｒｏｎｉｃｉｔｙ/シンクロニシティー』（1）" width="300" height="300" class="alignleft size-full wp-image-9847" />懐かしの名盤シリーズを心待ちにしていた音楽ファンの皆様、大変長らくお待たせしました。シリーズ第８弾をお送りしよう。これまで取り上げた洋楽ミュージシャンは、ストーンズ、クイーン、ロッド、ツェッペリン、エアロの５組で、平均的な昭和４０年男が洋楽にのめり込む時期よりも以前が、もっとも輝いていた連中で、僕らは後追いでありながらむさぼりつくように聴きまくった。当時においてはロックの正しい楽しみ方のひとつだが、ここら辺で１発リアルタイムミュージシャンから１枚選ぼうと思案して、ポリスの登場となったのだ。デビューが１９７８年で中学生のころだから、洋楽に興味を持ち始めた頃と重なる方が多いのではないだろうか。僕が彼らを知ったのは、ダイヤトーンポップスベストテンのチャートを駆け上がっていった『孤独のメッセージ』で、それまで知っていたロックミュージックとはあきらかに異なる響きに当初は違和感を感じた。聴き込むうちに気に入っていき、続いてシングルカットされた『ウォーキング・オン・ザ・ムーン』で再びショックを受けて、ポリスの名は深く刻まれたのだった。<br />
<br />
<br />
僕自身が尊敬するミュージシャンたちは、過去への時間の旅で拾い出してきた連中が多い。たとえばビートルズを、リアルタイムで感じていたタメ年男はまずいないだろう。素晴らしい作品であるから時間を超越して我々に届いたのだ。だが、リアルタイムで聴けたのなら、さかのぼって聴いた我々より価値ある体験であることは間違いない。ビートルズが日本を席巻していく波を感じながら聴き込み、新しいアルバムの発売をまだかまだかと待ち続け、出てくるとまた世界が一変するような勢いを体感した先輩たちは本当にうらやましい。<br />
<br />
<br />
昭和４０年男にとって、ビートルズやジミ・ヘンドリックスのような、ロック創成期の中、なにもないところに突如表れたといった存在はいない。だが、シーンが膨張する中で革新的な連中は次々と表れ続けた。エキサイティングな時代だったと胸を張りたい。才能あふれる多くのミュージシャンたちと、リアルタイムで過ごせたのだ。その中でもひときわ存在感を示すのが、ポリスだ。トリオで登場した彼らが約６年の活動期間で残した５枚のアルバムはどれも素晴らしく、とくに『Ｒｅｇｇａｔｔａ　ｄｅ　Ｂｉａｎｃ/白いレガッタ』と『Ｓｙｎｃｈｒｏｎｉｃｉｔｙ/シンクロニシティー』の２枚は、お気に入り具合ではまったく甲乙がつけられず、究極の１枚として軍配が上げたのは、全体の完成度の高さとビートの狂気によるものだ。（続く）</p>
]]></content:encoded>
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		<title>息子よ。</title>
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		<pubDate>Sat, 04 Feb 2012 05:26:37 +0000</pubDate>
		<dc:creator>編集長</dc:creator>
				<category><![CDATA[編集長のつぶやき]]></category>

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		<description><![CDATA[お前が生まれたとき～で始まる杉田二郎さんの名曲『ANAK（息子）』が、朝から何度も流れているのは、今日がバカ息子の誕生日だからだ。立春なんでそのまま“たちはる”なんて読ませる名にしようかと悩んだほど、この日に生まれたこと [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
お前が生まれたとき～で始まる杉田二郎さんの名曲『ANAK（息子）』が、朝から何度も流れているのは、今日がバカ息子の誕生日だからだ。立春なんでそのまま“たちはる”なんて読ませる名にしようかと悩んだほど、この日に生まれたことを喜んだ。きっと春を連れてくる男になるなんて、生まれたその日すでに親バカだった。…と、親になった方ならみな、子が誕生した日のことは強く記憶していることだろう。<br />
<br />
<br />
実家に戻っていた女房は、25年前の今朝に破水してしまい、急遽分娩室に入った。初孫の誕生を前にきっと大慌てだっただろう義母は、僕の行方を捜すものの見つからない。前日が活動していたバンドのライブで、まさかこんなことになっているとも知らず朝方まで呑んだくれ、メンバー宅で沈没していた。まだ携帯電話なんかない時代だからつかまるはずがない。第一、予定日まで2週間以上あったし、前日のライブをひょっこり見に来ていたほどだ。まだまだ完全にノーマークだった。<br />
<br />
<br />
無事に生まれた後になって、メンバー宅を疑った義母は電話を入れてきた。が、そのとき僕はメンバーの体調不良につき合って病院へ行っていてつかまらず、入院したとだけ伝言を残した。再びメンバー宅へ戻ってくるなり「大変」と聞き、すぐに病院にダイヤルした。破水から相当の長い時間に感じただろう、やっと義母と電話がつながると僕にとってはまさかまさかで、すでに生まれていることを告げられた。まず手と足は付いているのか。指は5本ずつあるか。何の異常もないのかを聞き、もっとも気になっていた性別を聞くのは最後になっていた。当時はまだ教える習慣はなく、ずっと気をもんでいたのにいざとなると後回しになり、いくつかの質問の後に男の子だと知り、万歳したのだった。バイト先の店長に電話を入れワガママを言うと快く休みをくれ、僕は病院へと急いだ。<br />
<br />
<br />
病院に着き、ガラス越しで泣いている子供と面会したこの瞬間こそ、46歳になる人生においていまだ最大の喜びだ。そしてお産を終えた後の女房の姿に、生命体として男より優れているのだと、人間の根本のところでの強い尊敬を持った。だから不良品である男はせめて、懸命になって働くのだなと妙な納得をした日でもある。病院を後にして、馴染みの店でひとり喜びをかみしめながら呑んだ。旨かった。25歳にもなって大学に通うバカ息子ながら、大きな病気もなく育った。<br />
<br />
<br />
昭和40年男だと、これから数年がもっとも子供に苦労する時期を迎えている方が多いだろう。高校大学と金がかかる上、進路や将来の不安はついてまわる。僕は子を持ったのが早かったから、タメ年たちよりも少し早めに通り抜けたが、やはりずいぶんと悩んだものだ。だが、バカ息子でもそれなりに考えているのであって、それなりの行動や人生の選択をしていくから、最近では無駄な悩みだったと笑うことが多い。今は男として逞しくなってくれることだけを期待して接している。<br />
<br />
<br />
明日の晩は一杯呑る予定にしている。あのガラス越しの姿を思い出しながら酌み交わす酒は、きっとウマイだろう。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>豆まきの流儀!?</title>
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		<pubDate>Fri, 03 Feb 2012 02:27:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator>編集長</dc:creator>
				<category><![CDATA[編集長のつぶやき]]></category>

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		<description><![CDATA[季節の狭間の今日、節分ですな。暦の上では明日から待望の春となる。まだまだ春が遠く感じられる極寒日が続いているが、桜のつぼみはお正月と比べれるとずいぶんと膨らんできていて、梅はそろそろ開き始めるかなといったところだ。 節分 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
季節の狭間の今日、節分ですな。暦の上では明日から待望の春となる。まだまだ春が遠く感じられる極寒日が続いているが、桜のつぼみはお正月と比べれるとずいぶんと膨らんできていて、梅はそろそろ開き始めるかなといったところだ。<br />
<br />
<br />
節分といえば豆まきとなるが、皆さんの身の回りではいかがだろうか？　会社近くにある増上寺では毎年盛大に行われ、観光客が詰めかける。こうしたイベント性の高い豆まきは、僕らの幼少時よりむしろ増えているような気がするが、家庭での豆まきはずいぶん減っているのではないだろうか。僕らの小さいころは、ほとんどの家で行事を楽しんでいた。翌日の朝、すなわち立春の登校はまかれた豆を踏む感触を楽しみながら歩いたものだ。<br />
<br />
<br />
豆まきのやり方にはきっと差異が大きいだろうから、参考までに昭和５０年前後の我が家の節分を紹介しよう。升に入れた豆を神棚に朝から供え、いよいよまくとなると家族全員で手を合わせ豆を手にする。子供が大声で「鬼は外、福は内」と、照れながら、玄関と勝手口、寝室の大きな窓からもまく。声は大きい方がいいとの親父の指導により、ホントに恥ずかしかった。福は内と背中に向かってまいた副豆を拾い、歳にひとつ足した数を食べ、さらに同数の豆を半紙にくるみ、頭から足へと撫でていく。とくによくしたい部位を念入りに撫でる。そこに神社からいただいた札をつけて、最も近い４つ角の交差点に置いてくる。これも子供の役目で、絶対に振り返ってはいけないとの指示を受け、弟と２人で緊張しながら出向くのだった。懐かしい原風景で、残念なことに家長となった現在の家庭に継承はしていない。家の行事で仕事を切り上げられるような環境になかったため、途絶えてしまった。<br />
<br />
<br />
皆さんの原風景は？　そして、今の家庭ではいかがですか？　明朝、通勤の道に豆が見つかるか、ちょっとゆっくりと歩いてみることにする。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>津軽海峡冬景色。</title>
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		<pubDate>Thu, 02 Feb 2012 07:44:44 +0000</pubDate>
		<dc:creator>編集長</dc:creator>
				<category><![CDATA[編集長のつぶやき]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.s40otoko.com/?p=9790</guid>
		<description><![CDATA[今さらながらの感はあるが、去年の大晦日の夜に歌の神を見た。紅白歌合戦で紅組のトリをつとめた石川さゆりの凄かったこと。僕はおそらく一生語り続けるだろう。 古いヤツだとお思いでしょうが（おおっ、懐かしい）、『紅白歌合戦』が大 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
今さらながらの感はあるが、去年の大晦日の夜に歌の神を見た。紅白歌合戦で紅組のトリをつとめた石川さゆりの凄かったこと。僕はおそらく一生語り続けるだろう。<br />
<br />
<br />
古いヤツだとお思いでしょうが（おおっ、懐かしい）、『紅白歌合戦』が大好きで、ここ数年我が家の大晦日はほぼチャンネルロック状態で過ごしている。紅白だからこそ期待する楽曲がいくつかある。和田アキ子さんの『あの鐘を鳴らすのはあなた』。北島三郎さんの『まつり』と『風雪ながれ旅』。そして、なんといっても石川さゆりさんの『天城越え』である。大晦日の朝、まず新聞で紅白の演奏曲でチェックするのは例年恒例の行動で、残念ながら和田さんのみ聴けるメニューだった。サブちゃんとさゆりさんが紅白トリ対決で、これらの曲をやってくれることが最もうれしい年越しなのだが、最近は双方のトリが演歌というのはほぼないのが寂しい。<br />
<br />
<br />
あの日は夕方から『年忘れ日本の歌』なる番組を初めて見た。夕方５時から始まって、まるで紅白の前哨戦のようにスゴイ歌手が次々登場し、僕の演歌魂に早くもスイッチが入ってしまった。スタートから惜しみなくエースカードを切り続けるかのような展開はそれもそのはず、生放送だから紅白出場者たちはＮＨＫに移動しなければならず、まさに前哨戦なのだ。ここでさゆりさんの『天城越え』とサブちゃんの『風雪ながれ旅』を聴けて、多数での合唱であったが『まつり』まで飛び出す大サービスぶりは涙もののうれしさで、紅白前にも関わらずつい酔いが深くなってしまった。あまり呑みすぎて、紅白をしっかり試聴できないといかんと、ややペース調整をするほどだった。<br />
<br />
<br />
去年の紅白は当然ながら震災復興が大きなテーマであり、なんらかの想いを持ち、また意味のある楽曲をみなさん懸命に披露していた。その中にあって、抜けて凄かったのは天童よしみさんだ。失礼ながら、こんなに歌のうまい人だったのかと再確認させられ、酔いが冷めるように引っ張っていかれた。天童さんには昭和４０年男を代表してリクエストしたい。今年の紅白は『いなかっぺ大将』の全曲メドレレーを披露してください（真剣）。<br />
<br />
<br />
続けてサブちゃんの登場で、抜群のリズムを叩き付けるアタックの強さと、それでいて絹のようななめらかな歌唱は相変わらず健在で、日本の宝っぷりを見せつけられた。さあ、ボルテージ最高潮のところで大トリ…、といいたいところだが、その後にたしか白組が続いていたようだ。我が家ではここを年越し蕎麦の準備にあてた（笑）。紅組のトリで登場した石川さゆりさんの、全神経を歌に注ぎ込んだ凄みガンガンの歌唱に、息子がいる前で情けないが号泣だった。人間の集中力とはここまで高められるのか。全身全霊を込めてと表現するのにふさわしいエネルギーが画面から激しく、そしてやさしく胸に突き刺さってくる。僕がこれまで見た中で最高のさゆりさんだった。<br />
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編集部の新年会でも、ほぼ皆のコンセンサスになり、さすが『昭和４０年男』をつくっている面々だけのことはある（笑）。また、タメ年中心のいくつかの酒席でもこの話を持ち出してみたが、頷いてくれる方が実に多い。みんな紅白好きで演歌好きなんだな。少々古い話を引っ張り出しましたが、一昨日の酒席でも熱く語ってしまったもので、あしからず。</p>
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		<title>如月。</title>
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		<pubDate>Wed, 01 Feb 2012 09:01:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator>編集長</dc:creator>
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		<description><![CDATA[早いもので、年が明けて１月が過ぎた。大きな変革とステップの年と位置づけて臨んでいる平成２４年は、いいスタートとなった。去年１年震災に苦しめられたことからの脱却に邁進しようとする空気が流れていて、潮目が変わった感じがある。 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
早いもので、年が明けて１月が過ぎた。大きな変革とステップの年と位置づけて臨んでいる平成２４年は、いいスタートとなった。去年１年震災に苦しめられたことからの脱却に邁進しようとする空気が流れていて、潮目が変わった感じがある。「ネガティブ評論家たちは、そのままずっと下向いてろよ」と、そんな言葉が呑みの席で出ることが多い。相変わらず政治の混乱は見苦しいが、これもグタグタ言ってもどうにもなるものじゃない。自分たちの責務をまっとうしようとメッセージを発しているおかげか、そのまんまの元気な方々に囲まれて充実した日々だ。<br />
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今日も『昭和４０年男』にとっては楽しみな打ち合わせが３つも入って、バタバタと追われながらであるが楽しく過ごしている。なんだかおもしろいことになりそうな音楽系とイベント系でのコラボ企画が複数入ってきていて、まだ公表できる段階にはないものの滑り出してはいる。ゴーとなったらここと誌面を使って、得意のドキュメントをお送りする。乞うご期待だ!!<br />
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僕自身も今年に入って潮目が変わったようだ。震災によっていろんなことを考えさせられ、仕事でも困難ばかりが続き、じつは相当病んでいた。まいっている場合じゃないぞ、頑張れと自分を奮い立たせための、自分の中へと向かわせるエネルギー放出が、強い疲労になっていた。ところがお正月ってのはスゴい。新しい年になったのだから、前進しようぜ。悪いことばかりじゃないさ、きっといいことあるさと、まるで日本全体からエネルギーをもらえるみたいだ。笑いに包まれたお正月を過ごせたから、完全に潮目が変えられたのだろう。この１ヶ月はその恩恵をたくさん感じた。さらにドカンドカンとパワフルにいこうと決意する、月の始まりってのもこれまたいいものだ。如月は、寒くて着るものをさらに増やすから衣更着とも書くそうだ。梅見月との呼び方もステキですな。ではみなさん、寒いですが今月もガンガンといきましょう!!</p>
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		<title>雑誌の未来。</title>
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		<pubDate>Tue, 31 Jan 2012 06:16:58 +0000</pubDate>
		<dc:creator>編集長</dc:creator>
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		<description><![CDATA[数日前にさかのぼる。電子書籍を除いた書籍と雑誌の、2011年の販売額が約1.8兆円と、今年も“紙”の本は後退して、右肩下がりにブレーキがかからない状況が続いていると報じられていた。書籍はほぼ前年並みとのことだが、雑誌の落 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
数日前にさかのぼる。電子書籍を除いた書籍と雑誌の、2011年の販売額が約1.8兆円と、今年も“紙”の本は後退して、右肩下がりにブレーキがかからない状況が続いていると報じられていた。書籍はほぼ前年並みとのことだが、雑誌の落ち込みが大きく27年ぶりに1兆円を割り込む6.6％減は、過去最大の落ち込みだそうだ。いくつか見かけた記事によると、スマートフォンなどのデジタル環境の充実や、若者の雑誌離れだとつついていた。<br />
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参考までに並べて見ると、映画の興行収入は前年比17.9％減となる1,822億円。音楽CDの売り上げも減少傾向に歯止めがかからす、6％減の2,085億円となっている。減少分を配信が補っているのかというとそうではなく、9月までの売り上げで15％減だと報じられていた。ここでの分析では、スマートフォンなどで、音楽を聴くよりゲームやネットに時間を取られたとされていた。もちろん違法コピーの横行も含めてだ。うーむ、デジタルの敵もデジタルなのだ。<br />
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こうして数字だけを並べてみるとどこも大変そうだが、雑誌業界はよくこれだけの市場規模があるものだと取れなくない。10年前くらいから、ネットの普及で紙はなくなるというキャッチコピーを付けた紙の記事を（笑）よく見かけたものだ。かなり刺激的な数字予測が舞い踊っていた記憶があるが、それらよりも減少カーブは緩やかである。<br />
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スマートフォンの出現やタブレットPC、電子書籍などが登場するたびに、また各々が進化するたびに刺激的な言葉がばらまかれるが、なんだか刺激の強い記事をつくることだけに腐心しているように感じてならない。実際マーケットはそこまでの激変は見せていない。緩やかに落ちていく傾向にあるのは否めないが、去年の震災での需要減を考えると、実際には2％減程度のレベルだったのではないだろうか。震災直後に入ってきた情報では、雑誌はしばらく10％以上落ちるだろうとのことだった。『昭和40年男』も3月11日発売号の売り上げは落ち込んだし、うちの会社の主力であるバイク雑誌も厳しい数字となった。書店での売り上げが落ちただけでなく、波に消えた本や営業不能になってしまった書店の本は、事実上消滅してしまったのだから仕方ない。だが、ゴールデンウィークを過ぎたころからは、ほぼ前年並みに回復した。書籍が売れているとの情報も入ってきていた。連日テレビから流れてくる津波の映像から逃げるように、名作をじっくり読む消費が生まれたと言われている。同じ理由で、子供用の玩具やコンテンツソフトも、相当売れたそうだ。<br />
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そもそも僕たちは紙をつくっているのではなく、コンテンツをつくっているのであり、それをアナログアウトプットに頼っているというだけのこと。現場はすべてデジタルで入力され作業を進めている。うちの現場でいえば、手書き原稿で入稿してくるライターはいないし、写真もフィルムでなく画像で入ってくる。とっくの昔に100％デジタル化しているのだ。デジタルを駆使した技術から得られる表現には限りなく可能性が広がっていて、アナログアウトプットにすがっているつもりはない。現状として紙の表現でも需要はあり、将来も言われているほどの減少は見せず（娯楽誌は）に推移するだろう。プラスしてデジタルアウトプットのインフラが整備されていく場面にある。販売の方も黒船にとらえられているがメスが入り始めている。ふんどしさえキッチリと締めていれば、我々出版サイドはなにも悲観することはないのだが、劇薬悲観癖に踊らされている気がしてならない。そうした論調を成立させるために、スマートフォンやネット販売を黒船呼ばわりして、紙や問屋と敵対させて利用しているが、問題の根源では決してない。こんなところは極々些細なものだ。<br />
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出版だけでなく、コンテンツをつくって生業としているところが現在かかえている大きな問題は、汗が足りないことだ（そこかっ!!）。才能やセンスはあるのにもう一歩いかないで、頭でっかちになっていること。効率と数字を重視し、ユーザーのためでなくステークホルダーのために動く社会になっていること。理屈なんかすっ飛ばして、もっと動けばいいのである。偉そうなことを書きなぐっているが、僕自身にも感じる場面はあり、そのたびにバカモノっと自分に激を飛ばす。考えて考えて考え抜いて、そして激しく動き、つくりに狂う。答えはシンプルで、本当にそうできる連中は必ず勝つ。それだけのことだ。</p>
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		<title>勝田全国マラソンレポート。</title>
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		<pubDate>Mon, 30 Jan 2012 08:03:14 +0000</pubDate>
		<dc:creator>編集長</dc:creator>
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		<description><![CDATA[昨日お伝えした通り、今年のフルへのチャレンジは棄権となってしまった。有言不実行は男として最悪の行動であり、情けないことであり、腹のひとつでもかっさばけくらいの重罪である。このような結果となったことを、全国の100万人読者 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
昨日お伝えした通り、今年のフルへのチャレンジは棄権となってしまった。有言不実行は男として最悪の行動であり、情けないことであり、腹のひとつでもかっさばけくらいの重罪である。このような結果となったことを、全国の100万人読者様にお詫び申し上げます。ですがここは開き直って、傍から見たマラソン大会というのも実に有意義であったのでレポートとさせていただこう。<br />
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僕たちチームクレタは、上野8時発のスーパーひたちに乗り込み勝田駅を目指した。車内は満席状態で、乗客のほとんどがこのマラソンのために乗り込んでいるのは一目瞭然だ。おそらく普段はガラガラだろうから、大きな消費を生んでいることになる。勝田駅に着くと人でごった返していて、帯状になって会場へと向かいながら、これから走り出す不安を語り合う。万全の準備ができている市民ランナーなんかいない。マラソンの名ゼリフに「ラッキーはない」とある。シンプルな体力勝負ゆえ、練習した分だけキチッと結果に出るのだ。これから始まる長旅のキツイことを知っていて、わざわざ電車賃をかけてくるのだから、これまた名ゼリフ「ドMの集い」の大行進だ。電車賃以前に、参加費を払って、さらに練習に時間をつぎ込んでこの日を迎えているのだから、もう超が付くドMたちだ。この愛すべき大集団のほとんどがレースのことを語り合っている中、僕だけが走らないのに会場へと向かっていた。涙が出そうなほど悔しかった。<br />
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会場に着くと過去最高参加者とのふれこみどおりに、ゴール地点付近はレジャーシートでビッチリだ。フルだけで約1.3万人、10kmの部を足すと2.1万人を超えるエントリーで、僕が走り始めたころのフルへのエントリーは確か5～6千人だったから、20年で倍以上に膨らんだことになる。大きな影響は東京マラソンに端を発した空前のマラソンブームであり、加えて東京マラソンは倍率の高い抽選なので、当たらなかった方がずいぶんと流れ込んできているようだ。<br />
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<a href="http://www.s40otoko.com/wordpress/wp-content/uploads/2012/01/506682589b63411a497e94427c9a859e.jpg" rel="lightbox[9742]" title="勝田全国マラソンレポート。"><img src="http://www.s40otoko.com/wordpress/wp-content/uploads/2012/01/506682589b63411a497e94427c9a859e.jpg" alt="" title="勝田全国マラソンレポート。" width="533" height="800" class="aligncenter size-full wp-image-9743" /></a><br />
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本誌の呼びかけに答えてくれたチャレンジャーたちは、フルマラソン歴のある面々で、出走30分前に記念撮影した。これが済むと僕はなんの任務もない、ただのギャラリーとなった。寂しい。走らないくせに参加賞をもらいにいくと、手渡しながら「頑張ってください」と声をかけられ、もうホントに涙がちょちょ切れた。<br />
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号砲が鳴り響き、スタートから1kmちょっとのところで応援するも、あまりに人が多くて全部で10人以上いる仲間たちは1人も見つからず、応援さえできないのかとまた落ち込んだ。フルに遅れて10kmの部もスタートすると、会場付近はさっきまでの喧噪が嘘のように静かになり、これまた寂しさがこみ上げてくる。“祇園精舎の金の音?”って、違ーう。<br />
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やがて10kmの部のランナーたちがゴールに続々と戻ってくると、会場はまた活気を取り戻して、さっき以上の大きな笑い声に包まれる。「いやー、キツかったよ、ハッハッハ」「さあ、ビールビール」。うらやましい限りで、このときには惨めな気持ちになっていた。そしていよいよ、フルの選手が入ってくる。トップクラスから数人までは、陸上人生を歩んでいますとにじみ出ているが、2時間40分を越えたあたりから徐々にいかにも市民ランナーですといった連中が入ってくる。3時間を切りながら牛のかぶり物をしているのにはビックリした。そして人間にとって目標というのは、いかに素晴らしいものなのかと考えさせられるのは、3時間を前にしてゴールに飛び込んでくるランナーが激増する。過ぎてしまうと悔しそうに入ってくるランナーが続き、10分もすると減ってくる。そしてまた3時間30分前後にも同じことが起こる。切りのいいところをみな目標にして踏ん張るのだ。<br />
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4時間を切ることを目標にしている僕にとって、3時間台で入ってくるランナーは憧れの存在である。ところが、中小太りのおばちゃんや、どう見ても50代後半、もしかすると60代じゃないかという方まで続々と入ってくる。見た目からしてランナーだねという方より、失礼ながら普通のおっさんおばちゃんが多い。僕ってこんなに遅いんだな、目標が低いなと思ってしまうほどたくさんの方々のゴールを見せられ続けた。この日初めて、ムクムクと元気になってきた。来年はまず4時間を切ろう。もっと目標を高くしていこうとそう思えた瞬間、僕にとっての次回勝田全国マラソンが始まったのである。バカ過ぎだが、帰りの電車はものすごくポジティブ気分で、やるぞーを繰り返していたのだった。<br />
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さて、最後になったが気になるタメ年チャレンジャー3人の成績を発表しよう。トップは3時間27分の五島さん（右）で、終盤キツくて失速したとのこと。驚異的だ。続いては軍地さん（左）で3時間46分。去年もチーム昭和40年男で走ってくれた菅谷さん（左から2番目）は3時間50分で、後半足をつってしまい何度もアキレス腱を伸ばしながらもこのタイムにまとめるのだから素晴らしい。今日になってこれらの結果報告をいただき、ますます来年へと燃える僕だ。今年の悔しさを必ずカタチにしてやる。来年こそ有言実行だ!!　</p>
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