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大阪でおのぼりさんになった昭和40年男。

2016 年 11 月 15 日 プロデューサー コメント

img_4086僕は大阪に移住したことがある。昭和60年の春のことであのタイガースフィーバーの年だ。四畳半、共同トイレ、風呂なしの安アパートでの一人暮らしを経験した。十三にほど近い阪急神崎川駅近くで、バイトはミナミのど真ん中、バンド活動の拠点は天王寺にあった『不思議の国のアリス』という、大阪縦断の楽しい日々を過ごしていたのだ。バイトが終って仲間とミナミをうろつきながら、いつか入るぞと憧れたのが道頓堀の『かに道楽』と、そのすぐ近くにある“ふぐなら日本一”でお馴染みの『ずぼらや』だった。でも“いつか必ず”は30年以上経っても実現しなかった。

 

 

大阪のパートナーであり、最近ちょっとご無沙汰してしまっている『大阪ミナミ秘密基地』の仕掛人でもある藤井氏と、珍しく真面目に仕事の打ち合わせをした。終れば呑んべえ2人は当然のように繰り出す。彼は浪速っこで地元の呑み屋を知り尽くしているが、ふと前述の2店に行ったことがあるかと聞くとないと言うじゃないか。よーし、じゃあ初体験してみようとまずは『ずぼらや』に入った。ふぐってのをあまり食い慣れていない2人で、よそと比較したり通ぶった解説はできないが十分にうまいと大喜びの2人だった。てっさ、皮ポン酢、唐揚げと軽めに仕上げてササッと次へと向かった。

 

 

次はいよいよ『かに道楽』である。全国に展開されているようだが、道頓堀が本店である。タイガースが優勝すると迷惑をこうむる巨大なかにのオブジェは健在だ。ここではズワイの刺し身と焼き、お子ちゃまっぽいがかにクリームコロッケをいただきこちらも極めてサクッと店を出た。

 

 

2人とも笑顔があふれたのは、思っていた以上に満足度が高い2店だったからだ。ホールのサービスがすばらしかった。マニュアルには表現できない気遣いや、ちょっとした言葉をかけてもらえる。オーソドックスな内装も好感が持て、器や盛りつけも派手さがなくセンスよろしい。大阪の超一等地で長年続けてきたのはだてじゃなかった。30年以上夢見た店を満喫したあとは、いつものおでんやに流れ着いた。「今日はあまり食べられません。お上りさんしてました」と詫びながらの〜んびりとさせてもらった。大阪はおっさんに優しい街だ。やっぱ好きやねん。

 

 

   

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