開催以来、連続8回にもおよぶ編集部員による呑み会から一転して、
少しずつではあるものの新しい仲間を増やしつつある
浅草秘密基地のレポートだ。
いつも通りギターのセッティングをしていると早くも来場者が2人現れた。
もうすぐ30年のつき合いとなる音楽家の浩平(昭和42年男)が、
昭和40年男である勝山さんを連れてきてくれた。
浩平とはパパ友だそうで、とてもパワフルな男である。
モッズへの愛がバシバシあふれていて、行動もすごい。
先日も福岡、熊本とライヴを追っかけたそうだ。
さらに出待ちもするとのことで、もうその情熱の注ぎ方はハンパではない。
仕事もキッチリとこなす彼の夕べのすばらしいひと言は
「男は変身できなきゃダメ」
職種(ここでは明かしませんが)とはかけ離れたキャラがおもしろい。
「前回遅いと言われたので」
と足立さんは8時を少し回ったところで登場した。
続けざまに、初参加となる程島(珍しい名前っす)さんが来店。
細身で若々しいルックスに思わず歳を聞いてしまったが、
昭和41年1月生まれとのことだ、若いっ。
最新号を購入してくれこの日の参加となった。
愛車であるフォルクスワーゲンのヴァナゴンが愛車である彼は、
そのミニカーを200台近く所有し、さらに庭の芝生を
フォルクスワーゲンのロゴマーク型に生やすという徹底(変態)ぶりだ。
携帯に収められた写真を見ながら大爆笑なのであった。
編集部員の金子さんは後輩の八木さんを伴って、ちょっと遅い来店となった。
八木さんは映像関係の仕事で、年の1/3を中国で過ごすそうだ。
最新中国事情に皆興味深げに耳を傾けた。
万博は9月が狙い目ではないかとのアドバイスをくれた。
金子さんは古い自動車専門誌を持ってきて、皆と盛り上がっている。
やっぱり車ネタは共通なんだね。
少し遅れてこの集いの番長(本人は散々いやがっていたけど、あえて今日もこう呼ぼう)こと
伊藤さんの登場だ。
杢師さんが9時過ぎに登場して、はい撮影ですよ、カシャ。
一般客がアンプの前に入ってしまい、演奏はできないうちに11時を迎えてチラホラ家路につく。
だが、浩平と勝山さん、杢師さんが粘ってくれ、
アンプ前のお客さんが撤収すると遅い遅い演奏タイムになった。
たった3人ながら、久しぶりに緊張した。
というのも、浩平は普段俺と一緒に音楽を紡ぐ仲間であって、
俺の歌を高いところへ持っていってくれる存在であり、聞いてもらう人間ではない。
さらにその連れがいる。
なんだか妙に緊張しながら、ましてやこの2人の来店が早かったため
リハ-サルしていないことで喉を意識してしまい、ちょっと散漫になってしまった。
こういう日って滑らかさが足らない。
ミスも連発するし。
でも、緊張感を味わうのってきっといいことだよね。
喉ならしにザ・バンドの名曲“ウエイト”から入り、
さっ、営業しなきゃと“Hey 相棒”でミス連発となんかリズムがホロボロで、
これじゃあ営業妨害じゃねーかと自分に突っ込んだりして。
もう一発オリジナルで汚名返上しようと“ジョージ”から、
ブルースっぽくアレンジしたみんな大好きビートルズの
“アイ・ソー・ハー・スタンディングゼア”でなんとか締めた。
マスターから「おやすみナンバーは?」とうながされ“そっとおやすみ”…、じゃなく
シオンさんのカバーで“クロージング・タイム”でおしまい。
3人以外にお客さんがいないのをいいことに、
杢師さんが持ってきてくれたストラト・キャスターを試奏させてもらった。
いやー、久しぶりに弾いたけどよいね。
俺の使っているテレキャスターのやれた音と比べると、すごく美人の音がする。
なんだか俺のがさつな指を拾ってくれるそのイイ女ぶりにふおーりん・らぶだよ。
勝山さんからアンコールでRCサクセションの“いい事ばかりはありゃしない”を歌うと、
あれっ? サビでチャボがいるよ。
彼が完璧にハモってくれ、楽しい夜にケリをつけたのだった。
「OKチャボ、また来てくれよな」
この日の会議で決定したことは、懐かしの“モノ”をなにか持ってこようということ。
来週はスーパーカー消しゴム大会を開催するので、みんな押入を再点検しましょう。
BOXYも忘れずにね!!
いやあ、日本代表チーム強いじゃないの。
まさに日本中が盛り上がっている中で、ちょっと“?”な俺です。
というのも、カメルーン戦は浅草秘密基地とぶつかってしまい応援できず、
オランダ戦は高知で必死の応援も虚しく敗退してしまった。
大一番となったデンマーク戦の日は飲み過ぎてしまい、いびきをかいていました(泣)。
明日も〆切をかかえていてたぶん見られない。
ちょっと待てよ。
これで明日勝つとジンクスになる?
俺が応援できないと勝つ…、ということになるよね。
いや、もうすでにジンクスとなっている?
やだよ、そんなの信じないよね、皆さん。
明日勝ってベスト4をかけた大一番、俺はどうするべきか?
そんなことを議論するべく、本日も浅草秘密基地は開催されます。
先週みたいに新しいお友達が増えちゃって、盛り上がるとうれしいっす。
俺は今日もしっかりと歌いますので、みなさん乞うご期待!!
えっ、いらないってか?
そんなこと言わんと、聴いてやってちょうだいな。
それでは皆さん、待ってま~す。
仕事で上野に来た。
バンド時代はずっとこの街で働いていたので、いつ来ても懐かしい気持ちにさせられる。
長い打ち合わせで腹ぺこだ。
昼のピーク時間は完全に過ぎていたから、選択が贅沢になる。
いやねえ、やはり名店は混んでいるのですよ。
観光客とビジネスマンがごった返していて、1時すぎまでは入る気にならないほどだ。
上野は飲食店の数は多いものの、ホントにうまい店は少ないからどうしても集中してしまう。
どうしようかな、上野といえばトンカツかそばだな(焼き肉とカレーの名店デリーとかも)。
トンカツなら絶対に“双葉”っす。
でもね、高いんだよねえ。
値段以上の感動はあるけど、前日はずいぶんと呑んだからやさしくそばにしようと決定した。
気合を込めて食べるそば屋が、上野には3店ある。
蓮玉庵(台東区上野2ー8ー7)と翁庵(台東区東上野3ー39ー8)、
そして上野薮そば(台東区上野6ー9ー16)だ。
好きな蕎麦屋の基準は、江戸そばと呼ぶにふさわしい仕事がしてあり、
庶民的な雰囲気であり、おばちゃんが元気で、量(ここ大事)もそこそこであることだ。
例えば浅草薮そばとか赤坂砂場とか、ものすごくうまいけど
俺はバーコードそばと呼んでいる。
そのまんま、バーコード状に盛られているのである。
思いがけない金が入り込んだ財政が豊かなときなどでないと、
ちょっと腹が立つほど少ないのである。
もともと、そばは量の少ないメニューであるから、
大食らいの俺には厳しいのであるが大好きなのだ。
人類は麺類(笑)。魅力的な麺は数多いが、
どうしてもひとつを選べという意地悪なヤツがいたら泣きながらそばと答えるだろう。
つうわけで、この日の気分はそばをしっかりと食べる。
スイッチはバッチリと入り、はしごすることを決定したうえでまずは薮へと足を運んだ。
久しぶりだなあ。たぶん5年とか7年とか経っていると思う。
メニューを広げると、ゲッ、高い。
せいろ750円? 確か600円だったと記憶しているがあまり正確でない。
少々ガッカリしながらもせいろをオーダーした。
やっぱりこの時間は正解だな。
まばらな客ながら、みなせいろものをズルズルとやっている。
腹が鳴る鳴る、薮そばで。
運ばれてきた。うん、いいねぇ。
少々高いがバーコードではない。
しっかりと腰の強い、この時期としては不思議なほど香りが高いそばをそのままいただく。
ここのつゆはすごく辛いから、江戸っ子を気取ってちょこんと付けて食べて大満足なようになっている。
こういういいそば屋では、段階を考えたうえで遊ぶ。
そばだけ→ほんのちょっとのつゆ→薬味投入→わさび投入といった具合だ。
ふーっ、最高っす。
さあさ、もう一パイ。
さんざん迷って翁庵にした。
ここは名店として紹介されることはあまり多くないが、
俺には絶対的な存在で、この3店の中でもっとも庶民的な雰囲気の店だ。
客の7割が注文するネギせいろの大盛りを迷わずオーダーした。
あったかいつゆにネギとイカのかき揚げが入っていて、これがたまらんのですよ。
薮に比べると甘いつゆながら、かき揚げと相まって最高っす。
もうなにも考えずにジャブジャブつけてちょうだいな。
客の年齢層が圧倒的に高いのは、ここが長く愛されているから。
グルメ騒ぎにあまり踊らされていないからかもしれない。
もう2時過ぎだというのに次から次へと客が入ってきて、
先の通りみなネギせいろを頼むという不思議な空間だ。
酒を呑んでいるおっちゃんも多い。
いかにも上野のそば屋という感じがいいよ。
なんか高知のレポートで調子に乗っていますが、
決して正確な舌を持ったグルメ野郎ではないので、
その辺を踏まえたうえで上野に出かけたらだまされてみてください。
今回の3番勝負、最大の山場でしょう。
なんてったって仮面ライダーな俺たちにとって、ライバルとなるキャラクターはいるのか?
さんざん悩んだうえ最新号の表紙の力を借りればいい戦いになるのではと、
キカイダーをぶつけてみた。
当時の記憶を掘り起こすと、キカイダーの左右非対称の衝撃が鮮明によみがえる。
賛否両論いろいろあったようですなあ。
俺の記憶は、衝撃からカッコいいへと変わるのにそう時間はかからず、
よく絵に描いていたっけ。
上手に描きやすいキャラだった。
それとキカイダーといえばあのサイドカーが大きな魅力だった。
バイク雑誌もつくっている俺だからね、ちょっと解説しちゃうと
マッハというカワサキの2ストローク3気筒バイクだったのですよ。
500ccで当時としては画期的なバイクだった。
ものすごくピーキーなマシンで乗れるもんなら乗ってみろという、
今にも続くカワサキのイメージを作り上げた歴史的な1台といってもよいでしょう。
サイドカーモデルは、東京モーターショーに参考出品されたコンセプトモデルで、
これに目をつけるとはさすがテレビピープルだね、お目が高い。
それにしてもあのハイパワーのじゃじゃ馬にサイドカーを付けて、
ものの見事に操るライダーは相当の腕前ですな。
ダートコースでガリガリにリヤを流すあたり、もう最高っす。
仮面ライダーも主題歌の冒頭にバイクのエンジン音が入ってたじゃない。
2ストバキバキの音が。
俺たちは小学生の低学年時代に2人のライダーによる洗脳を受けていたのだ。
だから多くの男の子はバイクにあこがれを持ち、
その後の80年代バイクブームを形成する構成員となったのだね。
そのおかげで俺はバイク雑誌の仕事をやるようになって、
今ここに至って『昭和40年男』なるものをつくって、
こうして皆さんと対峙しているのかと思うと
2人のライダーに感謝せねばならないことになる。
ありがとうございます!!
バイクに乗って悪と戦うというリアリティは
以前このブログでも書いたけど、自分でも“なれる”かも知れないと思わせてくれた。
キカイダーみたいに機械が頭の中に埋まっているのは嫌だけど、
仮面ライダーのようにカッチョよく変身できるなら、ぜひなりたいと思った。
いや、大人になったらなれると思っていた時期もある。
そういう意味でも実写で見せてくれたのは大きい。
ますますリアリティを感じてしまうバカな小学生だったから。
ほんとはマジンガーZの兜甲児の方が近いじゃない。
ホバー・パイルダーを操縦して、ロボットと合体するのってね。
でもアニメの世界は夢の世界で、あこがれはするものの、ああ、こりゃー無理だってか。
さあさ、この勝負。
よーく考えて投票してちょうだいね。
なんてったって、俺の恩人なのだからさ。
今回の3番勝負は、我ながら冴えているなと密かにうなづいていたりする。
だってねぇ、マジンガーZ対ゲッターロボなんて映画にもなった対決ですゼ。
(正確にはグレートマジンガーじゃが)
さらに2発めのこの対決なんて、もうみなさん悩みまくったうえで投票している姿が目に浮かぶようです。
コメントを付けていただいた方の「歌で投票しました」というのも、うなずきまくりだ。
その彼はミラーマンの歌で決定したとおっしゃっていますが、
スペクトルマンを連呼するあの歌もすてきだよ。
ほら、今これを読んでいるあなたの中にこだまし始めたでしょう。
そこしか思い浮かばない俺だったりします。
それにしても、この2人(?)すごくカッコ悪い。
こんなヒーローに一喜一憂していたのですなあ。
とくにスペクトルマンのボディは泣けてくるよ。
でもね、やっはり創成期のよさというか味が出ているよね。
こんな部分にも俺たち昭和40年男のパワーやセンスの源泉があるように思えてならない。
本質の部分ではキチンとぶっとい仕上がりになっていて、
デザイン的にも耐久性があると感じるのは俺だけではないだろう。
今さらながら感謝の気持ちにあふれているのであった。
ネットをプラプラしていると思い出して深くうなづくことしばしばで、
スペクトルマンは公害問題をテーマにして子供たちに正義の正しさを説いていたのですな。
作り手が本当に子供のことを考えているのだなと、やはり改めて感謝の気持ちになる。
俺たちの心の中にしっかりと根付いているのではないか?
正しいことがきっと世の中や世界を変えると信じられる、おバカな俺たちのベースだよ。
ちなみに、この2人ずいぶんと顔似ていたんだね(笑)。
♪ スペクトルマ~ン ゴーゴーゴーゴーゴーゴー!!!
3番勝負は、小さな小さなコーナーであるが、
実はすごく楽しみにしている企画である。
毎度出題を考えるのも楽しく、少数であるが
ネット経由での応募やコメントに一喜一憂している次第だ。
そして今回対決の一つがマジンガーZ対ゲッターロボである。
専門的に掘り下げてアレコレ論じるのはちょっと知識が乏しいのと、
ネットで検索かければいくらでも出てくるのでその辺は避けて、
個人的な想い出を語る(いらねーってか)。
この対決悩みますよね。
俺自身がどちらに軍配をあげるのかはもう少し時間をいただくことにする。
俺とマジンガーZとの深い関係の話だ。
真っ先に記憶が甦るのは、
お金持ち連中(荒川区にはほとんどいなかったが)が持っていた超合金の存在だ。
欲しかった。すご~く欲しかった。
仮面ライダーのベルトについで、子供のころ欲しかった玩具の第2位に輝く、
あこがれの存在だった。
だが、電気屋の息子が買ってもらえるわけなく、
諦めながらも手にしたのはプラモデルだった。
「超合金よりデカイのさ。ちょっと軽いけどね」
などと自分に言い聞かせながら、せっせと貯めた小遣いで買った日のうれしかったこと。
当時俺の小遣いは週払いだったので月曜日にもらうのだ。
約1ヶ月の間、社交場である駄菓子屋通いをほとんどやめた。
仲間から最近つき合いが悪いなどと言われながら、あんずへの禁断症状と戦いながら、
すもも食った後の赤い口のヤツをうらやましがりながら、だが俺はがんばったのだ。
そしてやっとプラモの価格に届いた月曜日に、ソッコーで購入してサルのように組み立てた。
無言で手を休めることなく、ただひたすら組み立てた。
今思えば、この集中力があればどんな仕事でもこなせるだろう。
できたー!!!
うーっ、カッチョイイ。
超合金なんかダサイとさえ思えた仕上がりだった。
そして今だ!! パイルダーオン!!
うーっ、カッチョイイ。
完璧だよと眺めていたら、ホバー・パイルダーが抜けなくなっちまった。
まだ半乾きだった接着剤の仕業ね。
ふぇっふぇっ(涙)。
俺の1ヶ月を返せーっ。
叫びが荒川2丁目に響き渡ったのだった。
一方のゲッター・ロボといえば、あの見事な変身に心躍った。
でもね、マジンガーZプラモ事件のせいもあって、
なにも欲しがらないよい子だったのさ。
昨日は浅草秘密基地レポートにしたので、
1日はさんでの高知編をもうひとつお送りします。
取材のため1日先行で高知に入っていた俺を追いかけるように、
イベントスタッフたちも到着した。
思ったよりもずっと早かったため、偉そうに幕末史の講釈をたれながら
史跡や博物館など、市内を案内した。
そして夜、というよりまだ陽は高かったが、お楽しみのグルメである。
若い連中に勉強ばかりじゃ肩がこるし、やはり呑み食いの楽しい時間は大切だしね。
ということで、最高のグルメスポットにくり出したのだった。
ひろめ市場というオープンは98年の比較的新しいスポットであるが、
中に足を踏み入れると「おお、高知ぜよ」と勝手ながら感じてしまう空間である。
酒とつまみを売っている店が建ち並び、
平日の昼間からガンガン呑んでいるおっちゃんがたくさんいるのだ。
屋台村のようであるといえばイメージがつきやすいだろうか。
だが、スケールがデカイ。
呑み食い物の店だけでなく、みやげもの屋など何十件もの店が
まるで無秩序に並んでいるのだ。
数多くのテーブルが置いてある広場で酒をくらいながら、
まさに市場のように並んだ店を思い思いに人が行き交っている。
とまあ、こんな感じの巨大スペースだ。
俺たち5人はお目当ての店の前に陣取り、
まずは生ビールで「カンパーイ」と宴をスタートさせた。
2人がテーブルに残り、3人に美味いものを買ってくるように命じた。
「じゃあ行ってきます」と1人はマグロ専門店で刺身と竜田揚げ、
1人は鯨専門店で刺身と竜田揚げ、
また1人も海鮮モノ屋でタコとウツボの竜田揚げと、
なぜかベクトルが揃ってしまうのは高知への期待が同ベクトルにあることの現れだろう。
「じゃあちょっと変化球で、あっちのインド料理屋をのぞいてきます」
「あそこの中華料理屋もいいなあ」
と、こんな調子である。
飲み物も焼酎、日本酒、カクテルなんでもあるし、
観光客も多いがそれっぽい騙された感じはまったくしない。
実は長旅で後入りしたスタッフを喜ばせようと、
下調べのうえ下見までしておいたスポットだったのだ。
フッフッフ、大成功だ。
そして主役であるかつおのたたきは“明神丸”で食う。
ここだけまだオープンしていなかったので、
皆かつおのたたきを食べたいのに我慢させられていた。
が、次第にわらに大きな火がついて準備が進んでいく。
そう、数あるテーブルの中でもこの場所を選んだのは“明神丸”のこんな演出もあってのことで、
もうデートの仕込みをするダサダサ男のようでもあったが、
まっ、4人ものスタッフを喜ばすためだ。
やがてオープンすると一気に列ができたが、目の前にいる俺たちには
当然アドバンテージがある。
いち早く手に入れた塩とタレの2種類のたたきが、やっとテープルに並んだのだった。
待たされ続けたからだけでない。まさに、一同感動である。
俺もこれまで何度か来たこの地で、かつおのたたきの奥深さにいつもうなってきたが、
これはまた別格だった。
地元の方に聞くと9月頃の方がいいとのことだが、いやいや十分っす。
きっと秋だったら腰抜かすね。
なれないグルメ下調べだったが、仲間の笑顔に包まれてちょっと鼻高々だった俺なのさ。
翌日はしっかりとイベントの仕事をこなし、高知の旅を終えたのだった。

これでひと皿1,500円なりで、厚みと量から約2.5人前という感じだね。写真の塩たたきは初めて食ったが、たくさんの薬味と相まって最高だった。高知に出かけたときはぜひ!!
「アル中ですから」
いいなあ、このセリフ言う人大好きだよ。
少しずつではあるが確実に盛り上がりを見せつつある、浅草秘密基地のレポートだ。
高知の興奮をかかえたまま、ふむ、いざ今宵は浅草じゃ。
いやあ、つくづく幸せ者である。
次から次へと刺激を受ける毎日に体は悲鳴をあげているものの、心はルンルン躍っている。
いつもどおり、ギターのセッティング&調整で7時過ぎに会場であるフィガロに到着した。
練習しながら来場者を待っていると、一応の開始時刻である8時を回ってしまった。
うっ、今日は編集部員も来ないぞ。
まずいぞ。
先週カメルーン戦にもかかわらずたくさん集まったことをはしゃいだ俺に罰が当たったか。
ついに1人ぼっちか?
約30分後、ドアが開いた。
とうとう4週連続登場となった伊藤さんが来店したのだ。
「今日はたくさん来ますよ」
と、気持ちはすっかり浅草秘密基地スタッフとなっている。
「今日はカメルーン戦もないし、雨も降っていないし、きっと来ます」
自信あふれる彼のなんとたくましいことか。
続いて今夜ここにいてはならないワケありな外部スタッフが登場した。
仕事から逃れているのか?
はたまた女性問題勃発か?
余計なことは詮索せずに、だがビールをしっかりと注文する謎の男Xなのだ。
そして続いて、最新号で早見優さんのインタビューとライティングで
昭和40年男に参加してくれた女性ライター、葉月さんが「こんばんわー」と入ってきた。
うーんここは「わんばんこー」だろと心の中で叫びながらも「♪よーこそぉー♪」な気分で迎えた。
続けざまに副編小笠原が「遅くなりましたー」とやって来て、
さらにさらにこれまた3週連続参加となる足立さんが登場だ。
ふむ、人数こそ寂しいが、スタートから8週連続で
編集部員だけだったとは思えないじゃないの。
「じゃあ、乾杯の写真を撮りましょう」と俺がいうと
「まだ来ます」
と、もはや浅草秘密基地番長といっていいだろう、伊藤さんが待ての指示だ。
うーん、どこから来るのかこの自信は?
すでに9時近いというのにだ。
そこに1人の子羊が現れた。
店内に微妙な空気が流れる。
というのも、店を貸し切っているわけでないから、一般客も当然入ってくる。
どっちだ?
しかもこの男、見た目はちょっと若いのだ。
静まりかえる店内に微妙な“間”が生まれた。
そこで突然、子羊は狼に変貌した。
バックから『昭和40年男』最新号をおもむろに取り出したのだ。
その瞬間、みんな拍手拍手の大歓迎だ。
初参加となるテコンドーファイターであり、歯科医師の堀内さんだ。
子供4人を持つ種馬、じゃない、狼に話を聞くと
昨日本屋で見つけたのだという。
表紙をめくってすぐの“今、この本を手にしているあなたへ”で買ったと。
うっ、泣きです。ありがとう。
そして、早速購入の翌日となる浅草秘密基地に参加とは、なんとも行動力がある。
しかもこの男、冒頭のセリフをさらりと吐く酒豪である。
ますますうれしい、また1人友が増えたのだ。
「さすが伊藤さん、来ましたね。じゃあ乾杯しましょう」
「まだ来ます」
「?」 (えーっ、でも番長には逆らえない俺だ)
堀内さんは福井県出身で、それはそれは貴重な情報をたくさんくれた。
金八さんをリアルタイムで見ていない。
8時だヨ!全員集合も見ていない。
「えーっ!?」
ただ、そこは自身も飲み込んでいて、再放送で見たから知っていると軽くいなす。
現象としてはちゃんととらえていた。
「民放が2つしかなかったから、いろんな番組をすごくよく覚えているんですよ」
ふむふむ、言うとおり出てくる出てくるヒーローたちだが、
俺には記憶がないものがいくつもあったもの。
ガンガンと盛り上がっていくと9時半に
またまた2週連続参加となる杢師さんが奥さんを伴って登場した。
ありがとう。
ここでやっと番長の許しが出て、乾杯の撮影となったのだ。
いつもどおり、懐かしい話だけでない。
ホントに様々な話に感心させられることしばしば。
堀内さんは歯科医師なんで、親不知のこととかね。
俺としてはあまり聞きたくない話がバシバシ出てきて、
歯の悩みがグンと増してしまったよ(苦笑)。
それにしても濃密な時間となりました。
盛り上がっている場なのでもっとあたためようとギターを構えたが、俺の曲全般暗いなあ。
今さらながら気がつかされ、しばらく固まってしまった。
やっとのことで想い出した“プリティ・ウーマン”をかまして、
そのまま2曲目にはサプライズで“ハッピー・バースデイ”をかました。
なんと杢師さん、めでたい誕生日とのこと。
それで奥さん同伴なのね、ステキだねぇ。
「誕生日なんかうれしくないわい」
と照れる杢師さんだが、みんなで祝ったこの夜は想い出になることでしょう。
3曲目はシングルヒットを狙うオリジナル“Hey 相棒”を入れた。
(編集部注:先日動画を公開したこの曲です)
この曲はオリコン1位を取るまで毎週営業させていただきま~す(笑)。
そんでもって、昭和40年男にはなじみ深いのではないかと、
懐かしのチープ・トリックから日本だけのヒット曲“サレンダー”をかました。
みなさんあまりにもちゃんと聞いてくれるので
これ以上続けると会話の邪魔だなと早々に切り上げたのだった。
この後も濃密な話で終始し、12時過ぎ、よい子たちは家路をたどったのだった。
それにしても番長の強気に押されまくった夜だったな。
こんなバカな集いですが、皆さんぜひ気軽に遊びに来てください。
年齢性別は問いません。
浅草秘密基地は、あくまで読者の集いですから。
それでは来週も待ってま~す。

やっと許しが出た恒例の乾杯写真だ。顔見せNGのXさんはトイレに隠れてますw
会社に戻ってきたのは、日付が今日に変わった夜中の1時を過ぎていた。
20日の日曜日に開催したイベント終了後、
約12時間の激走に揺られ続けての帰社だ。
俺はこのイベントに絡めて、龍馬伝で
盛り上がる高知へと取材に出かけたきた。
初めて高知を訪ねたのは、30歳の誕生日直前のころだった。
このときも仕事を絡めてでかけ、無理くり休暇をくっつけて旅を楽しんだ。
もっともこの頃はまだ編集などというクレイジーな仕事には就いていなかったため、
忙しい忙しいとわめきながらも時間はつくれたのだった。
でもね、今もきっと同じだよね。
確かに暇ではないけれど、もっと大変な人はいっぱいいるし
“質”を掛け合わせたうえでの仕事量は俺なんかまだまだなわけで、
そう考えるといつの時代も“忙しい”という言葉は究極の甘え文句なのだなと、
15年を経ても同じような自分を反省したりしています、はい。
あのときは30歳を迎える直前に、
この後の30代という10年をしっかりと考えようと出かけた。
テーマとしたのは明治維新で、いうまでもなく日本の明日を信じた
多くの若者の力と命によって成し遂げられた革命である。
その原動力のひとつとなった土佐藩の男たちを学ぶことから、自分を問いただそうとした旅だった。
龍馬さん33歳、武市さん37歳、中岡さんは30歳で亡くなっている。
30代で亡くなった人たちにあらためて敬意を持ち、
かつ、彼らの志の源を少しでも感じたかった。
土佐を愛する人たちを訪ね、うかがった情報を元に練り歩いた旅であった。
2日間という短い時間ではあったものの
それはすばらしい経験となり、今も自分の血肉になっていると思う。
あれから15年の時間が流れた。
その間、幸せなことに仕事で3度ほどこの地に足を運んでいる。
が、それは初めてのときのような時間は使えず、
かつおのたたきと桂浜の景観に満足して帰るような旅ばかりであった。
今回は「昭和40年男」がちょうど一段落ついたタイミングであるのと、
あの時から15年を経た自分の視点でページをつくろうという思い、
イベントスタッフより1日前に四国入りし取材を進めたのだった。
たった1日、されど1日だ。
中身の濃い時間を過ごし、旅心を全開にして取材した。
45歳直前であるからちょうど15年である。
残念ながら雨がそぼ降る南国ではあったが、
ひとり旅のそれは風情としてとらえられる。
雨に煙る高知城がよいのだよ。
吉田東洋暗殺の地と武市半平太切腹の地の距離に、あらためて歴史の皮肉を知る。
こんな近くで、結局は偉大な頭脳を持った互いが殺し合ったことになる。
東洋さんが土佐勤皇党に斬られた現場に、ちっぽけな碑が残されている。
土佐勤皇党の党首として罪を問われ投獄され、
切腹を命じられ見事に信念を貫いた場所にも同じくちっぽけな碑があり、
そうだなあ、歩いて5分もない距離だよ。

武市半平太切腹の地

吉田東洋暗殺の地
歴史博物館ももちろんいいが、
こうしてただ碑が残っている昔の事実が刻印されただけの場所もいい。
そこから自分の心がなにを読みとるかが、楽しみでもあるからね。
事実、15年前に感じたことと、まったく異なる自分の心に出会えた。
「うーん。もっともっと旅心を育てていくと、必ず違ったモノが見えてくるのだろうね、芭蕉先生」
とつぶやく自分がいたよ。
それはなにも旅に出ることだけが育ててくれるモノでもない。
日夜鍛え上げた心と、旅が教えてくれる諸々が合致して大きなうねりを生み出すのだねえ。
“日々、おおいに生きること旅なり”
はいはい、忙しいなどと甘えずに努力を続けましょうね。
俺たち社会の中間管理職だものねえ。
もちろん、このままでいくほど表紙づくりは甘くない。
むしろこもっともっと苦しむのはこからだ。
せっかくデザイナーが投げ込んでくれた情熱である。
より高い次元へと持っていきたいと熟考する。
全面でなく効果的に青を使うためにデザイナーに伝えた。
「どっかでさ、ぶった切ってみてよ。上下とか、たとえば真ん中から割って“キカイダー”とかね」
ついにでたーっ、キカイダー。
そして出てきたのがホントにキカイダーだ。
大爆笑!!!!!!!

これもやりたかったなあ。でもさ、ビックリ仰天したのも本音だ
さすがにこれはなんの本だかわからないが、現場にいる自分としてはものすごく楽しい。
アイデアがドンドンおもしろい方にいくことがだ。
ここからはあーでもない、こーでもないといくつもの表紙を作ってもらった。
全部を公開するのはあまりにバカらしいので省略するが、相当な数になったよ。
一方でものすごく悩んだのが、特集のタイトルだ。
これは完全に俺のテリトリーで、20本近く書いたよ。
その中でいくつか組み立ててもらった。

さあさあ、皆さんだったらどのタイトルにしましたか? 人気投票開始~(笑)
が、結局最終的には元に戻した。
これも現場ではよくある話で、決して無駄ではない。
ひとつの題材でいくつもいくつも真剣に組み上げていくのは、
やっぱり仕事が上達するために重要なことであるし、
たまたま今回は戻ったというだけのことなのである。
時間の許す限り戦うのは、タイトル付けの絶対的な原則である。
昔はさあ、自分でつくった曲を見直すのが嫌いでね。
若かったよ。
自分の仕事を否定することの難しさから逃れていただけなんだよね。
でもそれができないヤツがただのタコであることは、長い仕事人生で学んだことで、
ホント指導してくれた世の中に感謝感謝だよ。
最後の最後に夏の文字の回転を無くしてもらった。
「なんかさ、強さより楽しさが前に出てるから。今回は夏をダイナミックに男らしく、だからさあ…」
さらに、西澤さんの写真を差し替えて完成したのが、今皆さんの手元にある表紙だ。
ふーっ、長かった表紙メイキングドラマでした。
また次号も大いに悩み、組み立てていくのさ。
おまけ。
西澤さんの写真入れ替え前の色校正紙を、8月7日の宴で放出します。
この紙は印刷作業に入る直前の試し刷りで、コストもかかっている貴重なもの。
しかも、最終的に変更が入っているということは、『昭和40年男』がメジャーになったら
もう何百万円の価値になるだろうな(ちょっと嘘)。
でも、レアものには間違いないのでお楽しみに。
昨日は楽しいひとときをありがとうございました。
懐かしい言葉が脳を駆け巡り、かなり活性化されました~
>徹底(変態)ぶりだ
まわりのクルマ仲間に洗脳されおり、やっぱ冷静に観察するとそーなんでしょうね・・・
40年男、振り返って懐かしみ、新たなチャレンジをしてこれrからもエンジョイライフをしなきゃね!
次回はスー消し大会!?
唯一所有しているランチャーストラトスとBOXYボールペン持参で参上します
浅草秘密基地!
楽しい居場所ができました。
おーっ、早速のメッセージありがとうございます。昨日は初参加ありがとうございました。変態とまで書いてしまいましたが、あの基地に参加した方とはそんな風にぶっちゃけられると、勝手ながら自負しています。またぜひお気軽に、そして末永く立ち寄れる場所としてご愛顧ください。
ランチャーストラトス持参も期待大ですよ。