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『昭和40年男』編集長的10大ニュースー第7・8位。

2011 年 12 月 26 日 プロデューサー コメント

 

街はクリスマスツリーからお飾りに衣装替えだ。冬の一番幸せな日々をどう過ごしていますか? ドタバタですっかり忘れていた、『昭和40年男』的10大ニュースが昨日から始まった。今年も色々あった『昭和40年男』の出来事の中から、あくまで僕目線で選んだぞ。

 

それでは第8位。ドゥルドゥルドゥル〜、じゃん。
『今年も休まず浅草秘密基地。夜な夜なバカ過ぎて来場者激減!?』

 

毎週月曜日に行なっている、本誌の読者プチミーティング『浅草秘密基地』を一度も休むことなく開催できた。いや、厳密にいえば今宵が今年最後になるから、まだ言い切ることはできないが、ともかく1年続けてきていい出会いがたくさんあった。取材に結びついた絆もいくつかできたし、同窓会に呼んでもらって転校生として参加するなどという、不思議な経験もできた。すべてここでの出会いからである。来年もしつこく開催するので、遊びにきて頂戴。なんにもないけれど、タメ年との飾らない会話があるから。でもさすがに12月は皆さん忙しいらしく、今月は来場者が激減している。今日は今年最終回だから、貸し切り状態で盛り上がりましょう(って、俺いけるのか? まだ、〆切作業中だけど)。

 

続いて第7位。ドゥルドゥルドゥル〜、じゃん。
『夢憧れの人に取材成功!! イニシャルK×2』

 

インタビュー取材はしんどく、楽しく、そしてこのダブルKのように、幼少の頃や多感だった頃にリアルに憧れた人に話を聞けるのは、この仕事の幸せを感じるときである。間違いなく自分の人生に深く影響を与えた人と、目を合わせて会話できるのだから。ちょっとそれるがチャボさんももちろんその1人で、先日のインタビューは感激と感動でいっぱいいっぱいだった。でもね、このインタビュー掲載は来年号だから、今年の10大ニュースにはノミネート外なのだ。

 

さてそのダブルKとは? まずその1人は加藤茶さんである。小学生のときの夢はドリフに加入することだった。そう思わせた張本人、子供の頃描いた夢の人との約2時間は幸せそのものだった。どうぞこちらへと通された場所に、すでに茶さんはいらっしゃった。ぎゃー、本物が座ってる〜と、もうちょっとドラマチックな出会いを期待していたのに焦ったよ。大物とは思えない、なんとも静かなたたずまいは、あのテンポよく笑いを取っていく茶さんでなく、なんだか大物役者さんのようだった。

 

このインタビューで教わったことは、そのまま本誌での記事のキャッチコピーになった「おおいに悩め」だった。精神状態ギリギリまで追い込んで悩む。どうしたら笑ってもらえるのかとのとの言葉は、幼少時に世話になった僕としては涙もので、ズシンと重く響いたよ。悩んでも仕方がないと言いそうなキャラでもあるから、余計に響いたのかもしれない。とにかく、真面目な方でした。

 

もう1人のKは、高校時代に存在を知りジワジワと憧れになっていった、元憂歌団の木村さんだ。男が惚れるカッコよさをまとっていて、決して色男とはいえないけど、生きてきた人生がにじみ出ている感じ。「この歳に到達しないと無理やって、坊や」と言われているみたい。さらに「ただ歳を重ねりゃいいってもんちゃうで、坊や」ってのも聞こえてきそうだ。好きなことを好きなようにやる。東の人間が偉そうに恐縮ですが、典型的な大阪のおっちゃんが好きなブルースをうたい続けていたら、こんなオーラをまとうようになった。学年でいうとひと回り上の、昭和29年の3月生まれの先輩を前に、自分がこれからどんなブルースをうたい続けるのか。そんな自問自答をしたインタビューだった。

 

木村さんのインタビューを掲載した号の発売日翌日に、横浜でライブスケジュールが組まれていたので、密かに予約を入れておいた。本を持っていったら喜んでくれるだろうなと。「おーっ、来たんか」なんて、あの笑顔でね。ところが、その日はなんと震災翌日になってしまい、もちろんライブは中止となった。残念な記憶も一緒に残っている第7位でした。

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