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老舗蕎麦屋にて想う。

2011 年 6 月 23 日 プロデューサー コメント

夕方の上野に用事があり、それを済ませるとちょうど夕食時であった。仕事がまだまだ詰まっていたので懐かしの上野であるが酒というわけにいかず、久しぶりに“翁庵”ののれんをくぐった。老舗の蕎麦屋で、ここはなんてったってねぎセイロである。イカのかき揚げとねぎがたっぷりと入ったあたたかい汁に、冷たいそばをつけて食べるメニューだ。江戸蕎麦らしく、細くてコシのしっかりとした蕎麦が盛られている。

 

もりが600円とやや高めだ。たぶん同じ値段でもっとうまいとされる店はたくさんあるし、グルメピープルや通がうなるような蕎麦屋でないかもしれない。だが味には好みがあり、僕が求めるものそのものなのである。店の雰囲気も外観内装ともに、程よくやれている感じがたまらない。とはいえ決して不衛生であるというわけでなく、古き良き時代の空気が漂っているのである。小さなころから慣れ親しんだ、蕎麦屋の世界観というか、イメージなのだ。ホールスタッフはキビキビしていて、奥に見える調理場内では、職人たちが真剣な表情で作業を進めている。極々当たり前のことがすべてそろっていることが、たまらなく心地よいのである。

 

席に着くなり「大ねぎセイロをください」と、ここの客がほとんどそうであるのと同じアクションだ。夕食時であるから一杯呑っている客も多く、かつとじや親子とじ、きつねあげや定番の板わさなんかで、みなさん楽しそうにやっていて喉が鳴ったが、我慢我慢であった。

 

店内を見回すとたぶん全員年上だろう。平均年齢は間違いなく50歳を超えていると、いつ来てもそう思う客層である。壁に飾ってある色紙は、三田佳子さん、愛川欽也さん、菅原文太さんなんて面々で、若いお笑いタレントや大勢で踊るアイドルとかは入店禁止なのである(嘘)。常連が占める率の高い店だと思われ、変な取り上げ方で若い人が押し寄せることがないといいなと、ふと思ったりした。ネットで評判になることはないだろうなとも。だって書き込めるような世代とはあまりにも縁遠い年配の店…、と思いきや意外や意外、けっこう書き込まれているじゃありませんか。まあ、この店は上っ面では評価できない要素が強いので、案の定それほど高い評価になっておらず、写真をバチバチ撮る若者が大挙押し寄せるということはなさそうだ。でもね、タメ年たちにはおすすめで、僕の主張にきっと同意いただけるはずです。

 

さまざまな工夫を凝らした開発競争が進むラーメン界とは、僕は完全に距離を置いている。うまいと感じる人が多いのはわかるが、豚の骨をグラグラと煮立てたスープを、魂を込めた一杯ですと壁に大書してあるのを見ると、昭和男はどうにもならん虚しさを感じてしまうのである。魂込める前に技術と愛情を込めろってか。精進したことのない人間による開発は、迷惑だと思うことが実に多い昨今である。まともな修行を積んだことのない板前による創作料理とか、大資本にまかせたレシピ重視の和食もどき店とかも一緒だね。最近蕎麦屋もそんな具合の怪しいのが増えてきていて、先日ランチで入ってみた蕎麦居酒屋なんかも、こんなの蕎麦じゃねーとちゃぶ台をひっくり返したかったが、ちゃぶ台が無かったから勘弁してやったよ。

 

さまざまな紆余曲折を繰り返してきた日本における現代だからね、二極化でいいっす。油ギトギトとさっぱり、大資本と老舗、若者とおっさんでいいじゃないかと思っている。だから常々腹を立てずに受け入れているつもりだ。歳を取ればそれなりになっていくだろう。僕だって小学生のときは絶対に肉派だったし、ラーメンも大好きでしたから。

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