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呑み屋のセンス。

2017 年 10 月 6 日 プロデューサー コメント

思わずニヤッとしたこの名コピーである。でこ助と言う店名もよい。残念なことに朝だったから入れなかったが、必ず出かけたいと思うほど惚れた。

 

 

僕がバイトしていた店は上野であいうえおと名乗っていた。高校3年生の時でやがてかきくけこに左遷させられた。いやいや、左遷でなく大繁盛していたあいうえおの二匹目のドジョウを狙ってオープンさせたのだ。あいうえおで半年ほど働いた秋にオープンしたのだが、この経験は今も大切な思い出になっている。最近の飲食チェーンのようなリハーサル期間なんかなく、ほぼ店の完成とともに開業させたような展開だった。何がどこにあるかを体が覚えていないから、ホール員はいちいち右往左往する。まさしくパニック状態で乗り切った初日の楽しかったこと。目をつぶれば今もあの日がよみがえるかのようである。

 

 

この店の店長に抜擢された、今考えれば若者(確か21歳)は素晴らしいセンスの持ち主だった。いろんな奇襲を詰め込んだが、とくにやかん酎ハイは大ヒットとなり多くの取材を受けた。世は酎ハイブーム真っ只中で、彼が思いついたのはやかんに焼酎の炭酸割りを入れてシロップを容器に入れてどうぞご自由にお使いくださいというシステムだった。後にシロップの種類は増えていくが、オープン時はレモン、ライム、オレンジ、ストロベリー、カルピスだったと記憶している。やかんも特大の36杯分をフラッグシップにして9、6、3杯分を大中小として提供した。グラスと氷と一緒に出して、シロップはなくなればいくらでも対応する。水をくれと言ってカルピス飲む輩はいたが、そんなことは些末なことに思えるほどの話題と繁盛を提供したのだった。彼がさらにすごかったのは、メニューブックに懐かしの歌謡曲のシングルジャケットを採用して客のノスタルジーマインドを刺激したことだ。天才である。きっと居酒屋チェーンを展開すれば億万長者になったろうが、女の子が好きだったからかスナックの経営に舵を切り独立したのだった。

 

 

なんてことを思い出させたこの看板の抜群なセンスだ。290円の中ジョッキを呑む日が楽しみである。

 

 

 

 

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